逆RIAAイコライザ回路


レコードというアコースティックなオーディオ・ソースの生産が終わり、デジタル・ソースが普及するようになった今日、レコードを再生するためのオーディオ技術がどんどん消えはじめています。1970年代に盛んに議論されたRIAAイコライザ・アンプの技術もまた消えかけています。

もしかすると、このHomePageを開いていらっしゃる方の多くは、もうすでにレコードが再生できるアンプを手放されていたり、そもそもお持ちではなかったりするかもしれません。一世を風靡したレコード再生文化の一端でも残せたらと、この章を書きました。


RIAA特性

レコードは、ご存知のとおり、樹脂盤の溝に信号の波形を刻み込み、それをピックアップで拾うことによって、オーディオ信号を記録したり再生したりする技術で、そのルーツはエジソンまで溯ります。

さて、オーディオ信号をいきなりカッターで盤面にカッティングすると、周波数が低いほど溝に刻まれた波形の振幅は大きくなります。この現象は、スピーカでも起こっています。同じ音量では、高い周波数よりも低い周波数の方がスピーカのコーン紙の振幅は大きくなりますね。このままでは、レコードの狭い幅の溝の中に効率的にオーディオ信号を詰め込むことができません。

そこで、レコードのカッティングでは、周波数の高低にかかわらず振幅がほぼ一定となるように、低域下降・高域上昇となるようにカッティング時の周波数特性に手を加えています。しかし、レコードを再生する時、ピックアップで拾ったオーディオ信号をそのままプリアンプで増幅したのでは、低域下降・高域上昇となったままの音が出て来てしまいます。そこで、プリアンプでは、低域上昇・高域下降というカッティング時と正反対の周波数特性を持った増幅回路を通してやります。この一連の周波数操作のことを、イコライジングといいます。レコードが普及しはじめた当初は、実にさまざまなイコライジングの規格がありましたが、LP時代にはいってから、RIAAという規格でほぼ統一されました。

プリアンプには、ピックアップからの微少な入力信号を増幅し、イコライジングするための回路が必要です。RIAA特性では、3180μS、318μS、75μSの3つの時定数によって決められたイコライジング特性になります(右図)。このような特性と機能を持ったアンプのことを、PHONOイコライザー・アンプといいます。

実際の周波数特性は、右図のように角張っているわけではなく、以下のような特性(「RIAAレスポンス」)になります。

周波数RIAAレスポンス逆RIAAレスポンス
30Hz+18.59dB-18.59dB
50Hz+16.94dB-16.94dB
100Hz+13.08dB-13.08dB
200Hz+8.21dB-8.21dB
400Hz+3.78dB-3.78dB
1kHz0.00dB0.00dB
2kHz-2.59dB+2.59dB
4kHz-6.60dB+6.60dB
5kHz-8.21dB+8.21dB
6kHz-9.60dB+9.60dB
10kHz-13.73dB+13.73dB
15kHz-17.16dB+17.16dB

ところが実際のアンプでは、部品のばらつきや利得上の制限といった諸々の事情により、RIAA特性が上表の「RIAAレスポンス」のとおりにはならず、多かれ少なかれ偏差が生じます。それが「RIAA偏差」です。

RIAAイコライザアンプ付きのプリアンプを自作した場合、その低域上昇・高域低下のイコライジングの周波数特性を測定し、上表と照らし合わせてその誤差を求めることで、イコライザ特性の精度を確認するのが一般的です。


逆RIAAイコライザ回路

その昔、あるところにひとりの無精者が住んでおりました。彼は、RIAAイコライザアンプ付きのプリアンプを自作たのですが、RIAA偏差の測定が面倒で仕方ありませんでした。

「RIAAイコライザの反対の特性を持ったオーディオ・ジェネレータがあったら楽に測定できるのに。」と思っていました。「必要は発明の母」とか言いますが、私は「無精は発明の母」の方がより正確だと思います。無論、この無精者も、RIAA特性をちゃんと測定する時間も惜しんで「逆RIAA特性を持ったイコライザ回路」なるものをこしらえ上げたのでした。

このしかけの原理は簡単です。難しく考える必要などなく、右図のようなおなじみのNF型RIAA素子をそのまま使えばいいのですから。

信号の取り出し口には、RIAA素子の回路インピーダンスの対して十分に低い値の抵抗を入れます。この値が大きいと、高域での持ち上がり方が足りなくなります。また、受ける側の入力インピーダンスは十分に高くないといけませんが、PHONOイコライザー・アンプの入力インピーダンスは50kΩと相場は決まっていますから、右図のような定数構成ではインピーダンスが高すぎて駄目です。さらに、送り出し側の出力インピーダンスも十分に低くないといけません。

正確な逆RIAA特性を得ようとするのであれば、この回路の前後をバッファ・アンプで囲ってやるのがいいでしょう。しかし、そんなことをする暇があったら、最初からきちんと計算してPHONOイコライザーを設計すればいいと思います。まあ、ネタとしてこんなものもあるということです。


データライブラリに戻る