私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
電源の設計その3 (実用の知識編)

B電源・・電源トランスと整流出力電圧(コンデンサ入力)

理想的な条件下で交流を整流し、平滑を行った時に得られる直流電圧は、元の交流電圧の2倍でした。しかし、電源トランスにはコアによる損失(鉄損)や巻線による損失(銅損)があり、そしてダイオードや整流管での電圧降下、さらに平滑時に生じる電圧ロス等のために、最初の平滑回路のところで得られる直流出力電圧は目減りします。では、どれくらいの目減りを見込んで電源回路を設計したらいいのでしょうか。

その答えはズバリ「1.25倍〜1.3倍」です。TANGO製の3つの電源トランスについて検証してみましょう。

ST-220LH-150N-12
2次電圧280V,250V×2300V,280V×2250V,220V×2
2次電流220mA(球)/210mA(Si)150mA(球)/140mA(Si)120mA(球/Si)

この3つの電源トランスにおいて、ダイオード整流を行って得られる直流出力電圧が、元の交流電圧の「1.3倍」と「1.28倍」になる直流出力電流は一体いくらなのかを大体のところを調べてみます。

ST-220LH-150N-12
調べた2次電圧280V×2300V×2250V×2
直流出力電圧が1.3倍となるような・・・364V390V325V
直流出力電流は・・・175mA130mA95mA
直流出力電圧が1.28倍となるような・・・358V384V320V
直流出力電流は・・・210mA150mA115mA
さて、カタログ上の定格はどうだったか210mA140mA120mA

ご覧のとおりです。トランスによってバラツキは出ますが、定格電流いっぱいまで取り出した時の直流出力電圧は「ほぼ1.28倍(中には1.25倍程度のトランスもある)」となり、少し余裕を持たせた条件だと「1.3倍」になるのです。それは、電源トランスで発生するロスによる温度上昇と、電源トランスの許容温度との関係がほぼ一定だからです。ちなみに、ST-220の整流出力特性はおおむね以下のとおりです。
TANGO ST-220 (コンデンサ・インプット/C=47μF)

このグラフには、整流管の中では最も整流効率が高いといわれている5AR4/GZ34のデータも載っています。そこからわかることは、効率の良い整流管を使った場合の直流出力電圧は、元の交流電圧の「1.15倍〜1.2倍」であるということです。

では、5AR4/GZ34以外の整流管ではどんな感じなのでしょうか。

300V/100mA300V/200mA
5AR4/GZ34(新)370V340V
5AR4/GZ34(旧)360V320V
5U4-GB350V317V
5U4-G/5Z3310V243V
5Y3-GT/80300V定格オーバー

注:5AR4/GZ34は、同名であっても製造時期によって特性が異なります。

上のデータはすべて、コンデンサ・インプット方式でかつ平滑コンデンサに10〜47μFを抱かせた場合のものが混在しており、また、想定している電源トランスは種々雑多という、諸条件がばらばらのものを強引に1つの表にまとめています。大体の傾向を掴む程度にしてください。


B電源・・(チョーク入力)

ごめんなさいね。チョーク入力方式の電源はまだやったことがないので、世間一般に入手できる文献の受け売り程度しかネタがありません。では、何故チョーク入力方式はやらないかといいますと、専用のチョークが必要だからです。普通のチョークですと、大量のリプルのためにチョークが唸る、漏洩磁束が盛大に出る、といった問題があります。私なりにいろいろ考えて、チョーク入力方式がコンデンサ入力方式を上回るメリットが思い浮かびませんでした。

しかし、2次巻線300V150mAのトランスでもって、220V120mAのB電源が必要になってしまったならば、チョーク入力方式はなかなか都合の良い方式だと思います。コンデンサ入力方式では、電熱器のようなドロップ抵抗が必要になってしまいます。


ヒーター(フィラメント)電源

初期の真空管はすべて直熱管で、B電源もフィラメント電源もバッテリーでまかなうものでした。従って、フィラメントにはどちら側がプラスかマイナスかも決められているものも多くありました。直流点火ですから、フィラメントがハムを拾うなどということはありませんでした。

商用電源(AC100V)を整流して得た直流電源を使うようになってきた時、低圧大電流を効率よく整流できる素子がなかったために、フィラメントだけは交流点火せざるを得ないことになってしまいました。フィラメントを交流で点火することによって生じるハムの問題が表面化し、この問題を解決するために登場したのが、ヒーターとカソードを分離することでハムを拾わなくした傍熱管です。それでも、初期の傍熱管ではヒーターとカソード間の絶縁が弱いためにハムを拾ったり、プリアンプの初段などの微少信号を扱う場合にヒーターからの電磁誘導が原因でハムを拾う、といった問題が指摘されるようになりました。

傍熱管のヒーターは、そもそもはカソード・スリーブの中でヘアピンのように折り曲げられていますが、これでは誘導ハムの原因になります。そこで、ヒーターを細かい螺旋状に加工し、これを1ターンのヘアピン状にしたスパイラル・ヒーターが登場しました。スパイラル・ヒーターでは、ヒーターハムがヘアピン・ヒーターの1/2〜1/3に低減されています。スパイラル・ヒーターは、螺旋が非常に細かいので太く白い一本のヒーターのように見えますが、根元部分を注意深くみると螺旋状になった様子を確認することができます。

プリアンプに要求される低雑音性能のレベルが高くなってくると、もっと低雑音の球が要求されるようになったため、誘導ハムをさらに低減したダブル・スパイラル・ヒーターが登場しました。1本のヒーターを竜巻のように捻った形状をしています。

しかし、シリコンダイオードの出現によって、簡単に低圧・大電流のヒーター電源が実現できるようになってしまったので、今では、プリアンプのほとんどすべての球やメインアンプの直熱管を直流点火することはあたりまえになってしまいました。


DC 12.6V 0.9Aが欲しい

12AX7/ECC83、12AU7/ECC82、この2種の電圧増幅管はプリアンプの常連です。ヒーター規格は、12.6V×0.15Aまたは6.3V×0.3Aですから、たとえば12AX7/ECC83を6本使ったプリアンプでは総計12.6V×0.9Aまたは6.3V×1.8Aの直流ヒーター電源が必要になります。

さて、TANGOにはST-30Sという誘導雑音対策・静電雑音対策を施したプリアンプ用の電源トランスがありますので、これを使って直流ヒーター電源について考えてみたいと思います。この電源トランスには、ブリッジ整流を前提としたヒーター巻線があり、規格は15V,17V/DC1.2Aです。ST-30Sにはデータシートがついていますので、これを使って検討してみます。

TANGO ST-30S 推奨回路
TANGO ST-30S 推奨回路R値

このグラフの読み方はちょっと変わっていて、上の推奨回路を組んだ時、最終的に12.6Vが得られるためにはRの値をいくつにすればよいか、という風に描かれています。そこで、ごく一般的なグラフとなるように計算し直して描いてみたのが以下のグラフです。
TANGO ST-30S ヒーター巻線直流出力特性

15V巻線をブリッジ整流して0.9Aを取り出した時が16.7V、17V巻線の時で19Vとなりました。では、何故このような電圧になったのかを考えてみます。15Vを整流し平滑した時の理想電圧は、

15V × 1.414 = 21.2V

ですが、ブリッジ整流ではシリコン・ダイオードが2本直列に割り込みますから、ダイオード1本あたりの電圧降下を1.1Vと仮定して(大電流シリコン・ダイオードに1.2Aを流した時の順方向電圧は0.9〜1.2Vくらいになる)、

( 15V × 1.414 ) - ( 1.1V × 2 ) = 19.0V

となります。データシートによれば、16.7Vとなることになっていますが、この差、

19V - 16.7V = 2.3V

は何なのでしょうか。トランスを使った電源回路では、

  1. 1次巻線の直流抵抗によるロス・・・3.とあわせて銅損という
  2. 鉄心で生じるロス・・・鉄損という
  3. 2次巻線の直流抵抗によるロス・・・1.とあわせて銅損という
  4. 整流素子で生じるロス・・・ダイオードの場合は順方向電圧
  5. リプルが残留するために生じるロス
この5種類ロスが生じます。上の計算では、1、2、3、5についてはまだ計算にいれていませんでした。そこで、1.と3.の銅損について、おおざっぱですが計算で見当をつけてみましょう。1次巻線(100V)の直流抵抗を測ってみますと3.6Ωでした。電圧比は100:15を使ってこれを2次巻線(15V)に換算すると、0.54Ωになります。また、2次巻線そのものの直流抵抗は0.7Ωでした。このような場合、2次巻線が0.54Ω+0.7Ω=1.24Ωであるものとみなすことができ、ここで生じるロスが銅損と考えてよいわけです。銅損による電圧降下は、

0.9A × 1.24Ω × 1.414 = 1.6V (注:これは簡易計算による概算です)

ですから、上で求めたロスの2.3Vのうちのかなりの部分、つまり1.6V、が銅損であることがわかります。ここで何故、1.414を掛けたのかはご自身で考えてみてください。そこで、もういちど計算をやりなおしてみます。

( 理想整流出力電圧 ) - ( ダイオード順方向電圧 × 2 ) - ( 銅損 ) = ??V

すなわち、

( 15V × 1.414 ) - ( 1.1V × 2 ) - ( 1.6V ) = 17.4V

ごらんのように、データシートの16.7Vにかなり近づきました。実際の設計では、このような概算である程度のところまで見当をつけておき、実機において抵抗1本で最終的な調整をする、という方法をとれば手順に無駄がなくなって具合が良いと思います。簡易計算だからというだけでなく、トランス・メーカー発表のデータシートにしても、さほど正確とはいえない事情もあるからです。

さて、得られた直流出力16.7Vと、必要としていたヒーター電源12.6Vとの間には16.7V - 12.6V = 4.1Vの余裕があります。この4.1Vを単純に1本の抵抗でドロップさせるとすると、

4.1V ÷ 0.9A = 4.6Ω

となりますから、4.7Ωの抵抗が適当だということになります。この場合のヒーター電源の回路は以下のようなものになります。


DC 6.3V 1Aが欲しい

直熱3極管のフィラメントを交流点火でいいのか、直流点火しなければならないのかは、おおむね定格電圧で決まります。2A3や45のような2.5V管ならば、交流点火であっても十分ハムを取りきることができますが、300Bの5Vや6B4Bの6.3Vとなると、いくらハム・バランサをいじってみてもまず満足できるだけのレベルにできません。どうしても直流点火を考えなければならなくなります。ここでは、フィラメント規格が6.3V/1Aの6B4Gを想定して電源の設計について考えてみたいと思います。

まず、単純に6.3Vのヒーター巻線をブリッジ整流した時のの理想電圧は、

6.3V × 1.414 = 8.9V

ですが、シリコン・ダイオードが2本直列分の順方向電圧を割り引きますと、

( 6.3V × 1.414 ) - ( 1.1V × 2 ) = 6.7V

となります。さて、銅損についてですがこれは考えなくても良いと思います。その理由は、電源トランスのヒーター巻線は、定格電流を取り出した時に6.3Vが得られるように余裕を持って高めに設定されているからです。銅損、鉄損込み込みの最終出力電圧として6.3Vが保証されているわけです。

ところで、フィラメントを直流点火するにしても、若干のリプルが残っていますので、多くの場合ハム・バランサは使うことが多いと思います。もちろん、徹底的にリプルを取ってしまえば、ハム・バランサはいりません。(固定バイアスであれば)思い切ってフィラメント電源の片側をアースしてもかまわないのです。事実、LUX製300Bシングルアンプはそのような設計になっています。

さて、ハム・バランサを入れるとなると、ハム・バランサに流れる電流も追加されますので、フィラメント電源の総直流電流は、

1A + ( 6.3V ÷ { ハム・バランサ抵抗値・・・たとえば50Ω } ) = 1.13A

になります。6.7Vの直流出力を抵抗でドロップさせるとすると、必要なドロップ抵抗値は、

( 6.7V - 6.3V ) ÷ 1.13A = 0.35Ω

になります。実際に回路を組んで実験してみると、だいたい0.3Ω〜0.5Ωで6.3V前後が得られますので、この計算結果とほとんど同じになります。実機では、あらかじめ0.33Ω、0.47Ω等数種類の抵抗を用意しておいて、カット&トライで最終決定されたらいいでしょう。

ところで、電圧をドロップさせるための抵抗の挿入個所ですが、コンデンサの前と後の2つが考えられます。これまでの計算は、コンデンサの後に抵抗を入れた場合に適用できます。コンデンサの前に入れた場合は、整流出力電圧はやや低めに出ますが、抵抗が割り込んでいるために、電源ON時のコンデンサへのラッシュ・カレントが若干抑制されるため、ダイオードの保護の効果も期待できるだけでなく、リプル除去効率も良くなります。

ケミコンの容量は、最低で4700μF、できれば10000μF、欲張って22000μFくらいだと思います。ケミコンの容量が少ないと、残留リプルが多くなるだけではなく、「5.リプルが残留するために生じるロス」のために、実質的な整流出力電圧も若干低めになります。ですから、「電圧をあとほんのわずか高くしたいな」と思った時は、整流出力直後のコンデンサの容量を大きくする、という手が使えます。


DC 5V 1.2Aが欲しい

6.3V 1Aが欲しい時は、6.3Vのヒーター巻線があればうまくゆくことがわかりましたが、300Bのように5V 1.2Aが必要な時は5V巻線でいけるのでしょうか。そこで、単純に6.3Vのヒーター巻線をブリッジ整流した時のの理想電圧を求め、そこからダイオードの順方向電圧を引いてみます。

( 5V × 1.414 ) - ( 1.1V × 2 ) = 4.87V

4.87Vですから、非常にきわどい数字です。これでも300Bは立派に動作します。メーカー製300Bアンプの中には、フィラメント電圧を(是非はともかくとして)意図的に4.7Vに下げているものもあります。

4.87Vをもう少し高くする方法は3つあります。1つめは、平滑コンデンサの容量をうんと大きくするということです。2つめは、ダイオードの順方向電圧を低くすればいいわけですから、大電流タイプ(たとえば10A以上)にしてみます。3つめもダイオードの順方向電圧を低くするという手ですが、そもそも順方向電圧が低い特別なダイオードがありますので、これを使います。ショットキ・ダイオードといい、耐圧が低く高価ですが順方向電圧が低いダイオードです。

しかし、いちばんわかりやすい方法は、6.3Vをブリッジ整流して、これを抵抗でドロップさせるという方法です。抵抗での発熱が少々気になりますが、リプル除去効果は前記の6B4Gの時よりも大きいですし、何より6.3V巻線が使えるというのがうれしいです。

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