師匠の好き嫌い
2000.9.29
弟子 「師匠、大遅刻ですね。もう来ないかと思ってましたよ。」 師匠 「すまない、すまない。ちょっと、胃の調子が悪くてね、胃カメラ飲んだりいろいろと大変だったんだよ。」 弟子 「もう、いいトシなんですから、無理しないでくださいよ。」 師匠 「じゃ、このコーナーもちょっとペースを落とそうか。」 弟子 「え〜っ、そんな、駄目ですよ。」 師匠 「長続きさせたかったら、ペースダウンも大切だよ。」 弟子 「ところで師匠、今回のテーマはどうしましょうか。」 師匠 「僕が持っている偏見というか要するに好き嫌いについて、あらいざらい正直に白状するっていうのはどうだい。」 弟子 「え〜っ、そんな、もったいない。」 師匠 「ま、いいじゃないか。今回は大サービスだ。言っておくけど、これから言うことは僕の一個人としての好き嫌いの問題であるからして、反対意見や質問は受けつけんからな。」 弟子 「じゃあ、どこからはじめましょうか。」 師匠 「やっぱり真空管関係からかな。」 弟子 「それでは、早速嫌いな真空管シリーズといきましょう。」 師匠 「ほいきた。UV211だとか845みたいなでっかいやつ。僕は、あれは駄目だ。」 弟子 「格好いいじゃないですか。」 師匠 「いやいや、あれは格好悪い。世の中、なんでもデカきゃあいいってもんじゃない。」 弟子 「世の中、なんでもデカイのがいい、っていう人もいますけどね。」 師匠 「僕は違う。きっと偏見だと思うんだけど、『馬鹿』でかいとか『うすら』でかいっていう言葉があるくらいで、でかいと馬鹿なように感じる。」 弟子 「確かにそれは偏見です。そういえば、師匠はなにかにつけて大きいものには関心がないですね。」 師匠 「ベンツの旧Sシリーズなんて、不謹慎にでかい、と思ってるし、デカ面したセルシオもワンボックス・カーも嫌いだな。ALTECのA7も駄目。おしりのでっかいアメリカのおばちゃんも苦手だよ。」 弟子 「あのう、話を真空管に戻させていただきますけど、300Bくらいの大きさはどうなんですか。」 師匠 「300Bは別の理由であまり好きじゃないんだ。」 弟子 「おやおや、どうしてですか。」 師匠 「人気がありすぎる。格好が良すぎる。」 弟子 「ははん、メジャーなものは好きじゃないんでしょう?」 師匠 「どうもね、自分でもそんな感じがする。メジャーで、人気があって、みんながいいって言うものにはどうも癪に障るんだ。」 弟子 「それで、わざわざ6AH4GTなんていう球を探し出したり、日本駄球協会なんていうへそまがりの団体をこしらえたりしてるんですね。」 師匠 「だからね、300Bなんかを買うのは、気恥ずかしいんだよ。2A3も恥ずかしくて買えなくて、でもやっぱり欲しかったから、6B4Gなんていうねじれた形になっちゃうんだ。それに、僕が6B4Gを買った当時は、2A3の亜流扱いで人気なんかさっぱりだった。」 弟子 「あははは。なかなかかわいい性格じゃないですか、師匠。」 師匠 「どうぞ笑ってくれたまえ。この性格だけは死ぬまで変わらんよ。」 弟子 「じゃあ、PCだったらVAIOは買わない?」 師匠 「使っているのは、マイナーなIBM Thinkpadだよ。」 弟子 「そういえば、車もむちゃくちゃマイナーなROVERでしたね。」 師匠 「トヨタやメルセデスは、恥ずかしくて買えない。変なはなしだけど。」 弟子 「トヨタのヴィッツは超人気商品だし、おじさんの夢の車は『いつかセルシオ』じゃないですか。『もう、いい歳なんだから、そろそろクラウンくらい乗らなくちゃ』とか思いませんか。」 師匠 「だからさ、そういうのが駄目なんだってばさ。」 弟子 「ヴィッツもクラウンもセルシオも、車としては一流ですよ。一流品を見る目がないっていうことになちゃいますねえ。」 師匠 「こりゃこりゃ、しょうもないいじめ方をするなよ。」 弟子 「だって、師匠がどう答えるのか楽しみなもんで。」 師匠 「正直言って、ヴィッツは出た当初から好きになれなかった。理由は簡単で、ちいさいふりしてデカ顔だろ。ほかの普通車と並んだ時、異様にふくれてフーセンみたいに見えるじゃないか。それからクラウンだけどさ、走っていることを忘れさせる静かさやゴムの上に蒟蒻重ねたような乗り心地って、何か勘違いしているような気がする。」 弟子 「はあ。」 師匠 「もし、ヴィッツの車高がもう5cm低かったら許したかもしれない。」 弟子 「そんなことしたら、ウリである室内の広さがパーじゃないですか。」 師匠 「ははは、そこがね、わかっちゃいなんだよ。痩せ我慢の美学だね。実用も度が過ぎると不格好になる。」 弟子 「そういうもんですかね。」 師匠 「とうわけでね、KT88みたいなでかくて人気のある球もやっぱり好きじゃない。」 弟子 「師匠、話に脈絡がありません。じゃあ、6550Aは?」 師匠 「その昔ね、ダルマ型の6550Aがすごく格好いいと思ってとっても欲しかったんだけどさ、あっという間にダルマ型だけ変な人気が出ちゃって、それ以来嫌いになった。」 弟子 「ところで、MT管はみんな小さいですよね。」 師匠 「6GW8なんて、好きだなあ。作りが精緻だし、近代真空管技術の集大成みたいなところがあるくせに、人気はいまいちだからね。」 弟子 「6BM8はどうですか。」 師匠 「個人的趣味から言わせてもらうと、ちょっとやぼったいところがね、いまいちだな。」 弟子 「6BQ5は?」 師匠 「メジャー過ぎるね。ちょっと貧相だけど6AQ5の方に惹かれちゃう。」 弟子 「元祖の6V6はどうですか。」 師匠 「6V6族は人気はあるけど、安いから嫌いじゃない。だけど、僕がこれまで使った限りでは、好きな音が出たためしがないのでペケ。6V6族はかなり貯め込んじゃったから、もったいないことしたと思う。」 弟子 「6F6族にも相当に入れこんでいらっしゃるようですね。」 師匠 「これはもう、天邪鬼の極だと思うね。6F6といえば天下の駄球。これを5極管動作でなんとかまともな音を出そうなんていう暴挙は実に楽しかった。まあ、これは技術屋の意地みたいなものかもしれない。」 弟子 「電圧増幅管では、どんな好き嫌いがありますか。」 師匠 「好きになったり嫌いになったり忙しいのが12AX7/ECC83かな。客観的に見たら、この球ほど良く出来た電圧増幅管はほかにないと思う。よくぞこんな球を作ってくれた、って感じかな。だけど、内部抵抗の高さだけはいただけないね。」 弟子 「6DJ8だとか5687のような低rp管はどうですか。」 師匠 「どちらも好きだね。使い方にこつがいるけど、電圧増幅管しての能力は一流だと思う。それに比べると、12AU7はちょっと修行が足りない感じがするなあ。とかなんとか言いながらよく使ってるけど。」 弟子 「ところで、いわゆる古典管はどうですか。」 師匠 「どうですかって?」 弟子 「つまり、その、45とか50とか、あるじゃないですか。」 師匠 「好きだよ。だぁ〜いすき。」 弟子 「法外な値段がついてますよ。」 師匠 「だから、買えない。」 弟子 「そういう球はお嫌いではなかったんですか。」 師匠 「そういうのをぱかぱか買っちまう奴は嫌いだけど、タダでもらえるんだったら大歓迎だよ。」 弟子 「なんか、師匠の人格がみえてきちゃいました。」 師匠 「45なんて、ほんとうにいい音がするから、しょうがないと思うよ。値段が高くなる理由がちゃんとある。それほどでもない球が希少性だけで値段が高くなってるんじゃないからね。」 弟子 「それほどでもない球って、たとえば、どんな球ですか。」 師匠 「6CA10や50CA10、それから6R-A8に6G-A4ね。」 弟子 「全部、国産傍熱3極管ですね。」 師匠 「こういう球は、希少価値ゆえに、実力以上の値段がついていると思う。」 弟子 「じゃあ、師匠がこういう球に値段をつけるとしたら、いくらくらいになりますか。」 師匠 「ははは、面白い質問だね。6CA10/50CA10は1本3000円、6R-A8はペアで3000円、6G-A4も同じくペアで3000円かな。これがいいとこだよ。」 弟子 「だとすれば、45はいくらにつけますか。」 師匠 「う〜む。今だったら10000円かな。相場どおりにね。」 弟子 「おやまあ。それじゃあ、10000円だったら45をお買いになるっていうわけですね。」 師匠 「こりゃこりゃ、そういうわけじゃないよ。お金がふんだんにあったとしても、10000円よりも高かったら考えちゃう、っていうこと。それから、かりに6R-A8がペアで5000円で出ていたとしても・・・これだったら、今や格安だね・・・やっぱり買わないってことだよ。」 弟子 「ところで、師匠のいちばんのお気に入りの出力管って、なんですか。」 師匠 「おいおい、それは重大な機密事項だよ。」 弟子 「いいじゃないですか、言っちゃったって。」 師匠 「だめだよ。誰かが先回りして買い占められても困る。」 弟子 「ははあ、買い占められるくらいの希少管なんですね。」 師匠 「さあ、知らん。話題を変えよう。」 弟子 「ヒントくらいくださいよ。」 師匠 「駄目っ。さて、僕は回路設計にもいろいろと偏見があるって気がついてた?」 弟子 「かなり強引に話題を振りますね、師匠。」 師匠 「たとえばね、電源のパスコンの容量だけど、真空管アンプでは、1ヵ所に200μF以上の容量を入れたことがない。」 弟子 「そういえばそうですね。もっとがばっと多くした方がいろいろといいことがあるんじゃないでしょうか。」 師匠 「あるかもしれない。でも、入れたくない。」 弟子 「どうしてですか。」 師匠 「なんか、知恵がないような気がする。」 弟子 「???」 師匠 「なんというか、コンデンサをごろごろ並べて大容量を誇示して、どうだ、すごいだろうって威張ってるような気がしてね。そういうのも駄目だ。」 弟子 「よくわかりません。」 師匠 「車でもさ、妙にでかいエアーポイラーつけたりさ、矢鱈ぶっといマフラーつけてみたりさ、巨大なタイヤをはかせてあたりを見下ろすようになった4WD車とかさ、あるじゃない。」 弟子 「よく見かけますね。」 師匠 「ああいうのも駄目なんだな〜。お馬鹿だと思う。僕にはできない。だからね、異様に大容量のケミコンつけたりさ、不釣合いなくらいぶっといケーブル使ったりしたアンプって、生理的に駄目なんだよ。」 弟子 「完全に好き嫌いの世界ですね。」 師匠 「生き方というか、価値観というか、そういうものみたいな気がする。」 弟子 「それは、師匠個人の問題ですか。」 師匠 「どうも、先祖代々そうらしいし、一家揃ってそういう趣味みたいだ。だから、我が家のオーディオ機材なんて、とても紹介記事になんかならないくらいショボイだろ。」 弟子 「人を驚かすような大きいものや派手なもの、すごいものは駄目ってことですかね。」 師匠 「わかる奴にしかわからないような、地味だけど高品質なものに関心があるんだと思う。ちょっと、臍の辺りが曲っとるわけだ。」 弟子 「それで、有名ブランドにはあまり関心がないんですね。」 師匠 「どこかにも書いたけど、関心があるのは、ブランドそのものではなくて、その製品の質の高さだよ。そして、もうひとつはバランス感覚だな。だから、一点豪華主義は嫌いだよ。」 弟子 「一点くらい豪華にしたいのが人情じゃないですか。」 師匠 「一点だけ豪華にして、豊かな気分にひたるっていう人生には偽りがあると思うね。真実に目をむけたら、そこには貧しさしかない。努力して、背伸びして、全体のレベルをアップしなくちゃ。」 弟子 「師匠がおっしゃっている、オーディオだけ豪華にしても駄目だという論理ですね。」 師匠 「そういうこと。ろくにメンテナンスもしていない部屋でオーディオ乞食なんかしていたら、買い込んだ豪華CDプレーヤや巨大なスピーカが泣くってもんよ。」 弟子 「それもわかりますけど。」 師匠 「そんだけのお金があるんだったら、オーディオなんかほっといて、部屋のリフォームしたらどうなのって思うのさ。ま、人それぞれだし、これは僕の戯言だと思ってくれていいんだけど。ところで、何の話だったっけ。」 弟子 「回路設計における師匠の偏見についての考察です。」 師匠 「そうだった。はっきりしているのは、真空管アンプであっても平気で半導体をどんどん使うってことかな。」 弟子 「世の中には球にこだわる人が結構いますよね。」 師匠 「絶対に整流管じゃなくちゃ駄目、っていう人もいるね。ところで、僕は『絶対』とか『完全』なんていう言葉が嫌いでね。」 弟子 「ふっふっふ。師匠、微妙な発言ですねえ。」 師匠 「はっはっは。それもそうだね、微妙な発言だった。」 弟子 「どうなんですか、師匠。」 師匠 「だからさ、そういう言葉が嫌いっていうだけだよ。何が言いたいのさ。」 弟子 「いや、ちょっとね、もう少しきわどい発言でも出るんじゃないかと思って、ちょっと期待してしまいました。」 師匠 「話を戻すけどさ、真空管で整流するかダイオードで整流するかっていう問題は、議論しはじめると双方相譲らずできりがないね。」 弟子 「師匠は、どうなんですか。」 師匠 「整流管とシリコンダイオードとでは、電気的特性が違うから、まったく同じ条件での比較ができないだろ。そこんところは目をつぶったとして、整流方式を入替えた時、音が変化するといえばしたような気がするけど、どっちが整流管であるかはさっぱりわからなかった。」 弟子 「整流管だからこういう音になる、という明確な特徴がないということですか。」 師匠 「僕が感じた限りではそういうことだね。それに、平滑回路を経由しちゃったら、本質的には整流方式なんて関係ないじゃないかって思うしね。」 弟子 「でも、スイッチング・ノイズが出るとか出ないとか、高周波ノイズがどったらこったらっていろいろ言うじゃないですか。」 師匠 「何台かアンプ作ってみて、シリコンダイオード整流したアンプだけは、誰からも『音が悪い』と言われちゃったら考えるよ。だけど、はっきり言って、真空管整流した6G-A4シングルよりも、ダイオード整流の6B4Gシングルや6AH4プッシュプルの方が、ずっと音がいい。だから、整流管でなきゃならない理由はない。」 弟子 「そこまではっきり言われちゃあ、仕方がないですね。」 師匠 「回路といえば、カソードバイアスよりも固定バイアスが好きだね。」 弟子 「理由はあるんですか。」 師匠 「カソードバイアスだと、電源電圧が高くなっちゃうし、カソード抵抗の発熱はいやだし、カソード・バイパス・コンデンサは結構高くつくだろ。電源電圧が高くなるっていうことは、電源のケミコンの耐圧もワンランク高くなきゃならないわけで、これがまたお高いのだよね。」 弟子 「カソードバイアスって、案外手がかかりますね。」 師匠 「それに比べたら、バイアス用のマイナス電源なんて、ダイオード1本、1/2W型の安い抵抗3〜4本、安いケミコン3個もあればできちゃうじゃないか。予算たったの200円だ。それにボリューム1個足せばいいんだろ。」 弟子 「なんと、世間の常識とは正反対じゃないですか。マイナス電源の方が複雑でコストも高くつくと思われていますよ。」 師匠 「電源のブロックコンの耐圧をワンランク上げるだけで、1本あたり500円くらいアップしちゃうだろ。全体では、大変な金額になる。回路上からはわからないよ。」 弟子 「師匠の好き嫌いって、理不尽な時と合理的な時とがありますね。」 師匠 「共通点もあるよ。」 弟子 「はて、何でしょうか。」 師匠 「自分で決めてるってこと。人がどう言おうとね。」 弟子 「でも、私なんか、自分で選んだものが、周囲で認められなかったりしたら不安になりますけど。」 師匠 「それはそれで、無理しちゃいけないよ。君は6SL7GTのSRPPドライブの300Bシングルアンプを作っていればよろしい。」 弟子 「いや、6AH4GTの全段差動に挑戦しますよ。」 師匠 「もし、このHomePageがなかったら、それでも6AH4GTを選んだかい。」 弟子 「いえ、たぶん、違う球を選んだと思います。」 師匠 「そうだよな。マイナーだった6AH4GTもここではメジャーになってるもんね。ということは、300Bも6AH4GTもどちらを選んでも同じってことだね。」 弟子 「やられました。」 師匠 「悔しかったら、もっと修行したまえ。」 弟子 「・・・。」
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