コンサートに行こう
2000.1.18
弟子 「今回はコンサートの話題ですか。」 師匠 「オーディオの話題ばっかりじゃあ、つまんないだろ。」 弟子 「それもそうですね。最近は良いホールも増えたし、コンサート回数も増えてきましたね。」 師匠 「おかげで、コンサートでの問題も増えてきたね。」 弟子 「どんな問題ですか。」 師匠 「演奏中に携帯電話鳴らす馬鹿ね。こないだも、静岡某所でのコンサートで、演奏中に携帯を続けて3回も鳴らした猛者がいたよ。つまみだしてやろうかと思った。」 弟子 「よく、開演前に携帯電話の電源を切るようにアナウンスがありますけど、本当にいるんですね、そういう人。」 師匠 「ホールの入り口でチラシ配っているだろう?演奏中にあれを入れたポリ袋をがしゃがしゃいわせる無神経なのも多いね。経験的に言わせてもらうと、おばさんの2人連れ以上は要注意だな。」 弟子 「クレームが出たんでしょうか、最近は、音が出にくい材質の袋になってきてますね。」 師匠 「それからね、演奏終了時の拍手に混じってブーイングする馬鹿だな。これがすごく多い。」 弟子 「演奏が気に入らなかったらブーイングしてもかまわないんじゃないですか。」 師匠 「だったら演奏している最中にしなきゃ。僕はそんな勇気ないから、演奏が気に入らなかったら、途中でさっさと外に出るよ。」 弟子 「なんで、最後までいてブーイングするんでしょうか。」 師匠 「ここで帰ったらもったいないっていう貧乏根性じゃないか。それに、万雷の拍手に混じってブーイングしたって聞こえやしないよ。聞こえないってわかっているから、ブーイングするんだな。これじゃあ、演奏家にメッセージが伝わらないじゃないか。自己主張したふりをしてるだけの根性なしだね。」 弟子 「途中で退場したら、メッセージは伝わりますか。」 師匠 「知り合いのオペラ歌手が言ってたけど、途中でホールを出られるとものすごく気になるそうだよ。自分が歌ってる最中にホールのあちこちの席から5〜6人が立って出ていったりしたら、もう立ち直れないってさ。但し、歌手がど近眼だったら効果なしね。」 弟子 「チケット代払ってるのに途中で出てしまったら、損した気分ですけど。」 師匠 「好きになれない演奏を聞き続けて損失を大きくする前にさっさと外に出た方が賢いよ。外でうまいもの食って口直しした方が、その日の寝つきはずっと良くなるね。」 弟子 「おっしゃることはもっともなんですけど、なかなかできないなあ。」 師匠 「そういう場合は、いかに気に食わない演奏であろうとも、最後まで我慢して傾聴したらよろしい。それは君の勝手であるよ。でもね、いまいち趣味に合わない演奏会から脱出した時のさわやかな快感というのは、一度経験しておいたらいいよ。」 弟子 「心の隅に留めておきます。ところで、妙に座高が高い人っていますよね。」 師匠 「ははは、そういう人に限って、大人しく座ってないで上半身を前に乗り出すもんだから、後ろは大迷惑だね。」 弟子 「バクハツ頭のおばさんもね、とっても迷惑ですよ。」 師匠 「鼻息の荒いおっさんが後ろに来るの勘弁だなあ。」 弟子 「舞台上で愛をささやいてる最中に、後ろからブハブハやられたたまんないですね。」 師匠 「鼾もかんべんだな。N響の定期演奏会は鼾をかいて寝てる奴が多いね。」 弟子 「そういう危険を冒しても、みなさんコンサートに行くんですねえ。」 師匠 「演奏家と聴衆が一体となって音楽の空間を作り上げるんだから、素晴らしいことだものね。」 弟子 「師匠、それは理想的な場合だけじゃないですか。」 師匠 「そうでもないよ。お客の質さえ高かったら、たいていのコンサートは○になると思うよ。」 弟子 「演奏家が下手糞でもですか。」 師匠 「そうなんだよ。だからアマチュア・オーケストラは面白いんだよ。オケの団員の心をしっかり掴んだ指揮者に恵まれたアマ・オケというのは、時々とんでもない名演をするからねえ。」 弟子 「アマオケの場合は、ハズレの危険も大きいですよ。」 師匠 「確かにね。曲をちゃんと振れない指揮者なんかを置いているアマオケは意外に多いんだよ。」 弟子 「え、そんなのありですか。」 師匠 「こないだね、演奏会当日になって指揮者が急病とかで変更になったのに出くわしたんだけど、楽員に聞いたら常任指揮者がついに曲を振りきれなくて土壇場で降りちゃったんだそうだ。」 弟子 「そんなんでよく練習になってましたね。」 師匠 「できるだけ指揮者を見ないようにして、コンマスとか各パートのトップさえ見ていればなんとかなるもんさ。」 弟子 「そんなのありですか。」 師匠 「いくらでもあるよ。僕がいたことのあるオーケストラでね、指揮者がまともに振れもしないくせに演奏につまらん注文をつけるもんだから『ごちゃごちゃ言うならお前の振るとおりに演奏してやろうか』って言ってやったら、慌ててたよ。偉そうなこと言うくせに、オケに甘えている指揮者はけっこういる。」 弟子 「師匠、脱線してます。」 師匠 「すまんすまん。アマオケの場合、どうせ知り合いかなんかの付き合いで行くんだから、そもそも期待はしてないわけだし・・・なんて言ったら叱れるかな。」 弟子 「うまいアマオケも増えましたね。」 師匠 「アマチュアにもピンきりがあるね。プロが青くなるような実力を持ったアマチュアがいるかと思うと、やっぱり箸にも棒にもかからない下手糞も相変わらずたくさんいるね。世の中、盛況で結構なことだよ。」 弟子 「来日大物オケやオペラも増えましたね。」 師匠 「チケット代が矢鱈とお高いから、これははずすわけにはゆかないんじゃないか。」 弟子 「その割に、ハズレってのも多いですね。」 師匠 「そりゃあ、人間のやることだから、常に均一の品質管理はできないね。しかも、ゲージュツ家という奴は、気まぐれだからなあ。それに、所詮お金の仕事だっていう面も見過ごせないよ。」 弟子 「来日アーティストの品質というのは、ほんとうにばらばらですねえ。」 師匠 「それでも、聴きに行った方は高い金払っているわけだから、なんとかして回収したいわけだ。その気持ちが強いもんだから、演奏が終わるなり、出来不出来にかかわらずホールは嵐のような拍手と聴衆の吠え声で包まれることになる。」 弟子 「なかには、チケットが手に入っただけで十分ハイになってる人もいますね。」 師匠 「あははは、芸術というものは、そういうカルトでオタクな側面もあるんだ。馬鹿にしちゃあいけないよ。」 弟子 「でも、日本人の演奏に対する卑下みたいなものを感じることがありますけど。」 師匠 「うんうん。日本人のオペラ公演なんかには行かない、っていう人は多いよ。」 弟子 「ミラノスカラ座やウィーン国立歌劇場の来日公演のチケットだったら、大騒ぎで行列になりますけど、日本で企画したオペラのチケットの売れ行きはさっぱりのことがありますね。」 師匠 「いつだったか、二期会の公演とスカラ座の公演がバッティングした時に、二期会の方に行ったことがあるけど、空き席が目立っていたね。」 弟子 「つまり、大都市東京といえども、一晩で2つのオペラを満員にするだけの客層がないってことですね。」 師匠 「実は、新国立劇場ができたのに、初日以外ではかなりの空席が出ているっていうのが実態なんだよ。たしかにショーユ顔した胴長のおっさんが夜会服来てワルツ踊っても、サマにならないっていう事実は認めるけどね。」 弟子 「そうはいっても、最近の日本のオペラの舞台も演出もそうとうにハイレベルになってきたと思うんですけど。」 師匠 「歌手の実力もね。ただし、二期会なんかでロートル歌手を引っ張り出さないことが条件だな。」 弟子 「重鎮といわれている歌手ほど、音程も発声法も怪しいし芸もないですね。理事とかなんとか肩書きがあるようなね。」 師匠 「おいおい、そんなこと言っちゃっていいのかい。」 弟子 「そんなことやってるから、優れた演奏家がみんな海外に流出しちゃうんじゃないですか。」 師匠 「たしかに、海外在住の優秀な日本人演奏家は、日本に来ている暇はないようだな。」 弟子 「話は戻りますけど、来日もの崇拝ってなんとかならないんですか。」 師匠 「今から十数年以上前の日本には、世界に通用するオケも声楽家も数えるほどしかなかっただろ。そういう時代からの思い込みやコンプレックスはなかなかとれるもんじゃないよ。」 弟子 「ま、そういえばそうかもしれませんけど。」 師匠 「学芸会みたいなオペラ公演しかできなかった時代が長く続いたわけだし、そういう時代に育った人は、輸入盤や来日公演だけが音楽らしい音楽に接するチャンスだったんだよ。」 弟子 「はあ。」 師匠 「問題は演奏家だけじゃないと思うよ。それを支える環境が全然できてない。たとえば、ホールの問題ね。」 弟子 「音響の良い、演奏会を目的としたホールならもうたくさんあるじゃないですか。」 師匠 「じゃあ聞くけど、なんで日本で行われるコンサートの開演時間って、みんな18:30から19:00の間って決まっているんだと思うね。」 弟子 「それは、ほとんどの会社の就業時間が終わるのが17:00から17:30だからでしょう?」 師匠 「仕事を片づけて、夜の会議をなんとか代わりに出てもらったりして、やっとのことで開演時刻に間に合わせているんじゃないかい。」 弟子 「そのとおりです。」 師匠 「夕食はどうするの。」 弟子 「コンビニでおにぎり買って、ホールのロビーで食べてる人って多いですね。終演してからじゃあ、ほとんどのレストランが閉まっちゃうし。」 師匠 「ほらぁ、こんな生活してて、芸術に触れる豊かな生活なんていうものがあると思うかい。」 弟子 「そういわれれば、ちょっとつらいものがありますね。でも、開演時刻を17:30とか20:00にしてくれたら、余裕をもってコンサートを楽しめそうに思うんですけど、そういうプログラムって何故ないんですか。」 師匠 「ははは、それはね、ホールの従業員が早く帰りたいからさ。ほとんどのホールは、22:00に楽屋ごと外に追い出されちゃう。」 弟子 「ということは、夜のコンサートっていうのは、聴きに来る側のビジネスタイムと、ホールの従業員のビジネスタイムの隙間をぬって行われているということになりますね。」 師匠 「そのとおり。聴く側も開催する側も、時刻を気にしながらやってるわけだ。」 弟子 「クラシックファンがホールに集まって、夜通しオペラを堪能する、なんていうのは日本では無理なんですね。」 師匠 「日本の場合、劇場という施設そのものが、芸術を振興しようという意欲だとかポリシーを持っていなくて、従業員はただのサラリーマンだからね。劇場を仕切るのが劇場支配人の役割だけど、日本で名前の知れた劇場支配人というのはあまり聞いたことがないね。ウィーンだったら、数ある劇場の支配人の名前は市民みんなが知っているよ。」※
弟子 「他の国もそうですか。」 師匠 「ミラノスカラ座は、事実上マフィアが仕切っているけど、どのマフィアとつながった支配人が来るかで、呼べる歌手のランクまで決まってしまうんだからね。資金力のないマフィアとつながった支配人に決まってしまうと、ミラノっ子達はがっかりするそうだよ。」 弟子 「日本の場合は、劇場というよりも公民館か貸し部屋の延長のような感じがします。」 師匠 「そりゃそうだよ、ちゃんと『貸ホール』って書いてあるじゃないか。」 弟子 「全く、そのとおりでした。それでも、コンサートっていうのは、わくわくしますね。」 師匠 「やっぱり、日常生活のなかでは特別なイベントなんだよ、劇場通いっていうのは。」 弟子 「コンサートといわないで、劇場通いねえ。」 師匠 「僕はね、劇場に行くっていうのは、非日常のお楽しみのひとつだと思うんだよ。だから、好きな人を誘ったり、着飾ってみたり、おいしいごちそうを食べたり、そういうこともいっしょになっているのが本来の姿であり、それが楽しいんだと思うんだ。」 弟子 「学生がそんなことしたら、贅沢すぎやしませんか。」 師匠 「学生は別だよ。だから、学生のためには当日売りの格安の席ってのがあるじゃないか。僕が言っているのは、大人の遊びとしての劇場通いだよ。」 弟子 「そうかあ、劇場に行くっていうイベントは、大人の遊びだったんですね。」 師匠 「歌舞伎がそうだろう。そもそも、歌舞伎っていうのはお金持ちの道楽で、劇場に行くためにわざわざ高価な着物を仕立てて、前の晩から宿をとって宴会やるんだからね。そして、翌日、劇場に繰り込むわけだ。」 弟子 「日本にも、そういう芸術を楽しむ大人の文化があったんですね。」 師匠 「だからね、コンサートがある日の午後は、会社休んでゆっくり出かけるのが本当なんじゃないかな。」 弟子 「師匠は本当にそうなさっているんですか。」 師匠 「できる限りそうしているよ。こないだも、J.シュトラウスIIのオペレッタ『こうもり』があった時のことなんだけど、昼過ぎに家を出ようと思って、家の前に車を停めておいたまま、ランチタイムをしていたんだ。」 弟子 「そしたら?」 師匠 「駐車違反でミラーにイヤリングつけられちゃった。」 弟子 「あははは、で、それで?」 師匠 「ちょうど、婦警さんが乗ったミニパトがそこにいたので『こらあ、人の車に何をするっ』って怒鳴り込んだんだよ。」 弟子 「怒鳴り込んでどうするんですか、師匠。」 師匠 「だって、アタマにくるじゃないか。自分の家の真ん前だぜ。それに、これからオペラ劇場に行こうってのに、黄色い違反タグなんかつけたまま走れるかい。」 弟子 「見てみたかったですよ、ははは。」 師匠 「思いつく限りの悪態と愚痴と文句と言い訳を吐き出しているうちに、お出かけの時間になったみたいで、支度を終えたかみさんがやってきたんだ。」 弟子 「師匠の奥様、どうなさいました。」 師匠 「車の助手席に座ってしばらく様子を見ていたんだけど、そのうち、けらけら笑いだしちゃったんだよ。」 弟子 「おやおや、なかなか旦那様思いの奥様ですね。」 師匠 「で、何て言ったと思うね。『あなた、今日のオペレッタの出し物にぴったりね。アイゼンシュタインがお似合いよ。拘留期間を延ばされないうちに出かけましょうよ。』だとさ。」 弟子 「はっはっはっはあ。全くそのとおりですね。」 注釈(ご存知ない方のために申し上げますと、J.シュトラウスIIのオペレッタ『こうもり』は、アイゼンシュタインという中産階級の紳士が、警官を罵倒した罪で刑務所に行かなければならなくなり、しかも、不服申立てに失敗して却って拘留期間が長くなってしまったという騒動のところから始まります。この日の僕は、まさに、アイゼンシュタインそのものを演じておりました。)師匠 「いやあ、かみさんのその一言で、僕も大笑いさ。突然笑い出した盛装の夫婦を前にして、ぽかんとしていた婦警さんがおかしかったなあ。」 弟子 「じゃあ、その日の劇場通いは盛り上がりましたね。」 師匠 「ところで何の話だったっけ。」 弟子 「あのう、コンサートがある日の午後は、会社休んでゆっくり出かけるのがどうとかこうとかいう話題でした。」 師匠 「だからね、イベントがある日は、ちゃんとそれらしく盛り上がらなくちゃいけないっていうことが言いたかったんだよ。」 弟子 「???」 師匠 「おやおや、もう、だいぶ遅くなっちゃったぞ。」 弟子 「そうですね。」 師匠 「帰るとするか。」 弟子 「はい、私もここらで失礼します。」 師匠 「じゃ、また。」 ※実は、日本にも公民館的でない劇場はいくつもあり、すぐれた劇場支配人も少数ながら輩出しはじめています。
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