本音爆裂・神経逆撫

師匠と弟子のいいたい放題-29


ディスクリートの奨め
2008.2.22

弟子 「昨年来、ヘッドホンアンプの製作にご執心のようですね。」
師匠 「実を言うとあのヘッドホンアンプはなりゆきで作ってしまったんだけど、やってみたら結構奥が深いのではまってしまったみたい。」
弟子 「あの差動ヘッドホンアンプって、そんな奥深い回路だったんですか。」
師匠 「いやいや、回路は奥深くなんかない。全く浅く簡単なもんだ。笑ってしまうくらい。」
弟子 「ですよね。確か、差動プリに関する質問かなんかで『これはヘッドホンアンプにならないでしょうか』とかいう質問があって『バッファをつければヘッドホン鳴ります』みたいなノリだったように記憶してますけど。」
師匠 「よく覚えているなあ。はっきり言っちゃうと差動プリにダイヤモンドをつけただけ、というのが正しい表現だ。」
弟子 「世の中、ヘッドアンプといえば『OPアンプ+バッファ』が主流だというのに、なんでまた全部石で組んだりしたんですか。OPアンプ使っていい音出したらいいじゃないですか。」
師匠 「そんなことしたら、アンプ作りのいちばんおいしいところ、面白いところがなくなってしまうではないか。」
弟子 「でも、一から回路組むのって大変ですよね。」
師匠 「あの単段差動回路のどこが大変なんだ。あれ以上簡単な回路なんてないぞ。」
弟子 「え?まあ、そうですけど。僕はトランジスタとかわかんないから・・・」
師匠 「お〜〜〜、それじゃOPアンプならわかるわけか。」
弟子 「うーん、わかるってことは全然なくて、しいて言えばOPアンプなら確実に動作するというか・・・」
師匠 「僕はOPアンプ使って自分が納得する音を出せるだけの技量がない、という別の問題もある。」
弟子 「でも、ちゃんとした回路を一から自分で組む方が難しそうですけど。」
師匠 「そうなんだよね。単段差動なんて簡単すぎてろくでもないおもちゃみたいな音がしそうに思えるんだけど、それがそうじゃなかった。」
弟子 「それが技量のせいではないとすると、師匠はよっぽど運がいいということになってしまいませんかねえ。」
師匠 「宝くじがさっぱりな僕にしては、かなりいい線いってると思うね。」
弟子 「ところで、OPアンプってすごく便利ですけど、私にとってはブラックボックスですね。」
師匠 「実に世の中、ブラックボックスだらけだよ。悪いことじゃない。」
弟子 「ブラックボックスにすると誰でも使えるというメリットはありますよ。」
師匠 「そういう点ではOPアンプはどれも非常に良くできている。保護機能も充実しているしね。」
弟子 「電源につないで、負帰還抵抗つけたらもう動いちゃいますからね。」
師匠 「あんまりいい例じゃないかもしれんが、OPアンプは自動販売機と同じだよ。」
弟子 「なんでですか。」
師匠 「100円入れたら、商品がポンってでてくる。100円ポンだ。だから誰でも使える。」
弟子 「京都大学霊長類研究所チンパンジーのアイちゃんは自動販売機にお金入れることを覚えてましたね。」
師匠 「だからブラックボックスはすごいんだ。」
弟子 「チンパンジーがすごいんじゃなくって、自動販売機がすごいってことですか。」
師匠 「そうだよ。それくらいのこと、カラスだってやる。」
弟子 「あ、カラスが自動販売機にお金入れるのどこかで見たことがあります。」
師匠 「僕はもっとすごいの見たぜ。」
弟子 「カラスですか。」
師匠 「東急池上線の長原駅でさ、カラスがパスネットのカードを拾ってね、駅の切符の自動販売機の穴に一生懸命入れようとしてるのを見たことがある。」
弟子 「ほお、そいつはすごい。」
師匠 「それで切符買ってちゃんと改札通って五反田まで行ったらいいのにな、とか思ったよ。」
弟子 「そんなことしなくても、飛んでいけばいいのに。」
師匠 「ははは、一本とられた。」
弟子 「本当にすごいことって、何なんでしょうか。」
師匠 「もし、アイちゃんが自動販売機を設計したり作ったら本当にすごいと思うね。」
弟子 「自動販売機は僕も作れません。」
師匠 「じゃ、君はチンパンジーやカラスと同じだ。」
弟子 「そ、そういう展開になるわけですか?」
師匠 「うん、そういう論理展開だ。」
弟子 「僕はOPアンプも作れません。」
師匠 「そんなことないよ。」
弟子 「えー、そうですかねえ。」
師匠 「OPアンプの中味はトランジスタを使った普通の回路だぜ。」
弟子 「でもトランジスタがわからない。」
師匠 「真空管はよくわかってるじゃないか。」
弟子 「え、まあ、そう言えなくもないですけど。」
師匠 「それに、例の差動ヘッドホンアンプをちゃんと作ったじゃないか。」
弟子 「あれはOPアンプではなくて、JFETを2個使った簡単な差動回路じゃないですか。」
師匠 「JFETを2個使った簡単な差動回路とOPアンプとどこが違うんだい。」
弟子 「同じってことなんですか。」
師匠 「入力が2つあって、出力が1つまたは2つあって、自在に負帰還がかけられて、ちょっと利得は小さいけれどちゃんと増幅する。あれをブラックボックスだと思ったらどうなんだい。」
弟子 「あ、そっか、差動回路の部分はそのままOPアンプに置き換えできちゃいますね。」
師匠 「今頃気がついたのかい。つまり、君は知らない間にきわめてシンプルな自動販売機を作ったわけだ。これはアイちゃんやカラスとは違うぞ。」
弟子 「おお、そういう風におだてられると元気が出てきました。」
師匠 「ディスクリートだからって難しく考えることなんかない。真空管がわかるようになれるんだったら、トランジスタだってわからないわけがない。」
弟子 「じゃ、なんで世の中はOPアンプだらけなんでしょうか。」
師匠 「人間の数よりもチンパンジーやカラスの方が数が多いからなんだと思うよ。」
弟子 「それ、どういう意味ですか。」
師匠 「OPアンプで終ってる奴はチンパンジーやカラスと変わらんてことだ。」
弟子 「えーっ、そんなこと言ったらあっちこっちから石が飛んできますよ。」
師匠 「かまうもんか。僕は本気でそう思ってる。」
弟子 「や、やばい、師匠のいつものやつが始まっちゃった。」
師匠 「あらゆることについて人間になれとは言ってない。僕だって自動販売機を使うが作れないから、そういう点ではカラス程度さ。製品として通用するようなOPアンプを作るほどの力量はないから、人間としての程度はそんなに高くない。でも増幅回路の世界ではすこしは人間らしくありたいと思っている。」
弟子 「人間である以上、何か1つか2つくらいはブラックボックスの中身をわかっていたいですね。」
師匠 「そう思うだろ。この料理はなんでこんなにおいしいんだろう、このアンプはなんでこんなにいい音がするんだろう、って思った時に『一流店のレシピで作った冷凍食品だから、とか音が良いOPアンプだから』っていうのばかりだったら情けないよね。」
弟子 「それでディスクリートなんですか。」
師匠 「そう、だから、アンプ作りを楽しみたかったらディスクリート、すなわち個別半導体素子を使ったアンプを作ってごらん、面白いよって言いたい。」
弟子 「ところで師匠、ディスクリートってこれから流行るんでしょうか。」
師匠 「いや、流行らない。むしろ消えてゆく。」
弟子 「電子回路の基本だというのにですか。」
師匠 「ディスクリート回路の衰退はもう十何年も前から始まっている。」
弟子 「衰退って、どういう意味でしょうか。」
師匠 「トランジスタを1個ずつ乗っけて配線するなんていうのはなくなるってことだよ。」
弟子 「じゃあ、トランジスタはどうなっちゃうんですか。」
師匠 「なくなるんだ。」
弟子 「じゃあ、何に変わるんですか。何が残るんですか。」
師匠 「ブラックボックス。」
弟子 「ひえええ。もしかして、真空管より先にトランジスタがなくなっちゃうとか。」
師匠 「たぶんそうなる。」
弟子 「うそだーっ。」
師匠 「うそなもんか。秋葉原の千石電商の2階で2SC945を売ってるか見てこい。」
弟子 「え?ないんですか。袋入りのがザクザクあったのに。」
師匠 「ない、ない。」
弟子 「そ、そんな・・・。」
師匠 「やるなら今のうちだぜ。」