私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編 負帰還その2 (薬効と副作用) |
負帰還の薬効と副作用
負帰還は万能薬みたいなところがあって、じつにいろいろな薬効があります。しかし、入力換算雑音や低負荷時における最大出力電圧(以下で述べる)のように、負帰還によって一見解決したようにみえるだけで、実際には全然改善されないものもあります。
さて、今度は副作用です。
- 歪みが減る・・・どれくらい減るかというと、かけられた帰還量にほぼ反比例します。6dB(2倍)の負帰還がかかっていれば、歪みは最大半分まで減少します。では、40dB(100倍)かけたら歪みは1/100になるかというと、確かにそうなることもありえますが、通常は副作用のせいで発振したり、動作が不安定になってしまいます。
また、どんな増幅回路であっても、各段ごとに発生する歪みが互いに増長あるいは打ち消し合って、アンプ全体の歪みが決定されるので、負帰還をかけてその部分だけの歪みが減少したとしても、アンプ全体としては必ずしも低歪みとなるかどうかはなんともいえません。シングル・アンプは、前段と出力段 との間で歪みの打消しが起きますから、前段に局部帰還をかけて歪みを減らしてしまうと、アンプ全体の歪みは増えてしまいます。
- 残留雑音が減る・・・負帰還ループ内で発生した雑音については、出力側に現われる雑音電圧は、かけられた帰還量にほぼ反比例して減少します。電源の残留リプルが多くて、ハムが気になっていたメインアンプに10dB程度の負帰還をかけることで、ハムはめっきり減ったりします。
ただし、この現象は、負帰還によって回路ゲインが減少したために起こったものであって、入力換算雑音は全く改善されていません(入力換算雑音というのは、増幅回路の中で発生した雑音について、あたかも入力されたかのように考えて、入力信号に換算して表現したものです・・・どこか別の章でちゃんと説明するつもりです)。残留雑音が減るだけでなく、ゲインも下がっているのです。負帰還による雑音の減少効果は、メインアンプのような「ボリューム・コントロールの後ろ」では効果的ですが、プリアンプのPHONO入力のような「ボリューム・コントロールの前」ではほとんど効果がありません。
- 出力インピーダンスが下がる・・・この効果は、メインアンプでは、ダンピング・ファクタの改善として意味があります。わずかの負帰還によって、ダンピング・ファクタは大きく変化し、出てくる音が激変します。負帰還量とダンピング・ファクタとの関係については「D.F.算出便利帳」で詳しく説明しています。
また、プリアンプ等の電圧増幅回路では、出力インピーダンスが下がることで外来雑音を拾いにくくなり、一定条件下での高域特性が改善されます。プリ〜メイン間に長いシールド線が使われているようなケースでは、プリアンプの出力インピーダンスの低さが物を言います。しかしほとんどのケースでは、回路の出力インピーダンスが低くなったからといって、低い負荷インピーダンスに耐えられるようにはなっていない、という点に注意しなければなりません。負帰還は、重い負荷に耐えられるようになるという効果はほとんどないのです。
たとえば、12AX7を使った電圧増幅回路で、12AX7のプレート電流が0.7mAであるとします。無帰還時に100kΩの負荷を与えた時の最大出力電圧が20Vであったとして、5kΩという重い負荷では極端に利得が低下して使い物にならなかったとします。この回路に十分な負帰還をかけて出力インピーダンスを1kΩ以下まで下げることができた場合、この回路は5kΩという負荷ならば、十分な出力特性が得られるのでしょうか。答えは「否」です。どんなに負帰還をかけたとしても、12AX7から見た負荷の重さは変わらないのです。何故ならば、プレート電流が0.7mAである限り、負帰還の有無に関係なく、取り出せる最大出力電圧の理論値は、
取り出せる最大出力電圧の理論値(r.m.s.)=(0.7mA×負荷インピーダンスの合成値)÷1.414
のままだからです。ただし、出力インピーダンスが下がったおかげで、極端な利得の低下だけは改善されます。
- 周波数特性が良くなる・・・負帰還には、負帰還ループ内のゲインを一定にしようとする性質があります。すなわち、どの周波数帯域でもゲインを一定しようとする(つまり、フラットということですね)わけで、その結果として回路全体が広帯域化されます。たとえば、10Hzで周波数特性が-10dBの低下をきたしている増幅回路でも、10dBの負帰還をかけることでかなりフラットに近いところまで改善できるのです。
しかし、その効果は利得及び出力に余裕がある時だけで、最大出力に近づくほど、帯域が広くなるほど無帰還時の特性に近づいてゆきます。負帰還は、無帰還時の能力の範囲でやり繰りしているに過ぎないので、ない袖は振れないのです。
負帰還は、出来の悪いアンプの出来を良くする、という(効果もないわけではないのですが)ものではありません。素肌のきれいな人がお化粧をすればすごい美人になるのに、不摂生で肌がひどく荒れているとお化粧がうまくのらなくて却ってきたなくなってしまう、というのに似ています。
- 入力容量が減る・・・すでに高域の設計で触れましたが、ほぼ負帰還量に応じて入力容量が減ります。負帰還によって見かけ得上の利得が下がるということは、ミラー効果が減ることを意味します。負帰還のかけ方にもよりますが、カソード側に同相信号が生じることでCkも減ります。
- 利得が安定する・・・この効果は、歪みが減ったり周波数特性が改善されることよりも重要かもしれません。負帰還は、入出力の波形を帰還定数の比率に保とうとする作用です。低い周波数と高い周波数で差がなくなる(つまり周波数特性が良くなる)のも、入力波形と出力波形の形が同じになろうとする(つまり歪みが減る)のも全てこの作用の結果です。
真空管やトランジスタ、その他の部品のばらつきによって利得に差が生じても負帰還をかけることで左右の利得を精密に揃えることができます。
- 高域における安定度が損なわれる・・・信号を伝達する回路では、周波数特性が変化すると位相が進んだり遅れたりする、という性質があります。たとえば、1個のコンデンサと1個の抵抗による高域(あるいは低域)をカットするフィルターでは、減衰してゆくにつれて位相は最大90°まで進んだり遅れたりします。このフィルターが2段になると、位相の進遅は最大180°になります。
増幅回路では、高域においてフィルターのような特性を持った個所すなわち時定数が、増幅段1段あたりすくなくとも1個所生じます。ですから、2段増幅回路では、超高域において位相が最大180°変化し、3段増幅回路では最大270°変化します。トランスがある場合はもっと多くなり発振しやすくなります。
位相の状態が不安定になると、高域にピークができてひどくなると発振します。不安定の程度によって、微かな盛り上がりのこともあれば立派なピークのこともあります。僅かな盛り上がりであっても音に変化が生じます。
- 低域における安定度が損なわれる・・・低域側も考え方は高域と同じですが、高域側のように時定数がいくつもできてしまうことはなく、直結回路を上手く採用することで時定数を2つに抑えられます。むしろ注意すべきは、電源回路を伝って生じる低域発振のモーターボーティングです。
局部帰還とオーバーオール帰還
アンプの製作記事を読んでいると、よく「局部帰還」とか「オーバーオール帰還」といった言葉が出てきます。
世の多くの真空管アンプ(特にメインアンプ)は、オーバーオール帰還一本でまとめたものが一般的です。それは、局部帰還だけではなかなかアンプ全体の特性をバランス良くまとめるのが難しいからです。逆に、オーバーオール帰還ではアンプ全体のバランスがなかなかまとまらないようなアンプでは、局部帰還をうまく使うことによって、アンプ全体をバランス良くまとめることができたりします。
- オーバーオール帰還・・・増幅回路全体にわたって、出力側から入力(付近)に大きくぐるっとかける負帰還のことです。ひとつの負帰還だけで、一気に増幅回路全体の特性を改善してしまうため、簡単でわかりやすいのですが、段数が多くなるにつれて(位相回転が大きくなるため)回路の安定度が失われやすいという欠点があります。オーバーオール帰還を生かすためには、アンプ全体の時定数を持つ増幅段数を減らす工夫が必要です。3段以上の増幅段を持つメインアンプでは、最低一個所を直結として段間結合コンデンサを減らさなければなりません。
- 局部帰還・・・増幅回路1段あるいは2段程度の範囲で、増幅回路全体からみて部分的にかけられた帰還のことです。1段増幅回路ならば位相回転は通常で90度、最大でも180度を越えることは滅多にないので、どんなに多量の負帰還をかけても回路は安定してくれますが、その効果は回路全体までは及びません。本章で詳しく紹介しますが、P-G帰還、カソード帰還等がその代表例です。
音の変化
よく「多量の負帰還をかけると/かけたので、音が平板になる/なった。」といった表現に出会います。逆に「音に躍動感を与えたかったので、帰還量を減らした/無帰還にした。」などとも言われます。ほんとうのところはどうなんでしょうか。私見を述べさせていただくと、良く設計され安定度の良いアンプでは、無帰還であっても多量の負帰還がかかっていても、どちらであるかはわからない、ということです。「続理解しながら作るヘッドホンアンプ(2021.3)」には、無帰還のヘッドホン・バッファが出てきますが、多量の負帰還をかけたものと音の傾向は変わりません。しかし、無帰還回路で実現できるクォリティには限度があります。この壁を破ることができるのは、どうやら負帰還技術しかなさそうなのです。
時々、負帰還を目の敵(メノカタキ)にするような記述に出会いますが、どうか、今一度負帰還のメカニズムをひもといてみてはいかがなものでしょうか。では、何故負帰還が目の敵にされてしまうのでしょうか。それは単に好みの問題ではないかと思います。確かに組みあがったばかりの無帰還状態のアンプの音は元気が良く聞こえます。と同時に荒々しさも感じます。こういう音は私は嫌ですが、これが好みにはまる人がいても不思議ではありません。無帰還の真空管アンプを一種のエンハンサーとして使うのもありだと思います。
負帰還に向くアンプ向かないアンプ
負帰還の是非についての議論は、古今東西未だに絶えることがありません。真空管アンプ・ビルダーひとりひとりについて注意深く観察してみると、誰もが負帰還の肯定派と否定派のどちらかの側に寄っているということがわかります。アンプには、負帰還に向くアンプと向かないアンプとがあります。そして、否定派の人の設計を見てみると負帰還に向かない設計であることが多いのです。そして、肯定派の人の設計はたいていその反対なのです。負帰還に向かないアンプに負帰還を施すと、負帰還本来の効果が出ないばかりか副作用ばかりが出てきてしまいます。もしかすると、負帰還否定派の人は、過去に何度も負帰還で痛い目に遭ったか、負帰還の恩恵を実感していない可能性があります。逆もまた真なりで、負帰還をかけて得をした人は間違いなく肯定派となるでしょう。
まず、段間にトランスを使用したアンプでは、ほとんどの場合負帰還をかけると副作用に悩まされます。トランスによる位相のずれはそれほどに複雑で厄介です。負帰還ループ内で許されるトランス(チョークも含む)の数は1個(普通は出力トランスだけでおしまい)が限界です。トランス・ドライブが好きな人に、負帰還をかけてみろ、と言う方が無茶というものです。
古典回路では、電源のパスコンも段間コンデンサの容量も極端に少ない回路に出会います。このような回路では、電源・段間の低域時定数はかなり高い周波数(5Hz以上)になっています。こういう状態で負帰還をかけても、低域のダンピングや歪みは改善されません。むしろ、段間コンデンサと電源のパスコンの時定数全体を巻き込んだ複雑な帰還ループとなってしまう可能性があります。負帰還の効果を十分発揮させるためには、低域時定数は十分低く(0.1Hz〜数Hz)なければなりません。
2A3や300Bといった感度の鈍い出力管をドライブしようとすると、ドライバ段に高い利得が要求されます。12AU7や5687といった低rp低利得管の2段構成とするか、3極管では12AX7、5極管では6AU6や6SJ7といった高rp高利得管1段で済ますか、悩むところです。ところで、後者を選択すると高域特性は相当に悪くなります。なぜなら、2A3や300Bの入力容量は相当に大きく、これを高rp管でドライブするわけですから仕方ありません。こういう状態で負帰還をかけると、超高域特性は荒れたままになってしまいます。超高域特性に問題を抱えたアンプでは、中域での音の品位まで損ねてしまいますから困ったものです。そうなるくらいなら、無帰還の方がはるかにましというものです。
上にあげた3つのケースでは、悪くすると負帰還をかけたことでそのアンプの音は破綻します。破綻するというのは、無帰還の時よりも悪くなってしまう、良くなるところもあるが失われるものもあってそれが我慢できなくなる、という意味です。
その人がどんな回路構成を好むかどうかで負帰還の肯定派か否定派かだいたいわかる、というのはそういうことなのかもしれません。
無帰還の方が音がいいか
これまで述べてきたことを総合すれば、無帰還が理想であるかどうか、無帰還の方が音がいいかどうか、はおのずとご理解いただけたと思います。いかに上質の部品を投入したとしても、無帰還で得られるパフォーマンスにはあまりに制限が多いのです。それなのに、無帰還における弊害について述べられたレポートというのをいまだ見たことがありません。どの記事も、判を押したように無帰還(あるいは浅い負帰還)礼賛が目立ちます。このホームページをご覧になって、私のところにお寄せいただいたご相談の多くは、「2A3(あるいは300B)シングルアンプを製作したが、どう工夫をしても音に納得できません。」というもので、そのアンプのほとんどすべてが無帰還でした。そこで、若干の負帰還をおすすめすると、例外なく、音が改善された、というご報告をいただいています。
そのとき、「騙されたと思って、負帰還をかけてごらんなさい。」と申し上げると「良い音のためには負帰還をかけてはいけないのではありませんか。」というお返事が返ってきます。「どうしてそのように思われるのですか。」と聞けば「記事にそう書いてあります。」というお返事。
ところが、実際に記事を読んでみれば、「無帰還で設計したが、結果が思わしくないので、最終的には若干の負帰還をかけた。」というのがほとんどなのです。余計なことを書くから、多くのアンプビルダーが迷ってしまうのではないだろうか、と思います。それとも、負帰還は必要悪だと思われているのでしょうか。
安易な「無帰還礼賛」だけは謹んでもらいたいな、と思います。潜在的被害者は(私も含めて)たくさんいらっしゃることと思います。
私のアンプ設計マニュアル に戻る |