大人の自由空間 トランスという厄介で存在感のある部品 |
トランスの思い(重い)トランスとは何か。それは鉄の塊であり、当然それはとっても重く、高価な部品です。しかも、贅沢なアンプを作ろうとすればするほど、より重く、より大きく、より高価になるという厄介者でもあります。真空管アンプビルダーにとって、トランスの存在は常に頭痛の種でありました。その苦難は、秋葉原などに部品を買いに行ったその日からはじまります。トランスは、高価で重要な部品のひとつでもあるため、多くの人はトランスを先に買い求めます。重さ1.6kgの出力トランスを2個、3.3kgの電源トランスを1個、合計6.5kgをずっしりと片手に提げて、秋葉原の電気街を軽快に歩き回れるものなのでしょうか。ようやくその存在感の何たるかに気づいた彼は「今日のところはトランスだけにして帰ろう」となるわけであります。
トランスって何?
トランスは、鉄の芯(鉄心あるいはコアという)に銅線をぐるぐると巻きつけたごく単純な構造の部品です。電源トランスの場合、巻きつけられた銅線は2グループあり、それぞれ1次巻線、2次巻線と呼びます。下図1のトランスは、1次巻線が111回巻いてあり、2次巻線は222回です。巻線比は「1:2」です。このようなトランスの1次側に交流100Vを入れると、2次側からは交流200Vが出てきます。ということは、2次巻線を2,220回巻いたら?そう、2000Vの交流が出てきます。
というわけで、2次巻線を7回だけ巻いたのが上図2です。巻線比1;0.063。2次側からは交流6.3Vが出てきます。このように、トランスは交流の電圧をその巻線比に応じて変換することができます。電圧は変換されますが、1次側から2次側に伝えられるエネルギーの総量は同じです(現実的にはそれなりのエネルギー・ロスがあります)。
右図3は、電源トランスの例です(TANGO PH-185)。
1次側は交流100V、2次側はちょっと複雑ですが、要するに2つの「30V巻線」と2つの「250V巻線」がセットになっていて、見方を変えれば2つの「250V巻線」と2つの「280V巻線」が背中合わせになっていると考えるこができます。これをどういう風に使うかは、後のお楽しみです。
2次巻線はまだほかに4つもあります。「6.3V巻線」が3つと「5V巻線」が1つです。そこに「2.5A」とか「2A」とか書かれていますが、これはそれぞれの巻線から取り出せる最大の電流値です。ここに書かれている以上の電流を取り出すと、その巻線が熱で規定以上の高温になってしまうという限界値です。真空管のほとんどが、ヒーターを6.3Vで点火するので、このようにいくつもの6.3V巻線がついているのです
真空管の中には、ヒーター電圧が12.6Vのものも数多くあります。そのような球を使いたい場合は、2つの「6.3V巻線」を直列につないでやればよろしい。
ところで、トランスの中には、こういう巻線とは別に「E」とか「GND」という表示の端子が出ていることがあります。これは、鉄心や巻線間に挿入された「静電シールド」につながっています。「静電シールド」は、この例で紹介しているTANGO PH-185にはついていませんが、プリアンプ用などの低雑音トランスには必ずついていて、電灯線AC100Vからのノイズを遮断する重要な働きがあります。「E」とか「GND」という表示の端子があったら、アースにつないでやらないと効果がありません。
右図4は、シングル用出力トランスの例です。
1次側の「P」は出力管のプレートに、「B」はB電源側につなぎます。このつなぎ方を反対にしても本質的には何の問題もないのですが、「位相」が逆になります。左右チャネルで位相が逆になると、一方のスピーカーだけプラスとマイナスを反対につないだのと同じことが起こり(やってみたことありますね)、音の出方や定位が「変」な具合になります。
位相がどうなているのかは、負帰還をかけた場合に重要な意味を持ちます。位相が合わない状態で負帰還をかけると、発振して「ギャー」というけたたましい音が出ます。そういう場合は、「P」と「B」を入替えれば正常になります。ここでは詳しく述べませんが、2段構成のアンプと3段構成のアンプとでは、1次側のつなぎ方が反対になります。
さて、1次インピーダンスが5kΩ(=5,000Ω)とありますが、これがアンプ設計段階で何度も議論される「負荷インピーダンス」というやつで、出力段設計の山場である「ロードライン」の具合を決定する重要な規格です。1次インピーダンスが4、8、16Ωですから、その比率は以下のようになります。
1次 : 2次 インピーダンス 5,000Ω : 16Ω 0-16Ω間 5,000Ω 8Ω 0-8Ω間 5,000Ω 4Ω 0-4Ω間 インピーダンス比 312.5 : 1 0-16Ω間 625 1 0-8Ω間 1,250 1 0-4Ω間 巻数比 17.7 : 1 0-16Ω間 25 1 0-8Ω間 35.4 1 0-4Ω間 インピーダンス比で、5kΩ:8Ωは625:1ですが、巻線比は25:1になります。もし、この出力トランスを電源トランスに転用したとすると、1次側にAC100Vを入れると、0-8Ω端子間にはAC4Vが得られる計算になります。0-16Ω間では5.66V、0-4Ω間では2.83Vです。
これをもうすこし丁寧に検証してみましょう。5kΩに対してAC100Vがかかっているわけですから、そこで消費される電力は、オームの法則より、
P = E*E/R = 100V×100V÷5000Ω = 2Wになります。では2次側がというと、P = E*E/R = 4V×4V÷8Ω = 2Wとなってぴったり一致します。この出力トランスが、8Ω負荷に対して2Wの電力を供給している時、1次側にはAC100Vの信号電圧が入力されているということであり、出力管のプレートにAC100Vの信号電圧が生じているのと同じ意味です。右図5は、プッシュプル用出力トランスの例です。
外見からわかるプッシュプル用トランスとシングル用トランスの違いは、1次側の巻線にあります。シングル用の1次巻線を2つ背中合わせにしたような構造になっていて、繋ぎ目のところが「B」表示、2つのプレート側がそれぞれ「P1」、「P2」と表記されているのが普通です。「P1」、「P2」はそれぞれ出力管のプレートにつなぎ、「B」はB電源につなぎます。
「SG1」、「SG2」というのは、5極管やビーム管を使った時の「ウルトラリニアー接続」という接続方法のためのもので、本講座のように3極管あるいは5極管やビーム管も3極管接続で使う場合は用がありませんので遊ばせておきます。
プッシュプル用トランスとシングル用トランスは外見以外にも重要な違いがあります。出力トランスの1次巻線には出力段管のプレート電流が流れます。トランスは鉄心にコイルを巻いたものですから、そのコイルに直流を流せばそれはまさに電磁石であって鉄心は磁化されます。磁化された鉄心は交流の伝達性能がかなり劣化します。この影響をもろに受けるのがシングル用出力トランスで、プッシュプル用トランスはほとんど影響を受けません。それは、2つの出力管に流れるプレート電流は、出力トランスの1次側で互いに磁化の極性が打ち消し合うからです。シングル用出力トランスは最初からそういう不利な条件に対応できるような構造になっており、そういう対策がなされていないプッシュプル用出力をシングル用に流用することはできません。
このような事情があるため、シングル用出力トランスはただでさえ大型化し、その割には低域性能は思わしくありません。反対に、プッシュプル用出力トランスは、非常に小型のものでもシングル用とは比べ物にならないくらい高性能が得られます。
工事中
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