真空管増幅回路を設計する際、最も重要なデータのひとつが「プレート(Ep-Ip)特性」でしょう。私の場合も、回路の設計段階になると、書籍に掲載されているプレート特性グラフをコピーしたものに、ロードラインを引いてみてあれこれ考えながら設計を進めてゆきます。しかし、実際に回路を組んでみると、なかなか設計どおりの動作になってくれません。そこで、手元にある真空管を実際に測定してみて、発表データと実測データではどのくらい異なっているのかを検証してみることにしました。なお、ここに掲載したデータは、たまたま測定した1本の球の特性であって、同一メーカーのすべての球が同じような特性では決してありません。真空管というのは、驚くほどのバラツキがあるもので、わずかなデータだけで単純にその傾向を鵜呑みにはできませんのでくれぐれもご注意ください。そうはそうとして、各メーカーの特徴を持っている1本を選びましたので少しは参考になると思います。
傾向をつかみやすくするために、グラフでは、実測データ・・・「黒」、マニュアルデータ・・・「赤」の両方を載せました。
以下の表は、12AX7ファミリーの一覧です。数値については、メーカー各社によって若干の違いがありますのでご了承ください。
Name | 6AV6 12AV6 3AV6 | 12AX7(T) ECC83 12AX7A 7025 | 7025A | 12AD7 | 6EU7 | ECC803S 6057 | |||||
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Base | MT7 | MT9 | MT9 | MT9 | MT9 | MT9 | |||||
Type | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri | Tri |
I | I | I | I | I | I | ||||||
Eh | 6.3V 12.6V | 6.3V/12.6V | 6.3V/12.6V | 6.3V/12.6V | 6.3V | 6.3V/12.6V | |||||
Ih | 0.3A 0.15A | 0.3A/0.15A | 0.3A/0.15A | 0.45A/0.225A | 0.3A | 0.3A/0.15A | |||||
Cin | 2.2pF | 1.6pF | 1.6pF | 1.8pF | 1.6pF | 1.7pF | 1.6pF | - | - | 1.6pF | 1.6pF |
Cout | 0.8pF | 0.46pF | 0.34pF | 1.9pF | 0.34pF | 1.6pF | 0.5pF | - | - | 0.46pF | 0.34pF |
Cgp | 2.0pF | 1.7pF | 1.7pF | 1.7pF | 1.7pF | 1.8pF | 1.8pF | - | - | 1.7pF | 1.7pF |
Ebb max | - | 550V | 550V | 330V | 330V | - | - | - | - | - | - |
Ep max | 300V | 300V | 300V | - | - | 300V | 300V | 330V | 330V | 330V | 330V |
Pp max | 0.5W | 1.0W | 1.0W | 1.2W | 1.2W | 1.0W | 1.0W | 1.2W | 1.2W | 1.2W | 1.2W |
Rg1(F)max | - | 2M | 2M | - | - | - | - | - | - | 1.2M | 1.2M |
Rg1(C)max | - | 2M | 2M | - | - | - | - | - | - | 2.2M | 2.2M |
ehk(K+) | 90V | 180V | 200V | 200V | 200V | 200V | |||||
ehk(K-) | 90V | 180V | 200V | 200V | 200V | 200V | |||||
Eb | 250V | 100V | 250V | 100V | 250V | 100V | 250V | 100V | 250V | 100V | 250V |
Eg1 | -2.0V | -1.0V | -2.0V | -1.0V | -2.0V | -1.0V | -2.0V | -1.0V | -2.0V | -1.0V | -2.0V |
Ib | 1.2mA | 0.5mA | 1.2mA | 0.5mA | 1.2mA | 0.5mA | 1.2mA | 0.5mA | 1.2mA | 0.5mA | 1.2mA |
gm | 1.6 | 1.25 | 1.6 | 1.25 | 1.6 | 1.25 | 1.6 | 1.25 | 1.6 | 1.25 | 1.6 |
μ | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 |
rp | 62.5kΩ | 80kΩ | 62.5kΩ | 80kΩ | 62.5kΩ | 80kΩ | 62.5kΩ | 80kΩ | 62.5kΩ | 80kΩ | 62.5kΩ |
pin connection | G(1),K(2),H(3), H(4),PD1(5),PD2(6), P(7) | 1P(1),1G(2),1K(3), H(4),H(5),2P(6), 2G(7),2K(8),HM(9) | 1P(1),1G(2),1K(3), H(4),H(5),2P(6), 2G(7),2K(8),HM(9) | 1P(1),1G(2),1K(3), H(4),H(5),2P(6), 2G(7),2K(8),HM(9) | H(1),H(2),NC(3), 2K(4),2G(5),2P(6), 2G(7),2K(8),HM(9) | 1P(1),1G(2),1K(3), H(4),H(5),2P(6), 1O(7),1G(8),1K(9) |
この球ほど、プリアンプによく使われた球というのも珍しいでしょう。1本(2ユニット)でRIAAイコライザーが組め、しかも低ノイズでコンパクトとなると、もうこの球しかありません。しかし、こういう芸が通用したのも、500kΩ以上の高インピーダンス回路があたりまえだった時代の話で、現代のようにラインの入力インピーダンスが50kΩ以下になってくると、12AX7の2段増幅ではなかなか通用しなくなってしまいました。12AX7の内部抵抗値は、だいたい70kΩ〜100kΩくらい(62.5kΩというマニュアル・データは過大広告です)なので、次段の入力インピーダンスが50kΩ以下なんていうのはかなり厳しい条件です。通常動作時のプレート電流も0.3mA〜1.0mAですから、そもそも低負荷、低インピーダンス回路には適しません。この球を生かすためには、それがたとえカソード・フォロワであったとしても高めの負荷でなければなりません。また、電源電圧も高めであることが重要です。
さて、12AX7の特徴というと、なんといってもそのμの高さにあります。しかし、それだけではなく、マイクロフォニック・ノイズの少なさ、ヒーターハムの少なさ、直線性の良さも無視できません。12AT7のような高周波用途の球と違って、そもそもオーディオ用途のために開発された球ですから当然かもしれません。
SOVTEK製12AX7は「6H2L」という「12AX7/ECC83」に非常に良く似た球のユニットを流用して、ピン接続のみ変更したものです。ですから、以下に述べるようにμが90と低くなっているのは、そもそも「6H2L」の特性がそうなっていたからです。 1998.11.20測定をさぼったので、グリッド・バイアス電圧が「-0.5V」「-1.5V」「-2.5V」の測定データがありませんので注意してください。
12AX7のプレート特性をいろいろ測定してわかったことですが、バイアスが「-0.5V」よりも深い領域ではどの球も安定した特性であるのに、「0V」の時のカーブはほんとうにデタラメであるということです。赤い線のように、やや急な立ち上がりのものと、黒い線のようにすこし寝てから立ち上がるものの2種類に分かれます。そして、これは同一メーカー、同一ロットの球であっても激しくバラツくということです。ですから、すべてのSOVTEK製の12AX7がこの黒い線のような立ち上がりかというと、そうではないところが厄介です。
「-1.0V」と「-2.0V」のカーブの差からわかることは、SOVTEK製12AX7のμは90くらいしかなさそうだということです。しかし、これくらい特性が似ていると、12AX7のところにこの12AX7(実は6H2L)を指してもまずばれないでしょう。
巷で騒がれている◇マークのTelefinken製ECC83を実際に製造していたのは「VEB Muehlhanusen Roehrenwerke社」で、Telefunken社が同社から供給を受けて販売していたものです。当時、独逸には2つの真空管製造工場(Ulm/DonauとBerlin)があり、その両方でECC83をはじめとするTELEFUNKENブランドの球が生産されていました。これは、パッケージを変えてSIEMENSブランドとしても供給されました。Telefunken社が真空管の販売活動を停止した1984年、その設備はユ−ゴスラヴィアの「EI社」に売られました。そして、1984年から1992年にかけてTelefunken社は、EI社製のECC83を「AEG」ブランドで販売したのです。全く同じものが「SIEMENS」等異なるブランドでも販売されました。 1998.11.20
というわけで、Tekefunken製12AX7/ECC83には2種類があります。プレートがのっぺりした形状のもの(1984年以後)と、そうでないもの(1984年以前)とです。ここで測定したのは前者です。
同一生産ラインのものが、いくつかの異なるブランドとして流通しました。このことは、他の国においても同様で、真空管は(一部の古典管をのぞいて)刻印やパッケージング、ブランドだけでは判断できないということです。
総じてTelefunken製12AX7/ECC83はμは高めです。また、カーブの立ち上がりが良く、プレート電流の少ない領域でも「高いμ」と「低いrp」が得られます。当然ですが全般に直線性が良いです。ここにはデータを掲載していませんが、Telefunken製12AU7も同じ特徴があります。
Telefunken系のECC83は物理特性は優れていますが、音はどうかというとこれがなかなか微妙です。それと知らせずにプロのレコーディングエンジニアに聞かせると必ずしも高評価ではありません。私は、業務用の機材の製作を依頼された場合は、Telefunken系のECC83は使用しません。何故って、現場でNGが出て使ってもらえないから。じゃあ、何を使うかって?それは次の松下製12AX7(T)です。
松下製12AX7の特徴は、カーブの立ち上がりがやや寝ていること(つまりカットオフが悪い)で、この少々なさけない感じの特性の傾向は松下製全般にいえます。ですから、マニュアルのデータを信じてカソード抵抗を決定してこの球を使うとプレート電流がどうしても少なめに出ます。内部抵抗はマニュアルデータよりもずっと高く80kΩくらいあります。松下の○Tマークを騒いで追いかける意味がはたしてあるかどうか。ここで測定した球のμは90程度でやや低めですが、ロットによっておおよそ90〜100でかなり広範囲にバラツいています。
松下製の12AX7は、ヒーターハムには少々弱いかわりに、マイクロフォニック雑音には強いように思います。電源ONち同じにヒーターがピカリと閃光を発する球が多くみられますが、これは球の異常・不良ではありませんので心配は無用です。
真空管はブランドごとに音がちがうのか。大した違いはない、耳の許容範囲から出てしまうほどではない、というのが正解だと思いますが、松下製の12AX7はちょっと違うかも、というのが私の本音です。しかし、ネット・オークションを見るとTelefunkenやSIEMENSやMullardにすごい金額がついているというのに、松下の12AX7は千円程度で手に入ってしまうので、松下の12AX7をいいと言うのはやめておこう、と考えたのです。つまり、お安く手に入りますから騙されたと思って使ってみてください。気に入らなくてもダメージは小さいし、気に入ったらだれにも言わずにいればいつでも安く買えます。