CQ出版社
理解しながら作るヘッドホン・アンプでスピーカーを鳴らす
Driving Speaker by CQ Headphone Amplifier


コンデンサ類は秋月で10個180円の1000uF/16Vに変更し、放熱板は2mm厚25mm幅のアルミ板をホームセンターで買ってきて穴あけ加工して作った。


■はじめに

このヘッドホンアンプは出力段にダイヤモンド・バッファと呼ばれる駆動回路を使っていますが、ダイヤモンド・バッファは電流変換効率が高い回路ではありません。従って、この回路をほとんど変更せずにスピーカーのような低いインピーダンス(4〜8Ω)の負荷を効率的に駆動するには少々無理があります。そのあたりのことは本書60ページ以降の説明を読んでいただければ勘の良い方であればピンとくるでしょう。

しかし、1W以下であれば本機の回路をほとんど変更することなく、回路定数の変更や使用するトランジスタの見直し程度でミニワットのパワーアンプに変更することが可能です。また、どうすればパワーアップが可能であるかは66〜67ページの解説が役に立つと思います。また、8Ωの負荷を駆動する時にどれくらいの信号電流が流れるのかについては57〜58ページの解説とグラフがそのまま使えます。たとえば、8Ω負荷で1Wを得るためには、信号電流は実効値で約0.35A、ピーク値では約0.5Aを供給できなければなりません。

このヘッドホンアンプをスピーカー駆動版に改造するために基礎知識はすでに本書のあちこちに書いてあり、あとは理解した知識を応用するだけだったというわけです。


■6つのボトルネック

(1)出力段エミッタ抵抗
8Ω負荷対応を阻んでいる最大のボトルネックは出力段のエミッタ抵抗(10Ω)です。原回路のままで8Ωスピーカーをつないだ時にさっぱりパワーが得られないのは、この10Ωが邪魔をしています。そこで4個の10Ωをはずして2.2Ωの付け替えてしまいます。その結果が下図です。

「Original」というのが本機に一切変更を加えないでいきなり8Ω負荷を与えた時の歪み率特性で、不自然にのたくったカーブになっています。わずか3mWから上で歪みが一気に増加しています。「RE=2.2Ω」が出力段エミッタ抵抗を10Ωから2.2Ωに変更した時の特性です。最大出力はせいぜい0.1W程度ですが歪み方の不自然さが解消されています。但し、出力段エミッタ抵抗値を小さくすると無信号時の出力段トランジスタに流れるコレクタ電流が増加するため、発熱が生じ、安定度が下がってきます。この段階での出力段のアイドリング電流は22.5mAから57mAに増加しています。これくらいならばまだ問題はないので放熱対策はしていません。

変更箇所・・・・出力段エミッタ抵抗「10Ω×4」→「2.2Ω×4」


(2)電源電圧の低下

ヘッドホンを駆動している限り、回路が消費する電流はさほど多くありません。本書の91ページに実測データがありますがチャネルあたり32mAほぼ一定です。そのため、残留ノイズの低下と左右チャネルクロストーク改善のために、電源回路には元のところに左右共通で4.7Ω、左右に振り分けてから33Ωの抵抗を入れてあります。なんの修正もしない状態でスピーカーを駆動すると、消費電流が増加するために、この2つの抵抗で生じる電圧降下が無視できなくなってきます。その様子を比較したのが下図です。

本機に一切変更を加えないでいきなり8Ω負荷を与えた「Original」では、元が9.3Vくらいあったものが0.01Wあたりから電源電圧がどんどん下がってきて、0.08Wでは8.3Vまで低下しています。「RE=2.2Ω」にすると無信号時電流が増えたためにいきなり8Vまで落ちてしまいました。そこで電源回路側の4.7Ωを2.2Ωに、33Ωを5.6Ωに変更して電源電圧が下がらないようにしてやります。その結果「V+低下対策」の値です。0.2W時でも9.6Vくらいを維持しています。上に戻って(1)のグラフを見ていただきたいのですが、「V+低下対策」を行うことで最大出力は0.2Wくらいまでアップしています。

電源電圧は高くなると、出力段トランジスタのアイドリング電流が増加するため、小型の放熱フィンを取り付けました。ただ、普通に取り付けると放熱フィンが抵抗器などに当ってしまうため、逆さまに取り付けています。

変更箇所・・・・電源の3つ抵抗「4.7Ω×1、33Ω×2」→「2.2Ω×1、5.6Ω×2」


(3)ドライバ段でのロス

ドライバ段にもボトルネックがあります。エミッタ抵抗(1.5kΩ)です。スピーカーを駆動する電流は出力段のコレクタ電流によってまかなわれます。0.3W時のスピーカー駆動電流の最大値は約0.28Aですのでコレクタ電流も0.28A流れます。出力段トランジスタの電流増幅率(hFEという)が160くらいだとすると、出力段トランジスタのベース電流は、0.28A÷160=1.75mAになります。この1.75mAは1.5kΩの中を流れることで2.6Vもの電圧ロスを生じます・・・電源電圧が下がったのと同じこと。このロスを減らすには1.5kΩの値を小さくしてやる必要があります。しかし、あまり小さくするとドライバ段のコレクタ電流が増えてトランジスタの温度が上昇します。そこで実験ではやや控えめな470Ωとしておきます。このままですと、82Ωで生じる電圧が大きくなって出力段トランジスタのアイドリング電流がさらに増加してしまうので、22Ωに変更しておきます。これらの手当を行うことで最大出力は0.35W(歪み率=5%)くらいまでアップできました。

最終的には470Ω+22Ωではなく、330Ω+15Ωに落ち着きました。

変更箇所・・・・ドライバ段エミッタ抵抗「1.5kΩ×4、82Ω×4」→「330Ω×4、15Ω×4」


(4)低域レスポンスの低下

本機の出力側には約1000μF(470μF×2)のコンデンサがあり、左右各チャネルの電源には約1900μF(470μF×4)のコンデンサがあります。1000μFというと、100Hzでは1.6Ω、40Hzでは4Ωの抵抗にあたるリアクタンスを持ちます。ヘッドホンのインピーダンスが32Ωとか63Ωの場合は相対的にほとんど無視できますが、8Ωのスピーカーからみると無視できない大きさになってきます。一般品の1000μF/16Vのアルミ電解コンデンサは、本書で指定した470μF/16Vと同じ直径で高さが高いだけなので、可能であれば470μF/16Vを1000μF/16Vに置き換えてください。

8Ω負荷におけるコンデンサ容量の違いの実測結果は下図のとおりです。なお、ここで改善しようとしている低域レスポンスとは最大出力が出せる帯域のことです。スピーカーを駆動する信号電流は、出力コンデンサだけでなく電源側のコンデンサにも流れますので両方共に増量しないと意味がありません。より上流の電源にもプラス・マイナスそれぞれに470uFが2個ずつあるますので、ついでにこちらも増やしておいてください。

変更箇所・・・・出力および左右電源の「470μF/16V×12」→「1000μF/16V×12」


(5)出力段トランジスタの飽和

この調子でもっとやればパワーアップできそうですがこれから先はそんなに簡単ではありません。下図は出力段で使用した2SC3421のhFE特性ですが、コレクタ電流が0.3Aくらいまではほぼ一定ですが、それ以上の領域ではhFEがストンと落ちています。境目は0.35Wあたりになります。つまり、0.35W以上のパワーを効率的に得るためには、2SA1358/2SC3421では力不足だということです。コレクタ電流が1AくらいになってもhFEが低下しないパワートランジスタに変更しなければなりません。

こういった用途には、入手容易な現行品では2SA1931/2SC4881あたりが適します。下の特性図を見れば、2SC3421では300mA以上でhFEが下がってきていますが、2SC4881では下がり始めのポイントは1Aくらいになっています。図によると2SC3421のhFEが140くらい(常温)で、2SC4881は300もあるように思えますが、これはあくまで代表値による傾向を示したものにすぎず、実測すると2SC3421も2SC4881も140〜180くらいの範囲にとどまります。

(本ページの実験はすべて2SA1358/2SC3421で行っており、2SA1931/2SC4881を使用した検証は行っていません。2SA1931/3SC4881に置き換えた場合は出力段のアイドリング電流が若干増加することが予測されます。おやりになる場合は出力段エミッタ抵抗(1Ω)の両端電圧が70mV前後になるように、ダイヤモンドバッファ段の3.3Ωを調整してください。)

2SC3421→←2SC4881


(6)初段への影響

(5)で出力トランジスタのhFEが低下してベースで電流が増えるのであれば、(3)で減らしたエミッタ抵抗をもっと減らせばいいではないか、と思うかもしれません。しかし、このエミッタ抵抗値はダイヤモンド・バッファの入力インピーダンスの決定要素であり、この値をあまり小さくすると初段差動回路からみた負荷が重くなって、初段利得が低下し、かつ出力電圧も下がってしまうのです。

オーディオ回路に限らず、電子回路はどれも「あちらを立てればこちらが立たず」的な性質を持っています。そういった制約の中で最適な設計をする必要があり、それが自作の面白さでもあるわけです。


注意事項

・この改造により出力段トランジスタはそれなりに発熱するようになります。意図的に或る程度発熱させることで高いhFEを得ているという側面もありますので、放熱板を触って「熱い」と感じてもそういう設定なのだと思ってください。出力段トランジスタの温度が上昇するとコレクタ電流が増加しますが、本改造にはそれを積極的に抑制するメカニズムを組み込んでいません。しかし、エミッタ抵抗が2.2Ωと十分すぎるくらい大きな値であるため、あるところで均衡するために出力段トランジスタが暴走することはありません。それでも安全上の配慮から電源電圧は12Vを守ってください。15Vに上げるとこの程度の放熱板では放熱が追いつかなくなります。

・この改造に適するのはACアダプタを使用した回路の場合に限られます。AC100V版の場合、電源回路がスピーカーを駆動した時の電流容量に対応できないため、電源トランスを大型のものへの変更、電源回路の定数の見直し、簡易安定化電源のパワートランジスタの放熱対策などが必要になります。

・ここに掲載した改造によって得られる最大出力は0.3W+α程度のものですので大音響は望めません。しかし、机上やベッドサイドで静かに鳴らすには十分な音量が得られると思います。もう少し追い込んだ回路定数と動作条件を探ってみることにします。


さらなる追込み

ある程度期待どおりの数字が得られると人間というのは欲が出るものらしいです。ダイヤモンドバッファは、前段と出力段との温度結合によって安定を確保する仕組みなのですが、基板の構造をいじらないお約束なので無闇に出力トランジスタのエミッタ抵抗値を減らすわけにはゆきません。回路定数を少しずつ見直しては特性を測定し、各部に流れる電流の様子や電源電圧の変化を確認し、トランジスタの温度についても様子を観察した結果、温度補償なしでもエミッタ抵抗を1Ωまで下げても安定が確保されることがわかりました。そこで、各部の抵抗値をもういちど見直して以下のようになりました。

変更箇所・・・・出力段エミッタ抵抗「10Ω×4」→「2.2Ω×4」→「1Ω×4」
変更箇所・・・・電源の3つ抵抗「4.7Ω×1、33Ω×2」→「2.2Ω×1、5.6Ω×2」→「2.2Ω×1、4.7Ω×2」
変更箇所・・・・ドライバ段エミッタ抵抗「1.5kΩ×4、82Ω×4」→「330Ω×4、15Ω×4」→「330Ω×4、3.3Ω×4」

その結果、出力段のアイドリング電流は約70mAとなりました。A級とB級のほぼ中間の動作です。1Ωの両端電圧は0.07です。

ただ、この最終の追い込みは効果があまりなく、真にパワーがほしいのであれば最初からそういう回路を組めばいいだけでして、この回路、この基板にこだわることはないでしょう。ドライバ修正(最終)をもって完成としたいと思います。


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