■■■秋月電子のDACキットを使ったMARANTZ 7T型バッファ式USB DAC■■■
Simple and High Performance USB-DAC with Marantz 7T type Buffer
秋月のDACキットを使って、昇圧なしのLPFのみの実験、そしてトランス式とFET差動バッファ式を実験した結果、アナログ部の設計如何で出てくる音がかなり変化し、それぞれに個性があることがわかりました。こうなってくるとどうしてもバイポーラ・トランジスタを使ったらどうなるかやってみたくなるものです。いろいろと構想を練っているうちに、PCM2704と直結できるシンプルな回路を思いついたので早速実験をしてみました。
本機の母体となる秋月電子の廉価なDACキット「AKI.DAC-U2704」についてはこちらのページ(http://www.op316.com/tubes/lpcd/aki-dac.htm)を参照してください。
真空管式の名プリアンプMARANTZ 7の基本思想と構成をほぼそのまま踏襲してトランジスタ化したのがMARANTA 7Tプリアンプです。このプリアンプには当時としてはとても斬新なバッファアンプが使われており、右図はその部分を抜き出したものです。NPNトランジスタとPNPトランジスタを1個ずつ使った2段直結増幅器が3つ見えます。左側の2つは左右各チャネルのライン出力用で、右側は3D用のモノラル出力です。左側の2つは、初段のエミッとタ2段目のコレクタとが直結されており、出力信号を100%帰還させているために、仕上がりの利得は0dBです。3D用のモノラル出力の方は、出力信号を1.5kΩと680Ωで分圧したポイントに初段のエミッタをつなげてあるために、1.5kΩと680Ωの比率で利得が決まるようになっています。仕上がり利得は約10dBです。
当時、利得が0dBで低い出力インピーダンスが欲しい場合は、ごく単純にトランジスタ1個によるエミッタフォロワを使う、というのが当時のオーディオメーカーの標準であり、PIONEERやLUXでは最高クラスのプリアンプでもやはり素のエミッタフォロワが使われていました。このNPN〜PNPを直結したバッファ回路はエミッタフォロワよりも低歪みが得られ、音響的にも優れたものだったので、Victorなど一部のメーカーではあえてこの回路を使ったプリアンプが作られたくらいです。
1970年代当時、私もこの回路には興味があったので、この方式を使ったラインミキサーを作ったり、この回路を応用してMCカートリッジ用のヘッドアンプを何台も作った記憶があります。その記録はここだとかここに残っています。
この回路の特徴は、0dB〜20dBくらいの比較的低い利得の増幅に適しているということと、非常に広帯域でありながら簡単な位相補正で安定したアンプに仕上げやすいということです。加えて、私の経験則ですが音がストレートで明快であり、オーディオ的に優れているという点が挙げられます。
PCM2704で使用するバッファアンプとしては8〜10dBくらいの利得が必要ですが、この回路は目的にぴったりな気がします。PCM2704のアナログ出力にはDC1.65Vが出ています。このDC1.65Vをそのままこのバッファ回路の初段のバイアスに使えれば直結できてしまうのではないか、と思ったのが本機の構想の発端です。
なお、この回路はアンバランスタイプなので、バランス出力には対応していません。また、回路図にはヘッドホンジャックが見えますが、これは600Ωクラスの高インピーダンス型のヘッドホンにしか対応していませんので、このままでは普通のヘッドホンを鳴らすことはできません。
全回路図本機の全回路図は以下のとおりです。AKI.DACのキット側の回路も変更しているので、その部分も含めてあります。左がキットの部分、中央がLPF部、右がバッファアンプ部です。AKI.DAC-U2704側
DACキットの基板側のアルミ電解コンデンサは、キット付属のものを使わずに以下のように置き換えています。C5とC6は不要になりました。LPF部
回路図部品名 キット付属 変更後 C5 47μF/25V 直結なので不要 C6 47μF/25V 直結なので不要 C11 47μF/35V 低ESR 220μF/10V or 通常220μF/16V C14 470μF/25V 低ESR 1000μF/10V or 通常1000μF/16V C16 100μF/35V 低ESR 220μF/10V or 通常220μF/16V C17 100μF/35V 低ESR 220μF/10V or 通常220μF/16V
デジタルノイズをカットするためのLPF(ロー・パス・フィルタ)は、パッシブタイプのCR型で3段構成としました。実測特性は以下のとおりです。なお、3個の抵抗器の値は後述するとおり、PCM2704と直結しつつ適切なバイアスを与えるためにバッファアンプ部の回路定数と密接な関係にあります。バッファアンプ部
バッファアンプはMARANTZ 7T型をベースにして、10Vくらいの低電圧でも動作するように電圧配分を変更し、10dB程度の利得が得られるようにアレンジしてあります。この回路の面白い点は、初段のエミッタ抵抗と2段目のコレクタ負荷抵抗が共有されていることと、2段目のコレクタ負荷抵抗自体が負帰還素子になっているという点です。加えてAC帰還とDC帰還が同じ経路になっているので低域側に余計な時定数がなく、かつ高いDC安定を得ています。余計なものをすべて取り去った上でオーディオアンプとして必要な特性を得ており、私の目から見るととても美しい回路です。電圧バランスの設計初段の利得は3倍くらい、2段目の利得は160倍くらいで、全体では500倍弱です。仕上がり利得を決定するのは、1.5kΩと680Ωの比率です。利得は計算では3.18倍、実測では3.17倍であり、負帰還は43dBほどかかっています。位相補正なしですと10MHz以上の帯域があり高域端に弱いピークができますので、2段目のコレクタ〜ベース間にちょっと多目の47pFを入れて帯域を450kHzくらいに落としてあります(左下)。グラフには出ていませんが、1MHz以上は素直に減衰してゆきますので方形波応答はヒゲや段差もなくとてもきれいです。
歪み率特性は右下のとおりです。左上がりの直線から残留雑音は20μVであることがわかります。DACとして使った場合の最大出力電圧(0dBFS)のところに赤の点線でマーキングしてあります。その時の歪み率は0.02%です。
本機の設計のハイライトのひとつはPCM2704を含めた直結された回路全体の電圧バランスにあります。PCM2704のアナログ出力端子には正確に1.65VのDC電圧が出ていますので、これを基準電圧としてバッファアンプ部のバイアスに流用しようという考えです。利得の設計バッファアンプ部の初段2SC2240のベースに1.65Vを与えたとすると、2SC2240のベース〜エミッタ間電圧は0.53Vくらいになると思われるので、エミッタ電圧は、1.65V−0.53V=1.12Vとなります。この条件で回路全体を設計したところ、ちょっと電圧が低すぎるようです。いろいろとシミュレーションしてみると、2SC2240のベースに与える電圧は2.36Vくらいがベストだということがわかったので、バッファアンプ部の電源(10.8V)とベースとを56kΩでつないでLPFの抵抗に0.15mAほどの電流を流してやることで所定のベース電圧が印加できるようにやりくりしています。
2SC2240のベースに与える電圧が2.36Vの場合のエミッタ電圧は、2.35V−0.53V=1.82Vとなります。ここに680Ωを入れてあるので、出力段の電流は2.68mAになります。そのうちの約0.1mAは初段コレクタ電流に取られますので、2段目2SA970のコレクタ電流は2.58mAとなり、同コレクタ電圧は5.7Vとなります。この電圧は電源電圧(10.8V)の1/2よりもわずかに高めであり、増幅回路としてほぼ最適な電圧配分になるわけです。電源電圧は10V強ですから、回路が最適動作をしてくれれば、3V+αの出力電圧が得られます。実測でも3.2Vが得られましたから思惑どおりです。
AKI.DACのアナログ出力電圧は、デジタルフォーマットの最大振幅時(0dBFS)において実測で0.64Vです。実用的なDACにするためには、これを1.5V〜2Vくらいまで増幅しなければなりませんので、本機では1.8V〜1.9Vくらいを目標に利得設計をしました。電源部LPF部に着目すると、LPFを構成する3つの抵抗器(160Ω、750Ω、3.6kΩ)が入力にシリーズに割り込み、そこに2SC2240のベース抵抗(220Ω)が加わりますから、合計で4.73kΩになります。一方で、電源とベースの間に56kΩが存在しますから、56kΩ÷(4.73kΩ+56kΩ)による減衰が生じます。ここでの減衰は0.922倍です。
バッファアンプ部の利得は実測値で3.17倍ですので、減衰分と合わせると2.92倍になります。AKI.DACの出力が0.64Vですから本機の出力は1.87Vということになります。
電源回路については特に申し上げることはありません。12Vのスイッチング電源を使い、2段のフィルタを経てバッファアンプ部にDC10.6Vを供給しています。LEDの4mAを含めても全消費電流は10mA程度とわずかなものです。
キットの組み立て
画像の通りです(画像、まだない)。ケースの加工
実験用のケースなので・・・。内部配線
試作機の平ラグの配線パターンはありません。
全体の結線図もありません。
本機の特性は以下のとおりです。
DAC部を含む総合特性は以下のとおりです。20kHzのフィルタをかけて1kHzの歪み率特性を測定してみたところ点線のようになりました。
- 出力電圧(アンバランス): 1.86V(0dBFS)
- 残留雑音(アンバランス): 110μV(帯域=80kHz)、47μV(帯域=20kHz)
- S/N比(バランス/アンバランス): 84.6dB(帯域=80kHz)、91.9dB(帯域=20kHz)
試作機で音を聞いていますが、1970年から1980年くらいにかけて我が家で鳴っていた音の記憶がよみがえってきました。バイポーラ特有の、前に出るおおらかでつややかな音です。しかし、落ち着いた感じや正確な定位感といったものはトランス式には及びません。こういうのは数字ではどこにも出てきませんね。なんででしょうね。