<ミニワッターがほしい>
メインシステムのように大げさではなくて、作業をするデスクの上とか、寝室とか、居間で本など読みながらとか、静かに音楽が鳴らせる小さなシステムが欲しいと思っていました。いろいろと実験をしてわかったことは、そのような目的であれば1W未満のパワーでも十分な音量が得られるということです。本機は我が家のダイニングルームで、テレビ音声やCD再生用のメインシステムとしてRogers LS3/5Aを鳴らしていますが、BGMや日常生活でテレビを楽しむレベルであれば音量的にも不足は感じませんでした。1W未満というミニパワーもあなどれないものだと思います。(音量感覚は家庭ごとの差、個人差がありますので必ずしも皆さんの要求に適合するかどうかはわかりません・・・念のため)
この製作記事の詳細は2010年12月に脱稿しました。出版社側でこれからトレース、レイアウト作業にはいるそうですが、おびただしい量の図表があるため相当な日数がかかるそうです。製作に必要な情報は先行して本ページにてご紹介してゆくつもりです。
<コンセプト>
・コンパクトかつ消費電力が僅少の真空管アンプであること。
・ミニパワーであっても広帯域でスケール感のある鳴りっぷりであること。
・限りなくシンプルな回路、少ない部品点数であること。
・廉価かつ入手容易な部品で製作できること。
・誰が作っても無調整で安定動作し、再現性があること。
<アンプ部基本回路>
アンプ部の基本回路は下図のとおりです。なんと簡単な・・・。2段直結シングル・アンプで、簡素型ロフチンとでもいいましょうか。出力段の信号ループをバイパスするコンデンサ(C3)の入れ方が特徴的です。本機のトーンキャラクタはこの回路方式によるものが大きいです。この基本回路を使い、5687、6N6P、6FQ7、6DJ8、5670、12BH7Aといった双3極電圧増幅管で0.3W〜0.7Wというかわいらしいパワーを得ます。6N6Pは真空管店ではの扱いはまだ少ないですが(アトモスにはあった)、Yahooオークションでお安く手に入ります(あるところに行けばザクザクある球なので高値をつけて落札する意味はありません)。重量400gクラスの廉価OPTを使いながら、10Hz〜30kHz/-3dB(0.316Vrms時)またはそれ以上の帯域特性を得るだけでなく、これが結構いい音で鳴ります。
上の回路図中の音量調整ボリュームのところにあるRxは、音量感のバランスを取るためにものです。本機の利得は低め(3〜4倍)なのでボリューム・ポジションが12時くらいでは音が小さく感じることがあります。そういう場合はボリューム抵抗値と同じくらいの値(51kΩ)のRxを追加することで、12時くらいでもそれなりの音量が得られ、しかもB型のような違和感のないA型っぽい使い心地が得られます。
R2とR6は発振防止抵抗で、5687、6N6P、6DJ8といった高gm球を使う場合は必須です。12AU7のような鈍感な球の場合は省略可能です。この抵抗はできるだけグリッドに近いところに実装する必要なあるので、基板やラグではなく真空管ソケットにじかに配線します。C2は6dB以下の負帰還時は不要ですが念のために入れてあります。6DJ8や5670といった高利得球の場合は負帰還量が6dB以上になりますので省略できません。
<電源基本回路>
電源部の基本回路は下図のとおりです。ブリッジ整流後を100μF受けてからMOS-FET(2SK3767)を使った簡易リプルフィルタ一発だけの簡素なものです。左右への振り分けもしていません。これで20kHz以下の帯域で-60dB以上の左右チャネル間クロストークを得ており、残留ハムも余裕で0.3mVを割ります。ヒーター回路は、使用する電源トランス(KmB60FまたはKmB90F)および使用する真空管によって変化するので下の基本回路図では省略しています。
MOS-FETのゲート〜ドレイン間に逆向きに入れてあるダイオードは、電源OFF時にC5に溜まった電荷をすみやかに放出させるためのものです。これがないと、電源OFF後にゲート〜ドレイン間に100V以上に逆電圧が生じる上に、再度電源ONした際にポップノイズが生じます。R12は本機全体のコンデンサの電解を最終的に放出同様の目的ものです。R11はMOS-FETの発振防止用なのでゲートに近いところに実装します。2SK3767は放熱板なしで食わせられる損失はせいぜい1Wどまりなので、これ以上になる場合は必ず小型の放熱板を取り付けるなど配慮してください。
動作中の整流出力電圧は、KmB90Fの195V巻き線の場合で260〜270V、KmB60Fの230V巻き線の場合で310〜325Vくらいです。2SK3067のゲート電圧はR9とR10の分圧比で求めたとおりになりますので、130kΩと1.5MΩの場合でしたら整流出力電圧の0.92倍(=1500÷1630)になります。2Sk3067のG-S間電圧はほとんど3V一定です。
回路図中の※マークは、ヒーターハムを低減するためのヒーター・バイアスです。出力段カソードに生じた60V前後の電圧を借りてヒーター回路に印加することでヒーターハムを低減させます。借りるカソード電圧は左右どちらのチャネルからでもかまいません。
<AC100Vラインとヒーター配線>
下図はAC100Vラインおよびヒーター配線の例です。わかりやすく並行線で描いてありますが、実際には交流の往復経路は捻るのがセオリーです。下の方に画像があるので参考にしてください。ヒーター配線は6N6Pを想定したものですので、6FQ7や6DJ8はこれと同じになりますが、5687や5670、12AU7、12BH7Aではこれとは異なりますのでご注意ください。
<LED点灯回路>
LEDはAC6.3VまたはAC12.6Vのヒーター巻き線を使って点灯させます。回路は下図のとおりで、低圧巻き線から適当な抵抗でドロップさせてLEDにじかにつなぐだけですが、このままですとLEDに逆電圧がかかります。LEDの逆耐圧はカタログ上は5Vとなっており、AC6.3Vから抵抗だけでじかにつなぐとLEDにかかる逆電圧のピーク値は約9Vになります。これを回避するためにLEDと逆向きにバイパス用のダイオードを入れておき、LEDにかかる逆電圧を0.6Vに抑えています。実際の耐圧はもう少し高いので無精者はこのダイオード省略して知らぬふりをします。
LEDの順電圧は約2Vですから、6.3Vからドロップさせると560Ωにかかる電圧は、6.3V−2V=4.3Vとなり、ここに560Ωを入れると電流は7.7mAになりそうですがそうではありません。交流の半サイクルは仕事をしませんのでLEDに流れる平均電流はその半分の4mA弱になります。12.6Vからドロップさせる場合は1.3kΩを使います。50Hzで点灯した場合、LEDは1秒間に50回明滅しますから、その光り方はいささか特徴的です。ロッカースイッチ(DS-850)のLED端子には小さく「+」「−」が表示されています。
配線の方法はいろいろ考えられます。2つほど画像を入れておきますので各自参考にしてください。
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<入力〜ボリューム〜初段グリッドまでの配線>
下図はRCAジャックから音量調整ボリュームを経て初段グリッドまでの配線です。
2連ボリュームには6つの端子があります。画像でいうと上側3つをR-ch、下側3つをL-chに使いました。右端がアースですのでL/Rまとめて銅単線でつなぎそこから2本のアース(黒い線)を出しています。1本は入力端子へ、もう1本は本機アース母線(後述)につなぎます。入力端子かたの信号ラインは左端の端子につなぎ、中央の端子は初段グリッドにつなぎます。
利得が少ない本機の場合、ボリュームにはできれば2個の追加抵抗(Rx)をつけたいところです。これをつけておくとボリュームをまわした時の音量変化の感じがスムーズです。
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<アース母線>
2つの真空管ソケットのセンターピンをつなぐように「コ」の字型にしたスズメッキ線を半田づけし、ここに本機すべてのアースを集中させました。ただ、すずめっき線はハンダの乗りが悪く半田不良を起こしやすいので、0.5mm径くらいの銅単線を2〜3本束ねてねじったものの方がいいと思います。すずめっき線の場合は予熱して温度を上げてやるとつきがいいです。
左下画像は試作機のものなので配線が長めでのたくっていたり、ラグが余りまくっています。3.3kΩの発振止め抵抗や初段グリッドの470kΩの抵抗器は真空管ソケットにじかに取り付けています。複数の半固定抵抗器が見えますが、本製作では固定抵抗に置き換えます。右下画像は6N6Pを使った本製作のもので、ソケットまわりはヒーター配線(青と白)およびLEDの配線(灰と白)と、初段入力まわりの抵抗器が6個、それから出力トランスから出力段プレートまでの配線(橙色)を終えたところです。
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<平ラグ・パターン>
本機のひとつの特徴は、左右アンプ部と電源部のほとんどを1枚の20P平ラグに組み込んでしまったという点です。左から7個目までが電源部、右の13個で左右アンプ部をまとめています。本ラグから漏れているのは、R1、R2、R6で、これらは真空管ソケットおよび周辺に立てたLラグに実装します。この20P平ラグは、頒布している「ミニワッタ汎用シャーシ」の中央にあけた取り付け穴を使って固定します。
<全体図>
これで完成です。なんだか、すかすかですがこれでいいのです。
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<応用・・・ヘッドホンジャックの増設>
ヘッドホンジャックまわりの回路図です。減衰回路は、アンプ側からみて約8Ωになるように設計します。ヘッドホンのインピーダンスは16Ω〜100Ωくらいですから、3.3Ω側の合成インピーダンスは2.7Ω〜3.2Ωとなりますので、5.1Ωと組み合わせることで7.8Ω〜8.3Ωとなります。下の画像は試作機のものなので抵抗値が4.7Ω+4.7Ωになっていますが、これだとヘッドホンに切り替えた時の音が大きいように感じました。
スイッチ付のヘッドホンジャックには全部で9つの端子が出ています。3つずつ並んでいるのがスイッチ部分で、アンプ出力は中央の端子につなぎます。ヘッドホンにじかにつながるのは別の方向に出ている2つの端子と根元にある端子の3つです。ヘッドホンプラグを出し入れしつつΩレンジにしたテスターを使って導通をチェックしてどこがどうつながっているのか実際に調べてください。
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<推奨回路定数>
下表のデータは2010.11.28現在の最新のものです。出版する本ではほぼこの回路定数にもとづいたデータを掲載する予定です。なお、これまでの回路定数で製作された方はわざわざ変更する必要はありません。何故なら、その違いはわずかだからで必ずしもどちらがいいかはなんとも言えないのと、音は全く変わらないからです。
使用真空管 | 5687 | 6N6P | 6350 | 7119 | 6DJ8 6922 7308 ECC88 | 5670 2C51 396A | 6FQ7 6CG7 ※NEC | 12AU7 5814A | 12BH7A |
OPT | ×2 | 7kΩ:8Ω |
PT | ×1 | KmB90F(195V) | KmB90F(195V) | KmB90F(195V) | KmB90F(195V) | KmB90F(185V) | KmB90F(195V) | KmB60F(230V) | KmB60F(230V) | KmB60F(230V) |
MOS-FET | ×1 | 2SK3767(2SK3067) |
D1-4 | ×4 | 1NU41(1N4007) |
D5 | ×1 | 1N4007 |
D6(LED点灯) | ×1 | 1S2076 |
Rx | ×2 | 51kΩ1/4W | 51kΩ1/4W | 51kΩ1/4W | 51kΩ1/4W | 51kΩ1/4W (省略可) | 51kΩ1/4W (省略可) | 51kΩ1/4W | 51kΩ1/4W | 51kΩ1/4W |
R1 | ×2 | 470kΩ1/4W |
R2 | ×2 | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W (省略可) | 3.3kΩ1/4W (省略可) | 3.3kΩ1/4W (省略可) |
R3 | ×2 | 82kΩ2W | 82kΩ2W | 82kΩ2W | 82kΩ2W | 68kΩ2W | 82kΩ2W | 100kΩ2W | 100kΩ2W | 100kΩ2W |
R4 | ×2 | 750Ω1/4W | 560Ω1/4W | 560Ω1/4W | 820Ω1/4W
頒布対象外 | 910Ω1/4W | 390Ω1/4W | 390Ω1/4W 330Ω1/4W※ | 620Ω1/4W | 750Ω1/4W |
R5 | ×2 | 51Ω1/4W | 51Ω1/4W | 51Ω1/4W | 51Ω1/4W | 82Ω(75Ω)1/4W | 82Ω(75Ω)1/4W | 51Ω1/4W | 51Ω1/4W(NFB=3dB) 75Ω1/4W(NFB=4dB) | 51Ω1/4W |
R6 | ×2 | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W | 3.3kΩ1/4W (省略可) | 3.3kΩ1/4W (省略可) | 3.3kΩ1/4W (省略可) |
R7 | ×2 | 560Ω1/4W |
R8 | ×2 | 3.3kΩ3W | 3.3kΩ3W | 3.9kΩ3W | 3.3kΩ3W | 7.5kΩ3W | 8.2kΩ3W
頒布対象外 | 5.6kΩ3W | 5.6kΩ3W | 3.9kΩ3W |
R9 | ×1 | 120kΩ1/2W | 120kΩ1/2W | 120kΩ1/2W | 120kΩ1/2W | 270kΩ1/2W | 120kΩ1/2W | 82kΩ1/2W | 82kΩ1/2W | 82kΩ1/2W |
R10 | ×1 | 1.5MΩ1/2W |
R11 | ×1 | 4.7kΩ1/4W |
R12 | ×1 | 680kΩ1/2W |
R(LED点灯) | ×1 | 1.3kΩ1/4W | 1.3kΩ1/4W | 1.3kΩ1/4W | 1.3kΩ1/4W | 1.3kΩ1/4W | 1.3kΩ1/4W | 560Ω1/4W | 560Ω1/4W | 560Ω1/4W |
C1 | ×1 | 470uF/6V-16V |
C2 | ×1 | 1500pF |
C3 | ×2 | 100uF/350V-400V |
C4 | ×1 | 100uF/350V-400V |
C5 | ×1 | 47uF/350V-400V |
出力段カソード電圧 (参考値) | - | 56V | 57V | 51V | 56V | 74.5V | 74V | 65V | 62.5V | 60V |
出力段プレート電流 (参考値) | - | 17mA | 17.3mA | 13.1mA | 17mA | 10mA | 9mA | 11.6mA | 11.2mA | 15.4mA |
利得 | 無帰還 | 5.6倍 | 5.9倍 | 5.6倍 | 8.9倍 | 17倍 | 16.5倍 | 6.9倍 | 4.9倍 | 5.6倍 |
負帰還 | 3.8倍 | 3.9倍 | 3.8倍 | 5.0倍 | 5.3倍 | 5.2倍 | 4.35倍 | 3.38倍(51Ω) 3.06倍(75Ω) | 3.7倍 |
最大出力 | THD=5% 1kHz | 0.7W | 0.6W | 0.5W | 0.7W | 0.38W | 0.25W | 0.35W | 0.34W(7%) | 0.6W(6%) |
D.F. | - | 2.8 | 3.3 | 2.8 | 4.0 | 6.9 | 4.5 | 2.0 | 1.7(51Ω) 2.0(75Ω) | 2.4 |
※NEC製の6FQ7は他社に比べて内部抵抗が高いため、初段カソード抵抗(R4)の調整を要します。
※V+電圧は、5687/6N6Pの時で約245V、6DJ8の時で約215V、6FQ7/12AU7/12NH7Aの時で約300Vです。
※出力段カソード電圧は、5687/6N6Pの時で51〜60V、6DJ8の時で70〜80V、6FQ7/12AU7の時で58〜67Vです。
※C2の値は当初2200pFでしたが1500pFに変更されています。すでに製作された方はわざわざつけなおす必要はありません。
<実測データ>
真空管に5687を使用し、出力トランスに東栄変成器の廉価なT-1200を使用した時の特性です。T-1200は高域側の帯域があまり広くありませんがピークの暴れが少なく、低域側はこのサイズとしては申し分なく、価格も含めてバランスのとれたいい出力トランスだと思います。中身はイチカワのITS-2.5Wと同じです。
歪率特性はシングルアンプそのもので、右上がりの一直線ですので、歪み成分の大半が2次高調波であることが読み取れます。最大出力付近のくぼみはA2級動作の特徴です。1kHz、5%歪みで0.7Wですが、歪を7%まで許容すれば100Hzでも0.7Wを得ています。これがT-600になると100Hzでは0.22W(7%)までダウンし、ひとまわり大きいT-850では0.1W(7%)を出すのがやっとという事態になります。ミニワッターとしてはT-1200のサイズがボーダーラインだといえるでしょう。Y-1200未満のサイズの出力トランスはどのブランド、どのコア材をもってしても低域特性の陰りを克服できたものはありません。
<音>
物理スペックは全く大したことのないアンプですが、これで結構いい音で鳴ります。設計コンセプトとして冒頭に「ミニパワーであっても広帯域でスケール感のある鳴りっぷりであること」と書きましたが、当初目標を十分にクリアできたと思います。全段差動的なタイトさがちょっとユルんだ感じといったらいいでしょうか。たかだか400gの出力トランスを使ったこの小出力アンプからしっかりとした低域が出ます。
使用する球の個性ははっきりと出ます。5687はソツがなく何でも鳴らしますが、6N6Pになると少し色気が出てきます。7119はNFB量が増えるせいか落ち着いた感じ。6DJ8は半導体アンプのような鳴り方をします。6FQ7はエネルギーがすこし高い周波数に移った感じ、12AU7ではさらにそれをすっきりさせたようなきれいな鳴り方に変わります。5670は6DJ8と12AU7の中間な感じ。12BH7Aは上から下までバランスの良い鳴り方といったらいいでしょうか。