■■■オーディオマニアが陥る思い込み■■■
Beliefs audiophiles fall
その昔、アナログ音声の伝送に600Ωのインピーダンスが使われたことがありました。理由はいくつかありますが、もっぱらトランスによるDCとアースの分断が要求されたことと、当時主力であった真空管回路のままではインピーダンスが高すぎて具合が悪かったことが挙げられます。音の良し悪しを論じる以前に、いかに確実に音声を伝送するかが問われた時代のお話です。そんな時代から経つこと半世紀、何故かいまだに年配のオーディオマニアの間に限って600Ω信奉が残っています。おそらくアマチュアから見たプロオーディオへの憧れがそうさせているのだと思います。30年前はあまりにとても手が出なかったプロ用音響機器も、価格の劇的な低下によって今日では案外廉価に手に入るようになりました。誤った知識のまま憧れで終わらせるのではなく、しっかりと勉強して自分のものにしてみてはいかがでしょう。
600Ωのインピーダンス規格の考え方は30年以上前に姿を消しました。オーディオ機器の接続の基本が「ロー出し、ハイ受け※」であることは自作される皆さんはよくご存知だと思いますが、「プロ用機器では別でインピーダンス・マッチングしている」と思っている人は多いのではないでしょうか。「ロー出し、ハイ受け」のセオリーはプロオーディオにおいても変わることはありません。ですから、現行のプロ用音響機器は基本的に「ロー出し、ハイ受け」です。話はそもそも(高周波ではない)オーディオ回路・機器におけるインピーダンス・マッチングとは何なのか、というところにたどり着きます。増幅素子が真空管で機器間をつなぐ主役がトランスであった時代は、回路の動作条件を狂わせないためにはインピーダンス・マッチングは必須でした。今でも出力トランスを使った真空管パワーアンプでは、出力トランスの2次巻き線とスピーカーとの間でインピーダンス・マッチングをやりますね。しかし、半導体アンプではインピーダンス・マッチングは不要になりました。プロ用機器でも同じことが起きました。
インピーダンス・マッチングが必須な機器環境では、負荷が設計値(例えば600Ω)から外れることは許されません。1台の機器の出力に2台の機器を繋ごうとすると厄介な問題が発生します。インピーダンス・マッチングの条件を満たそうとすると、必ず6dB以上の減衰が発生してしまうのです。一方、ロー出し、ハイ受けではこのような問題は発生しません。ちなみにプロ用音響機器の出力インピーダンスは50Ω〜200Ωくらい、入力インピーダンスは3kΩ〜20kΩで、入力・出力ともに民生機器と比べてやや低めです。600Ωという値はどこにも現れません。
というわけで、現在のプロ用音響機器は「ロー出し、ハイ受け」が標準となりました。ところで、私が設計・製作したプロ用音響機器は、真空管や600Ω仕様のトランスを使っていますが、今どきの他の音響機器と混在しても支障のないようにロー出し、ハイ受け仕様としてあります。
※ロー出し、ハイ受け・・・オーディオ回路では低い出力インピーダンスで送り出して、高い入力インピーダンスで受けると最もロスがなく、歪み率も良好になる。
最近よく目にするのが「出力インピーダンスと入力インピーダンスは合わせければならない」、「CDプレーヤの出力インピーダンスが200Ωなので、200Ωのライントランスをつないでインピーダンス・マッチングさせている」という種類の記述です。オーディオ回路を設計できる人からみたら「なんでそういう発想が出てくるの?」と首をかしげることになるわけですが、そう信じさせてしまうところが「インピーダンス・マッチングすべし」という言葉の魔力なのでしょうか。言葉の意味を考えずにそのまま言葉どおりに解釈するとそういうことになってしまうのでしょう。
通常のオーディオ機器のライン出力の出力インピーダンスは低いもので数十Ω、高いもので1kΩ〜2kΩくらいです。それらのオーディオ機器は、接続する相手の入力インピーダンスとして10kΩ〜50kΩを想定して設計されています。出力インピーダンスが50Ωとかなり低いから入力インピーダンスが200Ωでも問題ない、な〜んてことにはなりません。一つ例を挙げましょう。ダンピングファクタが50(8Ω負荷時)のパワーアンプの出力インピーダンスは0.16Ωですが、負荷に0.16を繋いだらどうなるでしょう?負荷がほとんどショートした状態になってたちまち保護回路が作動するでしょう。
出力インピーダンスが低いことと、低いインピーダンスの負荷に対応できることは全く別の話なのです。
繰り返しますが、オーディオ機器の接続では民生機器もプロ用音響機器も「ロー出し、ハイ受け」が基本です。誤ったネット情報のまことしやかな解説に惑わされることのないようにしっかり勉強してください。