私のアンプ設計マニュアル / 雑学編
9.高域対策

考え方:

この章の最初の記述ではアンプの仕上がりの帯域特性が広い方がいいと書きましたが、それは撤回します。そうではなくて、大切なのは無帰還時の帯域の広さと安定した位相特性です。無帰還時の帯域の広さと考えていただいていいと思います。そうすることで広い帯域にわたって均一の負帰還がかかります。無帰還の状態でも広帯域、負帰還をかけたら隅から隅まで上質の広帯域がベストです。


電圧増幅段:

電圧増幅段で、高域特性を決定づけているのは、増幅回路の出力インピーダンスとそれを受ける側の入力容量です。増幅回路の出力インピーダンスを低くするもっとも簡単な方法は、内部抵抗(rp)の低い3極管を使うということでしょう。内部抵抗の低さという点で並べてみると以下のようになります。

5687 < 6DJ8/6922 < 6SN7GT < 12AU7 < 6SL7GT < 12AX7

入力容量はミラー効果も考えなければならないので、Cg-p値と利得の掛け算プラスCg-k値で求められます。6SN7GTのように利得は低くてもCg-p値が結構大きい球もあれば、6DJ8のように利得は中くらいなのにCg-p値が非常に小さい球もあります。えいやっ、と計算して入力容量の少ない順に並べてみると以下のようになります。

12AU7 < 6DJ8/6922 < 5687 < 6SN7GT < 12AX7 < 6SL7GT

こうしてみると、まず、12AX7、6SL7GTが脱落してゆきます。6SN7GT族も決して有利ではありません。結局5687や6DJ8が残ってしまいます。12AU7はCg-pが1.5pFと6DJ8並に低い上に増幅率も低いため入力容量の少なさではトップです。しかし、局部的に負帰還を施せば出力インピーダンスは低くできるし入力容量も小さくできますので、12AX7が全く駄目というわけでもありません。本ホームページのデータ・ライブラリでもレポートしましたが、SRPPとすることで出力インピーダンスは低くできます。電圧増幅管のパラレル接続は、入力容量が2倍になってしまうため、あまりおすすめしません。「6G-A4シングル・アンプその2」でドライバ段の6SN7GTをパラにしたのは明らかに失敗です。NON-NFBでの周波数特性が、10kHzあたりからすでに低下しはじめているのはそのせいです。NFBをかけることで100kHz近くまでフラットにしてごまかしていますが、裸特性はあんまり褒められたものではありません。

電圧増幅回路の出力インピーダンスを低くするには、プレート電流をあまり少なくしすぎないことと、カソード側のインピーダンスをできる限り小さくすることが重要です。カソード側に1kΩの抵抗がはいっているような場合、この抵抗と並列にコンデンサがはいっていないと、この抵抗1本のせいで球の内部抵抗が2倍以上にも高くなることは珍しくありません。せっかく3極管を使っておきながら実にもったいない話です。よく、初段に負帰還を戻すために初段のカソードに抵抗を挿入しますが、このカソード抵抗はできる限り小さい値としなければなりません。内部抵抗上昇の影響のないカソード抵抗値となると、47Ω以下が望ましい値となります。

高域特性を改善しようとして、アルミ電解コンデンサにフィルム・コンデンサを並列に抱かせる人がいますが、アルミ電解コンデンサは1MHz以上まで正常に機能しますから、アルミ電解コンデンサで高域が落ちるというのは甚だしい思い込みです。それにアルミ電解コンデンサよりも帯域が狭いフィルム・コンデンサはたくさんあります。

設計では「内部抵抗」と「入力容量」の計算だけは欠かすことができません。


カスコード回路

高域 特性が抜群に良い回路としてカスコード回路が知られていますが、これをオーディオ・アンプに活用できないかというお話です。結論から言うと残念ながらほとんど出番がありません。カスコード回路の特徴は、入力容量が非常に小さいことであって、出力インピーダンスは逆に高いのです。カスコード回路は、オーディオ回路としてはほとんど出番がありません。


出力段:

3極出力管の入力容量は非常に大きく、ほとんどコンデンサが挿入されたのと同じような状況となるため、ドライバ段の出力インピーダンスは相当に下げておかなければなりません。5極管はいわずもがなで12AX7によるドライブであっても、ほとんど絶望的な高域特性になります。5687や6SN7GTのように出力インピーダンスが十分低い球を採用するか、SRPP構成またはカソード・フォロワとすべきでしょう。半導体の適用も悪くありません。しかし、多極出力管のオリジナルな接続では、入力容量はきわめて小さい値になるのでこのような問題はほとんどなくなります。

出力段の高域特性を決定づけるもうひとつの要因は出力トランスの性能です。一般論ですが、出力トランスは小型のものほど、また、1次インピーダンスの小さなものほど高域特性は良くなっています。巨大な出力トランスを採用する場合は要注意です。出力トランスは、大きければ大きいほどいいというわけではありません。出力トランスは、大型化するにつれてトランスを設計する上で解決しなければならない諸問題が噴出します。TANGO製XE-20SやFE-25-8は大変評価の高いOPTですが、このトランスは大型ではありません。


高域のスタガリング

負帰還を安定してかけるために行うスタガリングは、回路の時定数を出力トランスの帯域の外側に追い出すようにセットします。そのためには、各段の内部抵抗を下げて、入力容量を減らす必要があります。例えば、ドライバ段の内部抵抗が7kΩで、出力段の入力容量が40pFだとすると、高域時定数は568kHzですから確実に出力トランスの帯域外に追い出すことができます。これならばほとんど位相補正なしでも十分な量の負帰還がかけられます。


応用編・・・6GW8とミラー効果:

この文章を書いていて面白いことに気づきました。それは、6GW8でシンプルな2段構成のシングルアンプを設計し、出力段にカソード帰還を施した場合のことです。3極管部のプレートは、結合コンデンサを経て5極管部の第1グリッドに接続されており、第1グリッドと5極管部のカソードとは同相でほぼ同電位になります。カソード帰還をかけていますからこのカソードは交流的にアースされていません。そして、カソードには6GW8の管内シールドが接続されており、このシールドは3極管部のグリッドをていねいに取り囲んでいます。そして、このシールドはシールドではなくてプレート電極そのものです。(下図)

もうお気づきのとおり、この回路構成の場合、3極管部のCg-pは公称値よりもかなり大きくなるはずです。もし、初段が負帰還ループに含まれていなくて(ミラー効果の影響がもろに出る)、入力に100kΩ以上のボリューム・コントロールが挿入されていると(初段からみた信号源インピーダンスが最大25KΩになる)、ボリューム・コントロールの位置によっては高域特性が10kHzあたりでも明確に低下する可能性も出てきて、50kHzまでフラットという要求は絶望的になります。

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