K氏と私のリサイタル・マニュアル

はじめに:

このページは、リサイタルなどさまざまな規模のコンサートを企画・運営する人々のための参考になればと思ってステージマネジメントに関するさまざまな知恵やこつなどをまとめたものです。特に、ソロ歌曲や室内楽など比較的小規模のコンサートの運営を対象にしています。本マニュアルの内容は、ステージマネージャ経験豊富な某K氏および私の数少ない経験および失敗から学んだものをベースとしています。

コンサートの運営の総責任者はステージマネージャです。従って、本マニュアルの大半はステージマネージャがすべきことについて書かれています。音楽や演奏に対する考え方はそれこそ人さまざまなものがあり、本マニュアルの内容もある一定の思想のようなものを持っていると思います。

狭義のステマネは本マニュアルに書かれているところまで関与しません。関係者みなさんそれぞれにちゃんとやっているはずである、ステマネはステージ上の運営における最小限のマネジメントだけやればよい、というスタイルのステマネの方が多いと思います。しかし、現実をみるとそれでは演奏者のストレス問題は解決していませんし、思わぬ事故が起きますし、そのようなステマネはトラブルが起きた時に主催者任せな態度になりがちです。

人によっては「そんなんじゃない」「私はそうしたくない」「私の好みではない」と思うかたもすくなからずいらっしゃるでしょう。
そう感じたら、直ちに本サイトのページを閉じた方がいいかもしれません。


ステージマネージャ:

コンサート会場において、コンサートというイベントの「演奏以外」のすべての諸事雑事を責任を持って取り仕切る役割の人をステージマネージャ、以下略してステマネと呼びます。ステマネの使命は、演奏者が世間のごたごたに巻き込まれることなく、自身の演奏に集中してそのパフォーマンスを最大限発揮できるようにすることにあります。また、聴きに来てくださったお客様が、気持ちよく聴けて楽しんで帰っていただけるような環境づくりに気を配ることもその使命に含まれます。

ステージマネージャは責任を負う仕事です。みんなで仲良く運営するとか、ボランティアが集まって運営するような場合でも、責任を担う人がいなければなりません。特に、傷病、火災、盗難といった事故も起こりやすい場所ですので、高い意識を持った責任者が必要なのです。

ステマネは、このような事情をすべて理解した上で、物質的・精神的の両面から快適かつ芸術的な演奏環境をつくらなければなりません。


ステマネ心得:

ステマネが心得ておくべきポイントは以下の6項目に集約されます。

1.コンサートを支えるチーム=人的リソース(会場スタッフ、お手伝いの方、機材担当など)をマネジメントする。

コンサートは多くの人々のチームプレーによって支えられています。ステマネは、会場でのさまざまな役割をスタッフやお手伝いに来てくれた1人1人の能力を見極めて、仕事を割り当て、任せることをしなければなりません。

受付やチケット代金を管理する人、照明やPAの操作をする人、音響や映像の記録に携わる人、演奏者のお世話をする人、業者など外部のリソース、ボランティアで来てくれた善意はたっぷりあってもコンサート運営の素人な人々、これらを統括してひとつのチームとして動けるようにマネジメントするステマネがいます。コンサートを支える1人1人が自分の役割を弁えた上で、互いに役割りをオーバーラップしつつ自発的に行動できるようなチームを作るのもステマネの役割です。何か疑問や問題が生じるたびにいちいちステマネに「これはどうしたらいいですか」なんて聞きに来るようでは、真のチームプレーとは言えません。逆に、あらゆることをステマネが1人で仕切っていたら、コンサートと言うプロジェクトは成り立ちません。

2.演奏者に、演奏以外の非音楽的なことをさせたり、考えさせないようにする。
個人のリサイタルなどでは、お手伝いの人が演奏者本人に「お花はどこに置きましょうか」とか「開場前ですがお客様がたくさん見えてます、どうしましょうか」みたいなことを聞いたりしますが、そのような演奏以外の雑事は演奏者に大変な負担になるので決して関わらせてはいけません。当日の現場での判断、さまざまな問い合わせの処理はステマネあるいはステマネから権限を委譲されたスタッフの役割です。

ステージ上の立ち位置の良し悪しや、椅子および譜面台の位置の調整、演奏者がステージに出るタイミングの判断も演奏者本人がすべきことではありません。演奏者の恩師、お師匠様、身内の方々の接待や扱いの判断もステマネの領域です。アマチュア合唱団のように多数の団員が出演するような場合、演奏に専心しようという団員だけでなく、裏方のことにも関わろうとする団員も出てきます。一流のステマネは、そのような団員に対してもさりげなく「音楽に集中せきるように仕向ける」るものです。

3.会場入りから退去までのすべてのスケジュールと作業項目を管理する。
演奏者は何時に楽屋入りしたらいいか、どんな交通機関を使うのがいいか、衣装の運搬は誰がするのか、食事はいつどこでするのか、お花や弁当はどうなっているか、ピアノの調律はいつまでに終り、ゲネプロは何時から何時まで可能か、複数のソリストがいる場合はそれぞれの時間の割り当てはどうするか、衣装合わせはするのかしないのか、開演直前、何時何分に演奏者を楽屋まで呼びに行くか、最後の曲を演奏し終えて部隊袖に戻ってきた演奏者は、どんなタイミングで拍手に応えて舞台に戻ればいいか等々・・・これらすべてにわたってマネジメントの対象になります。

これらすべてにステマネ本人が直接的に関わるというのではなく、気を配ることが重要であってできることはスタッフに任せるようにします。たとえば、あるリサイタルでソリストは自分の足で自宅から美容院までは行くけれども、美容院からホールまでは車を手配したいという依頼がうちのムスメにありました。この場合、うちのムスメがその趣旨をくんでソリストと直接打ち合わせて段取りを決め、どうなっているかをステマネに報告しておけばいいわけです。

4.良い演奏環境をつくる。
ホール側が用意したステージ配置はそのホールの基本レイアウトであるのが普通なので、ほとんどの場合、そのままでは最適な演奏環境、音響条件ではありません。ピアノの位置は調律師さんがいるうちに決めます。ピアノは位置によって鳴り方が変わるため、場合によっては再調整が必要になるからです。ソリストが演奏しやすい位置、しかも客席からみて音響条件の良い位置をみつけるのもステマネの仕事です。

アンサンブルの場合、奏者同士の距離や位置関係は特に重要です。ピアニストが曲の出だしのタイミングを合わせるのに、チェロ奏者の弓の動きが見えるようしたいとか、互いに音が良く聞こえるように木管楽器が固まりたいとか、そういったさまざまな奏者の都合というのがあります。曲によって、互いの距離が遠いと困る楽器と言うのは結構多いのです。

ある室内楽のアンサンブルで、奏者達がステージに登場してから、彼らが椅子の位置を大幅に変更しはじめたことがあります。つまり、誰かが奏者のことを全く考えずに椅子の位置を変えてしまったのです。

奏者の多くは、聴衆の最前列を近づきすぎるのを嫌いますが、小さなサロンのような会場だと客席の椅子の配置に配慮しなければなりません。ホール側がとりあえずセットしておいてくれた椅子の位置も不適切なことが多く、(ホール側の許可を得て)位置関係を見ながら移動させなければならないことがほとんどです。

5.自分がいなければならない時、いなければならない場所にいる。←きわめて重要!
ステマネがすべてを自分でやろうとすると、肝心な時にそこにステマネがいない、という事態になります。常に自分の居場所を弁えること、そのためにスタッフに責任分担をさせ、スタッフを信頼して任せきることができなければいけません。コンサート当日は、自分があちこちを動き回ってはいけません。何かあった時にあなたはすぐに見つかる場所にいなければならないからです。開演したらステマネは意味なくステージのソデを離れてはいけません。演奏者に何かトラブルが起きた時、それを解決できるのはステマネしかいないからです。
6.さまざまな緊急事態の勃発に対処する。
本番当日は、共演者が渋滞で遅れる、お花や差し入れが多くて混乱する、出演者のお母様がわがままを言う、天候が悪くてクロークがパンクする、奏者が楽譜を楽屋に置き忘れる、座席が足りなくなる、病人が出る・・・といったさまざまな事件が起きます。このような時に、演奏者を巻き込まずにうまく解決したり、割り切りの判断をするのもステマネの重要な仕事のひとつです。また、コンサートは人の命と財産(楽器は非常に高価です)をあずかるイベントですので、火災や事故の際の判断、防止対策などの責任も重いのです。

非常事態への責任(重要):

コンサートなどのイベントの主催者は一定の(というよりかなり重い)責任がかかっています。芸能事務所やホールなどが企画主催する場合はその事務所やホールが責任者ですが、個人のアーティストの場合はそのアーティスト本人が責任者になります。「私はただの音楽家ですから」などと言っている場合ではないのです。

コンサートで大勢の人がおしかけて将棋倒しになって負傷者が出たり人が死んでしまったような場合、消防法の規定に反したホールの使用を行って火災になったような場合がこれにあたります。ステマネは、ホール利用において生じた事故責任がすべて主催者にかかってくるというリスク(イベント主催者賠償責任)についてよく理解しておく必要があります。

非常に常識的なことですが、消防法では非難通路にあたる経路にはモノを置くことができませんし、椅子を勝手に移動させることもできません。録音用のマイクスタンドやビデオカメラの三脚の設置位置には制限があります。ホールの設備や什器、装飾を移動させることも違反になります。ホールには定員が厳格に決められていて、定員を超えて入場させると法規違反になります。通路やステージ上までお客さまを入れてしまって「うれしい悲鳴」なんて言っている場合ではないのです。非常に規模の小さい私的なホールの場合は消防法の適用外のものが多く、消防署の指導・チェックから漏れているところほどルーズな管理であるため注意が必要です。

ホールの利用規定に書いてなくても、「主催者は下記事項を遵守し、安全管理義務を履行しなければならない」、「あらかじめ非常口や避難経路を確認し、緊急時の入場者の避難誘導等に協力しなければならない」、「入場者についての対応は全て主催者側で行う」、「施設利用中(準備・撤去を含む)に発生した事故については、利用者のみならず、関係業者や来場者の行為であっても、全て利用者の責任となる」というのがホール使用上の暗黙の了解事項なのです。そのような事態を想定して、あらかじめ避難誘導路や喫煙場所の確認を行い、ホール自身が消防法違反の営業を行っていないかチェックするわけです。

万が一、人身事故が起きたり、火災など深刻な事態になった場合はステマネの器が問われます。主催者とともに身を挺して来場者の安全な避難誘導に努めなければなりません。ものの順序としては、お客さまが先、演奏者は後です。ステマネ自身はいちばん最後に、としか言いようがないでしょう。この順序を間違えて、お客さまよりも先に演奏者を出そうとする人がいるらしいのであえて書きました。(映画「タイタニック」を見ていただければ、演奏者の役割が何であるかはすぐにわかると思います)

なお、規模の大きなコンサートを催す場合は、「イベント主催者賠償責任保険」というのがありますので検討しておくのもいいでしょう。すくなくとも資料を取り寄せて、何が問題になるかについてくらいの勉強はしてください。

(右画像・・・消防法対象外の小施設の例。すし詰めかつ椅子や什器が積まれている上に出口は小さな扉1枚。この状態で地震+火災になったら惨事はまぬがれない)


アーティストのコンディション:

本番を控えた演奏者を考えた時、プロとアマチュアの間には程度の差はあっても境界はありません。誰もが、本番に向けてベスト・コンディションに持って行こうとさまざまな努力をします。それは、シーズン間近のプロ野球選手のコンディション作りに良く似ています。普通の生活状態でややなまった体をほぐしながら、改めて体力づくりを開始し、バランス感覚やタイミングを合わたりするいわゆる「調整」がはじまりますね。演奏者も同じです。

自分がメインで演奏するリサイタルを開こうとする歌手の場合などは特にそれが顕著です。対バン※があるようなバンドのライブや、1人1人が2〜3曲程度の演奏する発表会と違って、1人で2時間を歌いきる、あるいは楽器を弾ききるというのは全く普通のことではありません。ベートーヴェンの第九で正味数分間のソロパートを歌うのと、リサイタルとでは全く格が違います。

※Wikipediaには「・・・労力の削減という理由がある。1つのライブやイベントを行うためには様々な準備を必要とする。複数の出演者で集まることによって、1グループあたりの労力を小さくすることができる。また、それぞれの演奏時間も短くなることから純粋にそのライブでの演奏に伴う労力も減少させることができる・・・」という記述があるとおり、バンドのような団体でも大変なのに、それを1人で企画・運営しようというのであるから、リサイタルというものがいかに大変なものであるかがわかります。
自分のリサイタルでは、コンセプト作りや曲決めからはじめるのが普通です。曲が決まりはじめるとトレーニングが始まります。最初のうちは曲になっていなかったり、音が楽器に乗っていなかったり、声がちゃんと出ていなかったりしますが、探るように無理せず徐々に調子をつくってゆきます。ある程度形ができた頃に、ピアノ伴奏者と最初の「合わせ」というのをやります。双方の曲の解釈の違いを調整したり、一緒に新しいチャレンジをしてみたり、という作業がはじまります。

ある時、うちのムスメがピアノ伴奏者と最初の合わせをした時「どうも歌いにくいな」と感じる箇所がいくつかあったのだそうです。ところが2回目の合わせの時にそれが見事に直っていたのでわけを聞いたら、そのピアニストが先生のところでレッスンを受けたら「そこをそういう風に弾いたら歌手は歌いにくいですよ」と指摘されたのだそうです(金メダリストにもコーチがいるように、どんなプロでも必ず先生がいます)。ある時は、ぶつぶつ言いながら歌詞を一生懸命覚えています。国立国会図書館に行ってたというので一体何をしに行ったのかと思ったら、どうしても意味がわからない言葉があるので調べに行ってたそうです。歌詞の「ことば」の背景にあるものをちゃんと理解し、自分の中でイメージが作れないと曲にならないというのです。そんなことをやりながら2時間のプログラムを仕上げてゆくわけです。

特に歌手にいえることですが、イメージトレーニングというのを何度もやります。自分の気持のスイッチを切り換えて、自分自身をその曲の世界に入れる練習です。何曲も演奏しますから、曲ごとに異なる世界にはいらないと曲になりません。こういう作業のことを「作る」あるいは「自分を作る」といいます。ステージに出てゆく直前に演奏者や俳優が楽屋や舞台ソデで目をつぶって考えているように見える場面がありますが、あの瞬間に自分を作っているのです。それが瞬時にできるようになるまで、練習室で、あるいはベッドの中で、何度もイメージトレーニングを重ねます。この作業はクラシックの歌手に限った話ではなくて、ジャズシンガーでも、ロックシンガーでも同じです。

リサイタルで演奏者を演奏以外の雑事に関わらせるということが、いかまずいかがわかっていただけると思います。しかし、そういった事情を知らない多くの善意の(悪意のない)第三者が演奏者のコンディションを壊すようなことを次から次へとやってくれます。気持を集中させている時に話しかけたり、注文をつけたり、時間をせかしたりすると、せっかく作り上げてきたものが吹き飛んでしまうのです。もちろん、プロはそんな悪条件であっても、たとえ頭の中から曲のイメージが飛んでしまっても、それまでに積み上げてきたものを体が覚えてくれているがために、破綻しないでステージをやりぬくものですが、そういう状態がいいわけはありませんね。

あるリサイタルで、演奏者にとって心の支えとなるとても大切な方が遠路聞きに来てくださっているのに気がついたことがあります。話しかけてみると、列車の都合があるので終演まで居られそうにないとのこと。ご本人は遠慮されているのを、背中を押して楽屋にお連れしたことがあります。非常に微妙な判断ですが、そのことが演奏者の感情移入の上でプラスに働いたことは間違いなかったようです。小さなホールでしたから、その方が途中で席を立ってホールから出てゆく姿が見えた場合、「どうしたのかな」ではなく「ありがとう、お気をつけて」という気持をこめて最後の曲を演奏することができたそうです。
このようにみてゆくと、演奏活動を最も身近なところでサポートするステマネが、何をどのように考え、行動したらいいかがおのずと見えてきます。また、ステマネのような機能なしに行うステージがいかに危ういものであるかもおわかりいただけたと思います。


会場の下見:

コンサート会場の下見は必ずしておかなければなりません。下見におけるチェックポイントは以下の7項目です。

1.利用可能時間、費用、入館方法、鍵類の受け取り方法、支払方法、キャンセル条件、全体のセキュリティ、駐車場の有無の確認。

ホールはどこも時間帯で区切って料金設定をしていますから、コンサート当日の全体スケジュールを想定しなながら何時から何時まで借りるかを決定しなければなりません。ピアノ使用料、調律費用、録音費用等について確認します。大きなホールや公共の施設では管理者が常駐していますが、私的な小さなホールになるとホールのオーナーのところまで行って鍵を受け取らなければならないことも少なくありません。費用はいつ支払うのか、キャンセル料のルールはどうなっているかについての確認は特に重要です。

ホールにつきものなのが楽屋泥棒です。ママさんコーラスの楽屋が根こそぎやられた、なんていう話はたーくさんありますので、楽屋は楽屋番を置くか施錠が必須です。演奏者は楽器や衣装など荷物が多いので車を使うことがほとんどですから、駐車場の確保も重要です。特に発表会やリサイタルでは大変な量のお花やお菓子が届けられるのが普通なので、乗用車のトランクなど簡単に一杯になってしまいます。

2.立地、交通の便、最寄り駅から演奏会場までの途中の店舗(花屋、コンビニ、ドラッグストア、レストラン、打ち上げ会場)、コインパーキング。
コンサート当日に交通機関が遅延するようなことも考えて、ホールまでの交通の便を複数確認します。コンサート当日になっていろいろと必要なものを調達しなければならなくなるかもしれません。セロテープやガムテープ、マジックインキなどの文具、ミネラルウォーターや軽食、頭痛薬やバンドエイドなどの医薬品などです。ホールの近くにどんな店があるのか、あるいはないのかをチェックしておきます。最寄のコインパーキングがどこにあるのかもチェックしておきましょう。近所で建設・土木工事があるかどうかもチェックします。
3.当日の他のホールの利用内容のチェック。
大小複数の設備があるホールでは、念のためにコンサートと同じ日に他にどんな催しがあるかもチェックしておきます。大音響を出すようなイベントがあるようでしたら、そのホールは使えません。
4.楽屋の場所、広さ、設備、セキュリティ(施錠の可否)、楽屋からステージまでの通路等のチェック。
ステージと楽屋の位置関係、楽屋の広さや設備をチェックします。東京文化会館小ホールのように楽屋からステージに行くのにエレベーターまたは長い螺旋階段を使わなければならないようなホールも存在します。楽屋の広さや設備はそれこそピンキリです。いわゆる楽屋という小部屋ならば鏡や洗面がついていますが、練習室や会議室を楽屋がわりの控え室に使うホールもたくさん存在します。そのような部屋の場合、室内での飲食が出来ないことがありますので必ずチェックします。着替えや化粧をどうするか、出演の食事やお茶の手配はどうするか、洗面所は近いか、なども考えておかなければなりません。楽屋や控え室には、施錠できるところとできないところがありますので、セキュリティにの方法についても事前にチェックするようにします。
5.ステージのチェック(構造、広さ、高さ、ピアノ位置、ソデとステージの位置関係、ドア操作)。
ステージまわりをチェックして、コンサート当日、演奏者達をどのように配置し、コンサートをどのように進行させるかを考えます。小さなホールの場合、演奏者が出てゆくのに適した通路がないことがあります。のぞき窓がついていない扉を開けてステージに出てゆかなければならないようなホールもたくさんあります。小さなホールでは、ピアノの位置が固定されていて動かせないこともあります。ステージの大きさや構造と演奏規模とがうまくフィットするような配置を考えるのもステマネの仕事です。演奏者の立ち位置もおおよそ見当をつけておきます。

音響のよしあし、音響の特性、場所による差異などおおよそのところもチェックしておきます。響かないホールの場合、演奏者は体力を消耗しますし、当日はお客様がはいるためより一層響かない、音が返ってこない状況になります。他のコンサートなどで調律師さんが入っているタイミングに合わせるといいでしょう。調律師さんが気を利かしてスケールとかいくつかの和音を出してくれることもあります。

6.照明設備の能力のチェック、明るさ・向きの調整可否、操作場所・操作方法のチェック。
照明については、ステージ上の演奏者の位置関係を想定しつつ、どの程度調整が可能であるかをチェックしておきます。開演前、客入れの時に照明をどうするかを考えておきます。特に重要なのは照明の操作盤がどこにあり、どういう風に操作したらいいかです。小さなホールでは専門の照明さんはおらず、主催者側で自分でスイッチを操作するのが一般的ですので、操作方法の確認は必須です。

右の画像は非常に良く設定された例(日比谷松尾ホール)で、「開場・休憩」、「本番」、「全部点灯(終演)」がプログラムされており、これらを押すだけで自動的に照明が切り替わるようになっていました。通常はこれほど親切ではなく自力で操作しなければならないか、専門の照明の係(有料)がいるかのどちらかです。

7.空調設備の能力のチェック、騒音の度合い、操作場所・操作方法のチェック。
小さなホールやスタジオでは利用者が自分で操作しますが、大ホールや大ホールに併設された小ホールでは空調がビル管理側になります。注意点としては、風の強さ(ひどい時は風で譜面が飛ぶこともある)、騒音(レコーディング目的の場合はどんなに暑く・寒くても空調は切ります)です。演奏中の気温や湿度が変化すると楽器の音程や状態が変化してしまうということも頭に入れておいてください。

たくさんの来場者があった場合は、室温の上昇に注意します。冬場では、足元に気温が低下して底冷えするとトイレが大混雑します。冷房過剰にも注意がいります。アンケートに「寒くて・・暑くて・・・演奏を聞くどころではなかった」と書かれては台無しです。


準備作業:

本番当日までの間にすべきことをひとつひとつチェックしてゆきましょう。

1.楽曲のチェックと演奏時間。

演奏曲目が決まったら、ネットなどで調べておおよその演奏時間を割り出します。演奏時間は演奏者本人に聞いてもわからないことが多いでしょう。自分の演奏時間を計っている演奏者は多くありません(右画像は演奏者本人が作成したある日のコンサートの楽曲タイムチャート)。コンサートがスムーズに運営できるように演奏時間と曲間の時間、休憩時間のバランスを割り出します。総演奏時間が長いと借りたホールの時間制限にひっかかってしまうので注意します。時間に余裕がない場合は速やかな撤収・搬出の作戦を立てなければなりません。

プロの演奏家のステマネになると、クラシックの場合は大概の曲目のポケットスコアくらいは持っていて、楽譜をみてチェックします。スコアを見れば、楽器編成や楽章ごとの楽器の有無がわかります。楽章の間に切れ目がある曲もあれば、2つの楽章を続けて演奏する曲もあります。ベートーヴェンの交響曲第九番のように後半だけ合唱がある曲もあれば、モーツァルトのノットルノのようにステージ以外の場所にも楽器を配置する特殊な曲もあります。トランペットなどをステージの外で鳴らすような曲も結構多いです。ステマネたるもの、知らなかったでは済まされませんので楽曲の特殊事情はよく知っておく必要があります。

楽器には設置・撤収に手間や時間がかかるものがあります。基本的なところでピアノを使う場合は調律をしなければなりませんし、チェンバロやリュートなどの古楽器は気温や湿度に敏感なだけでなく、チューニングの手間が普通ではありません。曲に合わせてチューニングするので前半と後半で曲の調性を揃えたりといろいろ大変なのです。オルガンやギターアンプなどで電源が必要な場合もあります。楽器の持ち替えがある場合は椅子が余分に必要です。

アマチュアの合奏団ではよくあることですが、団員をできるだけ多く参加させるために、曲あるいは楽章ごと頻繁にパート・メンバーを入れ替える場合があります。これらのための時間も考えなければなりません。

2.記録・・・録音や映像。
<写真>
カメラによる記録は大きく「ステージ」と「ステージ外」の2つに分かれます。「ステージ」の撮影は可能ならばプロに依頼するか、プロに準ずる腕と機材のある人に依頼します。演奏中のカメラマンの行動やシャッター音はお客様の邪魔にもなるので心得があるカメラマンでないと具合が悪いのです(ステージ撮影のプロは操作音が外に漏れないカメラやカバーを持っています)。また、距離の制約、明るさの制約などがあるため腕と機材の両方が良くないといい写真は残せません。「ステージ外」の記録写真は案外重要で、次回以降の参考になりますし、かえって裏方の写真の方が奏者にとっていい思い出になったりします。どんな方々が来てくれていたのかも記録に残るので、後々、お礼の手紙が書けたりするのです(ちゃんとしたリサイタル奏者は来て下さった多くの方々にお礼の手紙を書きます)。

<録音>
録音はピンキリです。最前列の座席に小型レコーダーを置く方法から、ホール備え付けの簡易録音設備を使う方法、ホール付のエンジニアに依頼する方法、録音ができるアマチュアに依頼する方法などさまざまです。共通していえるのは、失敗できないということと、録音はあくまで従たるものであって主たる目的はお客様に聞いていただくことなのだということを忘れないようにします。録音屋の中には重要度を勘違いして「この位置でないといい音で録れませんから」とか言って客席からの視線の邪魔になるような位置に平気で目障りなマイクスタンドを立てる阿呆もいますので、そういう場合は遠慮なく「叱り」ましょう。ホール側には録音に関する決まりごとがある場合があります。録音機材持ち込みの場合でも、最低限の打ち合わせを音響担当としておかないと当日困ったことになります。事前チェック項目は、ホール付のエンジニアの要不要、電源の位置、3点吊りやバトンの操作、作業テーブルや椅子の確保などです。

<映像>
演奏を動画として記録に残すことも増えてきました。ビデオカメラの設置は場所を取るのであらかじめ打ち合わせが必要です。東京文化会館のようにホール側でカメラ位置を厳格に指定される場合もあります(NHKですらきっちり守らされています)。忘れてはならないのは、後日の映像の編集作業についてです。あるアマチュアのおじさんがやってくださるというので依頼したら、撮影はなんとかなったのですが編集の技術が全くなくていつまで待っても仕上がってこなかった、という事件がありました。

※私たちが映像記録をとる場合は、録音係と映像係を分けて分担して記録をとります。録音はマルチマイクとProToolsを使ってCDにもDVDにも出来るように音の素材を確保します。映像は、2台または3台のカメラを使い音なしで映像のみ記録し、編集の段階ですべてを1つにまとめています。


調律風景と録音機材

(左から)東京文化会館小ホール、代々木MUSICASA、日比谷Steinwayサロン松尾ホール、我が家。



(左から)準備中の録音機材一式、本格的な録音ができるProTools一式+MacBook、ホール備付の簡易ミキサーとレコーダー、コンパクトなマイク一体型録音機"ZOOM"。

本番当日・・・受付・客席編:

本番当日における受付および客席まわりの作業について説明します。

1.お金の管理。

受付まわりで特に重要なのは「受け取ったお金」の管理です。お金の管理は、主催者側の身内の誰かにやってもらいます。金額が合わない、紛失するなど事故が起きた時、善意の部外者に頼んでいると非常に気まずいことになるからです。また、外部の人はお金に触れたくないというのが本音でしょう。

受け取ったお金の計算は、開演までにすみやかに分類・集計してもらいます。終演後に計算するというのは駄目です。ステマネは基本的にお金には一切関与しませんが、誰がお金を管理し、今、誰が持っているかについては把握するようにします。受付のお金の泥棒は非常に多いので注意してください。お金を管理する人は、お金を置いたまま会場内をうろついてはいけません。

もうひとつのお金の管理、それはホール使用料など「支払うお金」です。ホール使用料の多くは、一部前金で残金を終演前に支払うことになっているのですが、個人のリサイタルなどではそのお金は演奏者本人が持っていることが多いです。開演前のどたばたしている最中に、ホール関係者がやってきて残金に支払いを請求してくるので、いつでも支払えるようにしておきます。

2.受付とチケット。
すべてのお客さまがチケットを持参されるわけではないですね。当日、受付預かりの人も多いことでしょう。受付預かりのチケットは、御代済みの場合とまだの場合が混ざります。当日券をあてにして来る人もいます。受付の判断は受付の責任者に任せて、ステマネは関与しません(できません)。何人の方が入場したかは半券の数で把握しますので、半券はなくさないようにすべて回収するようにします。重要なお客さまにチケットを渡す時に、半券の裏にマーキングしておく演奏者もいます。

(プログラムをセットするスタッフ達・・・右画像)

3.お花&差仕入れ。
個人のリサイタルの場合、演奏者の知人の多くはお花やお菓子などを持ってやってきます。誰が誰宛に何を持ってきたか、という記録は非常に重要です。演奏者のお師匠、音大の恩師(つまり現役のプロ)、現在活躍中のプロ仲間、業界関係者、マスコミ関係者、スポンサー関係者、職場の上司や同僚、遠路やってきた親戚、友人、同窓仲間、遠い親戚、そのお友達等々・・・。演奏者は、こういった方々には必ずお礼の手紙を書きます(書くものです)。そのためには、受付のドサクサの中で、漏らさずこれを記録しなければならないわけです。

用意するものは「のり付きのシール(タックシールなど)」と「サインペン」です。受付係は、お花や品物を受け取った際に「誰から誰へ」を聞いてシールに記入して現物にどんどん貼ってゆけばいいのです。中には、「これは演奏者のお母様に渡してください」なんていうのもあります。開演して受付の仕事が一段落したら、これらお花や差し入れを各演奏者の楽屋に移動させて完了です。

1人あたりの演奏曲数が少ない発表会はまだいいのですが、個人がやり切るリサイタルでは結構たくさんの差し入れが来てしまうことがあります。乗用車の座席やトランクが一杯になってしまうことザラなので、これらをどうやって持ち帰るかのアドバイスも必要です。クルマを用意していないと、花だけのためのタクシー1台なんていうことも起こります。

4.プログラム。
プログラムの渡し方は2通りあります。入場時にチケットをモギる際に手渡す方法と、あらかじめ座席に置いておく方法です。前の方から詰めてほしい場合は、後者の方がいいでしょう。
5.客席。
ホールの収容人数に対して来場者数がすくない場合、お客さまがばらばらに着席してしまうと中央に空席ができてしまいます。そのような場合は、椅子に数を減らすのがいいのですが、椅子が固定ではずせない場合は紙テープを用意しておき、客席の左右の隅とか後ろの何列かを紙テープで囲って入れなくしてしまいます。なお、消防法で定められた数を超えて勝手に椅子を増やすことはできません。
(左から)受付での打ち合わせ。ステマネは、細かいことまで気がついてスタッフ1人1人に対して丁寧に指示を出す。

本番当日・・・楽屋編:

本番当日における楽屋に関係する作業について説明します。

1.楽屋割り。

ホールの設備の有無や予算との相談もありますが、演奏者が唯一落ち着けるプライベートな場所は楽屋しかありませんので、できる限り楽屋あるいはそれに準ずる場所を確保するようにします。難しい曲、はじめての曲がプログラムに組まれている場合、演奏者は本番直前まで曲をさらったり、気持を作ることをしますので、誰からも話しかけられることのないプライベートな場所が必要なのです。オーケストラや合奏団員は相部屋でもかまいませんが、ソリストが可能な限り個室を確保します。
2.楽屋番。

演奏者がステージに出てしまってから、戻って来るまでの留守番役です。私が学生の時、よくアルバイトで東京文化会館の楽屋番をやってました。楽屋番は開場前のステージ・セッティングの手伝いをした後、終演まで楽屋を出ることができません。昔から楽屋泥棒の被害は少なくないので、楽屋番はとても重要な仕事なのです。ママさんコーラスで、たった5分間で20人分の財布を全部やられたことがあります。楽屋泥棒はそれくらい要領がいいのです。

ちいさなコンサートで、楽屋番を置けない場合は楽屋は必ず施錠するようにします。開演前の人の出入りが多くていちいち施錠できない場合でも、交代で必ず誰か一人が楽屋に居るようにやりくりします。楽屋はたった1分間であっても絶対に無人にしてはいけません。これを怠って多くの盗難事故が起きています。

あるコンサートが終了して楽屋を訪ねた時、楽屋の中ががらんとしていて高価な弦楽器だけが置いてありました。今、この瞬間に楽屋泥棒が入ったらすべて持って行かれてしまうという状況でした。このコンサートは、プロが出演していましたが運営責任者が事実上いないようでした。私は、家内をそこに残して関係者をみつけるためにホール中を走り回ったことがあります。じつに演奏者と主催者および関係者達は別室で打ち上げをやっていたのでした。


本番当日・・・ゲネプロ編:

本番当日におけるゲネプロに関するについて説明します。

1.演奏者位置決め。

演奏者の位置は音楽を作る上で非常に重要です。まず、どのホールも前後の立ち位置によって音響効果がかなり変化しますので、音を出している間に客席にはいっていって音の様子をチェックします。1歩前に出るだけで声がぐっと前に出ることがあるのです。アンサンブルの場合は、演奏者が相互に音がよく聞こえているかどうか、視線を合わせやすいかどうかに着目して位置を決めます。譜面台の位置、楽譜のめくりやすさ、持ち替えの楽器のための椅子などについても配慮します。ピアノの位置は調律師さんがいる間にチェックし、鳴り方が気になる場合は相談するといいでしょう。調律師はホールごとにピアノの位置によって音響がどうなるかよく知っているからです。歌手の場合は、喉をうるおすための水を入れたコップのためにテーブルやテーブルかわりの椅子のことも考えます。

合唱団の場合、1人1人に間隔にわずかでもばらつきがあると、客席からみて非常に気になるものです。演奏者達は全体が見えていませんから、自分自身の立ち位置がバランス的にどうなのかわかっていません。ステマネは、客席中央からステージ全体を把握して立ち位置のアドバイスを行います。ポイントとなる演奏者の位置を決めたら、床にテープで印をつけるようにしたら確実です(バミるという)。特に、アルバイトやボランティアなどコンサート運営経験がない・浅い人がセットした譜面台や椅子の位置はヤバイいことが多いので、必ず事前に位置決めするようにします。

演奏者が椅子に座ってからずるずると場所を動かしはじめるのは見苦しいものです。特に録音が行われる場合は、マイクロフォン位置は厳密に調整して決めてあるので、演奏直前に奏者の位置が変わってしまうと取り返しがつかないことになります。

2.最終調整。
ゲネプロ(ゲネラル・プローベ)は本番直前に行う演奏についての最終調整・打合せのことです。ほぼ全曲を通して本番さながらに行う場合と、ポイントを絞って短時間に行う場合とがあります。いずれにしても、演奏者のペースを優先しますが、ステージ慣れしていない演奏者の場合、往々にしてゲネプロでエネルギーを使い過ぎる傾向があるので、その気配を感じたらほどほどで終了するように仕向けるのがいいでしょう。客入れしていないホールは良く響いて気持がいいですが、満席になると音が吸われてさっぱり鳴らなくなりますので、本番は想像以上のエネルギーがいるのです。ゲネプロでいい調子だからといって、本番が同じであるとは限りません。

伴奏付きのソロリサイタルの場合、ソリストだけ、合わせ、伴奏者だけ、のそれぞれの時間が必要です。歌手や管楽器奏者は消耗が激しいので長時間の演奏をすることはありませんが、ピアニストは例外でどんなに長時間弾いてもへばることはありません。むしろ、納得のゆくまで弾けるように充分な時間を割くように配慮します。ヴァイオリンもピアノと同じ傾向があります。(時間があれば、いつまでも弾いていると思います)

3.演奏者の健康管理。
健康管理は本来、演奏者本人の領域ですが、本番間近の演奏者はセルフコントロールがでうまくできなくなるのが普通です。歌手にとって必須である「喉をうるおす水」を忘れたり、ステージ上がとても寒いのに肩が出た舞台衣装のまま無理をしていたり、逆に照明で暑かったり、本番前にトイレに行きそびれたり、常用している薬の服用を忘れたりします。ステマネは、本番前の演奏者の様子にも注意を払い、一声かけるなど適切な対応をしなければなりません。
4.写真撮影のチェック。
写真撮影を行う場合は、ステマネが兼務するのはほとんど不可能なので専門のカメラマンを入れます。ステージ専門のプロのカメラマンではなく、カメラに慣れた知り合いの方に頼む場合、以下の点に注意します。ゲネプロ・本番中にかかわらずフラッシュは使わないこと、本番の演奏中はシャッターを切らないこと、聴衆の前をさえぎらないことなどです。特に、慣れない人は曲の静かなところや、余韻が消えてゆく大切なところで無粋なシャッター音をさせてしまうことがあるのでくれぐれも注意してもらいます。プロのカメラマンの場合は、演奏中にシャッターを切っても音が外に漏れないカバーを使いますが、それでもわずかに音が漏れるのでシャッターのタイミングはとても難しいのです。
(左から)ステマネと立ち位置を相談する。最終の打ち合わせをする歌手とピアニスト。首にマフラーを巻き手には水(お湯?)を持っている。ピアニストだけのための時間も必要。

本番当日・・・本番編:

いよいよ本番です。

1.コンサート全体の時間管理。

開演から終演までの秒刻みの時間のマネジメントをするのもステマネの仕事です。ですからストップウォッチが必須アイテムです。受付まわりのお客様が減ってめどがついたか、客席の落ち着き具合を考えながら開演のタイミングを読みます。リサイタルや発表会の場合、お花や差し入れの受付が混雑してまだお客様が行列になっていることがあります。予定していた開演時刻のこだわらず、客席の様子が落ち着くのを待って開演のタイミングを判断するわけです。客席側が落ち着いていないのに開演してしてしまうと、演奏者もお客様も気が散って音楽になりません。
2.出演者の案内・誘導。
そろそろ開演という時刻になったら、楽屋に足を運んで出演者に「3分前になったら声をかけます。あと5分くらいです」という風に伝えたらいいでしょう。演奏者は安心して楽屋で待機できます。開演時刻になったら演奏者を呼びに行き、舞台ソデで待機となります。
3.緊張を解きかつ精神集中のための余裕をつくる。
客電(客席の照明のこと)を落としてもすぐには客席のざわめきは収まらず、一定の時間がかかります。やがて急に静かになる瞬間というのがあります。その時まで焦らずに待つのがステマネの重要な役割です。「さあ、いいタイミング」となったら、演奏者を目を合わせ「深呼吸しましょう」と言ってひと呼吸させててから舞台上に送り出します。この流れがスムーズにできると、客席からみて、演奏者が非常にいい顔つきでステージ上に現れることになります。
4.タイミングのマネジメント。
1曲目の演奏が始まったらストップウォッチをスタートさせます。ステマネは、急な用事で演奏中の音が聞こえないところに行かなければならないこともありますが、ストップウォッチがあれば残り時間がわかるので心に余裕が生まれます。

演奏者をステージ上に送り出すタイミング、演奏を終えてソデに戻ってきた演奏者を拍手に応えて再びステージ上に送り出すかどうかの判断はステマネの腕の振いどころです。演奏者は客観的な時間感覚を失っている場合があるので、自分自身で判断すると早すぎたり遅すぎたりします。あるいは、どうていいかわからずにおろおろする人もいます。そんな時、ステマネが自信ある態度で指示を出すことで演奏者安心して自分らしい態度に戻ることができます。タイミングのマネジメントではストップウォッチが役に立ちます。時としてステマネ自身も時間感覚が狂うことがありますのでストップウォッチは是非手元に用意してください。

5.本番開始後のステージ・アレンジメント。
曲目によって奏者の編成が変わる場合があります。基本はピアノ伴奏の歌曲だけれども、1曲だけクラリネットやヴィオラなどの楽器が加わったり、弦楽合奏の編成が変わったりするケースは珍しくありません。そんな時の椅子や譜面台のアレンジはステマネの責任領域です。誰が楽譜を持ってゆくか(演奏者自身が持って出るか、あらかじめステマネがセットするか)も同様です。
6.照明の操作。
ホールによって、照明の専門スタッフを置いているところと、主催者任せのところとがあります。小規模のリサイタルでは、多くの場合ステマネが照明係を兼務することになります。あるいは、スイッチの操作は誰かに任せても直接的な指示はステマネがしなければならないことも多いと思います。
7.休憩。
休憩になったら手元のストップウォッチをスタートさせます。ステマネがすることはたくさんあります。

・照明操作(舞台の照明を落とし、客電をすこし上げる)。
・休憩を知らせるアナウンスの指示。
・楽譜のセット、椅子・譜面台の移動・片付け。場合によってはピアノの移動指示。
・ステージ上の落し物、忘れ物のチェックと回収(イヤリングとか衣装を止めたピンのほか、弱音器やリードがよく落ちている)。
・楽屋まで行って演奏者の呼び出し&案内、舞台ソデ待機。
・照明操作(客電を落とし、舞台の照明に戻す)
・客席の状況、ざわつき加減を読んで後半開始のタイミングをはかる。


本番当日・・・終演後編:

終演後のさまざまなことです。

1.終演直後。

画像中、右上のモニタTVには客席内の様子が映っていますが、お客さまはまだ大半が会場内にいます。出演者は、来てくださった方々に会ってお礼を言うためにすぐにホールのホワイエに向かっているところです。サイン会がある場合も同様で移動を案内しなければなりません。なお、サイン会は、出演者がそのままの衣装で行う場合と、完全に着替えてから行う場合とがあります。
2.撤収。
お客さまを会場から外に案内することを「客出し」といいます。客出ししたら、スタッフは手分けして早々に撤収作業を開始します。撤収時が最も楽屋泥棒にやられやすい時間帯です。最近は、楽器を積み込んだクルマごと盗まれるという事件が頻発していますので、搬入出口には必ず見張り番を置いて、決して無人にしないでください。

出演者はぎりぎりまで来場者のお相手をしなければなりませんし、楽屋に戻っても親しい方々がやってきたりしますので戦力にはなりませんし、自分の持ち物についても関与する余裕はあまりありません。着替えて、身の回りのものをまとめるのが精一杯でしょう。私がすごいと思ったのは、歌手のメラニー・ホリディで、終演後に楽屋に来てくれるファンのためにわざわざ別のドレスに着替えていました。そのサーヴィス精神には頭が下がりました。

3.コンサートを支えたスタッフ達と。
右の画像は、私のコンサート・サポートチームの面々です。左から、ステージマネージャ、スチールカメラ、ビデオカメラおよび動画編集、ピアニスト(出演者)、受付・会計、歌手(出演者)、受付3名、録音、会場。

終演後は撤収作業などであわただしく時間が過ぎてゆきますが、できればこのように裏方を支えたスタッフ一同で記念撮影をしておいたらいいと思います。スタッフの表情から、このリサイタルが成功であったことがよく伝わってきます。


スタッフを代表してひとこと

コンサートを成功させたい、と願う気持ちはスタッフ全員が持っています。1人1人の役割もその重みも違いますし、たとえ自分がステージ上で演奏するわけではなくても、自分自身もコンサートの一部なのだという気持ちです。そして、この日のために仕事の都合をつけて応援しにやってくるわけです。優れたステマネは、私達をやる気にさせ能力を発揮させてくれます。そして、機会があったらまたこのチームで一員としてやりたいな、と思わせてくれるのです。


謝辞

本マニュアルでいうK氏とは、プロ・オーケストラでのマネジメント経歴だけでなく、楽曲・楽譜・楽器に対する格別深い造詣をお持ちの紺戸淳氏のことです。氏の協力なしにはこのマニュアルは成立しませんでした。また、本サイトの画像の多くは、スチールカメラ担当の田村氏による撮影・提供のものを使わせていただきました。両氏にはここに謹んで感謝の意を表します。

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