大人の自由空間 真空管ってなに? |
予習: 2.オームの法則その1 3.オームの法則その2
中をのぞいてみる真空管は真空になったガラス管の中に電極と呼ばれる精密な工作物がはいっています。外側から見ると、中の電極は全体が筒のようになっていますが、中心部を良く見てみるとさらに細い筒状の芯があります。これが「カソード」です。カソードは細い筒状になっていてプレート中心を上下に貫通しており、その中に白い線のようなものが通っています。これが「ヒーター」です。ヒーターは電気ストーブと同じで、電流を流すと橙色に熱します。今回、買い集めた球のヒーターはすべて「6.3V」で点火します。真空管のヒーターはおしなべて大飯食らいで、6AH4GTの場合、0.75A(アンペア)もの電流が流れます。6.3Vの電圧で0.75Aですから、消費電力は、
6.3V × 0.75A = 4.725W(ワット)です。このエネルギーはほとんど100%が熱になります。線香のようにか細いカソードの6SL7GTは少食で、6.3V × 0.3A = 1.89W逆に6BX7GTは大食漢で、6.3V × 1.5A = 9.45Wですから1本で6AH4GTが2本分に相当します。何故そうなるかは後で説明します。6EM7は、6.3V × 0.9A = 5.67Wです。ヒーターの話題はこの辺にして、今度は「プレート」です。電極のいちばん外側にある太い筒状のものが「プレート」です。プレートの断面は、円、楕円、四角、六角などがあり、平べったいの、丸いのといろいろです。同じ名称の球でもプレートの形が異なることも珍しくありませんが、電気的特性は基本的に同じです。
6AH4GT→
黒いプレートの下からカソードスリーブがのぞき、
その中からヒーターの線が2本出ている。←6SL7GT
前後に2つのプレートが重なって見えている。
ちょこっと顔を出した爪楊枝よりも細いカソードの下から
糸のようなヒーターが2本ずつ出ている。。
電子はカソードから飛び出す
さて、高校時代にやった物理の授業を思い出してください。なに、物理の授業は寝ていたって?じゃあ、この歳になって、今からやりなおしましょう。金属の中では電子は自由に動き回ることができます(自由電子)。その金属が高温に熱せられると、電子の動きは活発になり、勢い余って外に飛び出そうとします(熱電子)。カソードがヒーターで熱せられると600℃〜800℃くらいになって橙色になり、カソードの表面は飛んで行きたくてぴょンぴょン飛び跳ねている熱電子で一杯になります。こういう状態を「カソードからエミッションが出ている」といいます。その時、カソードをとりまいているプレートにプラスの電圧をかけてやると、熱電子達は一斉にカソードを飛び出し、プレートに激突します。これが電流です。電子の動きと電流の方向とは反対でしたね。つまり、電流はプレートからカソードに向かって流れるのです。カソードの温度が低いと熱電子が充分に飛び出さないので、うまく電流が流れません。
電子がプレートに衝突すると、衝突エネルギーでプレートは熱くなります。プレートから発生する熱は、衝突する電子の量とスピードで決まります。電子のスピードとはプレート〜カソード間にかけられた電圧、電子の量とは電流の大きさです。カソード〜プレート間に250Vの電圧がかかっていて、そこに40mA(=0.04A)の電流が流れているならば、プレートで発生するエネルギーは、
250V × 0.04A = 10Wになります。この電流のことを「プレート電流(Ip)」といい、プレート〜カソード間電圧のことを「プレート電圧(Ep)」といいます。そして、プレートに生じたエネルギー(電力)のことを「プレート損失(Pp)」といいます。「プレート電流(Ip)」、「プレート電圧(Ep)」、「プレート損失(Pp)」という用語は今後頻繁に出てきますから、覚えてください。プレートはカソードのように赤熱こそしませんが、それでも非常に熱くなります。あまり熱くなられても困りますので、冷やす工夫がなされるのが普通です。プレートが単なる筒ではなくて、ひだやフィンがついているのは、プレートで発生した熱を外部に放射冷却するためです。真空管のガラス管内は文字通り真空ですから対流がおきません。プレートの冷却は、放射冷却と電極につながった線による伝導冷却の両方で行われます。カソードは、熱くなってくれないと動作しませんので、できるだけ熱が逃げないような工夫がなされます。
仕切り屋グリッド
さあ、これで真空管に電流が流れるようになりました。では、次に「グリッド」です。グリッド(和訳すると「格子」)は、プレートの内側、カソードのまわりにあるくるくる巻いた細い線です。細い線のままでは安定が悪いので、大概は2本立てた柱に巻きつけて固定されています。「グリッド」の役割は、カソードから飛び出してプレートに飛んでゆく電子の通行の妨害(格好良くいうと「制御」)です。グリッドのことを制御格子ということもあります(した)。
マイナスの電荷を持った電子は、プラスが大好きで、マイナスは嫌いです。そこで、グリッドにマイナスの電位を与えて通行を妨害するのです。ここでいうマイナスとは、カソードを基準にした電位のことです。このグリッドに与えられるマイナス電位のことを「バイアス(bias)」といいます。たとえば、単三乾電池のプラス側(あたま)をカソードに当てて、マイナス側(おしり)をグリッドにつなげば、グリッドはカソードに対して-1.5Vのバイアスがかかった、となります。
「カソード」、「グリッド」、「プレート」の3つの電極を持った真空管のことを「3極管」といいます。
3極管では、カソード〜プレート間にかなり高い電圧をかけ、一方で、グリッドに手頃なバイアス電圧をかけることで、一定のプレート電流が流れるように設定します。しかる後、グリッドにかかるバイアス電圧をオーディオ信号に合わせて変化(±)させることで、プレート電流を制御し、増減させます。変化したプレート電流に「負荷(後述)」をかけることで、より大きなオーディオ信号を取り出します。これが「増幅作用」です。
3極管の増幅作用の詳細は、「私のアンプ設計マニュアル」"8.ロードラインその1 (電圧増幅回路・・基礎編) "をご覧ください。
複合管
1つのガラス管の中に2つ以上のユニットを封入した球のことを「複合管」といいます。6SL7GTや6BX7GTは、見てのとおり、同じ特性の3極管を2個それぞれ独立して封入しています。6SC7や6SC7GTも、同じ特性の3極管を2個封入しているのですが、中でカソードがつながっていますから、個々に独立して使うことはできません。6EM7は、6SL7GT相当のちいさいサイズの3極管1個と、6AH4GT規模の中くらいのサイズの3極管1個が封入されています。そのため、ヒーター電流は6AH4GTの2本分必要です。
複合管は電極が互いに接近し合っているため、相互に影響を及ぼし合いますから無造作に設計することができません。同じ特性のユニットが2つ封入されているからといってそれぞれをステレオの左右チャネルに振り分けて使用すると、超高域で飛びつきば起こってセパレーションが悪くなります。今回のテーマである「全段差動プッシュプル・アンプ」では、1つの球の中にある2個のユニットで片チャネル分のプッシュプルという動作をさせるわけですが、こういう使い方では問題は出ません。むしろ、好都合だといっていいでしょう。6EM7の場合も、説明は省略しますが、何ら問題はありません。
メタル管
今回推奨している球の中で、唯一、異彩を放った外観を呈しているのは6SC7です(ナイジェルさん提供画像→)。真っ黒に塗装された金属に封入されており、中は見えません。これは、第二次大戦中、軍用として生まれた「割れない」球です。よく「JAN-CHC-・・・」という風な印字がなされていますが「JAN」というのは「Joint Army Navy」の略です。ちなみに、ポピュラーな出力管6F6、6V6、6L6いずれもメタル管で、6F6Gとか6V6GTとか6L6GBのように後に「G」とか「G?」がついた球がガラス管です。
電極はすっぽり金属で覆われているため、外部からのノイズから堅固に守られています。但し、このような効果を得るためには、金属外殻につながっているNo.1ピン(後述)をアースしなければなりません。もし、No.1ピンをアースしないまま使用すると、カソードから飛び出してプレートにつかまり損ねた電子が金属部分に蓄積されて高圧を生じ、触ると電撃を受けますのでNo.1ピンは必ずアースしてください。
ピン接続
今回用意していただいた球はすべて8本の金属脚と1個の樹脂製のセンターピンを持っています。この形式を、「USベース」あるいは「US8ピン」といいます。真空管の形状やベースの構造には何種類もあり、いちいち説明するときりがないのですが、とりあえず覚えておいた方がいいのは、「US8ピン」のほかにMTベースの「MT7ピン」と「MT9ピン」があります。MTとはミニチュア管(Miniature Tube)の略で、7本脚と9本脚がポピュラーです。
ハカマ付8本足のUSベース・・・"6AH4GT" ハカマなし9本足のMT9ベース・・・"5687"
USベースのソケットをひっくり返すと、端子の付け根に「1」〜「8」までの番号が小さく印字されています。これがピンNo.です。ひっくり返したベースに向かって時計廻りに付番されています。たまに番号がないソケットがありますが、中央の穴の凹みを下にして「7時」方向が「1」で「5時」方向が「8」です。
役割 Pin No. Notes 1 2 3 4 5 6 7 8 6SL7GT 電圧増幅管×2 (初段用) 2G 2P 2K 1G 1P 1K H H 2つのユニットの特性は同じ 6SC7
6SC7GT電圧増幅管×2 (初段用) S 2P 2G 1G 1P 共通
KH H 2つのユニットの特性は同じ 6AH4GT 電力増幅管 (出力段用) G H - - P - H K - 6BX7GT 電力増幅管×2 (出力段用) 2G 2P 2K 1G 1P 1K H H 2つのユニットの特性は同じ 6EM7 電圧増幅管(初段用) + 電力増幅管(出力段用) 2G 2P 2K 1G 1P 1K H H 2つのユニットの特性は異なる G:グリッド、 P:プレート、 K:カソード、 H:ヒーター、 1とか2:複合管の場合ユニット、 S:メタル管の外殻(アースする)
真空管雑学
グリッドは熱いカソードのすぐそばにあり、外側はプレートに囲まれてしまっているために、温度が上昇しやすくなっています。しかし、グリッドが高温になってしまうと、カソードのように「エミッション」が出てしまい、グリッドから飛び出した電子がプレートに飛び込んでしまいます。すなわち、プレートからグリッドに向かって電流が流れてしまいます。これを防ぐために、グリッドは冷却するための工夫がなされています。グリッドを支えている支柱は真空管の上面の白っぽい板(雲母でできているのでマイカといいます)から突き出していますが、そこに数ミリ角の金属板がついていることがあります。6AH4GTや6BX7GTにはついています。このちっちゃな金属板が放射冷却の一端を担っています。下側は電線で真空管の根元につながっているわけですが、この細い電線を伝って真空管のソケットへの伝導放熱もなかなか重要です。グリッドの温度が高くなりやすい球では、2本以上の電線で2ヵ所以上のソケット・ピンにつながっています。ちょっとでも冷やすルートを確保しようという工夫なのです。
真空管のガラスの内側の頭か胴体か根元のいずれかに黒光りするものが塗りつけられています。これは「ゲッター」といいます。上の6AH4GTの画像で、頭頂部でツルツルに光っているのと、5687の頭が鈍く黒光っているのがゲッターです。真空管を製造した直後は、ガラス管の中にわずかなガスが残っていて、真空管を使っていくうちにさらにガスが発生します。これを取り除く働きをするのがゲッターです。ゲッターは、ガスや不純物を吸着するにつれてだんだん輝きを失い、やがて透明になってしまいます。ガラス管にひびがはいって空気がはいってしまった球では、ゲッターは白濁します。もちろん、そうなってしまった球はお釈迦です。
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