<基本回路>
アンプ部の基本回路は下図のとおりです。6BM8や6GW8の3極部(初段)のプレート電圧が高いために2段直結にはなじまないため、初段と出力段とはCR結合にしてあります。出力段は通常の回路とは若干違っており、信号ループをバイパスするコンデンサ(C3)はカソード側からV+につないでいます。オープンループ利得が高く負帰還量も多めになるため、負荷オープン時の安定度が低下します。そのため出力トランスの2次側にZobelネットワークと呼ばれるインピーダンス整合用のCR(CoとRo)を入れてあります・・・。Rg2は出力管のパラスティック発振を抑制するための抵抗です。
電源部の基本回路は下図のとおりで、ミニワッター汎用シャーシを使った他のシングル・アンプと変わりません。
<6BM8の動作条件>
6BM8(3結)を使った小出力シングル・アンプというと、当サイトのThe Single Amp. Projectに実験・改造レポートがあります。この場合のロードラインは以下のとおりです。
この回路はキットTU-870の回路を可能な限り流用したものであることと、ミニワッターでは出力段プレート電流は電源トランスの制約上この動作条件のように27.5mAも流せないことなどを考えて若干アレンジを加えて以下の動作条件としました。
初段動作条件:
電源電圧: 206V→240V
プレート電圧: 140V
プレート電流: 0.66mA
プレート負荷抵抗(R3): 100kΩ→150kΩ
バイアス: -1.7V
カソード抵抗(R4+R5): 2.4kΩ+51Ω
出力段動作条件:
電源電圧: 208V→240V
プレート負荷インピーダンス: 5kΩ→7kΩ
プレート電圧: 185V→210V
プレート電流: 27.5mA→23mA
バイアス: -16.5V→-21V
カソード抵抗(R8): 560Ω→910Ω
<6GW8/14GW8の動作条件>
14GW8(欧州名PCL86)のヒーター電圧に対応した14.5V巻き線を持った電源トランスはKmB90Fです。KmB90Fの195V巻き線をブリッジ整流すると、約265Vの整流出力電圧が得られます。2SK3067や2SK3767といった高耐圧MOS-FETを使ったリプル・フィルタにおける電圧降下に15Vほど見込むと電源電圧(V+)は250Vです。電源電圧=250Vとして出力段の動作条件を探ってみたところ、下図くらいの動作条件が浮上しました。
初段動作条件(ロードライン):
初期の設定動作条件は、プレート負荷抵抗=150kΩ、次段グリッド抵抗330kΩとの合成抵抵抗=103kΩ、プレート電圧=142V、プレート電流=0.72mAでその時のバイアスは-1.1Vくらいでした(下図左)。詳しくは本に書いてありますが、出た音が納得いかず試行錯誤の末やや変則的ではありますが、プレート負荷抵抗=33kΩという極端な値に変更し、プレート電圧=192V、プレート電流=1.7mAでその時のバイアスは-1.04Vくらいとなりました(下図右)。利得を犠牲にしても高域のポール周波数を2倍高いポジションに移しています。初段の負荷が重くなって初段単体の歪は増加し、負帰還量が減っているにもかかわらず総合歪みは増えていません。
出力段動作条件(ロードライン):
負荷インピーダンス=7kΩ、プレート電圧=235V、プレート電流=20mAでその時のバイアスは-7.9Vくらい。推定最大出力は1.1Wです。出力トランスの1次巻き線抵抗は東栄のT-1200の場合で300Ω+αなので電圧ロスは7Vくらいを見込んでいます。この条件ですと電源電圧は250Vになります。
解説:
6BM8や6GW8を使った場合の設計の難しさはなんといっても高域側ポール周波数が異常に低くなってしまうという問題です。6GW8の3極部は実質的に12AX7と同じなので内部抵抗は75kΩ〜80kΩくらいの非常に高い値になります。一方、5極部を3結にするとざっと計算して入力容量はほぼ90pFに達します。その理由はμが高いこととCin値が10pFもあるからです。そのため、初段出力インピーダンスと出力段入力容量で決定される高域ポールは40kHzあたりというはなはだなさけないことになってしまいます。実測したところ40kHzあたりで-3dBの減衰が確認されましたので計算どおりです。上記の14GW8ミニワッターは、最大出力と歪み率特性こそ5687や6N6P、6FQ7で作ったミニワッターをしのいでいますが、音の仕上がりという点でちょっと負けています。初段の設計を見なおすことで40kHzを80〜90kHzくらいまで引き上げることができ、それなりの効果は確認できましたがまだちょっと及ばないという印象です。
6GW8は思い出深き球であり、(あくまで個人的趣味と感傷にすぎませんが)見た感じも6BM8のような野暮ったさがなく格好がいいです。好感を持っている球のひとつですのでなんとしてでもいい音のアンプに仕上げたいと思っており、しつこくこんなことまでやっているというわけです。
6BM8の場合は、3結時のμがかなり低いおかげで出力段入力容量は6GW8の2/3くらいではないかと思います。しかし、総合利得が6GW8よりもかなり低いので初段で6GW8と同じ手は使えません。6GW8ほど不利ではないけれど・・・決して十分にいいわけではない、ということでしょうか。
何故、ミニワッターが6BM8や6GW8を使わずに5687や6N6Pで始まったのかといえば、まさにこれが理由だったわけで、予想通りの結果なのですが。6BM8や6GW8でやってみようという方には一応お伝えしておかなければ、と思ってこれを書きました。本稿ではカソード側を抵抗1本で済ませていますが、定電流化した方がより良い結果が得られそうに思っています。時間ができたらこの14GW8のカソード回路はいじってみようと思います。
<ヒーター電圧問題>
14GW8のヒーター電圧規格については13.3Vと14.5Vの2説あります。トランスレス球のヒーターはすべて直列にして点火しますから、ヒーター規格は電圧ではなく電流で規定されます。つまり、13.3Vであろうと14.5Vであろうと0.3Aであるということは確定なわけです。
そこで手元にある何本かの14GW8を実測して、ヒーター電流が0.3Aとなった時のヒーター電圧を調べてみたところ、秋葉原のサンエイ電機などで廉価に売られている14GW8はいずれも14.5Vであることがわかりました。
本機の場合、電源トランスのKmB90Fには14.5V/0.9Aのヒーター巻き線がありますが、電源トランスに負荷をかけて実測したところ15.3Vと高めに出ました。そこで、ヒーター回路と直列に1Ω/2Wの抵抗を入れてヒーター電圧を調整してあります。
<平ラグ・パターン>
左右アンプ部と電源部のほとんどを1枚の20P平ラグに組み込んでしまっています。左から7個目までが電源部、右の13個で左右アンプ部をまとめています。本ラグから漏れているのは、Cg1、Rg1、Rg2で、これらは真空管ソケットおよび周辺に立てたLラグに実装します。RoとCoはスピーカー端子側に取り付けます。この20P平ラグは、頒布している「ミニワッター汎用シャーシ」の中央にあけた取り付け穴を使って固定します。
<出力段定電流化>
「出力段定電流化」については、拙著「真空管アンプの素」が出版された後に行ったため、本には記事がありません。
最終的には、出力段のカソード抵抗R8(390Ω)をLM317T+62Ωに置き換えています。カソード抵抗があった場所になんとか入れたかったので以下の画像のようになりましたので参考にしてください。真ん中のリードは途中で切ってあります。かなり細かい作業になりますが丁寧に加工すれば無理なく収まります。
<推奨回路定数>
使用真空管 | 6BM8 机上値 | 6GW8/14GW8 オーソドックスな設計 | 6GW8/14GW8 見直した設計 | 6GW8/14GW8 更に見直した設計 |
OPT | ×2 | 7kΩ:8Ω | 7kΩ:8Ω |
PT | ×1 | KmB90F(195V) | KmB90F(195V) |
MOS-FET | ×1 | 2SK3067 or 3767 | 2SK3067 or 3767 |
D1-4 | ×4 | 1NU41 | 1NU41 |
D5 | ×1 | 1N4007 | 1N4007 |
R1 | ×2 | 470kΩ1/4W | 470kΩ1/4W |
R2 | ×2 | 不要 | 不要 |
R3 | ×2 | 150kΩ1/4W | 150kΩ1/4W | 33kΩ1/2W | 33kΩ1/2W |
R4 | ×2 | 2.4kΩ1/4W | 1.5kΩ1/4W | 560Ω1/4W | 560Ω1/4W |
R5 | ×2 | 47Ω1/4W | 51Ω1/4W | 82Ω1/4W | 82Ω1/4W |
R6 出力段グリッド発振止め | ×2 | なし | なし |
R7 | ×2 | 560Ω1/4W | 560Ω1/4W |
R8 | ×2 | 910Ω2W | 390Ω1W | 390Ω1W | LM317+62Ω1/4W |
Rg1 | ×2 | 470kΩ1/4W | 330kΩ1/4W |
Rg2 | ×2 | 150Ω1/4W | 150Ω1/4W |
Ro | ×2 | 不要 | 不要 |
R9 | ×1 | 100kΩ1/2W | 68kΩ1/2W |
R10 | ×1 | 1.5MΩ1/4W | 1.5MΩ1/4W |
R11 | ×1 | 4.7kΩ1/4W | 4.7kΩ1/4W |
R12 | ×1 | 680kΩ1/2W | 680kΩ1/2W |
C1 | ×2 | 470uF/6V-16V | 470uF/6V-16V |
Cg1 | ×2 | 0.1uF/240V-400V | 0.22uF/250V-400V |
C2 | ×2 | 1500pF | 3900pF | 1500pF | 1500pF |
Co | ×2 | 不要 | 不要 |
C3 | ×2 | 100uF/350V-400V | 100uF/350V-400V |
C4 | ×1 | 100uF/350V-400V | 100uF/350V-400V |
C5 | ×1 | 47uF/350V-400V | 47uF/350V-400V |
<実測特性>
14GW8ミニワッターの実測データです。出力トランスは東栄のT-1200を使用しています。回路定数は上記の表のとおりです。両グラフともに左側が「一般的な初期設計」で右側が「見直した設計」の結果です。450円の球と1400円そこそこの出力トランスでこれだけの特性が出たら文句ないですね。6GW8の3結特性が優れているということと、東栄のT-1200が帯域性能はいまひとつではあるものの位相特性がいいため安定した負帰還がかけられることのおかげだと思います。
<音と感想>
本機を製作してから3年ほど経った2015年1月にこれを書いています。
14GW8/PCL86ミニワッターは、シングルアンプなので超低域のスケール感は差動ミニワッターにこそ及びませんが、定位が良くとてもすっきりとした音がします。パワーもあるので少々大きな音で鳴らしても腰砕けになりません。14GW8をお持ちの方はこんなコンパクトな1台を作ってみるのもいいかもです。