トランジスタ式フォノ・イコライザの変遷



PIONEER SA50 / Pre-Main Amp

なつかしいですね。一般家庭のオーディオがセット式からコンポーネント式に変化したきっかけを作ったようなアンプがPIONEERのSAシリーズです。低耐圧で性能がいまひとつであったゲルマニウム・トランジスタの時代から、高耐圧、高性能のシリコン・トランジスタの時代にに変化しはじめたのもこの時期です。

SA50は、NECのシリコン・パワー・トランジスタ2SD130を使った6Tr構成、プラス電源のSEPP-OTL回路の13Wクラスのメインアンプを搭載した最も廉価なプリメインアンプでした。PHONOイコライザは、当時最も普及したNPN2段構成のもので、三菱製ローノイズ・トランジスタ2SC870、2SC871を使っています。

Name Make VCBO VCEO Ic Pc hFE
2SC870 三菱 30V 25V 30mA 200mW 160
2SC871 三菱 30V 25V 30mA 200mW 250

ゲルマニウム・トランジスタのベース〜エミッタ間電圧は、0.2V〜0.4Vくらいと低く、かつ変動しやすいものであったのに対して、シリコン・トランジスタのベース〜エミッタ間電圧は、0.6Vと高く、ゲルマニウム・トランジスタに比べればはるかに安定しているので、このような2段直結回路が可能になりました。

2段目のエミッタから初段ベースに330kΩで強いDC帰還をかけることで動作を安定させています。ベース〜アース間に入れられた270kΩは当時の2段直結基本回路では省略されることが多かったです。SA50では、2段目エミッタの設計電圧が1.7Vと高いので330kΩと270kΩで分流することを考えたのでしょう。

RIAAイコライザ素子は、精密なRIAAイコライジングは意図していないようですが、規定値である75μS、318μS、3180μSに対して81μS、324μS、3300μSなのでまあまあというところでしょうか。超低域で若干レスポンス不足かもしれません。2段目コレクタ負荷抵抗が15kΩと高いのに対してRIAAイコライザ素子のインピーダンスが低く、高域における許容最大入力マージンはかなりつらいことになっていると思います。それでも、実用上は特に問題はありませんでしたが。ちょっと気になるのは、初段エミッタに生じた電圧(70mV)が、RIAAイコライザ素子を通って約10mVほどが出力側に出てしまうことです。当時はこんな設計でも通用したのでしょう。

このNPNトランジスタを使った2段直結型のPHONOイコライザ回路は今でも生き残っており、現役で使われることがあります。


SONY STR6000 / Receiver

SA50に続いてもうひとつ、NPN-NPN2段直結型PHONOイコライザをご紹介しておきましょう。ちょっと地味な機種ですが、SONYのレシーバーに搭載されたものです。トランジスタはSONY製2SC631と2SC632を使用しています。

Name Make VCBO VCEO Ic Pc hFE Notes
2SC631 SONY 25V 25V 100mA 250mW 350 -
2SC632 SONY 40V 40V 100mA 250mW 350 -

PIONEER SA50との違いは、初段ベースに与えるバイアスの2段目エミッタ電圧からの取り出し方で、それ以外は取り立てて言うべき差はありません。しいて言うならば、電源電圧が31Vと高めに設定されていることと、RIAAイコライザ特性のほかにテープヘッド直結のためのNABイコライザ、そしてフラットな特性のマイクロフォン・アンプとの切り替えがあるくらいでしょうか。初段エミッタ電圧の漏れはあいかわらず生じています。


Victor MCP-V9 / 4CH Pre Amp

PNP型で実用になるローノイズ、高hFEのシリコン・トランジスタが登場すると、PHONOイコライザを含むプリアンプの回路方式全体が一変します。ローノイズPNPシリコン・トランジスタの第一号と言ってもいいのが東芝製2SA493でしょう。

この時、もうひとつ大きな変化が起きました。それはローノイズ・トランジスタの高耐圧化です。初期のローノイズNPNシリコン・トランジスタといえば、2SC458LGCや3SC693、2SC870に代表される耐圧20V〜30V程度が一般的でした。しかし、これでは電源電圧を25V以上にすることができないため、最大出力電圧はせいぜい5〜6Vであり、100倍近くの利得を得ようとすると、許容入力電圧は100mVを超えることができません。

電源電圧を40V程度まで高くしたい、というのがトランジスタ式PHONOイコライザの悲願でもありました。50VというVCEOを実現したローノイズNPNシリコン・トランジスタの第一号は東芝製2SC732だったと思います。Victor MCP-V9で使用された2SA493もVCEOが-50Vあるため、電源電圧は40Vを実現できています。

さて、Victor MCP-V9のPHONOイコライザ回路です。最初のポイントは、PNP-NPN直結構成であるということです。面白いのは、初段を駆動するためのコレクタ電流は終段コレクタからなんと1MΩという高抵抗で供給されているということです。このままでは高い利得は得られませんから、初段エミッタは10μFと470Ωで交流的にアースされています。

各部の動作条件を推定してみましょう。電源電圧は41Vです。終段2SC853のコレクタ電圧を22.5Vと推定します。コレクタ負荷抵抗(4.7kΩ)に流れる電流は3.94mAですから、2SC853のエミッタ電圧は、3.94mA×(33Ω+820Ω)=3.36Vとなり、ベース電圧は0.6Vを足して3.96V。2段目2SA493によるエミッタ・フォロワのベースで電圧は3.96V−0.6V=3.36Vということになります。初段コレクタ負荷抵抗は220kΩですから、初段コレクタ電流は、3.36V÷220kΩ=15.2μA。じつにわずかなコレクタ電流で、従来のトランジスタ・アンプでは考えられなかった思い切った値です。初段エミッタ電流は1MΩによって終段コレクタ(22.5V)から供給されていますから、初段エミッタ電圧は、22.5V−(15.2μA×1MΩ)=7.24Vとなります。

初段2SA493のベース〜エミッタ間電圧はおそらく0.5V程度と思われるので、エミッタ電圧が7.24Vであるとすると、ベース電圧は6.74Vになります。初段ベース電流は(計算の都合上)考えないで無視することにして、2つの1MΩの供給電圧を求めると6.74Vの2倍の13.48V。ここから47kΩを経て2段目エミッタ(3.96V)に供給されているので、2段目エミッタ電流は、(13.48V-3.96V)÷47kΩ=0.20mAです。13.48Vポイント〜アース間には動作を安定化させるための抵抗(22kΩ)がありますが、ここに流れる電流は、13.48V÷22kΩ=0.61mAですから、B電源(41V)〜13.48Vポイント間の33kΩに流れる電流は、0.007mA+0.20mA+0.61mA=0.82mAとなります。ここで求めた値から電源電圧を逆算すると、13.48V+(0.61mA×33kΩ)=40.6V≒41Vになり、全体のつじつまが合いますから、動作条件はおおむねこんなところでしょう。

使用されたトランジスタの規格の概要を下表にまとめました。冒頭でも述べたように、高耐圧かつ高hFEの2SA493の出現は私達アマチュアにとっても、待ちに待ったものでした。2SC853は目新しいものではありませんが、今でいう2SC945のような位置づけの石で、これに独特の形状をした放熱フィンでくるんだ格好でPcを稼いでいます。コンプリに2SA545があり、10W〜20Wクラスのドライバやヘッドホン・アンプの終段などに使われていました。

Name Make VCBO VCEO Ic Pc hFE Notes
2SA493 東芝 -50V -50V -150mA 400mW 120〜400 NF<2dB(6V、0.1mA、100Hz)
2SC853 NEC 70V 60V 200mA 400mW 70 -



ONKYO Integra725 / Pre-Main Amp

1970年頃だったと思いますが、アンプの設計にコンピュータ・シミュレーションを導入した、という記事が話題になりました。メインフレームの横132桁の連続帳票を使い、文字の配列を使ったグラフもどきで特性を表現したものでしたが、当時はかなりセンセーショナルだったと記憶します。それがONKYOのIntegra 725プリメイン・アンプです。

プラス・マイナス電源を使ったPNP〜NPN直結構造で、今見たらなんでもない回路ですが、当時は新鮮でわくわくしたものです。当時、まだ低雑音専用の良いPNPトランジスタが少なく、本機でも高周波用の2SA572を流用しています。2段目は非常に珍しいSONY製で、終段は東芝が出したロングセラーの低雑音トランジスタ2SC732です。

前述のVictor MCP-V9のPHONOイコライザと同様に、DC領域まで深い負帰還がかけられています。それまでのトランジスタ回路では、直結回路を採用したものの、負帰還素子にコンデンサが割り込んでいてDC領域での負帰還定数βがゼロに収束しているのが多かったのですが、この頃から超低域での安定度が問題視されるようになり、DC領域での負帰還がかけられるようになりました。

変わっていたのはラインのNF型トーンコントロール・アンプ部で、初段PNPを差動にしたPNP〜NPN直結構成で、これこそ将来の半導体アンプの基本回路を示唆するものでした。このアンプは、今までのトランジスタ・アンプにはない引き締まった低域と広帯域感のあるトーン・バランスが特徴で、手に入れてみたいアンプのひとつでした。

Name Make VCBO VCEO Ic Pc hFE Notes
2SA572 新日無 -30V -25V -50mA 200mW 180 -
2SC632A SONY 50V 50V 200mA 250mW 400 -
2SC732 東芝 60V 50V 150mA 400mW 200〜700 -


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