私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
10.ロードラインその3 (電力増幅回路・・シングル基礎編)

2A3の標準動作

真空管を使った電力増幅回路の場合は、負荷に出力トランスを使用するという点で、これまでみてきた電圧増幅回路が抵抗負荷であったのと大きく違います。

抵抗負荷の場合は、直流でみたインピーダンスと交流でみたインピーダンスがほぼ同じか、交流インピーダンスの方が若干小さくなりました。しかし、出力トランス負荷の場合は、交流インピーダンスが数kΩくらいであるのに対して、直流インピーダンスはトランスの巻き線抵抗の数十〜数百Ωしかありません。そういった事情から、ロードラインの様子もずいぶん違って見えます。しかし、基本はどちらも全く同じです。

私たち真空管オーディオ好きにとって、ポピュラーな3極管のひとつにRCAが開発した2A3という球があります。2A3の代表的な動作例はたとえば以下のようなものです。

そこで、この動作を検証するために、この条件に合うようなロードラインを引いてみましょう。

プレート電圧250Vで、プレート電流60mAとなるようなポイントをグラフ上から探し出します。ここを通るような2.5kΩのロードラインです。2.5kΩに60mAを流した時に生じる電圧は、オームの法則(E=IR)から、150V(=60mA×2.5kΩ)が求まりますので、プレート電流が0mAとなるようなポイントのプレート電圧は、400V(=250V+150V)になります。また、出力トランスの1次巻き線の直流抵抗がかりに100Ωであるとすると、ここでの電圧降下は6V(=60mA×100Ω)ですから、電源電圧は256V(=250V+6V)と計算できます。これをプレート特性図に書き込んだのが右図です。それから、2A3の最大プレート損失が15Wなので、参考として15Wのラインを赤で入れてあります。

一般に、電力増幅回路のロードラインでは、直流負荷(100Ω)のロードラインは省略されますが、右図では参考のためにあえて記入してあります。2.5kΩのロードラインと100Ωのロードラインの交点(B点)が、2A3の動作ポイントです。


ちょっと変だ

上のロードラインにはちょっと変なところがあります。ロードライン上をたどってゆくと、右下の方ではプレート電圧が電源電圧の256Vを越えてゆき、最大では400Vにもなってしまうのです。しかし、動作の起点は、250V、60mAで正しいですし、このポイントを通るような2.5kΩのロードラインを引けば、このようになってしまいます。しかし、電源電圧は256Vしかありません。これでいいのでしょうか。これが抵抗負荷の電圧増幅回路であれば、
負荷の直流インピーダンス(数十kΩ〜数百kΩ≦負荷の交流インピーダンス(数十kΩ〜数百kΩ)
ですので、このような不思議な現象は起こりませんが、トランス負荷の場合は、
負荷の交流インピーダンス(数kΩ) ≧負荷の直流インピーダンス(数十Ω〜数百Ω)
となって、ロードラインの角度に関して逆転現象が生じますが、理論的にはこれで正しいのです。あとは、何故、これでいいのかさえ説明できればよいことになります。

そのためには、インダクタすなわちコイルの特性によって引き起こされる現象について理解する必要があります。インダクタは、今流れている電流の変化を安定にしようとする性質があります。電流を流そうとするとインダクタは電流を流すまいとし、電流を減らそうとすると流し続けようとする性質です。これを「レンツの法則」と呼びます。

出力管のバイアスが浅くなってプレート電流が増加しようとするとインダクタは電流を流すまいとし、バイアスが深くなってプレート電流が減少しようとするとインダクタはこれまでどおり電流を流し続けようとします。たとえば、出力トランスの直流抵抗(ここでは100Ω)だけを考えれば、バイアスが-70Vになった時のプレート電圧は256V、プレート電流は0mAになることは、上のロードラインからわかると思います。しかし、実際にはプレート電流はゼロにはならずに30mAも流れます。そして、その時のプレート電圧は325Vになってしまうのです。

この現象は、あたかも、インダクタが発電作用を営んでいるようにも見えます。事実そのとおりで、この現象を使ったおもちゃがあります。乾電池を使ってインダクタに電流をながしておき、この電流を急激にカットするとインダクタの両端に高圧が現れるのと使って、感電させてびっくりさせるいたずらおもちゃです。リレーにはコイル(インダクタ)が内臓されていますが、リレーをOFFにするとコイルの両端に高い電圧が現れてリレーを駆動しているトランジスタ等を破壊してしまうのも、これと全く同じ原理です。

さて、電圧増幅回路では、その回路が要求される出力電圧が得られれば、バイアスが深めでも浅めでもかまいませんでした。しかし、電力増幅段では与えられた条件下で最も大きな振幅(すなわち出力)が得られるような動作ポイントとする点が違っています。

無信号時の2A3は、B点の状態で静止しています。グリッドに交流信号が与えられると、動作ポイントはプラス側とマイナス側に振られます。その最大の範囲はB点を中心にして、A点とC点とになります。B点のバイアスが図上ではおおよそ-44Vですから、C点が-88Vとなっていれば最も無駄のない効率的な動作ができます。実際には、C点付近では特性カーブの間隔が詰まってきて十分な直線性が望めないので、プレート電流が0mAになるようなポイントとせずに、0mAから若干離れたところに設定しています。


標準動作に対してプレート電流だけを変えてみる

今度は、プレート電圧を250Vにしたままでプレート電流が多めの動作点と少なめの動作点に設定したらどうなるかを検証してみましょう。プレート電圧は250Vのままで、プレート電流を45mA、60mA、75mAの3つの条件にした時のロードラインの様子です(右図)。B点のところの電流がそれぞれ45mA、60mA、75mAになっています。(プレート電圧250Vでプレート電流75mAを流すと2A3のプレート許容損失を超えてしまいますが、このさい気にしないことにします。)

さて、それぞれのケースについてB点が動作の中心となるようなC点を求めてゆくと、45mAの時のC点はプレート電流0mAのところにぶつかってしまいますし、75mAの時のC点ではロードラインが余ってしまっています。45mAのケースではC点側の振幅で先に波形がつぶれてしまい、75mAのケースではC点側はまだ余裕があるのにA点側が先に波形がつぶれてしまうことを意味します。プレート電圧250V、2.5kΩ負荷の条件ではプレート電流は60mAくらいが最も効率が良いわけです。プレート電流をやみくもに多くしても大きな出力が得られるわけではないどころか、最大出力はかえって低下してしまうのです。

45mAの時は、プレート電圧を230Vくらいに下げてやれば、無駄のない動作になります。この時のプレート損失は、230V×45mA=10.35Wですから2A3の許容プレート損失15Wに対して相当に余裕のある動作ということになります。このような動作でも、最大出力がさほど低下した感じはありませんから、何も球の定格のぎりぎりいっぱいの動作にこだわることはないと思います。

75mAの時は、プレート電圧を280Vくらいまで上げたポイントが最も効率の良い動作になりますが、この時のプレート損失は、280V×75mA=21Wにもなってしまい、完全に定格オーバーです。


負荷抵抗値だけを変えてみる

今度は、プレート電圧を250V、プレート電流を60mA一定にしておいて、負荷抵抗値だけを変えてみることにします。1次インピーダンスが2.5kΩの出力トランスが手許にないので、3.5kΩか5kΩの出力トランスで代用しようとしたような場合と考えてください。

ごらんのとおり、3.5kΩの場合も5kΩの場合もともにA-B-C点のバランスがとれていません。ロードラインの右下側(C側)が余ってしまっています。プレート電圧をもっと高いところに設定した方が良さそうです。プレート電圧を250V以上にする場合は、もちろん、2A3のプレート損失がその許容値15Wを超えないように、プレート電流は適切な値に変えなければなりません。


プレート負荷2.5kΩ〜5kΩの最適動作点

プレート負荷2.5kΩ、3.5kΩ、5kΩの3つのケースについて、プレート電圧とプレート電流の組み合わせを、以下のように設定してロードラインを引いてみました。

負荷インピーダンスプレート電圧プレート電流プレート損失
2.5kΩ250V60mA15W
3.5kΩ285V52mA14,8W
5kΩ310V48mA14.9W

ごらんのとおり、右図の3つのいずれの場合も、それぞれの負荷インピーダンスに応じた最適な動作条件になっている様子がわかると思います。

本HomePageでご紹介している私の6B4Gシングル・アンプの動作条件は、負荷インピーダンス5kΩ、プレート電圧310V、プレート電流48mAですからこの図の5kΩ負荷の条件と同じです。最大出力は5%歪みで6Wが得られています。


最大出力の簡単計算

出力段の動作のバランスが取れている場合は、「負荷インピーダンス」と「プレート電流」から簡単に(理想)最大出力が算出できます。式は以下のとおりです。
Po(W)=I(mA)2×RL(kΩ)÷2000
一般には、上の式ではなくて、ロードライン上のピーク〜ピーク間(以下P-Pという)の面積を算出する方法が知られていますが、この方法ではどうも実測値と一致してくれません。なぜかというと、シングルアンプでは、すくなからず、ドライバ段と出力段との間で、2次歪みの打ち消しがおこります。ドライバ段から出てくる信号は、すでに歪んでいて上下非対称です。ところが、出力段の動作範囲を無信号時を起点としてプラス・マイナス同じだけのバイアスの範囲で考えてP-Pを決定するというのは、入力信号が上下対称(つまり2次歪みがない)であるという前提があります。しかし、実際の動作では、入力信号が上下非対称であるおかげで、一般に言われているP-Pの範囲よりももっとカットオフ側まで使われているのです。

この現象は、オーバーオールの負帰還をかけた時にも生じます。負帰還をかけると、出力段での歪みを改善しようとして、ドライバ段から出力段に送り込まれる信号の非対称性がより強くなるからです。2次歪みの多い無帰還アンプに負帰還をかけると最大出力が大きくなるのはこういった事情によります。と、ここまで考えてくると、ロードライン上で無信号時を起点としてプラス・マイナス同じだけのバイアスの範囲で考える、のではなくて、ロードラインを端から端まで使い切る、と思って計算した方が現実的であり、実測値とも良く一致するのです。上の式は、ロードラインを端から端まで使い切る、と想定しての計算式です。

この現象を示唆する文献がひとつだけあります。一木吉典著「オーディオ用真空管マニュアル」P85からの「2.4.4 NFBのあるときの出力管の特性」という章です。

さて、この式で計算すると、

60(mA)2×2.5(kΩ)÷2000=4.5(W)
53(mA)2×3.5(kΩ)÷2000=4.92(W)
48(mA)2×5(kΩ)÷2000=5.76(W)
という数字が得られます。実際には、ドライバ段が力不足で出力管をドライブしきれなかったり、出力トランスでのロスもありますので、この値よりも若干低い値になることがあります。また、3極管の場合は逆に計算値よりも大きな出力が得られることもあります。このようにみてゆくと、2A3という球は必ずしも2.5kΩ負荷で使用するだけが能ではないことがはっきりしてきます。

プレート特性曲線のなかのEg1=0V(いちばん左側)のカーブの立ち上がり具合と、球の最大プレート損失さえわかっていれば、なんとかロードラインを引くことができ、その球に適した動作条件の見当をつけられることがおわかりいただけたと思います。

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