私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
アース回路その1

行きと帰り:

回路を説明する時に、よく「アースに落とす」と言ったりします。「アースに落とされた」信号なり電流は一体どこに行くのでしょうか。落とされたままどっかに行って消えてなくなるのでしょうか。そんなことは決してありませんね。アースに落とされた信号や電流は、必ず帰るべきところに帰ってゆきます。アースに落とされても、自分が帰るべきところを決して忘れたりはしません。忘れるどころか、自分が帰るべきところをめざしてところかまわず流れようとします。回路図のアース記号の下の見えないところで、あっちこっちに向かっていろんな電流が錯綜しているといってもいいでしょう。信号や電流にはかならず行きと帰りがあり、帰り道がたまたまアースを通っただけのはなしです。


アースはむずかしい:

とよく言われます。それは、行きと帰りのことをきちんと考えないで矢鱈とアースに落とすから、思わぬところに思わぬ電流が流れて、妙なところから信号が顔を出すからです。回路図では、アース記号さえ書いてしまえばそれから先のことは考えなくてもいいですが、実際に配線するとなるとそうはいきません。ちゃんとアースも配線しなければなりません。その時に、行きと帰りのことを考えて、妙なところに妙な電流が流れないようにアースを配線してやれば何の問題もないのです。アースがむずかしいのではなく、単に私たちが信号や電流の行きと帰りの道筋をちゃんとわかっていないだけのことなのです。


回路図に書かれていない経路:

下図のような1段増幅回路があるとします。私たちは普段、グリッド(G)に入力された信号は、真空管で増幅されてプレート(P)に現れてくる、と考える癖がついています。(図1)

図1

アースまで考えるとこれでは全然たりませんね。もうすこしちゃんと描くと以下のようになります。(図2)

図2

入力(input)に与えられた信号は

(input)-(a)-(Rg)-(d)-(E1)

の経路を流れます。そして抵抗Rgの両端に生じた電圧が、(b)-(f)間にかかりますが、Ckがあるために(f)と(c)は交流的に同電位になるので、結局入力信号電圧は(b)-(c)間すなわち真空管のグリッド〜カソード間にかかることになります。

さて、(b)-(c)間すなわち真空管のG-K間に入力電圧が与えられると、真空管は入力電圧の変化に応じてプレート電流が変化するというのはご存知のとおりです。プレートを流れる電流のうち直流成分は

(V+)-(h)-(Rp)-(i)-P(3極管)K-(c)-(Rk)-(e)-(BE)

と流れます。入力信号のないときはこれでおしまいです。


直流と交流を分けて考える

回路の中にコンデンサがあると、そこで直流は遮断されますが、交流は自由に通ることができます。回路を直流として考える時は、コンデンサがある場所は「繋がっていない」ものとして考えます。これを解放除去と言います。回路を交流として考える時は、コンデンサがある場所は「ショートしている」ものとして考えます。これを短絡除去と言います。

トランスやインダクタがある場所は、回路を直流として考える時は、ほとんどショートしているか部品の直流抵抗(DCR)だけで考え、回路を交流として考える時は、部品のインピーダンスで考えます。

この切り分けができて初めてオーディオ回路が分かるようになります。これを理解していないとロードラインすら引けませんし、全段差動アンプを理解できないでしょう。とても重要な考え方なのでしっかりと身につけてください。


交流の動作

交流信号がG-K間に入力されると、この交流成分もプレート電流と同じ(V+)-(h)-(Rp)-(i)-P(3極管)K-(c)-(Rk)-(e)-(BE)と流れようとしますが、RkはCkで交流的にショートされているのでRkではなくCk側を流れようとしますし、(h)-(g)間はCcでショートされているので電源方面には流れていかずに

(h)-(j)-(Cc)-(g)-(f)

と近道をすることになります。従って、交流成分は

(i)-(Rp)-(h)-(j)-(Cc)-(g)-(f)-(Ck)-(c)

というループを形成します。

さて、増幅された出力電流はRpの両端に電圧を発生させますので、ここに生じた交流電圧を取り出すループは、図中の3極管を発電機、後続する回路を負荷と考えたらわかりやすいでしょう。

(i)-(Co)-(output)-(E2)-(g)-(f)-(Ck)-(c)

が出力信号のループになります。そして、これをまとめると、

入力信号のループ: (input)-(a)-(Rg)-(d)-(E1)
プレート電流の直流成分のループ: (V+)-(h)-(Rp)-(i)-P(3極管)K-(c)-(Rk)-(e)-(BE)
プレート電流の交流成分のループ: (i)-(Rp)-(h)-(j)-(Cc)-(g)-(f)-(Ck)-(c)
出力信号のループ: (i)-(Co)-(output)-(E2)-(g)-(f)-(Ck)-(c)

となります。問題は、この4つのループが、できるだけお互いに干渉し合わないように配線しなければならないところにあり、アース側の配線を間違えると各ループが干渉してしまうので、アースはむずかしいといわれるのです。そこで、この回路図をもうちょっとだけ書き換えてみます。(図3)

図3

さて、このような回路では(d)-(e)間と(e)-(f)間には電流が全く流れないことにお気づきでしょうか。そう、これがアースのほんとうの姿なのです。「アースには電流は流れない」のです。「アースには電流を流してはならない」ともいえます。アースの本来の役割は「基準電位をつくること」にあるといってもいいかもしれません。


パスコン:

電源とアースの間に挿入されるパスコン「Cc」は一体何のためにあるのでしょうか。電源に含まれるリプルを取るため?いえ、違います。このパスコン「Cc」は図3のプレート電流の交流成分のループ: (i)-(Rp)-(h)-(j)-(Cc)-(f)-(Ck)-(c)をつなぐためにあるのです。このパスコンには、増幅回路ループに流れる交流信号電流のほとんどが流れます。これがなかったら、増幅回路が成り立たないのです。

そう考えると、パスコンというのは電源V+からアースに落とすというよりは、プレート負荷抵抗(Rp)の上端とカソード(K)とをつなぐものと考えた方がより正確であることがわかります。パスコン(Cc)の容量が少なければ低域特性は劣化しますし、品質が悪ければ音に影響します。なにしろパスコン(Cc)には信号電流がたっぷり流れるのですから。

配線する場合は、プレート負荷抵抗(Rp)に近いところから(Ck)のアース側(f)点めがけて最短で結ぶのがお作法です。電源回路付近のブロックコンまで迂回するなんていうのは論外です。

そして、アンプからハムが出た、と言ってはパスコンの容量を大きくする人がいますが、これは効果がないことがほとんどです。そもそも、電源に含まれるリプル成分は、電源回路のもっと上流のところで十分に除去されていなければなりません。そして、ハムの原因の多くは、電源のリプルが多いからではなく、電源のリプルが流れてはいけないところを流れたことが原因であることがほとんどなのです。このことについては詳しく後述します。


電源との接続:

増幅回路を動作させるためには、電源を供給しなければなりません。では、電源のプラス側と電源のアース側それぞれは、どこに接続したらいいのでしょうか。その答えは図3にあります。電源のプラス側プレート負荷抵抗(Rp)からはRbを経てつなげばよろしい。電源のアース側は、カソード抵抗(Rk)に近い(e)点と(f)点のいずれかです。

そして、ここに供給される電源は、十分にリプルが除去されていなければいけません。なぜかというと、もしここにまだ多くのリプルが残っていると、リプル分だけは、(V+)-(h)-(j)-(Cc)-(f)-(e)-(BE)という妙なルートを通ってしまうからです。交流信号電流の経路に重なってしまって具合がよろしくありません。リプル電流が大きいと(e)-(f)間で電位の違いが発生してしまい、アンプの出力からハムが出たりします。もし、パスコン(Cc)が(f)点ではなく(d)点付近に接続されていたりすると、ここで発生した電位差がグリッドで増幅されて、出力側から盛大なハムが出ておお慌てという事態になります。こういう場合は、やみくもにパスコンを大きくするのではなく、信号のループをもう一度じっくり検証して、配線を見直さなければいけません。

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