K氏と私のリサイタル・マニュアル | |||||
はじめに: |
このページは、プロのスタッフを取り揃えた大規模なコンサートではなく、室内楽、声楽リサイタルや発表会など小規模のコンサートを企画・運営する人々のための参考になればと思ってステージマネジメントに関するさまざまな知恵やこつなどをまとめたものです。本マニュアルの内容は、ステージマネージャ経験豊富な某K氏および私の数少ない経験および失敗から学んだものをベースとしています。 コンサートの運営の総責任者はステージマネージャです。従って、本マニュアルの大半はステージマネージャがすべきことについて書かれています。音楽や演奏に対する考え方はそれこそ人さまざまなものがあり、本マニュアルの内容もある一定の思想のようなものを持っていると思います。 狭義のステマネは本マニュアルに書かれているところまで関与しません。関係者みなさんそれぞれにちゃんとやっているはずである、ステマネはステージ上の運営における最小限のマネジメントだけやればよい、というスタイルのステマネの方が多いと思います。しかし、現実をみるとそれでは演奏者のストレス問題は解決していませんし、思わぬ事故が起きますし、そのようなステマネはトラブルが起きた時に主催者任せな態度になりがちです。
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ステージマネージャ: |
コンサート会場において、コンサートというイベントの「演奏以外」のすべての諸事雑事を責任を持って取り仕切る役割の人をステージマネージャ、以下略してステマネと呼びます。ステマネの使命は、演奏者が世間のごたごたに巻き込まれることなく、自身の演奏に集中してそのパフォーマンスを最大限発揮できるようにすることにあります。また、聴きに来てくださったお客様が、気持ちよく聴けて楽しんで帰っていただけるような環境づくりに気を配ることもその使命に含まれます。 ステージマネージャは責任を負う仕事です。みんなで仲良く運営するとか、ボランティアが集まって運営するような場合でも、責任を担う人がいなければなりません。傷病、火災、盗難といった事故も起こりやすい場所ですので、高い意識を持った責任者が必要なのです。ステマネは、このような事情をすべて理解した上で、物質的・精神的の両面から快適かつ芸術的な演奏環境をつくらなければなりません。
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ステマネ心得: |
ステマネが心得ておくべきポイントは以下の6項目に集約されます。 1.コンサートを支えるチーム=人的リソース(会場スタッフ、お手伝いの方、機材担当など)をマネジメントする。 コンサートは多くの人々のチームプレーによって支えられています。ステマネは、会場でのさまざまな役割をスタッフやお手伝いに来てくれた1人1人の能力を見極めて、仕事を割り当て、任せることをしなければなりません。2.演奏者に、演奏以外の非音楽的なことをさせたり、考えさせないようにする。 個人のリサイタルなどでは、お手伝いの人が演奏者本人に「お花はどこに置きましょうか」とか「開場前ですがお客様がたくさん見えてます、どうしましょうか」みたいなことを聞いたりしますが、そのような演奏以外の雑事は演奏者に大変な負担になるので決して関わらせてはいけません。当日の現場での判断、さまざまな問い合わせの処理はステマネあるいはステマネから権限を委譲されたスタッフの役割です。3.会場入りから撤収までのすべてのスケジュールと作業項目を管理する。 演奏者は何時に楽屋入りしたらいいか、どんな交通機関を使うのがいいか、かさばる衣装や楽器の運搬は誰がするのか、食事はいつどこでするのか、お花やお弁当はどうなっているか、ピアノの調律はいつまでに終り、ゲネプロは何時から何時まで可能か、複数のソリストがいる場合はそれぞれのリハーサル時間の割り当てはどうするか、リハーサルでは衣装合わせはするのかしないのか、開演直前、何時何分に演奏者を楽屋まで呼びに行くか、最後の曲を演奏し終えて部隊袖に戻ってきた演奏者は、どんなタイミングで拍手に応えて舞台に戻ればいいか等々・・・このような雑事がマネジメントの対象になります。しかし、これらすべてにステマネ本人が直接的に関わるというのではなく、気を配ることが重要であってできることはスタッフに任せるようにします。4.良い演奏環境をつくる。 ホール側が用意したステージ配置はそのホールの基本レイアウトであるのが普通なので、ほとんどの場合、そのままでは最適な演奏環境、音響条件になるとは限りません。ピアノの位置は調律師さんがいるうちに決めます。ピアノは位置や足のローラーの向きによって鳴り方が変わるため、場合によっては再調整が必要になるからです。ソリストが演奏しやすい位置、しかも客席からみて音響条件の良い位置をみつけるのもステマネの仕事です。5.自分がいなければならない時、いなければならない場所にいる。←きわめて重要! ステマネがすべてを自分でやろうとすると、肝心な時にそこにステマネがいない、という事態になります。常に自分の居場所を弁えること、そのためにスタッフに責任分担をさせ、スタッフを信頼して任せきることができなければいけません。コンサート当日は、自分があちこちを動き回ってはいけません。何かあった時にあなたはすぐに見つかる場所にいなければならないからです。開演したらステマネは意味なくステージのソデを離れてはいけません。演奏者に何かトラブルが起きた時、それを解決できるのはステマネしかいないからです。6.さまざまな緊急事態の勃発に対処する。 本番当日は、共演者が渋滞で遅れる、お花や差し入れが多くて混乱する、出演者のお母様がわがままを言う、天候が悪くてクロークがパンクする、奏者が楽譜を楽屋に置き忘れる、座席が足りなくなる、病人が出る・・・といったさまざまな事件が起きます。このような時に、演奏者を巻き込まずにうまく解決したり、割り切りの判断をするのもステマネの重要な仕事のひとつです。また、コンサートは人の命と財産(楽器は非常に高価です)をあずかるイベントですので、火災や事故の際の判断、防止対策などの責任も重いのです。 |
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非常事態への責任(重要): |
コンサートなどのイベントの主催者は一定の(というよりかなり重い)責任がかかっています。芸能事務所やホールなどが企画主催する場合はその事務所やホールが責任者ですが、個人のアーティストのリサイタルの場合はそのアーティスト本人が責任者になります。「私はただの音楽家ですから」などと言っている場合ではないのです。 コンサートで大勢の人がおしかけて将棋倒しになって負傷者が出たり人が死んでしまったような場合、消防法の規定に反したホールの使用を行って火災になったような場合がこれにあたります。ステマネは、ホール利用において生じた事故責任がすべて主催者にかかってくるというリスク(イベント主催者賠償責任という)についてよく理解しておく必要があります。 常識的なことですが、消防法では避難通路にあたる経路にはモノを置くことができませんし、椅子を勝手に移動させることもできません。録音用のマイクスタンドやビデオカメラの三脚の設置位置には制限があります。ホールの設備や什器、装飾を勝手に移動させることも違反になります。ホールには定員が厳格に決められていて、定員を超えて入場させると法規違反になります。通路やステージ上までお客さまを入れてしまって「うれしい悲鳴」なんて言っている場合ではないのです。非常に規模の小さい私的なホールの場合は消防法の適用外のものが多く、消防署の指導・チェックから漏れているところほどルーズな管理であるため注意が必要です。 ホールの利用規定に書いてなくても、「主催者は下記事項を遵守し、安全管理義務を履行しなければならない」、「あらかじめ非常口や避難経路を確認し、緊急時の入場者の避難誘導等に協力しなければならない」、「入場者についての対応は全て主催者側で行う」、「施設利用中(準備・撤去を含む)に発生した事故については、利用者のみならず、関係業者や来場者の行為であっても、全て利用者の責任となる」というのがホール使用上の暗黙の了解事項なのです。そのような事態を想定して、あらかじめ避難誘導路や喫煙場所の確認を行い、ホール自身が消防法違反の営業を行っていないかチェックするわけです。 万が一、人身事故が起きたり、火災など深刻な事態になった場合はステマネの器が問われます。主催者とともに身を挺して来場者の安全な避難誘導に努めなければなりません。ものの順序としては、お客さまが先、演奏者は後です。ステマネ自身はいちばん最後に、としか言いようがないでしょう。この順序を間違えて、お客さまよりも先に演奏者を出そうとする人がいるらしいのであえて書きました。(映画「タイタニック」を見ていただければ、演奏者の役割が何であるかはすぐにわかると思います) なお、規模の大きなコンサートを催す場合は、「イベント主催者賠償責任保険」というのがありますので検討しておくのもいいでしょう。すくなくとも資料を取り寄せて、何が問題になるかについてくらいの勉強はしてください。 (右画像・・・消防法対象外の小施設の例。すし詰めかつ椅子や什器が積まれている上に出口は小さな扉1枚。この状態で地震+火災になったら惨事はまぬがれない)
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アーティストのコンディション: |
本番を控えた演奏者を考えた時、プロとアマチュアの間には程度の差はあっても境界はありません。誰もが、本番に向けてベスト・コンディションに持って行こうとさまざまな努力をします。それは、シーズン間近のプロ野球選手のコンディション作りに良く似ています。普通の生活状態でややなまった体をほぐしながら、改めて体力づくりを開始し、バランス感覚やタイミングを合わたりするいわゆる「調整」がはじまりますね。演奏者も同じです。 自分がメインで演奏するリサイタルを開こうとする歌手の場合などは特にそれが顕著です。対バン※があるようなバンドのライブや、1人1人が2〜3曲程度の演奏する発表会と違って、1人で2時間を歌いきる、あるいは楽器を弾ききるというのは全く普通のことではありません。ベートーヴェンの第九で正味数分間のソロパートを歌うのと、リサイタルとでは全く格が違います。 ※Wikipediaには「・・・労力の削減という理由がある。1つのライブやイベントを行うためには様々な準備を必要とする。複数の出演者で集まることによって、1グループあたりの労力を小さくすることができる。また、それぞれの演奏時間も短くなることから純粋にそのライブでの演奏に伴う労力も減少させることができる・・・」という記述があるとおり、バンドのような団体でも大変なのに、それを1人で企画・運営しようというのであるから、リサイタルというものがいかに大変なものであるかがわかります。自分のリサイタルでは、コンセプト作りや曲決めからはじめるのが普通です。曲が決まりはじめるとトレーニングが始まります。最初のうちは曲になっていなかったり、音が楽器に乗っていなかったり、声がちゃんと出ていなかったりしますが、探るように無理せず徐々に調子をつくってゆきます。ある程度形ができた頃に、ピアノ伴奏者と最初の「合わせ」というのをやります。双方の曲の解釈の違いを調整したり、一緒に新しいチャレンジをしてみたり、という作業がはじまります。 ある時、うちのムスメがピアノ伴奏者と最初の合わせをした時「どうも歌いにくいな」と感じる箇所がいくつかあったのだそうです。ところが2回目の合わせの時にそれが見事に直っていたのでわけを聞いたら、そのピアニストが先生のところでレッスンを受けたら「そこをそういう風に弾いたら歌手は歌いにくいですよ」と指摘されたのだそうです(金メダリストにもコーチがいるように、どんなプロでも必ず先生がいます)。 特に歌手にいえることですが、イメージトレーニングというのを何度もやります。自分の気持のスイッチを切り換えて、自分自身をその曲の世界に入れる練習です。何曲も演奏しますから、曲ごとに異なる世界にはいらないと曲になりません。こういう作業のことを「作る」あるいは「自分を作る」といいます。ステージに出てゆく直前に演奏者や俳優が楽屋や舞台ソデで目をつぶって考えているように見える場面がありますが、あの瞬間に自分を作っているのです。それが瞬時にできるようになるまで、練習室で、あるいはベッドの中で、何度もイメージトレーニングを重ねます。この作業はクラシックの歌手に限った話ではなくて、ジャズシンガーでも、ロックシンガーでも同じです。 リサイタルで演奏者を演奏以外の雑事に関わらせるということが、いかまずいかがわかっていただけると思います。しかし、そういった事情を知らない多くの善意の(悪意のない)第三者が演奏者のコンディションを壊すようなことを次から次へとやってくれます。気持を集中させている時に話しかけたり、注文をつけたり、時間をせかしたりすると、せっかく作り上げてきたものが吹き飛んでしまうのです。もちろん、プロはそんな悪条件であっても、たとえ頭の中から曲のイメージが飛んでしまっても、それまでに積み上げてきたものを体が覚えてくれているがために、破綻しないでステージをやりぬくものですが、そういう状態がいいわけはありませんね。 このようにみてゆくと、演奏活動を最も身近なところでサポートするステマネが、何をどのように考え、行動したらいいかがおのずと見えてきます。また、ステマネのような機能なしに行うステージがいかに危ういものであるかもおわかりいただけたと思います。
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会場の下見: |
コンサート会場の下見は必ずしておかなければなりません。下見におけるチェックポイントは以下の7項目です。 1.利用可能時間、費用、入館方法、鍵類の受け取り方法、支払方法、キャンセル条件、全体のセキュリティ、駐車場の有無の確認。 ホールはどこも時間帯で区切って料金設定をしていますから、コンサート当日の全体スケジュールを想定しなながら何時から何時まで借りるかを決定しなければなりません。ピアノ使用料、調律費用、録音費用等について確認します。大きなホールや公共の施設では管理者が常駐していますが、私的な小さなホールになるとホールのオーナーのところまで行って鍵を受け取らなければならないことも少なくありません。費用はいつ支払うのか、キャンセル料のルールはどうなっているかについての確認は特に重要です。2.立地、交通の便、最寄り駅から演奏会場までの途中の店舗(花屋、コンビニ、ドラッグストア、レストラン、打ち上げ会場)、コインパーキング。 コンサート当日に交通機関が遅延するようなことも考えて、ホールまでの交通の便を複数確認します。コンサート当日になっていろいろと必要なものを調達しなければならなくなるかもしれません。セロテープやガムテープ、マジックインキなどの文具、ミネラルウォーターや軽食、頭痛薬やバンドエイドなどの医薬品などです。ホールの近くにどんな店があるのか、あるいはないのかをチェックしておきます。最寄のコインパーキングがどこにあるのかもチェックしておきましょう。近所で大規模な建設・土木工事があるかどうかもチェックします。3.当日の他のホールの利用内容のチェック。 大小複数の設備があるホールでは、念のためにコンサートと同じ日に他にどんな催しがあるかもチェックしておきます。大音響を出すようなイベントがあるようでしたら、そのホールは使えません。4.楽屋の場所、広さ、設備、セキュリティ(施錠の可否)、楽屋からステージまでの通路等のチェック。 ステージと楽屋の位置関係、楽屋の広さや設備をチェックします。東京文化会館小ホールのように楽屋からステージに行くのにエレベーターまたは長い螺旋階段を使わなければならないようなホールも存在します。楽屋の広さや設備はそれこそピンキリです。いわゆる楽屋という小部屋ならば鏡や洗面がついていますが、練習室や会議室を楽屋がわりの控え室に使うホールもたくさん存在します。そのような部屋の場合、室内での飲食が出来ないことがあります。着替えやお化粧をどうするか、出演者やスタッフの食事やお茶の手配はどうするか、洗面所は近いか、なども考えておかなければなりません。楽屋や控え室には、施錠できるところとできないところがありますので、セキュリティにの方法についても事前にチェックするようにします。5.ステージのチェック(構造、広さ、高さ、ピアノ位置、ソデとステージの位置関係、ドア操作)。 ステージまわりをチェックして、コンサート当日、演奏者達をどのように配置し、コンサートをどのように進行させるかを考えます。小さなホールの場合、演奏者がステージに出てゆくのに適した通路がないことがあります。のぞき窓がついていない扉を開けてステージに出てゆかなければならないようなホールもあります。小さなホールでは、ピアノの位置が固定されていて動かせない(つまり楽器庫がない)こともあります。ステージの大きさや構造と演奏規模とがうまくフィットするような配置を考えるのもステマネの仕事です。演奏者の立ち位置もおおよそ見当をつけておきます。6.照明設備の能力のチェック、明るさ・向きの調整可否、操作場所・操作方法のチェック。 照明については、ステージ上の演奏者の位置関係を想定しつつ、どの程度調整が可能であるかをチェックしておきます。開演前、客入れの時に照明をどうするかを考えておきます。特に重要なのは照明の操作盤がどこにあり、どういう風に操作したらいいかです。小さなホールでは専門の照明さんはおらず、主催者側で自分でスイッチを操作するのが一般的ですので、操作方法の確認は必須です。7.空調設備の能力のチェック、騒音の度合い、操作場所・操作方法のチェック。 小さなホールやスタジオでは利用者が自分で操作しますが、大ホールや大ホールに併設された小ホールでは空調がビル管理側になります。注意点としては、風の強さ(ひどい時は風で譜面が飛ぶこともある)、騒音(レコーディング目的の場合はどんなに暑く・寒くても空調は切ります)です。演奏中の気温や湿度が変化すると楽器の音程や状態が変化してしまうということも頭に入れておいてください。 |
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準備作業: |
本番当日までの間にすべきことをひとつひとつチェックしてゆきましょう。
1.楽曲のチェックと演奏時間。 演奏曲目が決まったら、ネットなどで調べておおよその演奏時間を割り出します。演奏時間は演奏者本人に聞いてもわからないことが多いでしょう。自分の演奏時間を計っている演奏者もいます(右画像は演奏者本人が作成したある日のコンサートの楽曲タイムチャート)。コンサートがスムーズに運営できるように演奏時間と曲間の時間、休憩時間のバランスを割り出します。総演奏時間が長いと借りたホールの時間制限にひっかかってしまうので注意します。時間に余裕がない場合は速やかな撤収・搬出の作戦を立てなければなりません。2.記録・・・録音や映像。 <写真> |
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調律風景と録音機材 |
(左から)東京文化会館小ホール、代々木MUSICASA、日比谷Steinwayサロン松尾ホール、我が家。 (左から)準備中の録音機材一式、本格的な録音ができるProTools一式+MacBook、ホール備付の簡易ミキサーとレコーダー、コンパクトなマイク一体型録音機"ZOOM"。 |
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本番当日・・・受付・客席編: |
本番当日における受付および客席まわりの作業について説明します。 1.お金の管理。 受付まわりで特に重要なのは「受け取ったお金」の管理です。お金が関係するのは、チケット代だけでなくCDやDVDの販売もあります。お金の管理は、主催者側の身内の誰かにやってもらいます。金額が合わない、紛失するなど事故が起きた時、善意の部外者に頼んでいると非常に気まずいことになるからです。また、外部の人はお金に触れたくないというのが本音でしょう。2.受付とチケット。 すべてのお客さまがチケットを持参されるわけではないですね。当日、受付預かりの人も多いことでしょう。受付預かりのチケットは、御代済みの場合とまだの場合が混ざります。当日券をあてにして来る人もいます。受付の判断は受付の責任者に任せて、ステマネは関与しません(できません)。何人の方が入場したかは半券の数で把握しますので、半券はなくさないようにすべて回収するようにします。重要なお客さまにチケットを渡す時に、半券の裏にマーキングしておく演奏者もいます。3.お花&差仕入れ。 個人のリサイタルの場合、演奏者の知人の多くはお花やお菓子などを持ってやってきます。誰が誰宛に何を持ってきたか、という記録は非常に重要です。演奏者のお師匠、音大の恩師(つまり現役のプロ)、現在活躍中のプロ仲間、業界関係者、マスコミ関係者、スポンサー関係者、職場の上司や同僚、遠路やってきた親戚、友人、同窓仲間、遠い親戚、そのお友達等々・・・。演奏者は、こういった方々には必ずお礼の手紙を書きます(書くものです)。そのためには、受付のドサクサの中で、漏らさずこれを記録しなければならないわけです。4.プログラム。 プログラムの渡し方は2通りあります。入場時にチケットをモギる際に手渡す方法と、あらかじめ座席に置いておく方法です。前の方から詰めてほしい場合は、後者の方がいいでしょう。5.客席。 ホールの収容人数に対して来場者数がすくない場合、お客さまがばらばらに着席してしまうと中央に空席ができてしまいます。そのような場合は、椅子に数を減らすのがいいのですが、椅子が固定ではずせない場合は紙テープを用意しておき、客席の左右の隅とか後ろの何列かを紙テープで囲って入れなくしてしまいます。なお、消防法で定められた数を超えて勝手に椅子を増やすことはできません。(左から)受付での打ち合わせ。ステマネは、細かいことまで気がついてスタッフ1人1人に対して丁寧に指示を出す。 |
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本番当日・・・楽屋編: |
本番当日における楽屋に関係する作業について説明します。 1.楽屋割り。 ホールの設備の有無や予算との相談もありますが、演奏者が唯一落ち着けるプライベートな場所は楽屋しかありませんので、できる限り楽屋あるいはそれに準ずる場所を確保するようにします。難しい曲、はじめての曲がプログラムに組まれている場合、演奏者は本番直前まで曲をさらったり、気持を作ることをしますので、誰からも話しかけられることのないプライベートな場所が必要なのです。オーケストラや合奏団員は相部屋でもかまいませんが、ソリストが可能な限り個室を確保します。2.楽屋番。
演奏者がステージに出てしまってから、戻って来るまでの留守番役です。私が学生の時、よくアルバイトで東京文化会館の楽屋番をやってました。楽屋番は開場前のステージ・セッティングの手伝いをした後、終演まで楽屋を出ることができません。昔から楽屋泥棒の被害は少なくないので、楽屋番はとても重要な仕事なのです。ママさんコーラスで、たった5分間で20人分の財布を全部やられたことがあります。楽屋泥棒はそれくらい要領がいいのです。
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本番当日・・・ゲネプロ編: |
本番当日におけるゲネプロに関するについて説明します。 1.演奏者位置決め。 演奏者の位置は音楽を作る上で非常に重要です。まず、どのホールも前後の立ち位置によって音響効果がかなり変化しますので、音を出している間に客席にはいっていって音の様子をチェックします。1歩前に出るだけで声がぐっと前に出ることがあるのです。(右の画像は、ポジションによって自分の声がどう変わるか実験しているところ)2.最終調整。 ゲネプロ(ゲネラル・プローベ)は本番直前に行う演奏についての最終調整・打合せのことです。ほぼ全曲を通して本番さながらに行う場合と、ポイントを絞って短時間に行う場合とがあります。いずれにしても、演奏者のペースを優先しますが、ステージ慣れしていない演奏者の場合、往々にしてゲネプロでエネルギーを使い過ぎる傾向があるので、その気配を感じたらほどほどで終了するように仕向けるのがいいでしょう。客入れしていないホールは良く響いて気持がいいですが、満席になると音が吸われてさっぱり鳴らなくなりますので、本番は想像以上のエネルギーがいるのです。ゲネプロでいい調子だからといって、本番が同じであるとは限りません。3.演奏者の健康管理。 健康管理は本来、演奏者本人の領域ですが、本番間近の演奏者はセルフコントロールがでうまくできなくなるのが普通です。歌手にとって必須である「喉をうるおす水」を忘れたり、ステージ上がとても寒いのに肩が出た舞台衣装のまま無理をしていたり、逆に照明で暑かったり、本番前にトイレに行きそびれたり、常用している薬の服用を忘れたりします。ステマネは、本番前の演奏者の様子にも注意を払い、一声かけるなど適切な対応をしなければなりません。4.写真撮影のチェック。 写真撮影を行う場合は、ステマネが兼務するのはほとんど不可能なので専門のカメラマンを入れます。ステージ専門のプロのカメラマンではなく、カメラに慣れた知り合いの方に頼む場合、以下の点に注意します。ゲネプロ・本番中にかかわらずフラッシュは使わないこと、本番の演奏中はシャッターを切らないこと、聴衆の前をさえぎらないことなどです。特に、慣れない人は曲の静かなところや、余韻が消えてゆく大切なところで無粋なシャッター音をさせてしまうことがあるのでくれぐれも注意してもらいます。プロのカメラマンの場合は、演奏中にシャッターを切っても音が外に漏れないカバーを使いますが、それでもわずかに音が漏れるのでシャッターのタイミングはとても難しいのです。(左から)ステマネと立ち位置を相談する。最終の打ち合わせをする歌手とピアニスト。首にマフラーを巻き手には水(お湯?)を持っている。ピアニストだけのための時間も必要。 |
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本番当日・・・本番編: |
いよいよ本番です。 1.コンサート全体の時間管理。 開演から終演までの秒刻みの時間のマネジメントをするのもステマネの仕事です。ですからストップウォッチが必須アイテムです。受付まわりのお客様が減って開演のめどがついたかどうか、客席の落ち着き具合を考えながら開演のタイミングを読みます。リサイタルや発表会の場合、お花や差し入れの受付が混雑してまだお客様が行列になっていることがあります。予定していた開演時刻のこだわらず、客席の様子が落ち着くのを待って開演のタイミングを判断するわけです。客席側が落ち着いていないのに開演してしてしまうと、演奏者もお客様も気が散って音楽になりません。2.出演者の案内・誘導。 そろそろ開演という時刻になったら、楽屋に足を運んで出演者に「3分前になったら声をかけます。あと5分くらいです」という風に伝えたらいいでしょう。演奏者は安心して楽屋で待機できます。開演時刻になったら演奏者を呼びに行き、舞台ソデで待機となります。3.緊張を解きかつ精神集中のための余裕をつくる。 客電(客席の照明のこと)を落としてもすぐには客席のざわめきは収まらず、一定の時間がかかります。やがて急に静かになる瞬間というのがあります。その時まで焦らずに待つのがステマネの重要な役割です。「さあ、いいタイミング」となったら、演奏者を目を合わせ「深呼吸しましょう」と言ってひと呼吸させててから舞台上に送り出します。この流れがスムーズにできると、客席からみて、演奏者が非常にいい顔つきでステージ上に現れることになります。4.タイミングのマネジメント。 1曲目の演奏が始まったらストップウォッチをスタートさせます。ステマネは、急な用事で演奏中の音が聞こえないところに行かなければならないこともありますが、ストップウォッチがあれば残り時間がわかるので心に余裕が生まれます。5.本番開始後のステージ・アレンジメント。 曲目によって奏者の編成が変わってステージ上のレイアウトが変わる場合があります(転換という)。基本はピアノ伴奏の歌曲だけれども、1曲だけクラリネットやヴィオラなどの楽器が加わったり、弦楽合奏の編成が変わったりするケースは珍しくありません。そんな時の椅子や譜面台のアレンジはステマネの責任領域です。誰が楽譜を持ってゆくか(演奏者自身が持って出るか、あらかじめステマネがセットするか)も同様です。6.照明の操作。 ホールによって、照明の専門スタッフを置いているところと、主催者任せのところとがあります。小規模のリサイタルでは、多くの場合ステマネが照明係を兼務することになります。あるいは、スイッチの操作は誰かに任せても直接的な指示はステマネがしなければならないことも多いと思います。7.休憩。 休憩になったら手元のストップウォッチをスタートさせます。ステマネがすることはたくさんあります。
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本番当日・・・終演後編: |
終演後のさまざまなことです。 1.終演直後。 画像中、右上のモニタTVには客席内の様子が映っていますが、お客さまはまだ大半が会場内にいます。出演者は、来てくださった方々に会ってお礼を言うためにすぐにホールのホワイエに向かっているところです。サイン会がある場合も同様で移動を案内しなければなりません。なお、サイン会は、出演者がそのままの衣装で行う場合と、完全に着替えてから行う場合とがあります。2.撤収。 お客さまを会場から外に案内することを「客出し」といいます。客出ししたら、スタッフは手分けして早々に撤収作業を開始します。撤収時が最も楽屋泥棒にやられやすい時間帯です。最近は、楽器を積み込んだクルマごと盗まれるという事件が頻発していますので、搬入出口には必ず見張り番を置いて、決して無人にしないでください。3.コンサートを支えたスタッフ達と。 右の画像は、私のコンサート・サポートチームの面々です。左から、ステージマネージャ、スチールカメラ、ビデオカメラおよび動画編集、ピアニスト(出演者)、受付・会計、歌手(出演者)、受付3名、録音、会場。
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スタッフを代表してひとこと |
コンサートを成功させたい、と願う気持ちはスタッフ全員が持っています。1人1人の役割もその重みも違いますし、たとえ自分がステージ上で演奏するわけではなくても、自分自身もコンサートの一部なのだという気持ちです。そして、この日のために仕事の都合をつけて応援しにやってくるわけです。優れたステマネは、私達をやる気にさせ能力を発揮させてくれます。そして、機会があったらまたこのチームで一員としてやりたいな、と思わせてくれるのです。
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謝辞 |
本マニュアルでいうK氏とは、プロ・オーケストラでのマネジメント経歴だけでなく、楽曲・楽譜・楽器に対する格別深い造詣をお持ちの紺戸淳氏のことです。氏の協力なしにはこのマニュアルは成立しませんでした。また、本サイトの画像の多くは、スチールカメラ担当の田村氏による撮影・提供のものを使わせていただきました。両氏にはここに謹んで感謝の意を表します。
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