■■■汎用変換ライン・コンバータの実験■■■
Unbalanced-Balanced Line Converter
平衡系でシステムを構成する場合、すべての機材を平衡系で構成することはまず無理ですから、外部の不平衡系とのインターフェースが必須になります。不平衡〜平衡相互変換には、トランスという優れたデバイスがあります。トランスを使った「平衡→不平衡」変換はすでに実験済みで結果は上々でした。しかし、トランスは回路インピーダンスに関して注文がつきますから汎用的とはいいかねます。トランスの伝達特性は、送り出し側の出力インピーダンス(=内部抵抗)と、受け側の入力インピーダンスの組み合わせによってころころと変化し、フラットになるケースは非常に限定されます。これはトランスの基本特性にもとずくものなので、高級トランスだろうか廉価なトランスであろうが同様に生じる問題です。どんなソースをつないでも、どんな負荷を与えても安定した特性を得ようとすると、やはり電子回路の世話になるしかありません。そこで、FET差動回路を使った実験回路を作ってみることにしました。
いまどき「平衡→不平衡」変換を行う回路を組むのであれば、常識的にはOPアンプの出番だろうと思います・・・が、私がOPアンプを使うわけもなく、当然のようにディスクリートで組んでみました。この実験の目的は、以下の条件を満たす回路を模索することにあります。差動ライン・プリ・アンプの実験により、単段差動回路の優秀性は確認済みですので、FET単段差動回路をベースに構成してみることにします。実験回路は以下のとおりです(とりあえず、キャラクタ・ベースの簡易版でごかんべんください)。回路図中では2SK170と書かれていますが、もともと2SK30A用に設計したものであり、実験は2SK30A(Y)と2SK170(BL)の両方で行いました。
- 大げさでない比較的シンプルな回路であること。
- ディスクリートな構成で組めること。
- 実用上十分な低歪み、広帯域、低雑音であり、安定した動作をすること。
- 入力インピーダンス20kΩ以上、出力インピーダンス100Ω程度、最大出力電圧5V以上であること。
- 音が良いこと。
構造はシンプルなもので、JFETによる単段差動増幅器の後ろに汎用トランジスタ2SC945(※)のエミッタフォロワを追加しただけのものです。出力側エミッタから入力側ゲートに負帰還をかけた反転増幅器の差動版だと思ってください。実験機なので006Pを使用したために電源電圧は実質±8Vしかなく、消費電流も控えめにしてあります。定電流ダイオードは2mAのものを選別し、2SK30AもYランクのものからペアを選別しています。買ってきたのものをそのまま使うと、ばらつきが大きすぎてドレイン電流がさっぱり揃いません。
この回路は、2つの入力端子に平衡信号を入れれば平衡増幅器として動作し、片側だけに不平衡信号を入れれば不平衡→平衡変換増幅器として動作します。対称回路なのでどちらがHOTという制約はありません。2つのエミッタから平衡出力が得られますが、出力を一方だけから取り出せば不平衡出力が得られます。但し、その場合の利得も最大出電圧も平衡出力時の1/2になります。
※2SC945は製造中止、東芝製の同等の2SC1815も製造中止となりました。小型の汎用NPNトランジスタであれば大概のものが使えます。
実験回路なので、いろいろな実験がしやすいこと、廉価で簡単に作れることなどを考慮に入れて、市販の穴あきアルミ板と40mmのスペーサを使った簡易シャーシとしました。横がすかすかですが、こんなんでも外来ノイズはほとんど拾いません。この方法だとシャーシの穴あけがいりませんので、実験回路には向いています。加工らしい加工をすることなく、あっという間に出来上がってしまいました。画像では、右側が入力で左側が出力です。入出力ともに、「黒」がアースで、「白」がHot、「青」がColdです。入力側の「黒」と「青」を線でつなぐと不平衡入力になります。入力側には不平衡入力としてRCAピンジャックもつけました。増幅回路は1チャネルあたり12Pの平ラグに組みました。
電源は9V乾電池(006P)を2個使った±9V電源です。006Pの9Vというのは名ばかりで(乾電池の1.5Vも名ばかりですが)、使い始めるとすぐに8Vくらいに下がってしまいます。簡易実験装置ですので、こんなものでいいことにします。
2SK30Aを使った時の最終利得は1.0倍、2SK170を使った時で1.1倍でした。不平衡→変更変換増幅器として動作させた時の平衡度は99.0%です。定電流ダイオードをはずして4.3kΩ抵抗1本に交換してみたら、平衡度は67.2%まで落ちました。周波数特性は2SK30Aを使った時のもので、下図のとおりです。10Hz(以下)から100kHzまでフラットで、-3dBの減衰ポイントは550kHzです。電極容量が大きな2SK170の場合は、これよりもほんのわずかですが帯域は狭くなります。平衡入力→平衡出力でも、不平衡入力→平衡出力でも周波数特性に差は出ませんでした。
下図は歪み率特性です。左側が2SK30Aの時、右側が2SK170の時の結果です。また、青色が「不平衡→平衡変換時」で黒が「平衡増幅時」です。「不平衡→平衡変換時」の方が歪みが大きく、しかも得られる最大出力電圧が低くなっています。2SK170の時の方が圧倒的に利得が大きいので多量の負帰還がかかっており、そのことが全体としての歪みの少なさになって現れています。負帰還量の割に2SK30Aの歪み率が低いのは2Sk30Aの方が素子としての直線性がいいからです。
なお、グラフの曲線が踊っているのは、測定していると電池が消耗して電源電圧が変化してしまい、安定した測定結果が得られないためです。小信号時の歪が増加しているのは、回路そのものがむきだしのままで十分にシールドされていなかったためです。とはいえ、普通のカーボン抵抗を使い、トランジスタはローノイズ・タイプではない汎用品で2SK170時で残留雑音が8〜20μV(帯域は60kHz)ですから優秀といってもいいかもしれません。
2SK30A 2SK170
さて、肝心の音ですが、全く申し分のないものでした。広帯域かつ安定感のある音が得られます。ノイズも全く気になりません。これならば、音のクオリティを損ねないで処理することができそうです。最大出力電圧を大きくするには、プラス側の電源電圧を高くした上で各部の定数を見直します。マイナス側はプラス側の付き合いで同じ9Vにしているだけで、これ以上高くする必要はありません。後に、この回路をベースにしてスタジオ用マイクロフォン・プリアンプのためのライン送り出しアンプを組みました。結果は良好で、今も都内各所にて活躍中です。