市販されているプッシュプル用出力トランスの最小サイズは取り付けネジスパンが60mmで重量が400gクラスです。2010年現在、これよりも小さなものは出ていません。真空管式で小出力アンプやヘッドホン・アンプをプッシュプルで製作しようとするとこれらの中から選ぶことになります。その実力はいかに・・・ということで簡易的ながら実測してみましたので製作の参考になればと思います。また、1次2次巻き線の位相関係も確認しました。
小型プッシュプル出力トランスは概ね以下のようなものがあります。太字の3種がもっとも小型かつ廉価なタイプでこれらについて今回実測しました。
メーカー 型番 1次インピーダンス 2次インピーダンス W×D×H 価格 東栄変成器 OPT-5P 5kΩ/10kΩ 4、8Ω/8、16Ω 70.5×47×44 1,932円(2010.4) 東栄変成器 OPT-10P 8kΩ 4、8Ω 87×57×55 2,888円(2010.4) 東栄変成器 OPT-10P 10kΩ 4、8Ω 87×57×55 2,888円(2010.4) 春日無線 KA-8-54P 8kΩ 4、8、16Ω 72×57×51 3,200円(2010.4) ノグチトランス PMF-15P 8kΩ 8Ω 90×63×58 4,200円(2007.6) イチカワ ITPP-3W 8kΩ 4、8Ω 70×55×45 2,310円(2010.4) TANGO(ISO) FE-10-8 8kΩ 4、8、16Ω 56×50×81 9,660円(2005.4) TANGO(ISO) FE-10-10 10kΩ 4、8、16Ω 56×50×81 9,660円(2005.4)
測定条件は以下のとおりです。
測定結果は以下のとおりとなりました。
- 信号源インピーダンス: 5kΩ(5687、6N6P、6DJ8あたりを想定)
- 測定信号レベル: 8Ω端子において100mV(1kHz)
- 被測定サンプル: 各2個ずつを測定
- 特例: 東栄変成器 OPT-5Pは10kΩ:8Ωとして接続して測定
東栄変成器 OPT-5Pは100Hz以下の低域で若干の減衰がみらる一方で高域側は70kHz(-3dB)くらいまで伸びておりその先の減衰特性も比較的素直です。本来5kΩとして設計された出力トランスを10kΩで使うとどうしてもこういう傾向が出ますので、他と比較するのはかわいそうなのですが、そこのところは割り引いてみてください。低域が-6dB/octの低下をしないでこのように高い周波数(200Hzくらい)からじわじわと低下してしまう場合は、レスポンスが落ちていないからといって油断できません。-0.5dBくらいしか落ちていなくても小出力で相当に歪が増加しているからです。聞き込んでゆくと低域の鳴り方が硬い様子に気づくでしょう。
イチカワ ITPP-3Wは超低域のフラットネスは申し分ないですが、高域側の減衰が早くにはじまっており-3dB減衰ポイントは40kHzです。低域側は春日 KA-8-54Pと同じに見えますが、精密にみてゆくとイチカワの方が低い周波数に強いことがわかります。負帰還をかけた場合、50〜60kHzのディップ&ピークがどうなるのか、150kHz以上の帯域はどうなるのか興味が湧くところです。
春日無線 KA-8-54Pは超低域側も高域側ともに帯域が広いように見えますが、40kHzあたりにディップがありますので安定した位相特性が得られる高域側の実質的な帯域は東栄とイチカワの中間になりそうだと推定されます。負帰還をかけた場合、春日 KA-8-54Pはやや不安が残ります・・・この件については、後のテストで杞憂であったことがわかるのですが(後述)。春日無線はこういう特性に仕上げる傾向があるようです。
高域側の最初のディップの周波数で比較すると、春日=40kHz、イチカワ=50kHz、東栄=80〜90kHzの順になります。負帰還をかけるとこのディップより上の周波数では特性が暴れますから、位相補正で抑え込むとするとこの周波数がひとつにめやすになります。仕上がり特性でどれがいちばんきれいになるかはなんともいえません。東栄 OPT-5Pのように100Hz以下でゆるゆるとレスポンス低下を起こしている出力トランスは要注意です。減衰は-4dB以内とわずかであっても波形が崩れていて歪み率が急激に悪化していることが多いからです(そのうち検証します)。
これらのトランスを同じ回路(6N6P全段差動PPヘッドホンアンプ、出力=1W)に実装してみました。負帰還量は15dBと多目ですが、位相補正しない状態でデータを取っています。歪み率特性では通常は100Hz、1kHz、10kHzの3ポイントですが40Hzくらいの信号がフルビットでレコーディングされるのが当たり前の昨今なので、40Hzと20Hzのデータも取りました。20Hzはほとんど音になりませんが、良いスピーカーやヘッドホンを使うと聞く(感じる)ことができます。低域の伝送能力の境界を探る目的で測定してみました。
東栄変成器 OPT-5P
通常のレスポンス低下ならば15dBもの負帰還をかければきれいにフラットになってしまいますが、ご覧の通り相変わらず低域のダラ下がりが生じていますので、すでに述べたとおりこういうのは要注意です。40kHzあたりにわずかな(約0.4dB)ほどの山ができていますが、この程度なら微量の位相補正で修正は容易です。低域側の弱点は予想どおり、歪み率特性ではっきりと出ました。ご覧のように最大出力ではほとんど低下しないにもかかわらず、小出力時において歪が増加しています。高域側は、実際に音で聞いて特に問題は感じませんでしたが、低域側の弱点ははっきりと認識できました。
イチカワ ITPP-3W
40kHzあたりにいきなり強いピークが現れ、50kHzあたりにディップ、60kHzに再びピークが出ました。そこで少々手の込んだ位相補正を試みたところ、あっさりと素直なカーブに収めることができました。ただ、高域側は東栄よりは早くに落ちています。低域側は非常にきれいに伸びており、20Hzにおいてもわずかしか劣化がなく、最大出力までしっかりついて行ってますので申し分ないように思います。音もいいものをきかせてくれます。
春日無線 KA-54P
何もしないでこれだけ素直で広帯域な特性が現れたので少々びっくりしました。何もすることがないのでそのままです。50kHz以上の仕上がりはこのクラスの出力トランスとしては文句のつけようがないくらい良く出来ていると思います。歪み率は20Hzを除いてイチカワに良く似ています。オーディオソースには40Hzはバッチリはいっていますが20Hzははいっていませんので、20Hzのデータに囚われることはないと思います。音はイチカワよりもバランスが良くレンジ感も出ています。
(この出力トランスの正体が気になったので春日無線まで足を運んで聞いてみたところ、オリエントコアを指定してみなさんもご存知のある有名メーカーに作ってもらっているというとのことでした。)
東栄のOPT-5Pの低域における歪み率の増加が著しいので、アンプ組み込みでない単体での歪み率をピンポイントで測定してみました。測定条件は、2次側出力が0.2V一定となるように1次側に信号を入力しています。
メーカー 型番 5(4)kΩ:8Ωとして使う
0-8Ω間に8Ω負荷10(8)kΩ:8Ωとして使う
0-4Ω間に8Ω負荷50Hz 100Hz 1kHz 50Hz 100Hz 1kHz 東栄変成器 OPT-5P 0.415% 0.219% 0.018% 0.44% 0.234% 0.023% 春日無線 KA-8-54P 0.072% 0.047% 0.0138% 0.082% 0.057% 0.0147% どちらも周波数が低くなるにつれて歪み率は悪化していますが、東栄のOPT-5Pの悪化の程度が著しいです。2次側の負荷の与え方によっても傾向は変わりません。10kΩ:8Ωとして使うのをやめて、5kΩ:8Ωとして使ってもこの欠点は解消されません。
1次巻き線と2次巻き線の位相関係をチェックしました。
メーカー 型番 1次側 2次側 東栄変成器 OPT-5P 1P + 4、8Ω/8、16Ω + 2P − 0 − 春日無線 KA-8-54P 1P + 4、8、16Ω − 2P − 0 + イチカワ ITPP-3W 1P + 4、8Ω + 2P − 0 − 春日製の出力トランスは位相が逆転していますが、箱の中に巻き始めのマーキングをした説明書が入っていますのでそれを見て確認してください。東栄とイチカワは巻き始めに関する情報が公開されていませんので、本表を参考にしてください。この2社の他のトランスに関しては自力で検証(といってもオシロがないと難しいのですが)してください。