私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編 Ep-Ip特性曲線特論 |
真空管アンプを設計する時、Ep-Ip特性曲線データは非常に役に立ちます。本章では、Ep-Ip特性の癖、Ep-Ip特性曲線データの信憑性、Ep-Ip特性曲線データが入手できない場合の推定法について説明したいと思います。
Ep-Ip特性曲線の癖
同じように見えるEp-Ip特性にも、菅種ごとにさまざまな癖があります。以下に、6(7)種類の3極菅について比較してみたいと思います。球によってプレート電流のスケールが異なりますが、ここでは、全体の形を見てください。まず、12AX7と6FQ7ですが、ご覧のとおり、プレート電流やバイアス電圧のスケールはずいぶん違いますが、全体の形は非常に良く似ています。ともに、プレート電圧200V以上でも目立った直線性の劣化はみられません。比較的高圧でも直線性の良い特性が得られる球です(下図)。
12AX7 6FQ7
12AU7(下図左)は、プレート電圧が150Vを越えたあたりから、特性曲線の間隔が詰まりはじめる様子が見て取れます。12AX7や6FQ7と比べて2次歪みが多めに出るのは、こういった事情によります。6DJ8の特性曲線が立って見えるのは、内部抵抗が低いのにスケールが12AU7と同じであるためです。プレート電圧150Vくらいまで、特性曲線の間隔は詰まってきていませんから、比較的低電圧で動作させる球にしては、優れた直線性が得られる球であると思います(下図右)。
12AU7 6DJ8
6AH4GTの特性曲線の傾向は、これまで見てきた球とはかなり異なっており、プレート電圧が高くなればなるほど特性曲線の角度はどんどん寝てくるとともに、間隔も詰まってきています。TV球はおおむねこのような傾向があり、6BX7GT、6CK4、12B4A、6EM7いずれも同じ傾向を持っています。このような球は、直線性が悪く、2次歪みが多く発生します(下図左)。下図右は、5965と12AT7をひとつのグラフ上にまとめてものです。傾向は6AH4GTに良く似ており、直線性の悪さがよくわかります。12AT7のような高周波増幅出身の球は、おしなべてこのような特性を持っています。
6AH4GT 5965 / 12AT7
Ep-Ip特性曲線の嘘
さて今度は、3極管6G-A4(黒色)と5極管EL34/6CA7の3極管接続(緑色)の特性データです(右図)。6G-A4のデータは東芝発表のもの、EL34/6CA7のデータは一木吉典著真空管マニュアルに掲載されているものです。まず、6G-A4(黒色)のデータに着目してみます。カーブ全体の雰囲気はさきに見た12AU7に良く似ており、滑らかな曲線を描いています。
では、EL34/6CA7(緑色)のカーブはどうでしょうか。まず、1本1本が妙に立っています。このまままっすぐ0mAにぶつかってしまいそうな雰囲気です。EL34/6CA7という球の3結の特性はこんなに立ち上がりが良いのでしょうか。
普通、バイアスが深くなってくると1本1本が寝てきて、しかも間隔が詰まってきますが、EL34/6CA7の-30V〜-50Vのカーブは、相変わらず広い間隔を保っています。これを見ていると、EL34/6CA7の3結というのは、たいへん優れた直線性を持った球のように思えてきます。実際、このデータを根拠にEL34/6CA7の3結は素晴らしい直線性を持っている、と書かれた記事を読んだことがあります。
ところで、ここに興味深いデータがあります。それは、本ホームページでご紹介している「6G-A4汎用シングル・アンプその1」での、6G-A4とEL34(3結)差し替えデータです。氏素性も全く異なるこの2本の出力管を差し替えて測定した結果は、あきれるほどに似ていたのです。歪み率特性は、値も特性カーブもそっくりでした。アンプの総合利得も、ダンピング・ファクタも気味が悪いくらい一致してしまいました。ということは、この2本の出力管の特性曲線1本1本の「間隔」も「角度」もほとんど同じである、ということを意味します。なのに何故、右上のデータにおける2つの球の特性の「間隔」も「角度」もまるで違っているのでしょうか。
その答えは、前述したEL34/6CA7(3結)のデータに対する疑問にあります。図中のEL34/6CA7(3結)のデータには、(どういういきさつがあったのかはわかりませんが)明らかに「嘘」があるということです。いやむしろ、一人前のアマチュア真空管アンプ・ビルダーであるならば、この程度のデータの嘘は見抜くことができなければならないと思います。
それを証明してくれる実測データが、ラジオ技術4月号別冊「真空管パワー・アンプ作品集」(佐藤定宏著/ラジオ技術社)のEL34(3結)シングルアンプの製作記事中にあります。そこで、上図に佐藤定宏氏実測のEL34(3結)のEp-Ip特性データを細い赤線で描き入れてみると・・いかがでしょうか・・6G-A4(黒線)とぴったり一致するではありませんか。これが、EL34(3結)の本当の姿だったのです。これならば、6G-A4とEL34(3結)の差し替えデータがことごとく一致するのは当然です。そして、差し替えデータがことごとく一致するならば、この2つの球のEp-IP特性はこうでなければ説明がつかないのです。
結論は、東芝発表の6G-A4のEp-IP特性データは信頼でき、佐藤定宏氏実測のEL34(3結)のEp-Ip特性データも信頼できる。しかし、一木吉典著真空管マニュアルに掲載されているEL34(3結)のEp-Ip特性データは(どういういきさつがあったのかはわかりませんが)「嘘」であるということです。
ちなみに、この問題については同じ疑問を持たれた方がほかにもいらっします。ネットの世界ではよく知られたサイト「真空管アンプ情報」の木下さんです。→ http://www.asahi-net.or.jp/~UP2J-KNST/tb-s1.htm
EL34/6CA7だけでなく「嘘」のEp-Ip特性データはたくさんあります。12AX7、6F6GT(3結)、6SL7GTあたりが嘘の代表例でしょう。Ep-Ip特性曲線だけでなく、数値データにも嘘がたくさんあります。アンプを設計、製作、そして測定をしていて「おかしいぞ」と思ったら、手に入れたデータのどこかが正しくないかもしれない、と考えた方が賢明でしょう。たとえそれが、メーカー発表データであったとしてもです。
余談ですが、テクノロジーの世界では、人が言ったことや常識を鵜呑みにしていては、何の進歩も解決もありません。特に、オーディオの世界では、プロ・アマを問わず、胡散臭い理論や風説、思い込み、受け売りに知ったかぶり、まことしやかな断定に尊大な断定が腐るほどありますから、くれぐれもご注意ください。もちろん、立派な研究活動、考え抜かれた仮説や丁寧に検証された理論もたくさんあります。
得られた情報からEp-Ip特性曲線を推定する
メジャーなオーディオ出力管であれば、Ep-Ip特性データが発表されています。しかし、TV球の多くはEp-Ip特性データが入手できません。ごくわずかな断片的な特性データしか入手できないのが普通です。本章では、そのような場合でも、得られた断片的な特性データから、Ep-Ip特性の概要を推定する方法について説明します。
<6AH4GTの場合・・・6AH4GT全段差動プッシュプル・アンプより抜粋>
6AH4GTという球については、Ep-Ip特性データが入手できません。わかっているのは、
ぐらいです。しかし、これだけの情報があれば、おおよそのEp-Ip特性の見当をつけることができます。
- Ep=250V、Eg1=-23V、Ip=30mAのとき、
- rp=1.78kΩ、μ=8、gm=4.5であること、
- そのときの推奨負荷インピーダンスは5kΩであること、
右図を参照してください。まず、Ep=250V、Ip=30mAのポイント(A点)におけるバイアスが-23Vで、そのときの内部抵抗(rp)が1.78kΩですから、A点を通るような、rp=1.78kΩの直線(本来は曲線)を引いてみます。ついでに、バイアスが-20Vと-26Vの時の直線(本来は曲線)も引いてみました。
次に、A点と同じIp=30mAで、バイアスが0Vのポイントを求めてみます。μが8ですから、23V×8=184Vとなるので、250V-184V=66VがB点です。一般に、バイアスが浅くなるにつれてμも若干増大するので、B点となるのはここよりもやや左寄りになります。
もうひとつ、別のアプローチもやってみましょう。Ep=0V、Ip=0V(つまり左下隅)を起点とした、rp=1.78kΩの直線も引いてみます。Eg1=0Vの特性曲線は、B点付近を通り、rp=1.78kΩの直線に近似していて、実際には弓なりな曲線になります。そういう見当をつけて引いてみたのがB'の曲線です。直線性の良い直熱3極管では太い黒線の角度に近くなり、直線性の悪い傍熱3極管では細い曲線のような傾向があります。
最後に、A点を通るような5kΩのロードライン(C)を引きます。いかがでしょう?これだけ情報が揃えば、動作条件が変わっても、おおよその設計ができるということがおわかりいただけたでしょうか。真空管データは、このような使い方ができるように、キーとなる動作ポイントをおさえて発表されています。なかには、Eg1=0Vのデータも補足されている場合が多く、これがわかればEg1=0のケースについてももっと正確に把握できます。
さて、実際の6AH4GTの特性データはどうだったのでしょうか。このHomePageをごらんになった林さんが、6AH4GTのデータを送って下さいましたので、そのデータを上の推定Ep-Ip特性に重ねてみます。(右図、青色の実線)
バイアスが0Vのときの特性は、推定値とほとんど一致しました。この特性は、アンプ設計時に最も重要なデータですから、これが正確に推定できたということは大きな意味があります。
ところで、実際の6AH4GTの特性データでは、Ep=250V、Ip=30mAのポイント(A点)でのバイアスは約-21Vくらいと読み取れます。発表値-23Vとはずれてしまっています。まあ、この用途のテレビ球は、バラツキがかなりありますので、発表データとの間で誤差による食い違いが生じてもいたしかたないでしょう。
この方法によるEp-IP特性の推定法が、かなり実用的であるということがおわかりいただけたでしょうか。
<6CK4の場合>
6CK4という球についても、Ep-Ip特性データが入手できませんが、6AH4GTに比べればもうすこし情報があります。すなわち、6AH4GTでは得られなかったバイアス=0V時のデータです。同様のデータが入手できるその他の球についても表にまとめてみました。
6CK4 6BX7-GT 6R-A6 Ep 100V 250V 100V 250V 100V 250V Eg1 0V -28V 0V -16.4V 0V -12V Ip 125mA 40mA 80mA 42mA 60mA 26mA gm - 5.5 - 7.6 - 8.5 rp - 1.2kΩ - 1.3kΩ - 1.75kΩ μ - 6.6 - 10 - 15
右図を参照してください。まず、Ep=250V、Ip=40mAのポイント(A点)におけるバイアスが-28Vで、そのときの内部抵抗(rp)が1.2kΩですから、A点を通るような、rp=1.2kΩの直線(本来は曲線)を引いてみます。ついでに、バイアスが-25Vと-31Vの時の直線(本来は曲線)も引いてみました。
次に、既知のバイアスが0Vのポイントを図上に求めてみます。Ep=100V、Eg1=0VのときのIpが125mAですから、このポイントが図上の点B'になります。さらに、Ep=0V、Ip=0V(つまり右下隅)を起点とした、rp=1.2kΩの直線も引いてみます。
実際のEg1=0Vの特性曲線は、B'点上を通り、rp=1.2kΩの直線に近似しながら、弓なりな曲線になります。そういう見当をつけて引いてみたのがB"の曲線です。
参考のために、6AH4GTの時と同じように、A点と同じIp=40mAで、バイアスが0Vのポイントを求めてみます。μが6.6ですから、28V×6.6=184.8Vとなるので、250V-184.8V=65.2VがB点です。さらに、A点を通るような5kΩのロードライン(C)を引いてみました。
さて、今度も実際の6CK4の特性データを上の推定Ep-Ip特性に重ねてみます。(右図、青色の実線)
今度も、バイアスが0Vのときの特性は、見事なほどに推定値とほとんど一致しました。それもそのはずで、6CK4では、Ep=100V、Eg1=0VのときのIpが125mA(B'点)であるということがわかっています。
では、Ep=250V、Ip=40mAのポイント(A点)はどうでしょうか。A点でのバイアスは約-28〜-29Vくらいと読み取れます。発表値-28Vにかなり近い値です。-25Vや-31Vのポイントの推定データも十分使えそうです。
このように、Eg1=0VのときのIpがたった1つのポイントだけでもわかっていて、Ep=250V、Ip=40mAのような標準動作に近いところでのバイアス・データがあれば、実は、すべてのEp-IP特性が揃っていなくても、十分にアンプの出力段の設計は可能であるわけです。
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