私のアンプ設計マニュアル / 半導体技術編
トランジスタ増幅回路その11 (VBE問題)と温度補償

ベースエミッタ間電圧(VBE)基本特性

ベースエミッタ間電圧(VBE)は、動作中のトランジスタのベース〜エミッタ間に生じる電圧のことです。ベースエミッタ間電圧(VBE)は一般に「だいたい0.6V」として知られていますがベース電流依存性を持っており、ベース電流が多いほどベースエミッタ間電圧高くなります。コレクタ電流ではなくベース電流で決まりますので、同じコレクタ電流で動作させた場合でもhFEが異なればベースエミッタ間電圧(VBE)も違ってきます。ベースエミッタ間電圧(VBE)に依存する回路でバイアス特性を揃えたければhFEで揃えよ、というわけです。

下図は2SC1815(左)と2SC3421(右)のデータです。25℃の時のグラフをみると、2SC1815では0.54Vくらいから0.8Vくらい、2SC3421では0.6V〜0.9Vくらいの範囲ですから、一般に言われている0.6Vで一定だというわけではありません。なお、この2つのグラフのY軸(ベース電流)の目盛りが対数(左)とリニア(右)の違いがあるので注意してください。

下図のデータは、4種類のNPNトランジスタについてそれぞれ数本ずつ精密に測定したデータです。対数グラフにすると非常にきれいな電流依存性があることがわかります。コレクタ電流で表記していますので、hFEが異なれば結果は微妙に分かれています。たとえば、2SC2547ではピンクの線が2つのグループに分かれていますね。これは上側のグループの方がhFE低いので、同じコレクタ電流であればベース電流が多くなり、そのためにベースエミッタ間電圧(VBE)高めになっているわけです。回路設計上ベースエミッタ間電圧(VBE)を精密に揃えたければ、hFEが揃ったものを選別する必要があります。


ベースエミッタ間電圧(VBE)温度特性

ベースエミッタ間電圧のデータには、温度が-25℃、25℃、100℃の3つのケースが載っており、温度が高いほどベースエミッタ間電圧(VBE)は低くなることがわかります。どれくらいの係数で低くなるかを求めてみましょう。

上の図は2SC1815(左)、2SC3421(右)のベースエミッタ間電圧(VBE)特性の25℃と100℃の間隔の電圧を目分量で読み取ってみたものです。

2SC1815: 0.12V÷75℃=1.6mV/℃
2SC3421: 0.14V÷75℃=1.9mV/℃
この値は動作条件によって変化するので一定ではありませんが、概ね1.5mV〜2mV/℃の範囲に入っています。一般にVBEは2mV/℃だと割り切って設計することが多いです。1℃の変化で2mV動きますから、30℃の変化では60mVすなわち0.06Vの変化になります。VBEは大体0.6Vですから30℃では10%ほども変化してしまうわけで、精度を求められる回路では全く無視できない数字です。

この値および性質はトランジスタ回路の設計ではきわめて重要であり、常識の一つですので暗記しておいてください。


ベースエミッタ間電圧(VBE)の温度補償

パワーアンプのSEPP出力段の場合、出力段トランジスタのアイドリング電流を決定するベースバイアス(ベースエミッタ間に与える電圧)を精密に制御する必要があります。この電圧が少しでも変化するとアイドリング電流が著しく増減するからです。また、一定のベースバイアスを与えるだけでは駄目で、周囲温度が上昇するとベースエミッタ間電圧(VBE)が下がってくるので、それに合わせて与えるベースバイアスも下げてやらなければなりません。もしそのようなことをしないでいると、トランジスタのアイドリング電流がどんどん増えていって暴走してしまいます。

シリコンダイオードの順電圧も1.5mV〜2mV/℃の温度特性を持ちますが基本的に同じです。そのため、温度補償ではシリコンダイオードがよく使われます。

右図はトランジスタ式ミニワッターPart5 15V版の回路ですが、赤で囲んだ2ヶ所にベースエミッタ間電圧(VBE)の温度変化を打ち消す回路が組み込んであります。

定電流回路では、2SA950のベースエミッタ間電圧(VBE)の温度変化をシリコンダイオード1S2076Aで打ち消すことで定電流値の温度安定性を得ています。出力段SEPP回路では、2SC3422と2SA1359のベースエミッタ間電圧(VBE)の温度変化は2個のシリコンダイオードUF2010で打ち消すことで出力段コレクタ電流の値を一定の範囲に抑え、暴走を防いでいます。

右図は、私のおもちゃ箱でご紹介しているSEPP-OTLアンプその2です。このアンプには3つの温度補償回路が組み込んであります。

赤枠部分は、ダーリントン接続したドライバ段のベース〜エミッタ間電圧の温度補償です。ここの電圧は初段のコレクタ負荷抵抗(15kΩ)とによって初段差動回路の左側トランジスタのコレクタ電流を決定しています。一方で初段差動回路のコレクタ電流の合計は、電源電圧(4.4V)とエミッタ共通抵抗(20kΩ)が決定しています。温度上昇によってドライバ段のベース〜エミッタ間電圧が低下すると、初段左側トランジスタのコレクタ電流が減ります。ということは右側トランジスタのコレクタ電流が増えるわけです。左右トランジスタのコレクタ電流のアンバランスは、オフセット電圧を狂わせます。

そこで温度上昇に合わせて初段差動回路の電源電圧を下げる仕組みを組み込むことにしました。それが回路図左上の赤枠部分です。このトランジスタは、ドライバ段トランジスタと熱結合します(★)。

緑枠部分は差動回路ですが、差動回路自体がすでに温度補償の仕組みを持っていると言えます。左右を熱結合します(●)。

青枠部分は、出力段SEPP回路のバイアスの温度補償です(■)。この回路についてはSEPP回路のところで詳しく解説しています。

回路自体にこのような動きをさせることを温度補償といいます。トランジスタ回路では、温度補償の問題が常につきまといます。ベースエミッタ間電圧(VBE)以外にも、ダイオードの順電圧、定電圧ダイオードの電圧、定電流ダイオードの電流など電圧だけに着目しても温度補償の対象はたくさんあります。


PNPトランジスタとNPNトランジスタの違い

ベースエミッタ間電圧(VBE)は、NPNトランジスタとPNPトランジスタとで微妙な違いがあります。コンプリメンタリ・ペアのトランジスタは、同特性で極性が逆なだけだと思われがちですがさまざまな点で違いがあります。ベースエミッタ間電圧(VBE)に関しても同じではありません。
NPNトランジスタのベースエミッタ間電圧(VBE) > PNPトランジスタのベースエミッタ間電圧(VBE
という一般的な性質があります。常にPNPトランジスタの方が低いというところがポイントです。どれくらい違うかというとせいぜい0.01〜0.03Vくらいですが、決して小さな値ではありません。


実際の回路における値の例

これはFET差動ヘッドホンアンプ(AC100V版)の回路図です。回路図中に各トランジスタのVBEの実測値が書き込んであるのでひとつひとつ見てみましょう。

出力段のダイヤモンドバッファ回路を構成する4つのとトランジスタのコレクタ電流値とベースエミッタ間電圧(VBE)を表にすると以下のようになります。

No.トランジスタIcVBEVBEの差
Q52SA10154.2mA0.673V2SC>0.016V>2SA
Q62SC18155.8mA0.689V
Q72SC342131mA0.647V2SC>0.019V>2SA
Q82SA135831mA0.628V

というわけで、ベースエミッタ間電圧(VBE)は、PNPトランジスタ(2SA)よりもNPNトランジスタ(2SC)の方が高くなっています。

なお、ダイヤモンドバッファ回路も巧みに温度補償機能を組み込んだ回路です。出力側の2個のトランジスタのベースエミッタ間電圧(VBE)の温度変化は、前段の2個のトランジスタのベースエミッタ間電圧(VBE)によってうまく打ち消されています。


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