大人の自由空間
アンプ部の設計
出力段基本回路

まず、下図を見てください。左側が一般的なプッシュプル出力段、右側が差動プッシュプル出力段それぞれの基本回路です。差動プッシュプル出力段を一般的なプッシュプル出力段と比べると、全体の見かけはよく似ていますが、唯一、カソード(K)側の様子が異なります。

一般的なプッシュプル出力段差動プッシュプル出力段

一般的なプッシュプル出力段(上図左)では、共通化された2つのカソードはアースされています。上図のようにじかにアースされる場合(固定バイアス方式の時)と、コンデンサを介してアースされる場合(自己・カソードバイアスの時)がありますが、いずれにしての共通カソードは交流的にはアースされます。

差動プッシュプル出力段(上図右)では、この共通カソードとアース間の信号電流の通路を遮断します。すべてを完全に遮断してしまうと一切の電流が流れなくなってしまうので、共通カソードとアースとの間に「定電流回路」というちょっと変わった性質を持った回路を割り込ませます。「定電流回路」は、変化しないある一定の直流電流は流しますが、変化する電流すなわち交流電流が流さないという性質を持っています。

一般的なプッシュプル出力段では、2つの出力管それぞれに流れる電流は、与えられる条件によって変化します。一方の球に流れる電流が増え、もう一方の球に流れる電流が同じだけ減るような動作をすると、プッシュプル動作になります。しかし、一方の球に流れる電流が増えた時、もう一方の球に流れる電流が減る量が同じでないような動作をすることもできてしまいます。それどころか、一方の球に流れる電流が増えた時、もう一方の球に流れる電流も増えてしまうような動作をすることも可能です。この2管は必ずしもプッシュ&プルの動作をするわけではありません。

差動プッシュプル出力段では、様相が一変します。「定電流回路」があるために、2つの出力管それぞれに流れる電流の合計値は、ある一定値に縛り付けられます。一方の球に流れる電流が増え、もう一方の球に流れる電流が同じだけ減るような動作は可能ですが、一方の球に流れる電流が増えた時、もう一方の球に流れる電流が減る量が同じでないような動作をすることはできません。ましてや、一方の球に流れる電流が増えた時、もう一方の球に流れる電流も増えてしまうような動作をすることは不可能です。この2管は厳密にシーソーのようなプッシュ&プルの動作をすることになります。

このことがあるために、差動プッシュプル出力段は一般的なプッシュプル出力段とは根本的に異なる動作をすることになります。回路の見かけは似ていますが、本質的に異なる増幅回路なのです。その詳細は、「全段差動プッシュプル・アンプの庭」にありますので興味ある方は是非読んでみてください。


差動プッシュプル出力段の設計はシングル出力段に似ている

本講座では、できるだけ難しいことを考えるのは「なし」でいきたいと思います。差動プッシュプル出力段は、「定電流回路」という聞きなれない回路があることを除けば、その設計方法はシングル出力段の設計に非常によく似ています。いやむしろ、もっと簡単といっていいでしょう。差動プッシュプル出力段は、ほとんど頭を使わなくても設計できてしまうのです。

右図は、6AH4GTのEp-Ip特性図上に、6AH4GTシングルの代表的動作である

をプロットし、ここを通るような「5kΩ」のロードラインを引いたものです。ロードラインの右下端のポイントは、「Ep=400V、Ip=0mA」で、左上端のポイントは、「Ep=0V、Ip=80mA」で、ロードラインは、「400V÷80mA=5kΩ」の傾きを持っています。

「Ep=250V、Ip=30mA」のポイントでのバイアス電圧は、データシート上は「-23V」ということになっていますが、右図のEp-Ip特性からは「-22V」くらいに読み取れます。ま、その程度の誤差は球のバラツキのうちということで気にしないことにしましょう。

このロードラインでは、「Ep=250V、Ip=30mA」を中心にして、「Ep=100V、Ip=60mA」と「Ep=400V、Ip=0mA」とが等距離にあります。このような条件下では、6AH4GTは、自の持つ動作範囲を端から端まで無駄なく使い切ることができます。

このロードラインはシングル回路用ですが、実に、差動プッシュプル出力段のロードラインもこれと同じになります。そして、この時の動作条件は以下のとおりです。

今度は、負荷インピーダンスが「4kΩ」になった場合の6AH4GTシングル出力段のロードラインです(右図)。

4kΩのロードラインは、5kΩのロードラインよりも若干立ってきます。そのため、6AH4GTの動作領域に効率的にあてはめようとすると、動作の中心は「Ep=230V、Ip=32.5mA」くらいになり、この時の動作条件は以下のとおりです。

すなわち、同じ出力管を異なる負荷インピーダンスで最適化して動作させようとした場合、負荷インピーダンスが低くくなるにつれて、動作条件におけるプレート電流(Ip)は増加し、プレート電圧(Ep)は低くなるのです。そして、得られる最大出力も少しずつ低下してきます。

それだったら、負荷インピーダンスは高ければ高いほどお得なのか、というとそういうわけでもありません。プレート電圧が高く、プレート電流が少ないということは、出力段のバイアスがより深くなり、感度が低下して最大出力を得るためにより大きな信号入力が必要になります。出力管の耐圧の制約もあるため、無闇にプレート電圧を高くはできません。また、インピーダンスが高い出力トランスの設計は難しく、なかなか良い特性が出せません。そのため、10kΩの1次インピーダンスを持った良質なプッシュプル用出力トランスは数が少ないのです。

諸般の事情を考慮した結果、本機の出力段の標準1次インピーダンスは「8kΩ」とし、「10kΩ」も選択肢に入れることにして設計を進めることにします。


定電流回路

全段差動プッシュプル・アンプを特徴づけているものに「定電流回路」があります。本設計における出力段に要求される定電流回路の要件は以下のようなものです。

定電流回路は、トランジスタを使ったものが最もベーシックかつシンプル、そして安価です。最近は、オペアンプを使うのがあたりまえになってきていますが、私はみなさんに、ブラックボックス化されたオペアンプではなく、是非とも裸の半導体で一から組み上げたディスクリート回路でやってみて欲しいと思っています。

右図はその基本回路です。「CBE」とあるのがトランジスタの3つの端子、「C=コレクタ」、「B=ベース」、「E=エミッタ」です。

トランジスタは、ごくわずかなベース(B)電流を流すだけで、大きなコレクタ(C)電流を制御できる素子です。右図では、約0.5mAのベース電流で、65mAのコレクタ電流を制御しています。この、コレクタ電流とベース電流との比を、電流増幅率(hFE)といます。ほとんどのトランジスタのhFEは、50〜500くらいの間に収まっていますが、本機で使うようなタイプのトランジスタのhFEは、80〜300くらいです。

トランジスタのこの性質から、60mAの定電流回路が作りたかったら、

60mA ÷ 80〜300 = 0.75〜0.2mA
のベース電流が必要であることになります。右の回路では、ベースとアースの間に定電圧ダイオード(ZD)がはいっています。120kΩの抵抗は、定電圧ダイオードが動作するのに必要な電流を確保するための電源で、1.95mAほどの電流を供給しています。そのうち、0.5mAがベース電流に取られてしまうので、定電圧ダイオードにまわるのは1.45mAですが、これだけあれば定電圧ダイオードは十分動作します。もし、トランジスタのhFEが120ではなくて80しかなかったとしても(ベース電流=0.75mAになる)、定電圧ダイオードにまわる電流はまだ1.2mAありますから問題ありません。トランジスタのhFEはばらつきが非常に大きいので、hFEがかなり変動しても安定した動作が得られるように配慮するのがトランジスタ回路の設計の基本です。

トランジスタのベース(B)〜エミッタ(E)間の電圧は、微少電流時で0.5〜0.6V、電流が多くなった時で0.7〜0.8Vでほぼ一定になる性質があります。ベースの電位を一定にしてやば、エミッタの電位はベース電位につられて一定になろうとします。右上の回路では、ベース電位が6.0V、ベース〜エミッタ間電圧が0.6Vなので、エミッタ電位は自動的に、

6.0V - 0.6V = 5.4V
になり、エミッタ〜アース間に82Ωの抵抗がはいっていると、そこに流れる電流は、
0.54V ÷ 82Ω = 65.85mA
で一定となるのです。エミッタ電流からベース電流を引いた値がコレクタ電流で、これがめざす定電流回路の特性になります。
65.85mA - ベース電流(0.75〜0.2mA) = 65.1〜65.65mA
このとき、エミッタ抵抗の値を変化させてやれば、任意の定電流特性が得られるのはいうまでもありません。定電流回路は、コレクタ側の電圧がいかように変化してもそこに流れる電流値が一定である、という特徴があります。

2管独立型定電流回路

差動回路は2つの球のカソードが共通化されています。カソードを共通化して組み上げると、2管のグリッドに与えられるバイアスは同じになります。しかし、真空管のばらつきはつきもの。2つの球に同じバイアスを与えた場合、各管のプレート電流が揃う(同じになる)ことはないといってよいです。そのため、プッシュプル式真空管アンプにはバイアスの調整回路がついていたり、プッシュプル用と称して選別したペア・チューブなるのもが売られています。しかし、球を入れ返るたびにバイアスを調整するのは面倒くさいし、ペアチューブだからといってそんなにきれいに揃っているわけではないし、球の経年変化を考えたらいずれペアはペアではなくなってしまう。なんとか、無調整でバッチシ動作が決まるプッシュプルアンプはできないものか・・・。

出力管1本にあたり1個の定電流化回路としてセットにしてしまえばよい、といことに気がつくのに時間はかかりませんでした。時間がかかったのは、その方法だと信号経路に2つのコンデンサを挿入しなければならなくなるということへの割切り、気持ちの問題。

定電流部全回路図

さて、全段差動プッシュプル・ベーシック・アンプの定電流回路です。

ディスクリート回路:

ベーシック・アンプでは、1つのパワー・トランジスタ、1つの定電圧ダイオード(=ツェナ・ダイオード)、1つの定電流ダイオードを使います。パワー・トランジスタは、どの銘柄・型番でなければならないということはありません。かなりの幅を持って選択できます(ここを参照してください)。

ツェナ・ダイオードを動作させる電流を供給しているのが定電流ダイオードです。ここに流れる電流(約2mA)のうち0.3〜0.5mAがトランジスタのベース電流として取られても1mA以上は残るように設計します。

問題は、定電圧ダイオードの規格です。定電流回路の特性は定電圧ダイオードとトランジスタのエミッタ側に抵抗値で決定されますので(上述)、その設計は非常に自由です。手持ちに6.3Vの定電圧ダイオードがあったのでエミッタ抵抗を91Ωとしましたが、みなさんが入手した定電圧ダイオードが6.3Vであるとは限りません。5.9Vかもしれないし、6.9Vかもしれません。5.9Vの時はエミッタ抵抗を82Ωにして、6.9Vの時は100Ωにしたらいいでしょう。なお、ここで使うエミッタ抵抗は発熱の都合から2W型を使います。プレート電流値はこの抵抗で決定されてしまいますから、できれば2本ずつ抵抗値が揃ったものを用意してください。

個々のパワートランジスタが消費する電力は、コレクタ電流(約64mA)とコレクタ〜エミッタ間電圧(最大23V-約5V=18V)の積で求まり、1.1〜1.2Wくらいになります。パワー・トランジスタは放熱板に取りつけて使うのが本来の姿ですが、この程度の発熱であればシャーシに密着させてビスで留めてやるだけで充分です。

IC(3端子レギュレータ)を使った回路:

定電流回路を、よりシンプルな実装でまとめたいならば、ポピュラーで安価な(トランジスタよりも安い!)3端子レギュレータの「LM317T」を使う方法があります。

3端子レギュレータは、数V〜数十V程度の半導体回路の安定化電源のためのICユニットです。安定化電源とは、AC100Vの電圧変動や取り出す電流の大きさに影響受けることなく、常に一定の電圧となるような非常に安定した電源回路のことです。もちろん、安定化電源もディスクリートで組むことは容易ですが、非常によく使われるためにLM317Tのように安価な集積(IC)として普及しました。

この3端子レギュレータを使うと、抵抗1本で簡単に高性能の定電流回路が作れてしまいます。3端子レギュレータはその名のとおり「3本の脚」を持った構造をしており、見かけはパワー・トランジスタと同じです。3本の脚はそれぞれ「IN」、「ADJ(COM)」、「OUT」からなり、右上図のように結線します。ここで使うLM317Tはどこでも入手可能な非常にポピュラーなICで、価格は秋葉原で100円程度のものです。

「OUT」〜「ADJ」間の電圧が「1.25V」で一定になっており、ここに挿入する抵抗値で定電流特性が一意に決まります。

定電流特性 = 1.25V ÷ 抵抗値 = 1.25V ÷ 20Ω = 62.5mA



初段ロードライン

初段の設計における前提条件を以下のとおりであるものと仮定します。

まず、6SL7GTのEp-Ip特性曲線に1.1mA÷2=0.55mAの線(赤色)を引きます。2本の初段管のプレート電流の合計は1.1mAに縛られるからです。

次に、電源電圧240Vから、試しに180kΩ、220kΩ、270kΩの3本ロードラインを引いてみます。起点は「240V、0mA」で終点は「0V、1.33mA」「0V、1.09mA」「0V、0.89mA」です。起点の求め方は以下のとおりです。

初段管の動作ポイントは自動的に、それぞれのロードラインと赤い線の線の交点に決定されます。たとえば、180kΩに0.55mAを流した時の電圧降下は、180kΩ×0.55mA=99Vですから、初段管プレート電圧は、240V−99V=141Vになります。以下、同様に計算して、119V、91.5Vが求まります。

このグラフから動作点を吟味します。最初に考えなければならないことは、バイアスがどれくらいになっているかです。バイアスは斜めの曲線との位置関係から読み取ります。270kΩのロードラインの場合だと、バイアスはおおよそ「-0.8V」くらい、220kΩのロードラインでは「-1.3V」くらい、そして180kΩのロードラインでは「-1.6V」くらいです。そして、以下の各チェックポイントを確認してゆきます。220kΩのロードラインのケースについて実際に検証してみましょう。

以上を総合的に判断すると、270kΩではバイアスが-0.7Vより浅い領域に引っかかるので駄目、220kΩはちょうどよい、180kΩは220kΩに比べたらEp-Ip特性曲線の間隔が詰まっている領域に寄っていて不利、という結論になりました。

今度は、上記で求めた条件を、6SC7/6SC7GTにそのままあてはめてみます。(右図)

ご覧のとおりで、うまう具合に動作条件がはまってくれました。これでしたら、同じ設計のまま6SL7GT、6SC7/6SC7GTいずれの球も使うことができます。

※なお、本設計では定電流ダイオードの値が1.1mAであるものとして行いましたが、1mAの定格のものを使った場合は、動作点のプレート電圧がほんのわずか上昇する(119V→130V)だけなので、大勢に影響ありません。同じ設計でOKです。


アンプ部全回路図・・・最終版

右図が、全段差動ベーシック・アンプ部の基本回路です。

出力段には、5極管の記号が描かれていますが、これは6L6やEL34をお使いになる場合も想定したものですので、6AH4GTなどの3極管の場合は、スクリーン・グリッド抵抗(Rsg3、Rsg4)は必要ありませんのでないものとして読んでください。アースの配線がわかりやすくなるように、アース・ポイントがわかるように描きました。配線時の参考にしてください。

回路定数は、使用する球や電源トランスに応じて、別表にまとめるつもりです。

回路図中の記号は以下の通りです。

入力のところにはボリューム(VR1)を入れました。ノイズや高域特性を考えると、ボリュームの値は100kΩよりも50kΩの方が有利です。A型2連を使います。ボリュームが不要な場合は、アースとの間に100kΩ程度の抵抗を入れておきます。

初段管(V1,V2)の共通カソード側とマイナス電源の間には定電流ダイオード(CRD1)がはいります。定電流ダイオードは、特性のばらつきが非常に大きいので、数本購入してその中から選別します。出力段で使う定電圧ダイオードと見かけで区別がつきませんので注意してください。

出力管(V3,V4)のグリッド抵抗(Rg3,Rg4)のうち一方にはBタイプの可変抵抗器(VR2)が挿入されています。可変抵抗器の一端はアース、反対側は初段用のマイナス電源(C-)につながっています。可変抵抗器を調整することで、0V〜-数Vまで変化させることができます。

出力段の共通カソード側に挿入する定電流回路は、汎用3端子レギュレータのLM317Tを使います。定電流特性は調整抵抗(RADJ)で行います。もちろん、トランジスタとダイオードで組んでも構いません。

2本の出力管のうち、プレート電流が多く流れる球の方をこちら側に装着して調整します。出力段各管のカソードにはプレート電流差検出用抵抗(Rk3,Rk4)を経て、LM317Tを使った定電流回路につながります。

出力トランスは、1次インピーダンスが8kΩであれば、ノグチPMF-25Pだけでなく、TANGO FE-25-8や他のものも同様に使えます。

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