シングルかプッシュプルか
1999.10.12
弟子 「師匠、今回はちょっと難しいテーマです。」 師匠 「こんな厄介なテーマ、誰が選んだんだ。そう簡単には結論なんか出ないぞ。」 弟子 「ま、結論はいいですから、いつもどおり言いたい放題やってください。」 師匠 「じゃ、いきなり聞かせてもらうけど、きみはシングルかプッシュプルかと聞かれたら、どう答えるんだい。」 弟子 「シングルもプッシュプルもそれぞれに良さがあって、単純には比較できないと思うんですけど。」 師匠 「世間に及ぼす影響や、アンプ作りをされている一人一人の気持ちを考えると、そういう当たり障りのない見解になるってわけか。」 弟子 「いやあ、そういうわけじゃないですけど。」 師匠 「じゃあ、遠慮せずにはっきり言い給え。」 弟子 「えっ、そんな。」 師匠 「『シングルもプッシュプルもそれぞれ一長一短がありますから、回路方式を生かした設計・製作をされたらいいでしょう。』なぁ〜んて調子のいい意見はここでは誰も期待してないよ。」 弟子 「いろんな本を読みましたけど、どっちの方がいいってはっきり書いてある本なんかないですよ。」 師匠 「しかし、それでは全然面白くないし、だいいち、シングルにしようかプッシュプルにしようか迷っている子羊ちゃん達にとっては何の参考にもならないじゃないか。」 弟子 「じゃあ、師匠はどうなんですか。」 師匠 「ズバリ言わせてもらうと、シングルよりもプッシュプルの方がはるかに優れていると思うよ。」 弟子 「うわあ、師匠、ついに言っちゃいましたね〜♪もう、これでシングル党はこのHomePageにアクセスしてくれなくなっちゃいますね〜♪」 師匠 「こらっ、浮かれるでないっ。」 弟子 「師匠、世の中、多数派はシングル党ですよ。」 師匠 「そうなんだよ。ひとつ重大な事実を言わせてもらうとね、シングル党を自認している人の大多数はプッシュプルアンプを作ったことがない、ということなんだ。つまり、食わず嫌いってやつだな。」 弟子 「う〜ん、私もプッシュプルアンプはまだ作ったことないです。」 師匠 「なぜだろう。」 弟子 「だって、シングルアンプに比べたら回路は複雑だし、部品点数も多いし、気が重いですよ。」 師匠 「それだけかい。」 弟子 「お財布の負担の問題もありますよ。300Bを2本までなら買えても、4本はちょっとつらいです。それに、スペアまで考えたら全部で8本ですよ。電源トランスだって、シングルだったら1万円以下で手ごろなのがいくらでもありますけど、プッシュプルとなったら3kgを越えてしまうし、値段も高いです。」 師匠 「プッシュプルアンプ1台作るエネルギーがあったら、シングルアンプが2台くらいできてしまうってことかな。そうこうしてるうちに手もとのシングルアンプが2台、3台と増えてしまって、プッシュプルアンプに手を染める機会を逃してしまう。」 弟子 「出力管4本分の出費というのは、やっぱりつらいですよ。」 師匠 「そうかなあ。6AH4GTだったら8本買っても300Bを1本買うよりもずっと安いよ。12AX7/ECC83が1本あればなんとか位相反転してドライブまでできるし、電源トランスだって140mA取れればいいんだからシングル用でも間に合うしね。」 弟子 「6AH4GTだったらプッシュプルにしてもせいぜい4〜5Wが限度じゃないですか。それだったら、300Bが1本で済むからわざわざプッシュプルアンプにしなくても済みますよ。怪しいテレビ球のプッシュプルよりか、300Bシングルの方が魅力的だし。」 師匠 「ううむ、こんなところにも出力管のブランド信仰が顔を出してくるんだねえ。要するに、プッシュプルアンプを作るってえのは面倒くさいんだな。」 弟子 「同じ出力が得られるのなら、わざわざプッシュプルにすることないじゃありませんか。」 師匠 「ほれほれ、そこが違うんだよ。プッシュプルアンプの良さはね、大きな出力が得られることだけじゃないんだ。出てくる音が決定的に違うんだよ。」 弟子 「そこんところがよくわかりません。」 師匠 「どうも、小出力だったらシングル、大出力が必要だったら(シングルじゃ駄目だから)プッシュプル、という図式ができているんじゃないだろうか。だから、小出力アンプでいいんだったら、わざわざプッシュプルにしようなんて考えないのだね。」 弟子 「世間の認識はそうじゃないんでしょうか。」 師匠 「僕からみると、世間の認識がずれているんだな。プッシュプル回路の良さというのが、根本的なところで理解されていない。たった1Wのアンプでも、プッシュプルアンプはプッシュプルアンプなのであって、シングルアンプじゃないんだよ。シングルアンプでは置き換えられないものがあるんだ。」 弟子 「はあ。」 師匠 「我が弟子よ、そこまで世間の常識に冒されてしまったか。」 弟子 「はい、どうもそのようです。」 師匠 「頭の中を整理してよ〜く考えてごらん。プッシュプル回路では、出力トランスの直流磁化がないんだろう。プッシュプル用出力トランスの1次インダクタンスは、シングル用よりも圧倒的に高い値が得られるわけだし、超低域の伝達特性だって比較にならないくらい優れているんだろう。」 弟子 「はい、そうでした。」 師匠 「電源リプルに対しても、とっても強いんだったよね。」 弟子 「はい、そうです。」 師匠 「しかも、信号電流の大半は2本の出力管と出力トランスでクローズしたループを形成するから、電源への信号電流の流出はうんと少ないわけだし、歪みだってシングルに比べればずっと小さくなるんじゃなかったかい。」 弟子 「仰せの通りで。」 師匠 「だったら、同じ1Wのアンプを作るんだったらなんでプッシュプルにしないでシングルにするんだい。」 弟子 「う〜ん、師匠、いじめないでくださいよ。」 師匠 「いじめてなんかいないよ。こんなにメリットが多いプッシュプルアンプなのに、どうしてそんなに頑固にシングルにかじりつくんだろうなあって思っているだけだよ。」 弟子 「普通の家庭で音楽聴くんだったら5Wも出れば十分だし、それだったらシングルで十分でしょう?それに、プッシュプルとなったらどうしても6L6GCだとかEL34あたりを考えてしまうから、結構大ごとになってしまって踏ん切りがつかないんですよ。」 師匠 「まずは、プッシュプル=大出力という先入観から抜け出すことだね。」 弟子 「でも師匠、プッシュプルアンプはほんとうにシングルアンプよりも圧倒的にいいんでしょうねえ。」 師匠 「そんなことわかるかい。」 弟子 「あれ〜、さっき『ズバリ言わせてもらうと、シングルよりもプッシュプルの方がはるかに優れていると思うよ。』っておっしゃったじゃあないですか。」 師匠 「そんなこと言ったかなあ。どっちがいいかなんてことは、人に聞いて済むようなことなんだったっけ。」 弟子 「あ、わかった、要するに人の言うことばかり聞いてないで、ちゃんと自分の耳で確かめろって言いたいんですね。」 師匠 「そういうこっちゃ。人の批評なんかをあてにしてたら、脳味噌がだめになっちゃうぞ。」 弟子 「じゃあおたずねしますけど、小出力のプッシュプルアンプだったらどんな球があるんですか。」 師匠 「6BM8の3結ppなんかどうだい。Ep=230V、Ip=25mA×2、負荷は10kΩで3Wくらいかな。悪くないだろ。」 弟子 「バイアスはどれくらいですか。」 師匠 「-21Vくらいかな。同じくらいの規模で6BX7GTppというのもなかなかいいよ。Ep=230V、Ip=25mA×2、負荷はやはり10kΩで出力3Wだね。バイアスは-19Vくらいだから6BM8(3結)よりもちょっとだけ感度がいい。どちらもTANGOのシングル用電源トランスのN-12が使えるからお手頃だろう?」 弟子 「結構あるもんなんですね。」 師匠 「こんなんだったら、シングルアンプを作るのと同じ予算、同じ気分で作れるじゃないか。しかも、出力トランスはTANGOのU13-10みたいなちっちゃいやつでもシングルアンプじゃ決して得られないくらい充実した低域が得られるんだからね。」 弟子 「もう少し出力を取り出したかったら、どんな動作条件がいいですか。」 師匠 「こりゃこりゃ、こんなところでくだらないことを考えちゃいかんよ。3W出るところをもう1Wくらい欲張ってどうするんだい。その程度の違いなんか耳で聞いたってわかんないよ。」 弟子 「そ、そうでした。つい貧乏根性が出てしまいました。」 師匠 「どうも、出力に関してせこい人が多すぎるね。1Wでも大きくしようとして、動作をいじったり、球を替えたり。そんなこと考えてるから、本質からどんどん離れて行ってしまって、結局ろくなアンプにならないんだから。大きな出力が欲しかったら、最初からもっとパワーが取れる球を選べばいいじゃないか。」 弟子 「心の余裕が足りないんでしょうか。」 師匠 「まだまだ貧しいんだろうね、我々の生活レベルってのが。パワーを絞り出したシングルアンプを6畳間でがんがん鳴らすことはできても、ていねいに仕上げた1Wのプッシュプルアンプを100平米の部屋で静かに楽しむ、なんていうのは夢の世界なんだろうか。」 弟子 「先は長いですね、師匠。」 師匠 「そんなことないと思うよ。心の持ち方ひとつで、6畳間だって100平米に匹敵する快適な部屋になるからね。そのためには、オーディオ乞食からなんとかして抜け出さなきゃならないけど。」 弟子 「やっぱり、心の余裕ってやつなんでしょうか。でも、具体的にどうしたらいいか、ちょっとイメージできません。」 師匠 「出力管をシゴいて使うことをやめてみたらどうかな。2A3プッシュプルだったら、300V、40mA×2、10Wなんていうんじゃなくて、250V、40mAで6Wくらいのアンプにしてみたらどうだろう。」 弟子 「それって、案外、できないですね。」 師匠 「でも、これができなかったら、出力3Wのプッシュプルアンプなんかもっとできないと思うよ。」 弟子 「そういうことなんですね。プッシュプルアンプというのは、精神的に贅沢なアンプだったんですね。」 師匠 「そう、物理的な贅沢さしか見えていないから、プッシュプル=大出力という図式になっちゃんだよ。」 弟子 「じゃあ、早速、300Bのプッシュプルアンプでも作ってみます。」 師匠 「オイオイ、球はどうするのかい。」 弟子 「300Bなら8本くらいは持ってますよ。」 師匠 「ナ、ナンダト・・・。」
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