私のアンプ設計マニュアル / 基礎・応用編
電源の設計その7 (デカップリング)

デカップリングの目的

デカップリングとは、「それぞれの増幅段の信号ループを完結させ、B電源およびアース回路を伝って他の増幅段との間で信号の干渉が起こらないようにするためのしくみで、多くの場合、B電源とアース間にコンデンサを挿入することで結合(カップリング)の分断を行うもの」です。

もし、電源インピーダンスがゼロΩで、配線材の抵抗もゼロΩであれば、デカップリングは不要です。現実には、電源にコンデンサを使うことの宿命として、電源インピーダンスはすべての帯域にわたってゼロΩではなく、しかも低域および高域の両方で電源インピーダンスは増加するのが普通です。そこで、増幅作用を損なわず、十分な伝達クォリティが得られる程度まで、各増幅段間の干渉を抑えるためにデカップリングを行うわけです。

デカップリングが不十分だと、そもそも増幅段の信号ループが完結しなくなるため、伝達特性(特に周波数特性)の劣化が起こります。また、B電源に漏れ出した信号が反対チャネルに流れ込んで、クロストークが劣化します。後段の信号が前段に流れ込むと、(主に超低域で)発振を起こしたり、(低域の)周波数特性にピークを生じたりします。

音場が狭く感じたり、音像の定位がピシッと決まらず不明瞭であったり、団子状態に感じられたり、スピーカのコーン紙が超低域でゆらゆら振動していたりするのは、デカップリングの設計に原因がある可能性があります。

第28章、第29章で説明したリプルフィルタもB電源とアースの間にコンデンサを挿入することが多いので、リプルフィルタのためのコンデンサとデカップリングのためのコンデンサとが混同されがちですが、この2つは本質的に異なる機能であることに注意してください。


デカップリング・コンデンサの共用

デカップリングの基本は、すべての増幅段に個々のデカップリング回路を挿入することにあります。しかし、従来多くのアンプでは、1段ごとにいちいちデカップリング・コンデンサを挿入しないで、いくつかの増幅段ごとにまとめる設計が多くみられます。本章では、その功罪について考えてみたいと思います。

左右チャネル間での共用

雑学編「11.クロストーク対策」に詳しく述べているように、1つの共通の電源から左右両チャネルに供給した場合は、超低域において明確に左右クロストークの悪化を招きますので、これはやってはならないことのひとつです。コンデンサをひとつケチったことの代償は大きいでしょう。

簡単な計算をしてみます。右図は、2A3シングル・ステレオアンプの出力段の電源および信号ループを表わした図です。2A3は、2.5kΩ負荷の動作であるとします。

左側の回路では、電源にあるのは100μFのパスコン1個だけで、左右チャネルで共用しています。

右側の回路では、100μFのパスコンからさらに100Ωの抵抗で左右に振り分け、それぞれのチャネルごとに独立して100μFのパスコンがあります。

さて、低域(ここでは40Hzを想定)での100μFのコンデンサのリアクタンスは40Ωですから、この値を回路図にあてはめて簡易計算してみたのが、その次の図です。

まず、左側のケースについて簡易計算で、左右クロストークの様子を解析してみましょう。

かりに今、一方のチャネルの、2.5kΩのインピーダンスを持った出力トランスの1次側の両端に、ちょうど50Vの信号電圧が生じているとします。( 50Vの2乗 )÷2.5kΩ = 1Wですから、今現在このアンプの一方のチャネルでは1Wの出力を出していることになります。

この様子を描き直したのが下図です。2.5kΩの両端に50Vの電圧が生じているわけですから、この信号ループに流れる信号電流は20mAです。0.8kΩというのは、2A3の内部抵抗です。そうすると、100μFのコンデンサ、すなわち40Ω、の両端にはおおよそ0.8Vの信号電圧が生じます。そして、反対チャネルの出力トランス(2.5kΩ)の両端には0.6Vの信号電圧がかかるのです。

50Vと0.6Vの比は83:1ですから、これをデシベルに換算すると約38dBということになります。このことは、一方のチャネルの40Hzの信号の1/83が反対チャネルに漏れてしまうことを意味し、40Hzにおける左右間のクロストークは(たったの)38dBである、とも言うことができます。

今度は、それなりにデカップリングを施した右側の回路について解析してみます(下図)。100Ωと40Ω(100μF)による2段のローカットフィルタになっています。簡易計算ですが、最終的に反対チャネルの出力トランス(2.5kΩ)の両端かかる信号電圧は31mVとなりました(厳密な計算ではもうすこし高い値になります)。

50Vと31mVの比は1613:1ですから、これをデシベルに換算するとなんと約64dBということになります。40Hzにおける左右間のクロストークは64dBが確保できる、というわけです。この2つのケースを比較すると、一方が38dB、もう一方が64dBですから雲泥の差といっていいでしょう。実際、聴感上も明確な差を認めることができます。38dBのケースにおいて、100μFのパスコンを2倍の200μFに強化したとしても、38dBが43dBにしかなりません。丁寧にデカップリングを行うことがいかに重要かつ効果的であるか、ご理解いただけたと思います。

前後2段間での共用

今度は、同一チャネルのなかでの前後2段の間でパスコンを共用した場合です。右図の例で検証してみることにします。

12AU7の2段増幅回路で、各段の利得は、初段が14.6倍、次段が12.9倍です。電源には、前後2段共通で47μFのパスコンがはいっています。

今、次段プレート出力側には+1Vの信号出力があるとします。次段の利得は12.9倍ですから、この時の次段のグリッド入力電圧(すなわち初段プレート出力側)は-77.5mVです。ここで、プラス・マイナスの符号をつけたのは、位相がどうなっているかをわかりやすくするためです。

一方で、次段プレート出力の1Vの信号は、33kΩのプレート負荷抵抗を経て電源側にも流れてゆきます。47μFのコンデンサの40Hzにおけるリアクタンスは85Ωですから、33kΩ/85Ωで分流されて、+2.6mVの信号電圧が現われます。

この+2.6mVの信号は、初段プレート負荷抵抗(47kΩ)を経て、初段プレート(すなわち次段グリッド)側に現われます。この値は+0.45mVです。この+0.45mVの電圧は、元々の信号-77.5mVを打ち消すように働きます。これすなわち負帰還です。なんのことはない、次段プレートから次段グリッドにかけてのp-g帰還なのです。

従って、こういうルートでの信号の洩れは、回路の発振を招くようなことはありません。47μFのコンデンサのリアクタンスがもっと大きな値になるような超低域であっても、利得は低下しますが、動作は常に安定します。

前後2段間+左右チャネル間での共用

もし、これが、前後2段の共用だけでなく、左右チャネル間でも共用していたらどうなるでしょうか。初段プレート(すなわち次段グリッド)側には、反対チャネルの信号が現われて、その比率は-77.5mV:+0.45mVですから172倍になります。デシベルに換算すると45dBです。この数字はあまりうれしくありません。 前後2段間+左右チャネル間での共用では、「次段プレート→反対チャネルの次段プレート」という洩れと、「次段プレート→反対チャネルの次段グリッド」という洩れ、さらに「初段プレート→反対チャネルの初段プレート」という3つのパターン(厳密にはもうひとつある)が錯綜することになります。1段あたりの利得が高い12AX7/ECC83を使ったような場合では、洩れはもっと大きくなりますので、このような共用はやってはいけません。

前後3段間での共用

今度は3段の場合です。ちょっとイジワルをして、4Hzという超低域で計算をしてみました(下図)。

初段プレートのところに着目してください。出力側から電源を経由して戻ってきた信号が、初段プレートのところで互いに増長するかたちで合流しています。この回路では、超低域で発振します。いわゆるモーターボーティング(Motorboating)です。

この検証には、ひとつの落とし穴があります。それは、この回路では4Hzの超低域で各段がちゃんと利得があるか?という問題です。段間の結合コンデンサの値が小さければ、低域における周波数特性が劣化しますから、発振に至らないかもしれません。しかし、3段以上の回路では、発振する方が普通である、というくらいに考えていた方が良いと思います。前後3段間でのパスコンの共用は御法度です。


コンデンサの値

デカップリングとは「(1)それぞれの増幅段の信号ループを完結させ、(2)B電源およびアース回路を伝って他の増幅段との間で信号の干渉が起こらないようにするためのしくみで、多くの場合、B電源とアース間にコンデンサを挿入することで結合(カップリング)の分断を行うもの」でした。

デカップリング効果だけを考えると、コンデンサの値は大きいにこしたことはない、といえるかもしれません。

しかし、電源を投入した直後には、デカップリング・コンデンサへの充電がはじまり、充電が完了しないと回路電圧は安定してくれません。もし、極端に容量の大きなコンデンサが使われていた場合は、いつまでもコンデンサを充電し続けたままで、なかなか音が出ないということになってしまいます。あるいは、充電電流のためにヒューズが飛んだり、整流管やダイオードが傷んだりします。整流管の種類によって、整流回路のコンデンサ容量に制限が規定されているというのはよく知られています。

そういう事情を踏まえての、コンデンサ容量です。さて、効果的なデカップリングを行うためには、十分な大きさの容量が必要です。また、多くの場合、デカップリング・コンデンサは、各段の信号ループの一部を構成していますから、容量が足りないと超低域特性の足を引っ張ります。

低域特性

まず、上記の(1)「それぞれの増幅段の信号ループを完結させる」という観点から考えてみます。デカップリング・コンデンサが、信号ループの足かせにならないためには、「負荷抵抗」を基準に容量を算出します。「負荷抵抗」の役割が、プレート電流の変化分を検出して、次段に伝える役割であるということを考えると、相対的に「負荷抵抗」の値よりも十分ちいさなリアクタンスとなるような容量を選択すればよいことがわかります。

そこで、「負荷抵抗」と「デカップリング・コンデンサ」とで決定される時定数を求めます。たとえば、負荷抵抗が47kΩ、デカップリング・コンデンンサ値が10μFの場合の時定数は、

時定数 = 159 ÷ ( 抵抗値 × 容量 )

で求まりますので、これを代入すると、

時定数 = 159 ÷ ( 47kΩ × 10μF ) = 0.34Hz・・・電圧増幅回路のケース

が求まります。実際に回路を組んで測定してみると、ここで求めた周波数の10倍〜20倍くらいの周波数から減衰が確認できます。つまり、3Hz〜7Hzです。これが、2A3シングルアンプの出力段の場合ですと、たとえば、

時定数 = 159 ÷ ( 2.5kΩ × 47μF ) = 1.35Hz・・・2A3シングル出力段のケース

のようになります。このケースでは、10Hzまでフラットという特性を求めた場合は、47μFでは不足でもっと大きな容量でなければならない、ということがわかります。

クロストークと相互干渉

次に、上記の(2)「B電源およびアース回路を伝って他の増幅段との間で信号の干渉が起こらないようにするため」という観点から考えてみます。今度は、「電源回路の上流側の抵抗」と「デカップリング・コンデンサ」とで決定される時定数を求めます。たとえば、電源回路の上流側の抵抗が10kΩ、デカップリング・コンデンンサ値が10μFの場合の時定数は、

時定数 = 159 ÷ ( 10kΩ × 10μF ) = 1.59Hz・・・電圧増幅回路のケース

が求まります。これでは、10Hz以下での信号の干渉を抑えることは難しいかもしれません。しかし、これでも十分役割を果たしてくれる場合も少なくないのです。そのへんの事情については、すでにデカップリング・コンデンサの共用の章でも触れました。

アンプの設計では、(1)「それぞれの増幅段の信号ループを完結させる」という観点と、(2)「B電源およびアース回路を伝って他の増幅段との間で信号の干渉が起こらないようにするため」という観点の両方について検証し、適切な値のコンデンサを選択したらいいのです。そのとき、回路動作に支障が出ない程度に、充分大き目の容量としたらいいでしょう。


コンデンサの周波数特性

コンデンサの宿命として、周波数が低くなればなるほどリアクタンスは増加します。たとえば、100μFのコンデンサでは、計算上、1kHzでは1.6Ωですが、100Hzでは16Ω、10Hzでは160Ωになります。10kHzでは160mΩ、100kHzでは16mΩ、1MHzでは1.6mΩです。

ところが、コンデンサの種類によっては計算どおりの値になってくれません。100μFの容量というと、普通はアルミ電解コンデンサ(いわゆるケミコン)を使うと思いますが、このコンデンサでは計算どおりの値になる周波数は限られていて、周波数が高くなってもリアクタンスはある値よりも低くなりらずに横ばいになり、さらに高い周波数では増加してゆきます。電解コンデンサの仲間でも、タンタルコン、アルシコンやOSコンは高周波特性がかなり改善されています。

高い周波数でリアクタンスが増加するという性質は、アルミ電解コンデンサに限った話ではなく、どんなコンデンサでもどこかの周波数に共振ポイントがあり、共振ポイントよりも高い周波数ではリアクタンスは増加します。

周波数が高くなってもリアクタンスはある値よりも低くなりらずに横ばいになるというのは、コンデンサにも抵抗分があるからです。これを等価直列抵抗(ESR)と呼びます。アルミ電解コンデンサは、このESRが特に大きく、これを改善したのがタンタルコン、アルシコンやOSコンです。

フィルムコンやスチコンの多くはおしなべてESRが低く、共振ポイントもより高い周波数になっています。特に、誘電体にポリプロピレンを使ったもののESRが低いため、オーディオ用として人気があります。同じ構造のコンデンサであれば、容量が小さいほど、そしてリード線が短いほど共振周波数は高くなります。

また、アルミ電解コンデンサの容量値が保証されるのは温度が25度の時であって、0度以下になると容量はどんどん低下してしまいます。冬場に、アンプが温まるにつれて調子が出てくる理由のひとつは、アルミ電解コンデンサの温度依存性の高さにあります。

しかし、最近のアルミ電解コンデンサの特性向上はめざましく、オーディオ用途としてほとんど遜色ないほどまでに良いものができるようになりました。何年も前に製造されたものは、経年変化による劣化だけでなく、そもそもの特性に見劣りがします。ですから、古いアンプのアルミ電解コンデンサの流用はあまり賢明であありません。よく、アルミ電解コンデンサの高周波特性の弱点を補うために、フィルムコンを並列に追加する手法が取られますが、最近のアンプではあまり見られなくなった理由は、アルミ電解コンデンサの品質向上にあります。

結論としては、古いコンデンサは使わない、たとえそれが新品であっても、ということが最も重要です。いくらアルミ電解コンデンサの周波数特性が劣るといっても、高域が減衰して聞こえるようなことは決してありません。

ただ、数十MHz以上の帯域における高周波ノイズを効果的にカットし、より安定した帯域特性を実現するということまで考慮すると、アルミ電解コンデンサに並列に高周波特性の優れたタイプのフィルムコンデンサを抱かせる、というテクニックはそれなりに意味を持ちます。その場合には、各種コンデンサの性質を熟知した上で、ほんとうに効果の期待できる選択をするのが筋というもので、闇雲にパラっても意味がありません。最低限、

「電子回路部品活用ハンドブック」トランジスタ技術編集部/CQ出版社
トランジスタ技術 SPECIAL No.40「特集電子回路部品の活用法ノウハウ」/CQ出版社

といった文献による検討をしてください。

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