大人の自由空間
電源とアースの設計
ベーシックな設計

全段差動プッシュプル・アンプはほとんどの場合、マイナス電源が必要です。全段差動プッシュプル・アンプでは初段にも定電流回路を使うわけですが、2本の初段管の共通カソード電位はせいぜい1.5V、この電圧で有効に動作する定電流ダイオード(CRD)はありません。比較的動作電圧が低い1mAタイプでも3Vくらいの動作電圧が必要です。定電流ダイオードの動作電圧を確保するためには最低でも-2Vの電源が必要なのです。従って、電源はプラスとマイナスの2系統がいるわけです。

下図は、2段構成の全段差動プッシュプル・アンプの全体を、電源とアースの視点からまとめたものです。

B電源は、シリコン整流ダイオード(SiDi)による整流の後、抵抗(R)とコンデンサ(C)による2段π型リプル・フィルタを経て、各チャネルの出力段に供給されます・・・B1+。そこからさらに抵抗を経て初段の電源となります・・・B2+。出力段の定電流回路は、動作電圧に余裕があるためマイナス電源を必要としないのでアースにつながっていますが、初段は前述の理由により別途構成されるマイナス電源を使っています。この図のマイナス電源は、6.3Vのヒーター巻線を借用し、1本のシリコン整流ダイオード(SiDi)による簡素な半波整流回路とπ型リプル・フィルタによって構成されています。

アースで注意すべきことは、電源トランスに近い整流直後のπ型リプル・フィルタまわりだけです。図中の(x)〜(y)間と(x)〜(z)間はアースと思ってはいけません。このラインには大きなリプル電流が流れているため、ライン上の位置によって交流電位が異なります。この区間だけは、他のアースラインとは隔離し、図のとおりに配線しなければいけません。一方で、太い線で描いた増幅段のアースラインは全体を短くすることは意味がありますが、どこにどれをつなぐかは無頓着でも問題は起きません。ここが本来のアースといえる区間です。

一般に、左右チャネル間の信号の漏れを最小にするために、電源回路も左右チャネルごとに振り分ける設計をしますが、全段差動プッシュプル・アンプではその必要はありません。左右共通電源から供給しても、信号の漏れは残留雑音レベル以下になります。


本機の設計

本機では、独立したマイナス電源を使わない方法を採用します。この手法の歴史は古く、現在のように、低電圧で動作する手軽なシリコン整流ダイオードがなかった時代に、全回路電流の帰路を使って疑似的にマイナス電圧を得る方法としてメーカー製電蓄などでよく使われました。その方法にちょっとだけ改良を加えています。

本方式の動作原理はこうです。全回路電源のアース側の帰路の途中に、4〜5本直列にしたシリコン整流ダイオードを割り込ませます。このシリコン整流ダイオードには常時、本機の全回路電流である128mA程度の電流が流れます。そこに割り込んだダイオードには、1個あたり約0.75V一定の電圧降下が生じますので、4本合計で約3V、5本では約3.75Vの電圧降下が生じます。その時、電源トランスのセンタータップではなく、図上のアースを基準に考えると、電源トランスのセンタータップ側は相対的に-3V〜-3.75Vが生じたことになります。これをマイナス電源とみなすわけです。

古典的な手法では、シリコンダイオードではなく数十Ω程度の抵抗を割り込ませます。但し、全回路電流に変動が生じると、挿入した抵抗の両端に変動に応じた電圧が生じてしまうため、抵抗と並列に大容量のコンデンサを抱かせるのが普通です。この方法は、全回路電流に対して、相対的マイナス電源ポイントに戻される電流が小さい時に有効です。 本機では、抵抗ではなくシリコンダイオードを割り込ませています。シリコンダイオードの順方向電圧は比較的安定しているので、抵抗を入れた場合に比べて全回路電流の変動の影響を受けにくくすることができます。冒頭の「ベーシックな設計」に比べて、部品点数が減って、回路が簡素化された様子がわかると思います。

現代の回路設計では、このようなことは基本的に行いません。B電源はB電源、マイナス電源はマイナス電源として、それぞれモジュール化して考えます。その方が全体を捉え易いのと、分業化・部品化がしやすく、設計者に高度かつ基礎的な知識がいらなくなるからです。しかし、古典的な回路技術では、回路全体を絶妙なバランスで構成し、1つの部品にいくつかの機能を兼ねさせ、1個でも部品を減らそうとするのがプロの設計でした。本機では、忘れられた古典的な技法をあえて使ってみたわけです。20世紀前半の時代の技術者の苦労の一端を味わってみるのも一興かと思います。


電源部全回路図(とりあえずの設計)

最初に製作した電源回路は右図のようなものでした。

電力会社からやってくるAC100Vと電源トランスと間には、電源スイッチ、ヒューズがあります。電源スイッチはスパーク・キラーという部品を抱いています。ない場合は、0.1μF/耐圧400Vのフィルム・コンデンサと120Ω1/2W型抵抗を直列にしたもので代用できます。ヒューズは、2Aがいいでしょう。

使った電源トランスは、ノグチPMC-190Mです。2次巻き線は180V、200V、220Vの3セットがついていますが、本機では220Vを使います。シリコン整流ダイオードは、秋葉原の秋月で安く売っている2A/1000VタイプのUF2010を使いましたが、同規格のものであれば型番は問いません。「高速スイッチング」と称して売っているものであればなおいいです。

シリコン整流ダイオードの直後にはいっている抵抗(20Ω/2W)は、電源ON直後にコンデンサ(100μF/350V)に突入するサージ電流からダイオードを保護するためのものです。

最初の平滑コンデンサ(きれいな直流にするためのコンデンサ)のところでは約270V以上の直流が得られていますが、その直流には約5Vの100Hz(関西方面では120Hz)のリプルが乗っています。続く100Ωとその後の100μFによるリプル・フィルタを経ると、残留リプルは1.4Vまで減じます。ここから出力段への電源(B1)が供給されます。

ここから供給された出力段の電源の電流は、アース(E)に戻ってきます。ところが、戻ってきた場所(E)と最終の戻り場所である電源トランスのセンター・タップとの間には4個のダイオードが割り込んでいます。このダイオードには、本機の全回路電流が流れます。その時、ダイオード1本あたり約0.75Vで一定の電圧降下が生じます。4本で3Vです。B電源の戻り口(E)を基準に考えると、ダイオードの先頭は相対的にマイナス3Vになります。これが、本機のマイナス電源のからくりです。なお、整流して得られた電圧は3Vだけ目減りしてアンプ部に供給されることになりますので注意してください。ここで使う4個のダイオードは高耐圧である必要はないので、安価でポピュラーな10E1(1A/100Vタイプ)を使いました。

B1からさらに2kΩと22μF/350Vでリプルを減らしたところから初段電源(B2)を得ています。

これで完成といきたかったのですが、実際に製作して最初のトラブルが出てしまいました。スピーカーからハムが出てしまったのです。


原因の究明

トラブルが発生すると、人間とかく熱くなりがちです。そして、無闇に部品を取り替えたり、配線をやりなおしてしまったり。HomePageをやっていると、「ハムが出た。どこが悪いか教えてください。」という問合せが後を絶ちません。なにか、いつもそこに普遍的な正解があるかのごとく、答えばかりを求めてきます。問題の解決に必要なのは、今、一体何が起きているのか、という事実とデータ、そしてあなた自身がまず考えて見ることです。何故なら、ジャンボ・ジェット機に生じたトラブルにも、あなたの真空管アンプで生じたトラブルにも、必ず原因があり、説明できることだからです。自分で解決しようとしない人には、究明された原因の説明は不要であり、そういう人は自分で真空管アンプなど作ってはいけないのです。

さて、私のアンプに一体何が起きたのか。

Data 1 : スピーカーからブーンというハムが聞こえます。そして、それは気になってちょっと我慢できません。

つまり、これはトラブルです。

Data 2 : そのブーンというハムは、100Hzです。

ということは、電源トランスからの磁束(50Hz)が漏れて信号経路に悪さをしたのではなく、整流されたB電源のリプルがどこからか信号経路に侵入したことになります。ヒーターからの誘導ハムでもありません。

Data 3 : 各部の電圧は設計どおりの正常です。

ということは、部品の不良とか、配線の根本的なミスではないわけです。それが証拠に、

Data 4 : ちゃんといい音で鳴っています。

念のため、アースまわりをすべてチェック。

Data 4 : 全アース間の導通を確認。電源まわりのアースの引きまわしはアース理論を守っていることも確認。ボリュームのケース、ソケットの金属部分がアースにつながっていることも確認。

犯人は、アース以外をまず疑おう。

Data 5 : 整流直後のB電源の含有リプルは4.9V、B1での含有リプルは1.4Vです。初段電源B2では0.05Vくらいです。

リプル電圧はほぼ設計どおりなので、配線ミスやコンデンサの不良、接触不良ではなさそうです。しかし、この設計でいいのか、駄目なのか、まだ判断できません。

Data 6 : 初段共通カソード〜アース間の交流電圧を測ってみたら10mVあり、出力段では150〜300mVありました。

差動回路の場合、電源リプルは結構もろにカソード電位にくるんだなあ(学習モード)。そこで仮説。もし、初段電源のリプルの多さが犯人だったら? 初段電源のところの22μFのそばにもう1個の22μを追加してみた。

Data 7 : スピーカーからのハムはほとんど変わらず。

とここまでやってみて、そんなことするより「初段管だけ抜いてみればいいじゃん」という簡単なことに気づいて早速実行。

Data 8 : ハム、相変わらず出ている。

そこで、2つの電源コンデンサの容量47μFを100μFに変更。これで、すべてのB電源の残留リプルは1/4近くまで減るはず。

Data 9 : ハム、見事に減りました。ヨカッタ。


電源回路(最終版)

AC100Vラインはごく一般的な回路です。ヒューズは、2Aを推奨します。標準シャーシ用のシーソー・スイッチには、発行ダイオード(LED)や抵抗付きネオン管を内臓したものがあります。LEDの場合は、C-電源を使って点灯させます。抵抗付きネオン管の場合は、そのままAC100Vを印加して点灯させます。

電源トランスは、ノグチPMC-190MとTANGO PH-185を想定していますPMC-190MはB巻き線電圧が220V、PH-185のB巻き線電圧は250Vを使います。電圧が1割り程違うため、電源回路の設計を少し変えなければなりません。但し、真空管回路は結構アバウトな側面もあるので、完全に同じ電圧にする必要はありません。

前述の試作で「47μF+100Ω+47μF」程度のリプル・フィルタでは充分でないことが判明しています。そこで3段のリプル・フィルターを経て出力段電源(B1+)、さらにもう1段のフィルターを経て初段電源(B2+)とすることにしました。さらに、コンデンサ容量は100μFに増量します。これでも一般的な電源回路程度であり、とても贅沢と言えるようなものではありません。

Rb0=10Ω/1W〜20Ω/2W
Rb1=Rb2=100Ω/10W・・・PMC-190M(220V)の時、出力管=6L6族、6AH4GTの時
Rb1=Rb2=150Ω/10W・・・PH-185(250V)の時、出力管=6L6族、6AH4GTの時
Rb1=Rb2=82Ω/10W・・・PH-185(250V)の時、出力管=EL34の時
C0=C1=C2=100μF/350V〜400V
Rb3=2.2kΩ・・・PMC-190M(220V)の時
Rb3=4.7kΩ・・・PH-185(250V)の時
C3=22μF/350V
Rb4=470kΩ〜560kΩ/1/2W

本回路は、全消費電流の帰路に5個のシリコン・ダイオードを割り込ませることで相対的なマイナス電源を得ています。電源トランスのB巻き線のセンター・タップはアースではありませんのでご注意ください。

ヒーターの点火は、6.3V巻き線を使います。使用する球のヒーターの消費電流を確認の上、電源トランスのヒーター巻き線から取り出せる電流容量を確認して配線します。なお、出力管に6L6族や6AH4GTを使う場合は特に問題はありません。しかし、ヒーター電流が1.5AもあるEL34を使う場合、PH-185の3つあるヒーター巻き線の電流容量はそれぞれ2A、2.5A、2.5Aですので1つの巻き線で2管分をまかなうことができません。そこで、3つの巻き線すべてを並列につないで7Aの容量を得た上で、そこからすべての球のヒーターを供給するようにします。

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