出力トランスを使うパワーアンプでは、出力トランスが電源トランスで発生する漏洩磁束を拾うことで50Hz/60Hzのハムを生じることがあります。その度合いは電源トランスと出力トランスの位置関係によってほぼ決定されます。特に、漏洩磁束の量が多いEIコア・タイプの電源トランスでこの影響が顕著です。そこで、その影響の度合いについていろいろと実験をしてみました。すべての位置関係のパターンをやれたわけではありませんが、これを読んでいただければ概ね何をしたらいいかわかると思います。コア軸を直交させても「ずれたら駄目」なことがわかってちょっと意外でした。
用意したものは以下のとおりです。安全のために0.25Aのヒューズを介して電源トランスの1次側に電灯線(AC100V)をつなぎます。電源トランスの端子は思わぬ感電事故防止のために(完全ではありませんが、それなりに)熱収縮チューブで絶縁してあります。2次側はオープンのままです。磁束を拾う側のトランスは、1次側がオープンで、2次側の18V×2端子にデジタルテスターをつないでACVが読み取れる状態にします。磁束の影響を受けていない状態では「0V」を示していますが、磁束を漏らしているトランスに近づけてゆくと電圧が現われてきます。2つのトランスの位置関係を変えつつ電圧を読み取ってゆきます。
- 100V:18V×2(0.2A)電源トランス・・・磁束を漏らす側用
- ヒューズホルダーと0.25Aヒューズ
- AC100Vプラグ&ケーブル
- 100V:18V×2(0.07A)電源トランス・・・磁束を拾う側用
- デジタルテスター(ACVレンジ)
ちなみに、この方法は実際のアンプ設計において、トランス類の位置決定に応用できます。使おうと思っている電源トランスの1次側にAC100Vを供つないだ状態にして、出力トランスのスピーカー端子側にスピーカーをつないでハムの出具合を耳で確認しつつ位置関係を決めるのです。出力トランスの1次側を開放にしておけば、この方法で得られたハムの電圧は高めに出ますので検証がしやすいです。これでOKであれば組み上げた状態でのハムはもっともっと小さくなります。
コアの軸が並行になる横並びの位置関係のケースです。左側が磁束を撒いている電源トランス、右側がその影響を受けているトランスです。このような位置関係ではトランスは互いに強く影響を与え合います。そこで、右側のトランスを<遠近方向>と<横ずらし方向>に動かしてみます。<遠近方向>・・・密着させた時に右側のトランスの巻き線に生じたハムの電圧は21mVで、1cmずつ離してゆくにつれてハム電圧は徐々に低下してゆきます。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 21mV 10mV 6mV 3mV <横ずらし方向>・・・今度は、密着させた距離のまま横にずらしてみました。1cmずつずらしてゆくにつれてハム電圧は徐々に低下してゆきます。
0cm(正面) 1cmずらす 2cmずらす 3cmずらす 4cmずらす 21mV 19mV 14mV 10mV 7mV コアの軸が並行になってしまうような位置関係になる場合は、とにかく電源トランスから離れて逃げるしかないわけです。
コアの軸が直行して横並びになる位置関係のケースです。このようにコア軸が直行する位置関係ではトランスは互いに影響しにくくなります。そこで、最も影響がなくなるポイントを探り当ててから、右側のトランスを<遠近方向>と<横ずらし方向>に動かしてみます。<遠近方向>・・・密着させた時に右側のトランスの巻き線に生じたハムの電圧は1mV以下にすることができました。但し、そのようなポイントは非常にデリケートです。離していっても(もちろん)ハム電圧は1mV以下のままです。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 1mV以下 1mV以下 1mV以下 1mV以下 <横ずらし方向>・・・今度は、密着させた距離のまま横にずらしてみました。少しずれただけでたちまち13mVもの電圧が生じています。13mVという値は上記「横並び(コア軸並行)」とたいして変わりません。ずれるにつれて電圧は上昇しますが、4cmもずらすと今度は距離が離れたことで電圧は低下してきます。
0cm(正面) 1cmずらす 2cmずらす 3cmずらす 4cmずらす 1mV以下 13mV 17mV 12mV 8mV 一般に、電源トランスの漏洩磁束から逃げるには「コア軸を直交させる」ことが言われていますが、この実験からわかるように真正面で「直交」させれば効果は大きいですが、ずれてしまうと直交の神通力は効かなくなることがわかります。精密に位置を合わせてやればかなり近接していても影響から逃れることができますが2cmずれたらもう駄目なのです。
コアの軸が串刺し(並行の一種)になる縦積みの位置関係のケースです。下側が磁束を撒いている電源トランス、上側がその影響を受けているトランスです。このような位置関係ではトランスは互いに非常に強く影響を与え合います。そこで、上側のトランスを<遠近(上下)方向>と<横ずらし方向>に動かしてみます。<遠近方向>・・・密着させた時に上側のトランスの巻き線に生じたハムの電圧は56mVでこの実験中最大値を記録しました。1cmずつ離してゆくにつれてハム電圧は徐々に低下してゆきます。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 4cm離す 56mV 21mV 12mV 7mV 5mV <横ずらし方向>・・・今度は、密着させた距離のまま横にずらしてみました。
0cm(真上) 1cmずらす 2cmずらす 3cmずらす 4cmずらす 56mV 46mV 29mV 16mV 7mV このような位置関係は避けたいところですが、やはり、逃げるが勝ちであることがわかります。
コアの軸を直交させた縦積みの位置関係のケースです。このようにコア軸が直行する位置関係ではトランスは互いに影響しにくくなります。そこで、最も影響がなくなるポイントを探り当ててから、上側のトランスを<遠近方向>と<横ずらし方向>に動かしてみます。<遠近方向>・・・密着させた時に右側のトランスの巻き線に生じたハムの電圧は1mV以下にすることができました。但し、このようになるスイートスポットはごく限られた範囲しかありません。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 1mV以下 1mV以下 1mV以下 1mV以下 <横ずらし方向>・・・今度は、密着させた距離のまま横にずらしてみました。少しずれただけでたちまち13mVもの電圧が生じています。ずれるにつれて電圧は上昇しますが、4cmもずらすと距離が離れたことで電圧は低下してくるのは上記1−2と同じです。
0cm(真上) 1cmずらす 2cmずらす 3cmずらす 4cmずらす 1mV以下 13mV 20mV 18mV 11mV この実験からも、真正面で「直交」させれば効果は大きいですが、ずれてしまうと直交の神通力は効かなくなることがわかります。 「直交」させていても盛大にハムを拾うことは大いにありうるのです。
コアの軸が並行になる横並びの位置関係のケースです。このような位置関係でもトランスは互いに強く影響を与え合います。<遠近方向>・・・ネジ穴のための耳が当たってしまうため密着させることはできませんが、1cm離れた距離で14mVありました。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 不可 14mV 5.5mV 3mA コア軸が同じ方向を向いているため、1−1と同じくらい磁束を拾っています。
コアの軸が直交する横並びの位置関係のケースです。この位置関係では面白いことが起きました。コア軸が「直交」している限りにおいて、どの位置に持ってきても非常に低い電圧を示すのです。<縦ずらし方向>・・・密着させたまま縦(上下)方向にずらしてみると、常に1mV以下のポイントがみつかり、しかも悪くても5mVを超えることはありません。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 1mV以下〜5mV 1mV以下〜3mV 1mV以下 1mV以下 <横ずらし方向>・・・密着させたまま横(水平)方向にずらしてみると、常に1mV以下のポイントがみつかり、しかも悪くても5mVを超えることはありません。
0cm(密着) 1cm離す 2cm離す 3cm離す 1mV以下〜5mV 1mV以下〜5mV 1mV以下〜5mV 1mV以下〜5mV コア軸をこの3−2のパターンで直交させ、かつできるだけ距離を離すのが最も効果的な位置関係であることがこの実験からわかりました。ちなみに、真空管パワーアンプにおいて、伏せ型の電源トランスを中央に配置し、その両側に廉価なバンド型の出力トランスを配置した場合がこのケースにあたります。