■■■平衡回路の基礎2・・・平衡回路の種類■■■
Basic Theory of Balanced Circuit
平衡回路の原点はトランスです。いくつかの欠点に目をつぶると、トランスはほぼ理想的な平衡伝送デバイスであるといえます。トランスは1次巻き線と2次巻き線が絶縁されているために、アースから完全に浮かせた状態での伝送系をつくることができます(図上)。送り出し側回路が不平衡であっても、トランス1個挟むだけで容易に平衡出力にすることができ、受け側が不平衡回路であってもやはりトランス1個入れるだけで平衡入力にできます。そして、途中で外部からノイズの攻撃を受けても、平衡伝送のメリットをフルに活用してノイズをかわしてしまいます。トランスは、送り出し側にも受け側にも使うことができます。トランスを使うと、伝送系で生じたコモンモード信号(ここではノイズ)を根本的に排除することができます。コモンモード信号をどれくらい排除できるか、という指標のことをCMMR(Common Mode Rejaction Ratio、コモンモード抑圧比)といいます。理想トランスのCMMRは無限大ですが、現実には以下に述べるストレーキャパシティのために数十dB程度になります。また、後述する差動増幅回路もトランスと同様の働きをするために、かなり高いCMMRを得ることができます。
トランスを使う場合には1つ注意しなければならないことがあります。それは、1次巻き線と2次巻き線間に存在するストレー・キャパシティです。ストレー・キャパシティが存在すると1次側と2次側をコンデンサで結合したようになるため、高周波領域では素通しになってしまいます(図中)。
そこで、1次巻き線と2次巻き線の間に金属箔を挟んでこれをアースにつなぐようにします(図下)。この仕組みのことを静電シールドといいます。こうすることで1次側で拾ったコモンモードノイズを遮断することができます。トランスに「E」と印字されたタップが出ていたら、これは静電シールドなのでアースにつながないと効果がありません。
話はそれますが、プリアンプ用の電源トランスにはこの静電シールドがついています。AC100Vラインは、柱上トランスのところで一端が大地アースされていますが、家庭内まで引き込まれた段階では、高周波的にみるとアースの効果はなくなっており、事実上の平衡伝送にようになっています。そのAC100Vラインが拾ったコモンモードノイズは、電源トランスの静電シールドで効果的に遮断できます。実際には、電源トランスの手前に「ACライン・フィルタ」(下図)を置くのが普通ですが、このフィルタはノルマルモードノイズとコモンモードノイズの両方を減衰させるのが目的です。
参考データ:TDK ZUG-11S/ASシリーズ
トランスを使わずに平衡出力や平衡入力を得る方法はたくさんあります。通常のプッシュプル回路の2つのプレート出力はそのまま平衡出力になります。同様に、通常のプッシュプル回路の2つのグリッド入力はそのまま平衡入力になります。
しかし、この平衡入力回路にはちょっと(どころか、大いに)問題があります。この入力回路にはコモンモード抑圧効果が全くありません。コモンモード信号が入力されると、増幅されてプレート側に出てきてしまいます。ノルマルモードでもコモンモードでも同じ増幅率が得られてしまうのでCMMRは0dBです。
ただ、出力に現れるコモンモードノイズの位相は扱う信号に対して逆になっているため、この回路の出力をCMMRが高い平衡入力で受けるとコモンモードノイズは消えてなくなります。しかし、本来、CMMRによって排除されなければならないはずのコモンモードノイズが一緒になって増幅されてしまうという問題は、平衡伝送系では許されるものではありません。
本回路を出力回路側に使うのであれば上記のような問題はありません。
1つの差動回路は2つの入力と2つの出力を持つため、トランスに最も近いといわれています。トランスとの違いは、トランスのような絶縁性はないこと、増幅作用を持っていること、トランスよりも帯域特性が優れていること、そして廉価で軽量なことです。
差動増幅器は、定電流回路の性能が優れていれば非常に高いCMMRが得られるため、コモンモードノイズが侵入しても、これが出力側に現れることはありません。注意しなければならないのは、差動出力の平衡度は2つのプレート負荷抵抗(R)の精度で決定されてしまうので、使用する抵抗値を良く揃えることが重要です。OPアンプは、出力側は不平衡回路ですが、入力側は差動回路を使っているため上記の効果があります。
割り切って考えると、平衡出力を得るには位相が反転した2つの出力があれば足ります。そこで、通常の不平衡出力を1つ用意し、その不平衡出力を入力として位相が反転した出力が得られる利得が1倍(0dB)の反転増幅器を追加してやればいいことになります。この時、反転側は増幅段数が1段増えてしまうので回路として対称性がないとか、反転精度や帯域特性や歪はどうなるのか、といったことは言いっこなし、という暗黙の了解があります。OPアンプを2個と抵抗4本で容易にできてしまうので、メーカー品としてはローコストで十分な性能が得られる具合が良い方法なのだと思います。
下図は、廉価であるがゆえにアマ・プロ問わず世界中どこにでもお目にかかれるBehringer製ミキサーのメイン出力部です。メイン・フェーダーに続いて送り出し用のバッファアンプがあって、ここから不平衡出力を得ています(フォーン・ジャック)。この信号は反転増幅器(-1)によって得られた逆相信号と組み合わせて平衡出力を得ています(キャノンタイプ)。
Behringer EURORACK MX3242X
下図は、AudioTechnica製でいまや世界的に評価の高い40X0シリーズのコンデンサ・マイクロフォンのブロックダイヤグラムです。左端がコンデンサマイク・ユニットで、中央のインバーターというのが反転増幅器です。実際の回路はOPアンプではなくディスクリートで組まれています。
Audio Technica 4050マイクロフォン
ここに挙げたような、HOT側とCOLD側で異なる構成のバランス出力回路がたくさん存在するわけですが、HOT側とCOLD側とで見た目が同じでないので見た目があまり良くありません。こういう方式を見て「ナンチャッテ・バランス」とか「擬似バランス」とか揶揄した言い方をされることがあります。流石にプロの設計屋はそんなことは言いませんが、ある程度回路のことがわかってきた人に特有の現象のように思います。
下図はSTUDERの業務用CDプレーヤA727のバランス出力部の回路ですが、面白いことにバッファ付OPアンプで反転してからトランスを駆動しています。トランス自身がバランス出力を作ってくれますからトランスの手前に反転回路を入れる必要はないように思えますが、そういう設計にはなっていません。この設計はバランス回路を考える上で非常に参考になります。負荷を電力駆動する場合、SEPP回路1個で駆動するのと、SEPP回路を2個使ってBTLで駆動するのとでは信号電流の流れが異なることを考慮してこのような設計になっているのではないかと私は考えています。
STUDER A727
下図は通常のSRPP回路とBTL接続をしたSEPP回路の比較です。駆動トランジスタと負荷(LOAD)に流れる信号電流の経路が異なっています。前者では交流サイクルの正と負とでは流れる経路が異なる上にアースラインも通っていますますが、後者では電源側の信号経路が共通化されているだけでなくアースラインから独立しています。実にこの2つの方式で音は異なります。STUDERの設計者はこの点にも着目したのではないかと思っています。