オーディオと見栄
1999.6.17
弟子 「師匠、今回のテーマはすごいですね。いきなり、悪態が飛び出しそうじゃないですか。」 師匠 「いや、今回は大人しく人生の深淵な真実に迫ってみようと思ってな。」 弟子 「でも、師匠のことだから、やっぱりどこかで本音が爆裂すると思います。」 師匠 「ま、その時はその時だな。」 弟子 「早速ですけど、前回、ちょっと話題になった出力管信奉をどう思われますか。」 師匠 「これはね、管種信奉とブランド信奉とに分類できるね。」 弟子 「どう違うんですか。」 師匠 「管種信奉というのは、ひらたく言うと、6L6は6V6には勝つけど、2A3には負ける。でも、2A3は300Bには勝てない、ってやつだよ。」 弟子 「球には何故か序列がある、というお話ですね。」 師匠 「だから、6V6シングルを持っている人は、6L6シングルのオーナーに対しては、ちょっとだけ引け目があるんだな。」 弟子 「これは、値段が関係しているんじゃありませんか。」 師匠 「そのとおり。だから、昔、序列が後ろだった球も、希少価値が出て価格が高騰すると、途端に序列が上に変わってしまうんだよ。」 弟子 「6F6なんかがその典型ですね。昔は二束三文だったのに、今や、店頭ではほとんど見掛けなくなりましたよね。」 師匠 「値段が高い球は、有り難味があるんだな。音のよしあしは値段に比例するわけだ。愚かしい話だけど。」 弟子 「じゃあ、安かった頃の6F6は駄球なのに、今の6F6は名球なんですね。」 師匠 「そういうこと。」 弟子 「なんだか、ばかみたいです。」 師匠 「球の格好も関係があるみたいだよ。」 弟子 「それはよくわかります。率直に言って、2A3よりも300Bの方が格好いいです。」 師匠 「ガラス管の内側がカーボン・スートされていると、電極を見て楽しむってことができないから、不人気だね。見かけも悪いし。」 弟子 「MT出力管は概して不人気ですね。」 師匠 「50C5なんてのは、醜球の代表じゃないかな。ちっちゃくて、まっくろけで、中味が見えない。」 弟子 「そういえば、トランスレス球はさっぱり人気がないですね。」 師匠 「車で言えば、軽みたいなもんだからね。やっぱり、人気はでかいサイズの球に偏るよ。」 弟子 「だから6550AだとかKT88がもてはやされるんですね。でも、私はあんまり好きじゃありません。ちょっと偉そうな感じがして。」 師匠 「君は、ベンツのS600やらS500なんか嫌いなんじゃないかい。」 弟子 「あれ、嫌いです。だって、不謹慎にデカイんですもん。」 師匠 「じゃあ、EL34は?」 弟子 「あれくらいなら許せます。ところで師匠、なんでみんなMullardのEL34を欲しがるんですか。」 師匠 「それがブランド信奉というやつだよ。」 弟子 「同じ管種だったら、今度はブランドに偏るんですね。」 師匠 「EL34でいえば、ロシア球がビリッケツで、ユーゴ製でTelefunenやSIEMENSにOEM供給したのがその上、あとGE製の太管があって、旧Telefunken製のいわゆる◇マーク付きとMullard製が一応最高峰ってことになってる。」 弟子 「ふ〜ん。」 師匠 「実はね、◇マーク付きのEL34だってOEMだったんだよ。それをTelefunkenの純正だと思ってる奴が多いんだね。その工場の設備がまるごとユーゴに引っ越したんだな。だから、ユーゴ製OEMの品質はかなりのもんなんだけど、知らない奴はあれはだめだと決め付けちゃう。」 弟子 「師匠はなんでそんなことご存知なんですか。」 師匠 「昔、Telefunkenの関連会社でEL34の製造にかかわっていた人が直接メールをくれたんだよ。彼に言わせると、日本人のEL34の評価は狂ってるってさ。」 弟子 「Mullard製のEL34もずいぶん有り難がられていますね。」 師匠 「最近、面白い法則を発見したんだよ。管種信奉は自作派に多くて、ブランド信奉は自作しない派に多いんだよ。」 弟子 「なんででしょう。」 師匠 「よく考えてごらん。あたりまえのことなんだ。自作派は管種を自由に選べるけど、自作しない派は管種を選べないんだよ。だから、ブランドに走るんだな。」 弟子 「じゃあ、なんで自作派のブランド信奉はあまりないんですか。」 師匠 「ブランドによる違いなんかたいしたことないって知ってるからだよ。」 弟子 「でも、自作しない派のブランド談義はかなり熱っぽいですよ。もう、◇マークやMullardじゃないと生きてけないみたいな。」 師匠 「それは、裸の王様ってやつだよ。さもなくば、集団催眠だね。彼等の会話を聞いていると、ほとんどどこかの宗教団体と変わらないからね。」 弟子 「師匠、そんなこと言ったら袋叩きに遭いますよ。」 師匠 「もう遭っているよ。」 弟子 「でも、ほんとうに同じ音なんですか。」 師匠 「ははは、同じわけないだろ。ちゃんと違いがあるよ。」 弟子 「おかしいじゃないですか。違いがあるんだったら、そう言わなきゃ。」 師匠 「僕はね、猫も杓子も口をそろえて同じことを言うのが気に食わないんだよ。Mullard製の球にはいくつか重大な欠点があるのに、そのことを誰も言わない。ユーゴ製の球の良さを言う奴もいない。こんなファシズムに付き合えるかい。」 弟子 「人と違うことを言うのが怖いんじゃないでしょうか。」 師匠 「半分あたりで、半分はずれだな。自分で判断しようとしないところにも問題があるんだ。」 弟子 「それって、日本人の特徴じゃないですか。」 師匠 「そうだよ。ファッションのブランド指向とおんなじだね。」 弟子 「それで、今回のテーマが『オーディオと見栄』なんですね。」 師匠 「日本人は、とにかく見栄っ張りだからねえ。そしてね、見栄を張るためにはね、仲間内で価値観が揃っていないと具合がわるいんだよ。」 弟子 「どういうことですか。」 師匠 「つまりね、仲間内で、出力管なら出力管の序列が統一されていないと、見栄を張ったことにならないんだな。」 弟子 「そうかぁ、出力管の序列が統一されているから安心してMullardのEL34を買えるんですね。」 師匠 「そうだよ。みんながそのEL34を見て『いいなあ、いいなあ。』ってうらやましがってくれる保証があるということさ。本人にとってはとっても重要なことだろ。」 弟子 「なんか、情けないですけど。」 師匠 「僕だって情けないよ。でもね、それはそれで意味があるんだ。見栄が張れるってことは、そういう種類の幸せでもあるんだよ。おこずかいをはたいてやっとTelefunkenの◇マーク管を手に入れたんだ。さあ、みんなに見せよう、ってね。で、みんながそれを見てうらやましがったり、仲間に入れてくれたりするんだったら、それでいいじゃないか。」 弟子 「さっきのファシズム問題はどうされます。」 師匠 「政治的ファシズムじゃないから目をつぶることにするよ。」 弟子 「だいじょうぶですかね。」 師匠 「だめだろうね。日本もそろそろ危ないかもね。」
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