差動ラインプリ版NF型トーンコントロール
NF Type Tone Control for Diff. Line Pre
差動ラインプリには、バス・ブースト回路のおまけがついていますが、トーンコントロールはついていません。トーンコントロールがあったらいいなあ、と思っていた方は多いと思います。差動ラインプリの回路方式は、その特殊性から従来知られてきたタイプのトーンコントロールを組み込むことが困難である、という事情があります。特に、A型あるいはB型の可変抵抗器の変化特性がなじみません。実は、差動ラインプリ用のトーンコントロールはかなり以前に設計済みだったのですが、なかなか時間がとれなくて実装できずにいました。このトーンコントロールは、Bass側に4回路6接点のロータリースイッチを必要とするのですが、肝心のロータリースイッチが製造中止になってしまうという事態に至り、半ばあきらめていたのです。しかし、なんとか別の回路方式でできないものかと2011年にはいってから、計算に計算を重ねてようやく今頃になって出来上がったというわけです。
トーンコントロールはCR型もNF型も本質的な違いはありません。周波数特性を変化させる回路を作り、そのまま素通しで使えばCR型となり、負帰還回路に組み込めばNF型になるというだけの話です。試しにOPアンプを用意して非反転増幅回路を作り、負帰還回路にごく普通のCR型トーンコントロールを入れてみてください。立派にNF型トーンコントロールができます。但し、ブーストとカットが見事に入れ替わりますが・・・。Marantzの7や7TのトーンコントロールはNF型とCR型をまぜこぜで使っています。反転増幅回路に組み込むタイプをBaxandar型(略してBAX型と呼ばれる)といいます。Baxandar型には非常に多くのヴァリエーションや応用回路があり、単なるバスやトレブルのブースト/カットだけでなく、ミッドの操作も可能です。Baxandar型は中点付きのB型ボリュームが必要だという記述をたまに見かけますが、それを書いた人は全く勉強不足ですね。Baxandar型にはかつて中点付きボリュームを必要とするバージョンもありましたが、今ではそんなものは使われていません。LUX型というのがありあすが、これもBaxandar型の一変形にすぎません。Baxandar型は今やプロ用のミキシングコンソールのほとんどが採用するいわば世界標準のイコライザーだといっていいでしょう。
使えるともいえますし、使えないともいえます。
逆CR型とは何か。冒頭で、いわゆるCR型を負帰還回路に組み込んだらトーンコントロールができるということを書きました。但し、上下が逆転しますが。CR型トーンコントロールを上下逆転させた回路を負帰還回路に組み込むのと、ちゃんと動作するトーンコントロールができます。その場合は、A型ではなくすべてC型のボリュームを使えばいいのです。この方式を思いついたのは私が高校生の時ですから、もう40年以上も経ってしまいましたね。当時は容易にC型2連ボリュームが手に入ったのでよく作りました。お隣のページのCR型トーンコントロールの回路をそのまま使い、ボリュームだけC型に変更して、OPアンプを使った非反転増幅回路の負帰還素子として組み込めば、フラット時の利得が16.3dBのNF型トーンコントロールが完成します。
差動ラインプリの負帰還部分を使って同じことをすればできるはずですが利得が足りません。6DJ8を使った単段差動回路の利得は12倍前後なので、ブースト側が伸び悩みします。
これが6DJ8差動ラインプリに組み込んだトーンコントロール回路です。プリ出力の信号を入力とし、差動回路の反転入力側(回路図でいうと右側球のグリッド)に帰還をかける回路に周波数特性を変化させるしくみを入れています。動作の仕組みはBaxandar型とは異なります。本回路には可変抵抗器はなじまない(というか、採用不能)ためロータリースイッチを使っています。そのロータリースイッチも±2ステップしかとれない2回路5接点タイプです。これを採用した最大の理由は、ロータリースイッチが著しく入手困難であることと、いまどきの優良ソースは極端なブーストやカットは必要でないからです。この回路は、アンプ部の裸利得が12倍前後の時に最も素直な特性になるように各定数を決めてあります。
6DJ8/6922を使った差動ラインプリアンプに本トーンコントロールを組み込んだ時の実測特性です。X軸の周波数が10倍になる長さとY軸の20dBになる長さとが同じになるようにしてあります。一般のトーンコントロールに比べて増減の幅が小さく見えるのは、まさにそのとおりで本回路の増減の幅が小さいからです。
黒い線:±0(フラット)の時の特性。10Hz〜100kHzの帯域で±0.1dB以内のフラットネスが得られています。
青い線:Bass特性。±3dBの時の方が±6dBの時よりも効きはじめる周波数が低いです。
赤い線:Treble特性。±3dBの時と±6dBの時で変化がはじまる周波数は同じです。
■FET差動ラインプリのトーンコントロールの回路図
こちらはFET差動ラインプリ用にアレンジした回路定数です。上記の回路と比べるとTreble側が変更になっており部品点数が増えています。そのため、ロータリースイッチへの実装はやや難しくなりました。(なお、まだ実験回路段階ですので製作記事はありません)
FET差動ラインプリアンプに本トーンコントロールを組み込んだ時の実測特性です。Treble側の±3dBポジションでの変化が生じる周波数が変化している点にご注目ください。
表記のコンデンサ容量の場合。
(括弧)内のコンデンサ容量の場合。
■差動ラインプリのトーンコントロールのしくみ解説
<Bass回路>Bassの基本回路は下図のとおりです。なんのことはない、CR型トーンコントロールのBass回路と同じであり、かつBaxander型トーンコントロールのBass回路とも同じです。この回路において、RAとRB、RaとRb、CBとCAそれぞれの値の比率が同じであれば、あらゆる周波数帯域において減衰特性はフラットになります。
この回路は、非常に低い周波数(〜10Hz)と、非常に高い周波数(1kHz〜)と、そしてその中間(100Hz付近)では振る舞いそれぞれが異なります。非常に低い周波数ではCAとCBはないものとして考えられますし(開放除去)、非常に高い周波数ではCAとCBはショートしていると考えることができます(短絡除去)。、RAとRB、RaとRb、CBとCAそれぞれの値の比率が同じであれば、この回路の減衰率が常に一定になる理由がわかっていただけると思います。
上図に実際の回路定数を入れたのが下図です。この3つのパターンでは、左から0.319倍、0.318倍、0.320倍ですから部品精度(1%〜5%)をはるかに上回る正確さで揃っています。これが本トーンコントロールの設計の最も重要なポイントになります。
今度は、この回路の各ポジションにおける減衰率の変化について調べてみましょう。CAとCBの存在を無視して、非常に低い周波数でどうなるかについてまとめたのが下図です。図中のoutのすぐ下の倍数がこの回路の減衰率であり、この回路を負帰還回路に組み込んだ時のβの値になります。参考のために下に1/βの値も書き込んでおきました。OPアンプを使った回路に組み込むと1/βの利得になるため、プラス側で利得が大きくなりすぎますが、差動ラインプリでは裸利得が大きくないのでこれくらいに設定しておくとちょうどいい感じの増減率が得られます。
上記の回路は次の要領でチューニングします。まず、RA+RBの値に対するRa+Rbの値の大きさによって最大の増減幅が決まります。Ra+Rbの抵抗値が大きいほど顕著なブーストやカット特性が得られます。本回路では、RA+RB=147kΩであるのに対してRa+Rb=311kΩとなっています。増減の最大幅を決めたらRa+Rbの合計値を決め、それからRAとRBの比率に合わせてRaとRbの値を決めます。その前に、そもそもRAとRBの比率を決めなければならないわけですが・・・これらはすべて関連があるので、組み合わせ変えながら何度も計算をやりなおしつつ設計を進めることになります。すべての手順を書くのは到底無理なので、やる気のある方は本ページの記述を参考にして頑張ってください。
<Treble回路>
Trebleの基本回路は下図のとおりです。高い周波数でのみRAとRBによる減衰回路をバイパスするようなCRを追加することで、高域側の増減特性を得ています。この回路では、フラット時にはCRが切り離されてRAとRBのみになりますので、フラットネスへの配慮は必要ありません。
この回路の各ポジションにおける減衰率の変化についてまとめたのが下図です。Bassの時と比べて増減率が微妙に抑えてある点に注意してください。このあたりになると机上設計では正解を得るのは無理で、実際に回路を組んで音を聞きながら設計を進めることをおすすめします。