■■■平衡回路の基礎3・・・平衡回路と不平衡回路をつなぐ■■■
Basic Theory of Balanced Circuit


●プロ機器の意外な実際

プロオーディオの現場では、平衡系と不平衡系は混在しているというのが現実の姿で、すべてが平衡系で統一されているわけではありません。そこで、手元にある機材のいくつかについて調べてみることにしましょう。

Digidesign 002 Rack・・・デジタルレコーディングの標準機というと(2012年現在)、Digidesign ProTools HDシステムが挙げられますが、その簡易版である002あるいは003もサブシステムとして必ずといっていいほどスタジオで見かけます。この002のマイクロフォン入力やライン入力は正真正銘の平衡入力ですが、アナログライン出力は実は不平衡です。TRSジャックを使っているのですが、TipがHotで、RingはSleeveと同様にアースされています。同様に、さらにコンパクトなMBOX2のラインモニター出力も同様で、TipがHotで、RingはSleeveがアースされた不平衡です。

OTARI MX-50N-IIマスターレコーダー・・・マスターレコーダーというのはレコーディング業務などでマスター処理するためのテープデッキ装置です。MX-50の入出力はすべてキャノンコネクタですので、一見入出力ともに平衡系のように見えますが実は違います。MX-50のライン入力は平衡入力ですが、ライン出力は上記のDigidesignと同様で不平衡です。3pinキャノンの2番はHot(旧タイプは3番Hot)ですが、3番、1番ともにアースされていますので、考え方はDigidesignと同じです。キャノンをつけておきながら不平衡で問題が起きないのでしょうか(実は起きません)。なお、オプションで入出力ともにトランスボードがあります。

STUDER A727 CDデッキ・・・スタジオ用の定番CDデッキですが、A727、A730ともに出力はRCAジャックとキャノンの2系統あります。RCAジャックは不平衡ですが、キャノン側は平衡出力です。両機ともに標準がOPアンプ出力仕様で、オプションでトランス式ボードがあります。面白いことに、OPアンプ出力仕様のものを実測したところ、対アースの出力信号電圧はHot側とCold側が完全にバランスしていません。こんなことで問題が起きないのだろうかと思ってしまいますが、後述する理由によって現実問題は起きません。完全にバランスさせるためにはトランス仕様にしなければなりません。

プロ用マイクロフォン・・・このように、ラインレベルの信号を扱う機材では、平衡と不平衡が混在しているだけでなく、たとえキャノンコネクタをつけていたとしても中味が不平衡のものがたくさんあります。しかし、マイクロフォンとなると状況は一変し、ほとんどすべてが平衡仕様です。スタジオマイクの定番といえば、コンデンサではNeumann U87、AKG C414シリーズ、DPA 400X、ダイナミックではSHURE SM57/SM58, SENNHEISER MD421シリーズなどがすべて平衡仕様です。これに対応して、マイクプリアンプもミキサーのマイク入力も例外なく平衡仕様になっています。


●不平衡出力→平衡入力

<不平衡→トランス式平衡>・・・問題なし

送り出し側が不平衡回路で、受け側がトランスを使った平衡回路の接続では下図のようになります。受け側のColdをアースすると不平衡出力とつなくことができます。送り出し側からみても、受け側からみても回路動作には無理がなく、つじつまの合った接続が可能になります。但し、2つの機器をつなぐラインは不平衡になりますから、平衡系のメリットであるノイズ耐性は低くなります。

このような接続を行うために最も一般的に行われている方法は、不平衡→平衡変換アダプタを使うものです。下図左の4つはトモカ製の変換アダプタですが、RCA〜キャノン変換アダプタはいずれもアース側の1番とCold側の3番とがショートされています。下図右端はフォーン〜RCA変換アダプタですが、フォーン側はTRSではなくR(Ring)がないモノラル・フォーン・ジャックです。モノラル・フォーン・ジャックを平衡タイプのTRSフォーン・ジャックに挿入すると、T(Tip)とR(Ring)がショートされるので結果的に平衡から不平衡に結線されたことになります。

左下の画像のうち左側の2つは上記の12-RCAJの実物です。右側の2つは上記の11-RCAJと同等品です。いずれも内部では3番と1番をショートさせてありますので万能ではなく使い方に注意がいります。右下の画像は私の自作アダプタで、廉価なRCAケーブルをちょん切ってキャノンプラグを取り付けたものです。やはり内部では3番と1番をショートさせてあります。

<不平衡→電子式平衡>・・・問題なし

送り出し側が不平衡回路で、受け側が電子式の平衡回路ではどうなるでしょうか。ここでは差動入力を持ったアンプを想定しています。入力回路の中味はこの種の回路としては最も標準的なものです。変換アダプタを使うとCold側がアースされますが、これで特に問題は生じません。回路方式を問わず、電子式平衡入力はCold側をアースするだけで不平衡入力として使えます。

<豆知識>

平衡入力回路の優れたところは、2つある入力の両方に信号を入れても、片側だけに信号を入れても同じように動作をするという点にあります。「Hot=0.5、Cold=0.5」であっても、「Hot=1、Cold=0」であっても、はたまた「Hot=0.7、Cold=0.3」であっても、平衡入力回路は「Hot〜Cold=1」と認識してくれます。そのため、電子式の平衡入力回路であっても、上記のトランス式と同じ方法で機器をつなぐことが可能です。


●平衡出力→不平衡入力

<トランス式平衡→不平衡>・・・問題なし

送り出し側がトランスを使った平衡回路で、受け側が不平衡回路について考えてみます。不平衡入力に対応するためには、送り出し側のColdをアースにつなぐことになります。変換アダプタはまさにそのような内部結線ですので、送り出し側からみても受け側からみても回路動作には無理がなく、つじつまの合った接続が可能になります。但し、2つの機器をつなぐラインは不平衡になりますから、平衡系のメリットであるノイズ耐性は低くなります。

<電子式平衡→不平衡>・・・大問題

送り出し側が電子式の平衡回路で、受け側が不平衡回路の場合はどうなるでしょうか。電子式平衡出力では、2台のアンプを使った送り出しをする方法と、2つの出力を持った1台のアンプを使って送り出す方法とがあります。いずれの場合でも、Cold側は変換アダプタによってアースとの間でショートされますので、Cold側の送り出しを受け持つアンプからみると、負荷がショートしてしまいます。

送り出しアンプがSEPP方式であったりすると、ショートした負荷を与えると出力段のトランジスタが過電流で破壊したり、保護回路が働いてしまうことになります。そこまでゆかなくても、回路中の信号ループに異常電流が流れるために、正常な動作が得られなくなります。「平衡出力には変換アダプタをつなぐな」と言われる理由はここにあります。トランスによる平衡回路では起こらなかった現象です。もっとも、最近の機材は、このようなことが思っても壊れたり異常動作をしないように、過負荷に耐える送り出しアンプとし、出力端に保護抵抗(R)を入れるようにしてあります。

もう一点注意しなければならないのは、生きているのがHot側のアンプだけなので『出力信号電圧が1/2になってしまう』という問題です。これもトランスによる平衡回路では起こらなかった現象です。但し、電子式平衡であっても、不平衡に変換した時に『出力信号電圧が1/2にならない』タイプの送り出しアンプも存在します。しかし、確実に大丈夫だをわかっていない限り、「平衡出力には変換アダプタをつなぐな」というルールは守っておいた方がいいと思います。

では、どうしたら問題を回避できるかというと、HotとGNDは通常とおりに接続して、Coldを無接続(オープン)とします。信号レベルは6dBダウンしますが、機器が故障するとか、人知れず異常電流が流れるという問題は回避できます。

ご注意いただきたいのは、この回避方法はトランス式の場合は通用しないということです。トランス式の送り出し回路の場合、Cold側を無接続(オープン)にすると出力信号が途切れてしまうため、音が出なくなります。


●まとめ

以上のことから、平衡、不平衡の機材の接続の基本ルールは以下のようになります。


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