メーカー発表のカタログには「低雑音」と表示したものや「NF(雑音指数)」を公開して低雑音であることを謳ったものと、雑音性能については一切触れていないものとがあります。このようなドキュメントを見てしまうと、MCヘッドアンプやPHONOイコライザなど低雑音性能が要求される回路には低雑音タイプのトランジスタでなければまずいのではないか、そうではないトランジスタを使ったらひどいノイズに悩まされるのではないかと思ってしまいます。トランジスタの性質について基本的な理解がある人からみると、そのような表記は全くあてにならないことが普通に理解されるわけですが、多くの自作オーディオファンにとってはトランジスタの雑音発生メカニズムはわかりにくく、カタログ表記が頼りなところがあります。トランジスタの雑音発生のしくみについて書き始めるとかなり長くなってしまうのと、文系のオーディオファンにとって苦手な数式の連続になってしまうので専門サイトに譲るとして、本稿ではできるだけ平易な解説と実用的なデータを公開しようと思います。
ご注意:以下のデータはある条件における結果に過ぎません。アンプの設計はさまざまな要素の集合ですので(いつも言っていることですが)あちらを立てればこちらが立たずな関係があります。データは重要な参考になりますが鵜呑みにしないこと、リニア思考で「こうすればこうなるはず」と早合点しないことです。
ご注意:試験回路に改善すべき点がみつかったので現在修正作業中です。
- PNP/NPN各種トランジスタの違い・・・修正前の回路で測定。
- コレクタ電流による違い・・・修正後の回路で測定。
- パラレル接続・・・・・・修正前の回路で測定。
測定にはPanaspnic VP-7723Aを使いました。測定器自身の残留雑音は1.3〜2μVで、そこに測定系は拾う雑音が若干付加されます。
手元にあるいくつかのトランジスタについて帯域を20kHzで切って測定してみました。測定時のコレクタ電流は約1mAです。エミッタ抵抗として10Ωを入れて測定したもんと入れていないものとがあります。測定時の利得が正確に同じにはならないので、測定で得た雑音電圧を入力値に換算して同列で比較できるようにしてあります。トランジスタごとの傾向ははっきりと出たように思います。
PNP/NPN トランジスタ 利得 雑音電圧(20kHz) 分類 コンプリペア 測定値 入力換算値 PNP 2SA836 204.8倍 51μV 0.251μV 低雑音 --- 2SA872A 204.8倍 53μV 0.259μV 低雑音 2SC1775A 2SA970 211.8倍 35μV 0.165μV 低雑音 2SC2240 2SA1015 203.0倍 43μV 0.212μV 汎用小信号 2SC1815 2SA1680 211.8倍 34μV 0.161μV 小電力 2SC4408 2SA950 211.8倍 32μV 0.151μV 小電力 2SC2120 2SA1358 211.8倍 35.5μV 0.168μV 中電力 2SC3421 2SA1359 211.8倍 32μV 0.151μV 中電力 2SC3422 2SA1931 215.2倍 31.5μV 0.146μV 大電力 2SC4881 NPN 2SC1344 203.0倍 69μV 0.340μV 低雑音 --- 2SC1775A 206.5倍 69μV 0.334μV 低雑音 2SA872A 2SC2240 210.1倍 40μV 0.190μV 低雑音 2SA970 2SC945 204.8倍 58μV 0.283μV 汎用小信号 2SA733 2SC1815 203.0倍 51μV 0.251μV 汎用小信号 2SA1015 2SC4408 210.1倍 35μV 0.167μV 小電力 2SA1680 2SC3421 206.5倍 36μV 0.174μV 中電力 2SA1358 2SC3422 206.5倍 34μV 0.165μV 中電力 2SA1359 2SC4881 211.8倍 34μV 0.161μV 大電力 2SA1931 簡単にまとめると:
(1)一般的に言われてきたことですが、NPN(2SC)よりもPNP(2SC)の方が常に低雑音です。コンプリペ同士で比較するとよくわかります。同じ雑音電圧の場合はPNPの方が雑音の耳障りは良いので雑音スペクトラムは異なると思います。
(2)低雑音トランジスタと表記されているもの(2SA872A、2SA970、2SC1775A、2SC2240)よりも、低雑音と表記されていないもの(2SA1680、2SA950、2SC4408)の方が低雑音なことがあります。トランジスタの雑音は、ベース広がり抵抗(rbb')の大きさに大きく依存するので、意図的にベース広がり抵抗値が小さいトランジスタを選んでぶつけてみました。
(3)パワー(電力用)トランジスタは基本的に低雑音ですが、大電流タイプほどより低雑音です。但し、大型のトランジスタほど内部容量(Cob)が大きくhFEは低いので単純にオーディオ回路に適用できるとは限りません。
トランジスタ回路に関わる雑音はコレクタ電流値によって変化します。実際のところどうなのか確かめてみることにしました。雑音が多目のトランジスタの代表として2SC1815-GR、ローノイズ側の代表として2SC2240-BLでデータを取って比較しています。<エミッタ抵抗=0Ω・・・エミッタ抵抗をショート>
トランジスタ コレクタ電流 利得 雑音電圧(80kHz) 雑音電圧(20kHz) 測定値 入力換算値 測定値 入力換算値 2SA1815-GR 0.5mA 39.5倍 21.4μV 0.542μV 11.1μV 0.281μV 1.0mA 78.9倍 36.2μV 0.459μV 19.4μV 0.246μV 2.0mA 157.1倍 66.0μV 0.420μV 35.7μV 0.227μV 2SC2240-BL 0.5mA 39.5倍 14.8μV 0.375μV 8.5μV 0.215μV 1.0mA 78.9倍 25.3μV 0.321μV 13.8μV 0.175μV 2.0mA 157.1倍 45μV 0.286μV 24.5μV 0.156μV
雑音のコレクタ電流依存性は、コレクタ電流と正の相関があると言われていますが、概ねその傾向が得られました。注意:トランジスタは、コレクタ電流値によって音が変化することがあります。大電流が苦手なトランジスタ、小電流が苦手なトランジスタもあります。アンプとして組み上げた場合、初段トランジスタのコレクタ電流を0.5mAから1mA〜2mAに増やしてもトータルの雑音は変化しないという現実も経験しています。ノイズに気をとられて無闇にコレクタ電流を減らすことが良い結果を生むとは限りません。
一般には、2パラにすると雑音レベルは1/√2になり、4パラにすると1/2になると説明されています。実測結果は以下のようになりました。なお、測定回路の都合上、パラレル時のコレクタ電流は1本の時よりも若干少なくなっています。測定時に混入する雑音をもっと減らすことができれば、もう少し信頼性の高いデータが得られると思います。
トランジスタ 本数 コレクタ電流 利得 雑音電圧(20kHz) 測定値 入力換算値 2SA1015-GR 1本 1.07mA 203.0倍 43μV 0.212μV 2本(パラレル) 0.97mA×2 190.0倍 32.5μV 0.171μV 4本(パラレル) 0.90mA×4 163.3倍 22.5μV 0.138μV 注意:パラレル接続にすると雑音を減らすことはできますが、音が良くなるわけではありません。むしろパラレルにしたことで音が悪くなったと感じることもあります。