■■■平衡回路の基礎1・・・平衡と不平衡■■■
Basic Theory of Balanced Circuit



●平衡とは

「平衡」という語は「balance」あるいは「balanced」の翻訳だと思います。日本語で平衡というと「釣り合っている」という意味をさします。では、一体何が釣り合っているわけ?

オーディオ信号に限らず、電気的信号を送る時、その経路をつなぐ線は「往路」と「復路」の2本が必要です。「行きはよいよい、帰りは怖い」とか言いますが、私たちが普段使っているオーディオ・ケーブル(RCAピンプラグがついたやつのことです)は、「行きはよいよい、帰りは怖い」どころか「行きも怖いし、帰りも怖い」という一面を持っています。

オーディオ・ケーブルでは外部からの雑音からオーディオ信号を守るために、シールドをアースにつなぎます。これを怠るとかわいい赤頭巾ちゃんは簡単に狼に食べられてしまいます。このようなシールドのことを静電シールドといいます。静電シールドは狼からの攻撃はしっかり守ってくれますが、防げないものがあります。トランスのような磁束によるノイズは透明人間にように静電シールドを貫通して赤頭巾ちゃんを襲います。そういう意味では、静電シールドで簡単に撃退できる狼よりも透明人間の痴漢の方が厄介かもしれません。

では、どうして「帰りも怖いのでしょうか。ここでいう帰りというのは信号の帰路であるアースの比喩です。信号を守ってくれるはずのアースは、油断すると牙をむいてアースそのものが原因となってノイズを発生させることはよくご存知だと思います。アースがループを作ると(グラウンドループという)いとも簡単にハムを拾うのでしたね。赤頭巾ちゃんを守るはずのシークレットサービスのおじさんの頭の中がループすると悪いことをするわけです。

このような狼や透明人間の攻撃を(防ぐのではなく)うまくかわし、むらむらとした気分になってしまうかもしれないシークレットサービスのおじさんとの間に一線を引くことができます。

平衡回路は、外部の因子からみて電気信号の「往路」と「復路」が釣り合った回路、ということができます。それは、住んでいる家を高潮から守るのに、堅固な防波堤(シールド)を築くのではなく、家ごと船に乗せて浮かべてしまえば高潮も「関係なくなる」という考え方に似ています。


●HOTとCOLDはアース(GND)から浮いているか、いないか

平衡系では、HOT、COLDともにアース(GND)から浮いているのが基本です。最近、何人もの方が平衡とはHOT〜アース間とCOLD〜アース間の電圧が同じもの、ではないのかという質問が来ましたが、それも広義の平衡に含まれますが平衡であることの必要条件ではありません。また、トランス式の平衡回路の場合、トランスのセンタータップはアースされなければならない、という方もいらっしゃいましたがそれも正しくありません。センタータップはない、あってもアースされない、というのが基本です。

下図はスタジオやPAの現場なら必ずみかけるSHUREのSM58の回路図です。トランスの1次側も2次側もセンタータップはなく、HOTもCOLDもアースから浮かせてあります。じつは浮かせておかないと「まずい」のです。その理由はファンタム電源の存在です。センタータップをアースしたらファンタム電源がショートします。

もう一つの例です。下図はSTUDER A727のライン出力部の回路図ですが、出力トランスにセンタータップはなく、HOTもCOLDもアースから浮かせてあります。

今度はOTARIのマスターレコーダーMX50Nのライン出力部です。ライントランスにセンタータップがついており、ユーザーの都合でセンタータップをa'のポイントでアースすることができます。但し、出荷時の標準はやはりフロートです。MX50Nは愛用していますが、私の設定でもフロートにしてあります。

HOT、COLDともにアースから浮かせることにはもう一つ重要な意味があります。それは、スタジオやPAの現場では機材の都合で「バランス→アンバランス」変換アダプタが使われることが結構あるのですが、このアダプタは内部で3pinを1pin(アース)につないであります。トランス式の出力でセンタータップがアースされた機材で3pinアースの変換アダプタを使うと、トランスの片側巻き線がレアショートして音が出ない、あるいは音が異様に小さくて歪むという大トラブルになってしまいます。プロ機材はレンタルが当たり前ですのでそんな機材が混ざっていたらアウトです。

ほかにも思い当る理由としては、グランドリフトの要求があります。現場で機器が複雑に接続されるとグランドループなどによるハムや不可解なノイズに悩まされることがあります。そんな時、最後の手段として機器間のグランド接続を切り離して逃げる場合がありますが、グランドリフトが効果的に機能するためには信号経路の一端を無闇にアースにつながないでおくことが条件になります。


●外来ノイズに強い

不平衡回路と平衡回路について、ノイズの影響の受け方の違いついて考えてみます。不平衡回路では、信号経路(Hot側)に飛び込んだノイズは信号に混ざって一緒になって伝送されますからノイズをかわすことができません。平衡回路でもノイズは同じように信号経路(HotとCold)に飛び込みます。どちらの方式でも、ノイズが飛び込んでしまうという点では同じです。平衡回路では、Hot側Cold側の両方がノイズの影響を受けますから、対アースにおけるノイズの様子は不平衡も平衡も同じです。しかし、平衡回路では負荷(RL)を含む信号伝送系全体がまるごとノイズの上の乗ってしまうので、負荷(RL)に流れる信号上にはノイズは現われません。冒頭でノイズを高潮に、伝送系を船にたとえたメカニズムはこのことをさしています。

但し、ここでひとつの重要な条件が満足されなければなりません。それは、平衡回路では、外来ノイズの影響を受ける度合いは、Hot側とCold側とで全く同じえなければ意味がないということです。線の長さや太さ、対アース容量、対アース・インピーダンス、シールドのされ具合等々、電気的・物理的に条件が揃っていなければなりません。実は、このことをさして「平衡」といいます。その回路が真に「平衡」であるためには、使用部品の精度が要求されますし、実装においてもそれなりの配慮がいります。

上図で、電気信号をHotとColdの間にかけた場合をノルマルモード(あるいはディファレンシャルモード)といい、電気信号をHoT&Coldとアース(GND)の間にかけた場合をコモンモードといいます。平衡、不平衡にかかわらず電子回路での信号やノイズを考えるときに頻繁に出てくる概念なので覚えておいてください。


●ストレー・キャパシティによるチャネル間クロストークが劣化しない

上記の「ノイズ源」を「他チャネルのオーディオ信号」に置き換えて考えれば、平衡回路がストレー・キャパシティによるチャネル間クロストークの劣化防止にも効果的であることは容易に理解していただけると思います。1台のステレオ・アンプのシャーシ内では、100Hz以下の低い周波数と10kHz以上の高い周波数において容易にチャネル間クロストーク性能が劣化することはよく知られています。

全段差動PPアンプでは、誰が作っても100Hz以下の低い周波数でシングルアンプでは考えられないような優れたチャネル間クロストーク性能が得られるのは、内部的に平衡増幅器であるおかげです。しかし、10kHz以上の高い周波数でのチャネル間クロストークの劣化はなかなか防ぐことはできませんね。それは、ストレー・キャパシティによる信号の飛びつきを起こしやすい入力端子〜ボリューム〜初段グリッドのところが不平衡回路のままだからです。また、アンプ部においても回路図上は平衡であっても、実装での配線が「平衡」を意識したものでなれば効果は半減します。

ミキシング・コンソールでは90dB以上の高いチャネル間クロストーク性能が要求されますが、各ユニット内は不平衡増幅器であるのが普通です。そこで、チャネル間クロストークが悪化しやすいMIXのサミングアンプ周辺だけでも、わざわざ平衡回路を採用しているものも存在します。


●アースの共通インピーダンスによるチャネル間クロストーク劣化がない

今度は、アースに起因する影響の受け方の違いついて考えてみます。銅線は一定の抵抗値を持ちます。0.5sqの銅線で1mあたりの抵抗値は約35mΩありますので、これを5mも引っ張ると抵抗値は0.175Ωほどにもなります。そこで、ひとつの例として、送り出し100Ω、伝送ケーブルの抵抗値0.175Ω、受け側インピーダンス10kΩの伝送系について考えてみます。

伝送系の総抵抗値は、100Ω+(0.175Ω×2)+10kΩ=10100.35Ωです。ここに流れる信号電流はアース側の抵抗0.175Ωにも信号電圧を生じさせますが、このように異なるチャネルで共用される抵抗のことを共通インピーダンスといいます。アースに存在する共通インピーダンスに生じた信号電圧は、他チャネルの信号電圧にそのまま加算されます。元の信号の大きさと加算されてしまう信号も大きさの比は、

10100.35Ω:0.175Ω すなわち 57716:1 これをdBになおすと 95.2dB
になります。この値は、ミキシング・コンソールの性能でみると駄目を出す人もいればぎりぎりでOKという人もいるくらいの数字です。しかし、受け側インピーダンスが600Ωになったら状況は一変します。
700.35Ω:0.175Ω すなわち 4002:1 これをdBになおすと 72dB
となって、家庭用オーディオであればぎりぎり許してもらえそうですが、業務オーディオの世界では完全にNGです。仕事の現場では、伝送系の長さは数十mで済めばいい方で、容易に100mを超えてしまう(※1)ことを考えると、たかだか5mでこんな数字になってしまうようでは仕事になりません。平衡伝送では、信号の「復路」を他チャネルと共用しないのでこのような問題は原理的に生じません。現実には、数十cmもないようなアンプ内の配線でもアースの共通インピーダンスは無視できない問題を持っています。アンプの製作で、アースポイントを間違えると容易にハムを拾いますが、これはアースの共通インピーダンスが犯人です。

※その典型的な例がホールの天井から吊られたマイクロフォンの配線です。マイクロフォンから天井までが30m、そこから天井と壁の中を通ってコントロール・ルームまで80m、合わせてかるーく100m以になってしまいます。


●アースループの共通インピーダンスによるノイズに強い

アースの共通インピーダンスの存在は、ノイズ(主にハム)の原因になります。不平衡回路では、アースラインにもオーディオ信号が流れますが、そこに流れているのはオーディオ信号ばかりではありません。ノイズも流れています。もし、アースの共通インピーダンスがゼロであれば、アースに何が流れていようがこの種の問題は起きません。アンプの製作で太いアース母線を使ったり、1点アースにしたりするのは、ひとえにアースの共通インピーダンスを「ゼロにしようとする」あるいは「無視できる程度まで小さくしよう」という努力の現われです。このアプローチはある意味現実的ではありますが、問題を根本から解決するわけではないので、私はあまり好きではありません※。

アースラインは時としてループを形成します。1台のパワーアンプの中だけであればアースのループをつくらなくするのが常識であり、アースループが原因でハムが出たら、ループができないようにやりなおせばいいだけです。しかし、多数の入出力を持つプリアンプになってくるとそうも言っていられなくなってきます。アースループの典型的な例は、レコーダーやテープデッキ等の録音機材をつないだ時の、「REC OUT」と「PLAY」のところで生じるアースループです。2台の機材は、録再用の2本のステレオRCAケーブルによって2つの経路でアースがつながり、ここにループができます。このループの中に電源トランスを置くと簡単にハムを生じさせることができます。これはRCAケーブルを使ったオーディオ機器の接続で生じる宿命的な問題です。現実には、録再用の2本のステレオRCAケーブルをできるだけ接近させることでハムを最小化できますし。家庭のオーディオ機器はこれでよしとしています。

業務オーディオの世界ではこの問題が深刻です。なぜならば、ミキシングの過程でチャネルごとに信号を一旦外に出し、1台あるいは複数台のエフェクタを経由してまた元に戻ってくることを繰り返すからです。アースループはできない方が珍しいくらいなので、不平衡伝送ではつらいものがあります。

2台の機材を1本のステレオRCAケーブルで接続しただけでも、実は、アースループはもう立派にできています。1本のステレオRCAケーブルは2本のモノラルケーブルなので、2台の機材ををつなぐだけで左右チャネルの間でアースループができます。左右チャネルの線が密着しているからアースループの問題が出にくいだけです。モノラル・ケーブルを2本用意して左右離して結線したら「ループを作りましたので、ハムさんどうかおはいりください」と言っているようなものです。

上図は、アースループとノイズの発生の関係を表したものです。不平衡回路では容易にハムを拾いますが、平衡回路ではアースループがどうなっていようと関係なくなります。リスニング・オーディオの世界でも、オーディオ系と映像系が一体となって、そこにPCやデジタル・オーディオ・インターフェース、DVDレコーダー/プレーヤーなどが相互接続されるようになると、アースループの問題はよる難しくなってくると思います。

※HomePageや本でアースのメカニズムについてくどいくらい書いているのは、アースにまつわる不愉快な問題を根本から絶ちたいという思いの表れだと思ってください。


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