大人の自由空間
高域特性の改善
標準アンプの周波数特性

全段差動ベーシック・アンプは、誰でも確実に設計・製作ができて、測定の専門知識や専門機材がなくても完成までこぎつけられるようにするために、ひとつの妥協をしています。それは、2段構成であるということです。2段構成とすることで、本質的に安定したアンプとなり、無調整でもトラブルなく負帰還をかけることができています。

しかし、2段構成にすることで失ったものもあります。それは、高域における帯域特性です。

右図は、6L6/5881にTANGO FE-25-8を搭載したベーシック・アンプの周波数特性です。ご覧のとおり、無帰還時(細い線)での-3dBの減衰ポイントは40kHz以下であり、20kHzですでに減衰がはじまっています。

しかし、FE-25-8という出力トランスは、下図のような素晴らしく広く、癖のない帯域特性を持っています100kHzで-2.5dBですから立派です。それなのに、仕上がったアンプでは、100kHzでは10dBも減衰してしまっているのです。


2段構成の泣き所

2段構成のアンプでは、初段1段だけで、入力信号を増幅して出力管をドライブしなければなりません。1段で必要な利得を得ようとすると、12AX7や6SL7GTのようなμが高い球を使うことになります。このような球は、おしなべて内部抵抗(rp)が高いのが普通です。

μが低い12AU7や6SN7GTの内部抵抗は実測でおおよそ10kΩですが、12AX7や6SL7GTの内部抵抗は実測で70kΩ〜80kΩほどもあります。この違いは、最終的に高域の帯域特性として現われてきます。

また、総合利得に余裕がないため、かけることができる負帰還量も2〜3dBというごくわずかなものになっています。この程度の負帰還では、周波数特性を大きく改善することはできません。


Cg-pとミラー効果

3極管の3つの電極(グリッド、プレート、カソード)相互に間にはわずかですが容量があります。「グリッド〜カソード間容量」のことを「Cin」といい、「グリッド〜プレート間容量」を「Cg-p」といい、「プレート〜カソード間容量」を「Cout」といいます。たとえば、6AH4GTの場合、「Cin=7pF」、「Cg-p=4.4pf」、「Cout=1.7pF」と発表されています。

この容量の存在は、ドライバ管からみると、グリッド〜アース間およびグリッド〜プレート間にコンデンサが挿入されたように見えます。その大きさは、単純に「7pF+4.4pF=11.4pF」ではなく、もっともっと大きい値になります。それは、グリッドからみて、プレートには入力信号の数倍の大きさで、位相が逆の信号が現われているからです。そのために、グリッド〜プレート間容量は、

「実際のグリッド〜プレート間容量」=「Cg-p」×(「グリッド〜プレート間利得」+1)

として求められます。ちなみに、4kΩ負荷とした6AH4GTの「グリッド〜プレート間利得」は約6です。従って、

「実際のグリッド〜プレート間容量」=4.4pF×(6+1)=30.8pF

になります。6AH4GTの入力容量の合計は、

「6AH4GTの入力容量の合計」=30.8pF+7pF=37.8pF

になります。現実には、配線で生じた線間容量もあるので、50pFくらいになっています。一方で、初段管6SL7GTの内部抵抗は実測で約65kΩあります。初段の出力インピーダンスは、「内部抵抗(65kΩ)」と「プレート負荷抵抗(240kΩ)」と「出力段グリッド抵抗(470kΩ)」の並列合成値になるので、これを計算すると46.4kΩになります。

実際の回路では、46.4kΩと50pFで構成されるハイ・カット・フィルターとして機能します。このハイ・カット・フィルターの特性を求めてみます。

3dB減衰ポイント=159000÷(46.4kΩ×50pF)=68.5kHz

上のFE-25-8固有の周波数特性から、68.5kHz付近での減衰が約1.5db程度と読み取れますので、総合特性としてみると、68.5kHzでの減衰は、3dB+1.5dB=4.5dBくらいになるであろうことがわかります。本ページ冒頭の無帰還時の周波数特性上の68.5kHzあたりを読み取ると、-4.5dB〜-5dBですから、計算どおりとなりました。

つまり、このアンプの高域の周波数特性の足を引っ張っているのは、初段管の内部抵抗であり、かつ出力管で生じたミラー効果であるわけです。この問題を解決しない限り、出力トランスをいくら良くしても改善はありません。もちろん、負帰還をかければ、かけた負帰還量に応じて周波数特性は改善されますが、そもそも、利得がぎりぎりの2段構成では、十分な負帰還をかけることができません。

ちなみに、6SL7GTではなく、内部抵が低い6SN7GTをドライバに使った回路で試算してみると、

3dB減衰ポイント=159000÷(10kΩ以下×50pF)=318kHz以上

となります。低内部抵抗管を使ったアンプが、いかに帯域特性を良くしやすいかおわかりいただけると思います。しかし、今、目の前にあるのは6SL7GTや6SC7を使った2段構成のアンプです。この土俵に上でなんとかしなければなりません。


クロス中和

そこで登場するのが、クロス中和という手法です。

プッシュプル・アンプでは、ミラー効果が生じている出力管に対して、もう一方の出力管のプレートには逆の位相の信号が生じていることに着目します。このもう一方のプレートに生じた逆位相の信号を、ミラー効果が生じている側のグリッドに送り込んで打消しができないか、と考えたわけです。

実際の回路は右図のとおりです。プッシュプルとなった2管それぞれのプレートから、反対側のグリッドにたすきがけ(クロスして)で接続して打ち消し(中和)を行うので「クロス中和」といいます。

「4.7pF」という値は実験を行って決めたもので、これ以上の容量にすると、球種によっては過剰打消しになってしまうことがあるからです。測定器なしで、安全確実にクロス中和の効果を出すには、4.7pFどまりにされることをおすすめします。

なお、ここで使うコンデンサには300Vもの高圧がかかりますから、ディップ・マイカ・コンデンサ等で耐圧が400V以上あるものを使ってください。(pFオーダーの一般的なコンデンサの耐圧はせいぜい100Vですからご注意のほど。)

左図には、クロス中和を行った時の周波数特性を赤い線で書き加えてあります。

わずか2.2dB負帰還とクロス中和(4.7pF)のおかげで、40kHz/-3dBだった特性が、80kHz/-3dB程度まで改善されています。


参考(ためになる)サイト

ナイジェル氏 6BX7GTベーシック・アンプ・・http://www.h3.dion.ne.jp/~nigel/audio/6bx7gt/6bx7gt.html
石田氏 6L6GC(3結全段差動アンプ・・http://www.geocities.jp/jazzandaudio/6L6GCPP/6l6gcpp.htm
石田氏 6BQ5(3結全段差動アンプ・・http://www.geocities.jp/jazzandaudio/6BQ5PP/6bq5pp.htm

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