■■■EL34パラレル全段差動プッシュプル・モニター・アンプ■■■
EL34 Parallel Balanced All Stage Differential Push-Pull Amplifier



●そもそも

今年(2006年)、都内某スタジオにマイク・プリを入れたときに、余興のつもりで標準シャーシで組んだ3段構成のEL34全段差動PPアンプを持っていきました。たかだか6Wしか出ないので明らかにパワー不足は承知の上でニアフィールド・スピーカーにつないで音を出してみたところ、エンジニア氏が黙ったままずっと聴いています。やがて、「これはとてもいい」と言って「もう少しパワーでないかな」とおっしゃいます。通常の作業だったらこれくらいのパワーで足りるんだけれど、後ろにいるプロデューサーやアーティストまで音を届かすことはできないから※、ということらしい。結局、パワーアップしたものを試作することになりました。

※スタジオには、エンジニアが卓(ミキシング・コンソール)について操作するが、その後ろに2列4〜6席くらいのゲストシートがあって、ここにプロデューサーやアーティストが座るのが一般的。


●パワーアップ

標準シャーシで組んだ3段構成のEL34全段差動PPアンプのパワーを制限している要素は電源トランスです。TANGO PH-185から取り出せる電流は185mAが上限なので、初段およびドライバ段で15mAくらい使うとすると、出力段にまわせる電流は全部で170mAとなり、片チャネルあたり85mAになります。8kΩの出力トランスを使ったとして、得られる最大出力は単純計算で7.2Wです。これ以上のパワーを得ようとすると電源トランスを変更しなければなりません。

電源トランスの制約がないとすると、もうひとつの制約は出力管の最大定格です。EL34の最大プレート損失は25Wですが、EL34をプレート損失25Wでめいっぱい使った時に差動PP回路で得られる最大出力は16Wくらいです。ちなみに、16Wと6Wの差は、電圧比にして1.63倍(4.2dB)にすぎません。最大プレート損失がもっと大きい6G-B8あたりを使えば20W出ない相談ではありませんが、実は、余興のついでにEL34を6G-B8に差し替えた音も聴いてもらいまたがEL34の方がいい、と言われてしまったので6G-B8を使うわけにもゆかず、かといって6550Aあたりを担ぎ出して未知なる挑戦をすえるほど余裕もありません。

EL34の差動プッシュプルで確実に20W以上を得るにはパラレル接続しかありません。パラレル接続ならば、EL34に無理をさせないでも25Wくらい得られます。パラレルはパワーが倍増すること以上に解決しなければならない問題が多々あるため、本音としてはやりたくなかったのですが、これもひとつの勉強と思って製作のための時間をもらってはじめたというわけです。


●アンプ部全回路

増幅回路の基本部分は、すでにご案内している3段構成の全段差動PPアンプそのままです。しかし、入力から出力まで平衡増幅になっている点がこれまでの回路を大きく異なっています。その他、こまごまとこれまでの回路とは違う点がありますので以下に説明します。

入力から出力まで全体を通じて上下対称平衡増幅回路になっています。入力は、レコーディング等の業務で一般的に使用されている3pinのキャノンまたはTRSフォーンジャックで、ともに平衡入力になっています。キャノンは、1番がアースで、2番がHOT、3番がCOLDです。TRSフォーンジャックのスイッチ連動になっているので、キャノンよりもTRSフォーンジャックの方が優先します。続いて平衡型の5dBステップのアッテネータを経て、アンプの入力につながっています。入力インピーダンスは、平衡の時で34kΩ〜48kΩです。不平衡入力として使った場合は、17kΩ〜24kΩになります。昨今のレコーディング機材のライン入力インピーダンスが10kΩ〜20kΩなのでそれにならいました。

入力とシリーズに入った39kΩと82kΩ以降とで構成される反転増幅による負帰還構成になっています。いわゆる単段P-G帰還をおなじ原理で、OPアンプを使った反転増幅ではあたりまえにみられる回路です。負帰還定数(β)の値が1/40くらいなので、1.8kΩと150Ω、82kΩと39kΩの2段階で必要なβ値を得ています。一発でやろうとすると1.5MΩの高抵抗になってしまうのを敬遠したからです。1.5MΩにすると抵抗の浮遊容量の影響で高域特性が保障&補償できなくなります。スピーカー端子が上下入れ替わっているのは、本機は平衡型反転増幅器だからです。

初段はおなじみの2SK30A(Y-class)による差動回路で、定電流回路はIDSSが1.8mAの2SK30A(Y class)を使っています。1.8mAになった理由は、1.6mA以下のものを部品頒布にまわしたいので不人気な余り物を流用したからで、この部分の設計の自由度はかなりあります。ドライバ段は12AU7の高信頼型5814Aを使っています。5814AはEp-Ip特性は12AU7と同じですがヒーター規格が異なっており、6.3Vで点火した時のヒーター電流は0.35Aで12AU7の0.3Aよりも少し多いです。5814Aを使ったのは単にサンエイ電機で廉価に手に入ったからですので、ここは12AU7でかまいません。ドライバ段の定電流回路はIDSSが2mAの2SK30A(Y class)と4mAの2SK30A(GR class)を並列に使って6mAの定電流特性を得ています。

出力段はEL34をパラレルにした差動プッシュプルです。定電流回路はトランジスタ1個によるごくごくシンプルなものです。熱の負担と2SD2440の容量に影響を回避するために12Ω3Wを追加してあります。業務で使うアンプなので、すべての球のグリッドには安全のために3.3kΩの抵抗を挿入してあります。出力間のスクリーン・グリッド抵抗は150Ωと気持ち大きな値にしてあります。


●電源部全回路

B電源はシリコン整流を行った後、ノグチの0.9H/300mAという小型&廉価(1000円程度)なチョーク1段のリプル・フィルタのみです。これで所定のノイズレベルを確保しています。ヒーター回路に不規則に抵抗が入れてあるのは、巻き線のタップの都合で電圧がまちまちだったからです。マイナス電源は、別途18Vの小型トランスを使っています。変わっているのは出力管のバイアス調整回路でしょうか。4本の出力のプレート電流を、3個のボリュームでスピーディーに揃えようとしたらこんな回路になりました。プッシュプル・バランスおよびパラレル・バランスの調整がきわめて短時間に行えます。


●基本特性

本機の基本特性をごく簡単にご紹介しておきましょう。1V出力(8Ω負荷)に必要な入力信号は46.5mVでしたので、総合利得は21.5倍(26.7dB)です。残留ノイズは、補正なし、1MHzの帯域で0.2mVです。周波数特性ですが、以下のとおりとなりました。もう製造されていない出力トランス(XE-60-3.5)ですが非常に素直な特性ですね。ベテランの方ならばすぐに気づかれたと思いますが、高域減衰の肩特性に特徴があります。この肩の曲がり具合をどうするかが重要なチューニングポイントのひとつではないでしょうか。

1kHzにおける歪み率特性は以下のとおりです。設計最大出力は25Wですが、なんとか6%歪みで30Wをヒネリ出したという感じです。最低歪み率は0.045%あたりと読めますが、これは当方の測定機材の制約にひっかかっていますので、性能の良い歪み率計を使えばもっと低い値であることがわかると思います。


●稼動

本機は2006年の秋のある日、都内の某レコーディング・スタジオに納入され、もっぱらミキシングやマスタリングを行うための第2スタジオのモニターを鳴らすことになりました。納品された日、早速鳴らしてみたところ、「ビシッとセンターが決まる」というのが第一声で、どうやら合格したようです。即座にこれまで使われていたパワーアンプと交替になりました。最近のメールでは「パワーアンプ絶好調です」というコメントがあり、ちょっと安心しています。ここでミックスされたCDが次々とリリースされているとのこと。


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