何故、アンプを作るのか
2000.1.23
弟子 「師匠、このコーナーをはじめてから半年経ちますけど、まだやってますねえ。」 師匠 「うん、4〜5回で終わりになっちゃうかと思っていたんだけど、ネタは途切れないねえ。」 弟子 「今回のテーマはなかなか本質的なところを突いているじゃないですか。」 師匠 「ほんとうは『人は、何故、アンプを作るのか』にしたかったんだけど、それじゃあ大袈裟過ぎるから、ちょっと遠慮してみた。」 弟子 「きっと、いろんな理由があるんでしょうねえ。」 師匠 「じゃあ、まず、経済的な側面からいってみようじゃないか。」 弟子 「師匠がお若かった頃は、どうだったんですか。」 師匠 「僕が小学生の頃は、ラジオ全盛時代だったから、アンプが独立して家庭で使われるというのは珍しかったね。」 弟子 「ラジオを自作するなんていうのは、流行ってたんですか。」 師匠 「たぶん、僕が生まれる前の時代から、ラジオというのは結構自作することが多かったんだと思うよ。中学校の技術家庭の授業では全員が並三ラジオの製作をやらされたくらいだし、ラジオくらい作れなかったら恥ずかしいと思われていたふしがあるね。」 弟子 「部品はどこで売っていたんでしょう。」 師匠 「どこでも売っていたよ。だいいち、百貨店でラジオの部品を売っていたくらいなんだから。近所のおもちゃ屋でも売っていたなあ。」 弟子 「素人が作ったものと、メーカーが作ったものとの差があまりなかったんでしょうか。」 師匠 「そういうことだね。だから、自分で作ったものでもそんなに見劣りしなかったし・・というか、メーカー品の作りがたいしたことなかったし、自分で作った方がずっと安上がりだったというわけだ。だから、ちょっと半田ごてが握れる奴だと、親戚からラジオ作ってくれってよく頼まれたもんだよ。」 弟子 「なんか、時代を感じますね。」 師匠 「その後、ステレオのLPレコードが普及しはじめて、ようやく、アンプのニーズが顕在化したんだよ。モノラルのAM放送に比べたら、LPレコードの帯域の広さとステレオの臨場感は圧倒的な魅力があったから、ラジオ少年達はどんどんオーディオの世界にはまっていったんだよ。当時は、アンプなんか自分で作った方が確実に安かったからね。」 弟子 「師匠もそういう中の一人だったんですか。」 師匠 「貧乏な方のね。」 弟子 「ということは、自作の目的は、安くアンプが手に入るからというのが大きかったんですね。」 師匠 「初期のオーディオシステムは、今の経済感覚からみても非常に贅沢なものだったから、それが安く手に入る自作という道はとても意味があったわけだ。今でも、僕がアンプを自作するって聞くと、安く作れるもんだと思いこんでいる人が多いね。」 弟子 「じゃあ、今では経済的なメリットはあまりないといっていいんじゃないでしょうか。」 師匠 「ひところは僕もそう思っていたけど、最近はね、考えが変わってきたよ。」 弟子 「どういうことなんでしょうか。」 師匠 「最近の自作アンプの中には、メーカー製のかなり高価なアンプをしのぐ性能のものがたくさん出てきているんじゃないかな。」 弟子 「メーカー製のアンプのレベルは高くないということなんでしょうか。」 師匠 「30年前と今とでは、メーカーがオーディオに対して行っている投資や意気込みは全然違うと思うよ。もちろん、今の方が金をかけてない。それは、歴史みてみればはっきりとしているね。」 弟子 「どういうことなのか、説明していただけますか。」 師匠 「ウェスターンエレクトリックといえば、オーディオの世界ではひとつの頂点だと思うけど、この会社の母体はベル研だよね。ベル研には、当時の米国のトップクラスの頭脳が集結していたけど、それは、電話や通信の分野が、戦争の勝敗すら左右する戦略的で最先端の技術分野だったからなんだよ。それが証拠に、今、我々がおもちゃにしているJAN(Joint Army Navy)球だって、戦争の産物なんだろ?」 弟子 「じゃあ、今となってはオーディオというのは、最先端技術じゃないってことですか。」 師匠 「そういうことだよ。国家的レベルでみたらね。現に、オーディオ専門メーカーのほとんどは潰れるか、合併されるかしたわけだし、家電メーカーのオーディオ部門は全然儲かってないじゃないか。そんなんで、投資なんかできるわけないよ。僕が経営者だったら、オーディオ部門なんか、さっさとたたんじゃうね。」 弟子 「う〜ん、そういうことなんですか。」 師匠 「日本でオーディオが売れた時代といえば、1965年から1980年くらいまでじゃなかったかな。ステレオセットからコンポーネントに切り替わった時代だよ。そして、国民の多くがステレオを欲しいと思った時代だね。時期的には、一眼レフの全盛期とだいたい重なると思う。」 弟子 「当時だったら、メーカーもかなりの投資をしていたんですね。」 師匠 「今の時代、学校を出た一番優秀な奴がオーディオの分野に投入されると思うかい。」 弟子 「そうじゃなさそうですね。」 師匠 「オーディオ製品の世界は安定期に入っちゃったんだよ。だけど、自作派は長生きして相変わらず切磋琢磨して頑張っているから、どんどんレベルアップしている。」 弟子 「ひところは、自作ではもはやメーカー品にはかなわないから、自作の価値がなくなってしまった、ともいわれましたね。」 師匠 「確かに、自作は割高なのにメーカー品には全然かなわない、という時期がしばらく続いたように思うけど、ちょっとトレンドが変わってきたような感じだね。MJのアンプコンテストなんか見てても思うけど、出している音の水準はかなり高いよ。それが、真空管アンプだけじゃなくて、半導体アンプも、DACもだからね。」 弟子 「そういえば、コンテストも初期の頃は、搬送中のトラブルだと思うんですけど、持ち込んだアンプがちゃんと動作しないものも何台かあったらしいですね。でも、今やほとんどすべてのアンプがノートラブルで一発動作するそうですね。」 師匠 「自分でものを作った時、出来上がったものが『ああ、やっぱり素人が作ったらこの程度なのね。でも、素人なりに良くできているから褒めてあげる。』っていうんじゃ、面白くないわけだよ。」 弟子 「人間のプライドってやつは、厄介ですね。」 師匠 「そうなんだ。今の時代、たとえ趣味の世界であっても、プロ並かプロ以上でないと面白くないんだね、やってて。」 弟子 「知り合いの奥さんがパンをお作りになるんですけど、これが、お世辞じゃなくて有名店のパンよりもおいしいんですよ。」 師匠 「そういうことなんだよ。レオナルド・ダ・ヴィンチは、本業というのがはっきりしていなくて、実にたくさんの趣味を持っていて、それがすべて一流だった。作曲家で知られるテレマンの本業は法律家だったから、作曲は趣味ということになる。」 弟子 「ニュートンだって、実に多才だったみたいですね。」 師匠 「一人の人間には1つの本業があってそれ以外は趣味、という図式は今や崩壊しつつあるということだな。」 弟子 「プロも、もたもたしていると、アマチュアに追い越されてしまうってわけですね。」 師匠 「そういうプロの落伍者なんて、巷にあふれているじゃないか。愛の貧乏大作戦は、そういうプロの落伍者をネタにした番組だろ。オーディオメーカーの、製品開発をやっている技術者だって、お前一体どういう耳とセンスしているんだ、っていうのがたくさんいるんだろうなあ。最近の電子機器の蓋を開けてみると、とにかく熱設計がでたらめなものが多いね。メーカーの製品開発レベルで、基礎技術が欠落している。」 弟子 「特にパソコンがそうですね。いかにも、後からつけましたって感じの冷却ファンだとか、放熱フィンとかね。」 師匠 「オーディオに限らず、自分で作るっていうことは、そもそもは、経済的なメリットから出発したんだけど、最近では、技術的メリットもないわけではないんだな。面白い時代になったもんだよ。」 弟子 「でも、すべての自作アンプが、メーカー製を抜いたわけではないですよね。ほとんどの自作アンプは、やっぱり、趣味の世界なんじゃないですか。」 師匠 「その割には、いい音してるんじゃないかい。すくなくとも、それまで使っていたステレオセットでは出せなかった音が出るから、面白いんじゃないだろうか。」 弟子 「それはいえてます。」 師匠 「じゃあ、日本の一流家電メーカーは一体何を作って、売っていたんだろうね。」 弟子 「そう言われてしまうと、つらいですね。」 師匠 「自分で作ることができて、それが立派に実用の世界で通用してしまうんだったら、あとは、作りたいか作りたくないか、のどちらかになるだろ。」 弟子 「それでも作らない人もいるでしょうね。」 師匠 「僕はね、人間には2種類いると思うんだよ。作る人と作らないひと。車のボンネットを開ける人と開けないひと。ラジオを分解する人と分解しない人。土をいじる人といじらいない人ってね。」 弟子 「はあ。」 師匠 「作る人ってのは、ほっておくと自分でいろんなことをはじめるみたいなんだ。最初は、アンプのキットかもしれないけど、やがて自分で設計するようになって、気がついたらトランスまで巻いてたりしてね。そういう人は、その気になれば料理だってやればできちゃうし、洋裁だってちゃんとやれちゃう。フィルムの現像なんか朝飯前だ。」 弟子 「手がかからないですね。一人でちゃんと遊べるから。」 師匠 「度が過ぎると、家族がほったらかしになって、奥さんのストレスがたまっちゃうんだけど、老後の暇つぶしのネタには困らないね。」 弟子 「じゃあ、作らない人はどうなんですか。」 師匠 「最近気がついたんだけど、そういう人は、人にはとても関心があるみたいなんだ。」 弟子 「人付き合いの方はいいんですね。」 師匠 「ゴルフだとか、麻雀だとか、カラオケだとか、スポーツ観戦、それに酒、女の方向に進んでゆくらしいんだ。」 弟子 「とにかく皆でわいわいやっていれば幸せだっていうタイプですね。そういえば、職場を見ていると2種類に分かれますね、はっきりと。」 師匠 「この2種類の人間は、同じ地球上に住んでいながら、実は、全く別の人種なんだよ。」 弟子 「肌が合わないってことですかね。」 師匠 「僕はそう思うね。まるで肌が合わない。」 弟子 「ところで、作りたくても、もひとつぶきっちょだっていう人はどうなるんですか。」 師匠 「そういう人を見分けるのは簡単だよ。収集癖という格好で表面化するんだ。」 弟子 「ああ、そういうことですか。」 師匠 「どうもね、物を作りたがるということと、物を収集するということとは、同一線上にあるみたいなんだ。」 弟子 「わかった、だから、アンプを作る人は必ずといっていいほど真空管を集め始めるんですね。」 師匠 「アンプを作れない人は、アンプそのものを集める。やがて真空管も集めはじめちゃう。カートリッジやケーブルだって、叩き売りできそうなくらい持ってるだろ?そういう人は、たいがい、カメラなんかも3〜4台は持っていたりするね。それも、蛇腹だとか二眼レフだとか。」 弟子 「それは、師匠のことじゃないですか。」 師匠 「アンプなんかを自作しようなんていう奴はね、ろくでもないものばかり集めたがると思って間違いないね。」 弟子 「それも、師匠のことみたいですね。」 師匠 「ま、そういうこっちゃ。ところでね、自分でアンプを作ったり、改造したりするためには、そのメカニズムをちゃんと理解していなきゃならないだろ。」 弟子 「それが厄介なんですよね。」 師匠 「これこれ、同意を求めてどうする。メカニズムを理解するってことは、こうしたらどうなるだろう、こうなったらどうなるかなってあれこれ考えるわけだから、厄介でも何でもなくて、むしろ面白い頭の体操じゃないか。」 弟子 「私にとってはただの頭痛の種にしか思えないんですけど。」 師匠 「そういう人は、無理して自分でアンプなんか作ろうなんて思ってはいかんよ。楽しいどころか、苦痛以外の何物でもなくなっちゃうからね。」 弟子 「そのへんのことは心得ているつもりです。だからキットでおしまいにしてます。」 師匠 「それはなかなか結構。己を知るっていうことは、己を幸福にする近道だからね。」 弟子 「ところで師匠、ぼちぼち今日の命題である『何故、アンプを作るのか』についてまとめてください。」 師匠 「僕はね、人それぞれ得手不得手があったとしても、できるだけ何かを作る、それも人に誇れるような何かを作れるようになる努力をして欲しいと思っているんだよ。」 弟子 「プロ並になれっていうことですか。」 師匠 「できの悪いプロなんか追い抜くくらいになってほしいね。」 弟子 「アンプ作りじゃなくてもですか。」 師匠 「料理でもいい、洋裁でもいい。あるレベルを越えようとしたら、そこには必ずいろいろな工夫や知恵が必要になってくる。そういう努力をし、勉強をし、頭を使い、何度も失敗を繰り返しながらレベルアップしてゆくような、そういうライフスタイルがとても重要じゃないか、と思うんだよ。」 弟子 「アンプ作りもそのひとつだということですか。」 師匠 「自作アンプの面白いところはね、ちゃんとまともな音が出るから、単なるお遊びだけではなくて、立派に実用になるっていうことだよ。」 弟子 「そういう意味では、アンプ作りよりも料理の腕を上げた方がもっと実用的なんじゃありませんか。」 師匠 「ははは、実はそうなんだ。アンプは食えないからねえ。アンプ作りが趣味の亭主を持ってしまった奥さんはね、きっと『あんなものばかり作ってないで、たまには気の利いた料理くらいつくってくれたらいいのに』くらいに思っているだろうね。」 弟子 「それが、世の奥様方の本音なんじゃないでしょうか。『男っていうのは困ったものね、掃除ひとつ手伝わないで、役に立たないことばかりやっている』って。」 師匠 「ということは、こんなしょうもないHomePageなんか見てないで、PCの電源切って、さっさと台所にゆきたまえ、ってことだな。」 弟子 「でも、300Bでも買う感覚で食材なんか買い込んできたら、家計が大迷惑ですよ。」 師匠 「だからね、普段から駄球に親しみ、5円の抵抗器やらお買い得なジャンク部品を使う技が重要なんだよ。」 弟子 「安い食材やら残り物を使ってうまい料理を仕立てろってことですね。」 師匠 「それがプロの技だと、僕は思うね。」 弟子 「なんか、師匠のペースにはめられたような気がします。」 師匠 「なんか、まずいことでも言ったかい。」 弟子 「いや、そうじゃなくて・・・。」 師匠 「さあ、チーズとオリーブ油、塩胡椒だけで、うまいスパゲッティを作ってみようじゃないか。白ワインと苺ジャムの残りで、カクテルのキールモドキもできるぞ。」
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