2石MCカートリッジ用ヘッドアンプその1


1976年頃、DENONのMCカートリッジDL-103用に使えそうなヘッドアンプをあれこれ考えていて、最初に思い付いたのがこれからご紹介する回路です。片チャネルあたりトランジスタ2石でシンプルな回路です。今や、メーカー製アンプでこんなに簡単な回路は見掛けなくなりましたが、これで実に立派な音が出てくれます。回路技術の進歩というのは一体何なんだろうと思ってしまいます。

右の画像は、本回路を実際に製作されたボロン氏の作品です。HPサイトはこちら


回路の説明

トランジスタ1段増幅に、エミッタ・フォロワを1段追加しただけのシンプルな回路ですが、回路の描き方がちょっと意地悪なので、一見しただけではこの回路が一体どういう風になっているのかわかりにくいかもしれません。

MCカートリッジからの信号は「in」にはいってきます。コンデンサ(220μF/6V)と470Ωを経て、初段トランジスタ(2SA872)のベースにはいります。初段はごく普通のエミッタ接地増幅回路で、コレクタ負荷抵抗は20kΩです。初段の利得は、

初段の利得 = 20kΩ÷{(26÷0.39mA) + 68Ω}=148倍

で求まります。「26」というのは定数です。

ここで増幅された信号は、次段トランジスタ(2SA872)のベースに入力され、出力はエミッタ側から取り出されます・・・つまりエミッタ・フォロワです。取り出された信号は、コンデンサ(4.7μF/16V)を通って「out」に出て行きます。

次段エミッタ・フォロワの負荷抵抗は直列になった3本の抵抗(9.1kΩ+470Ω+430Ω)ですが、この抵抗は同時に負帰還素子をも兼ねています。実際の動作では「in」側にDL-103が接続されるわけですが、DL-103のインピーダンスは40Ωであり、この値は可聴帯域にわたってほとんど一定ですので、負帰還定数は、(1)9.1kΩと、(2)470Ω+(430Ω//1kΩ//40Ωの並列合成値・・つまり35Ω)=505Ω、で決定されると考えてよいことになります。

その結果、負帰還後のこのヘッドアンプの総合利得は約15倍になります。入力インピーダンスは約200Ωです。DL-103の定格出力電圧は、実測0.4mVですから、これを15倍すると6mVの出力が得られる計算になります。かかっている有効な負帰還量は約18dB(8倍)です。

下の回路は、右上のいじわるな描き方を普通の描き方に改めたものです。ごくごく普通の2段増幅回路の変形であることがわかると思います。2段目のエミッタ・フォロワ段のエミッタ負荷抵抗が省略され、コレクタ電流は負帰還抵抗の中を流れるようになっています。


歪み

まず歪み率ですが、小信号トランジスタのエミッタ接地増幅回路では、負荷抵抗10kΩ、出力電圧100mVの時の歪みは(だいたいですが)0.3%前後になります。そして、エミッタ抵抗が挿入されて電流帰還がかかった場合は、その帰還量に応じて歪みが減り、負荷抵抗の値には反比例し、出力電圧には比例します。また、全体にかけられた負帰還量に応じた歪みの減少も生じます。

これらを総合すると、電流帰還は約6dBなので、これによる歪みの減少は1/2となり、負荷抵抗は2倍の20kΩですから、これによる歪みの減少も1/2となり、出力電圧は(とりあえず)6mVであるとすると、歪みの減少は6/100となります。そして負帰還量は18db(8倍)でした。この場合の歪み率を概算すると、0.3%×0.5×0.5×0.06÷8=0.00056%となります・・・これは非常にラフな計算ですからね。そして、プラス20dBの信号がはいった時の歪み率はその10倍ですから0.0056%、一番不利なケースである20kHzの高域のプラス20dBの場合では、ざっとですが、さらに10倍して0.056%になりますから捨てたもんでもありません。こんな単純な1段増幅でも、結構な特性が得られるのです。

但し、ここでの計算は、純粋にトランジスタの非直線性だけを論じていますから、その他雑音歪み等は計算には入れていませんが、出力電圧がある程度高い場合は、この数字はだいたい信じることができます。

ちなみに、周波数特性ですが、10Hz〜100kHzの範囲ならば問題なくほぼフラットになり、1MHzまでピークもありません。


雑音性能

このアンプで生じる雑音の多くはトランジスタで発生します。トランジスタの雑音性能が最も良くなる領域というのは、コレクタ電流数十μA前後で信号源インピーダンスが数kΩのあたりです。そういう意味では、本回路における初段の動作条件というのはセオリー違反です。コレクタ電流がちょっと多すぎます。しかし、初段のコレクタ電流を少なくしてゆくと、コレクタ負荷抵抗の値がどんどん大きくなってしまい、今度は抵抗器で発生する熱雑音や回路インピーダンスが高くなるがゆえの外部からの誘導雑音の心配が出てきてしまいます。さまざまな条件と相談の結果、このような条件設定となりました。

なお、PNP型(2SA)を使用したのは、NPN型よりも聴感上の雑音の質が大人しかったからです。2SC1775といったNPN型トランジスタを使う場合は、電源の極性を反対にするということはいうまでもありません。なお、PNP型よりもNPN型の方が、ベース・コレクタ間電圧が高めに出ますので、NPN型とした場合、回路図上の「0.59V」は「0.61V」くらいになり、それにつれて全体の回路電圧もわずかですが変化します。

雑音源として特に注意しなければならないのは、入力のところにあるコンデンサ(220μF/6V)です。当時(1976年頃)は雑音性能のすぐれた電解コンデンサはなく、もちろんOSコンなどもありませんでした。そこで、非常に高価でしたが湿式タンタルコンデンサを使った記憶があります・・・とはいっても秋葉原の秋月で1本\100だった。

入力回路の470Ωや430Ωの抵抗には0.67mAもの電流が流れますから、ここで使用する抵抗器の品質にも注意がいります。


使用部品

本ヘッドアンプはほとんど手持ち部品で作りました。2つのコンデンサ、220μF/6Vと4.7μF/16Vはタンタル電解コンデンサです。タンタル電解コンデンサは、たまにショート事故を起こすことを除けば、漏れ電流、周波数特性等あらゆる点でアルミ電解コンデンサよりも優れています。

トランジスタは、日立製の低雑音PNPトランジスタ2SA872です。抵抗類はオーソドックスなカーボン抵抗ですが、できればノイズが少ない金属皮膜抵抗をおすすめします。回路図は挙げませんでしたが、電源トランスは、12V×2の電磁シールド付きのジャンクを流用し、これを両波整流した上で、トランジスタ1段によるリプル・フィルタを経てから、抵抗とパスコンによって左右チャネルに振り分けています。


電池式への変更

このアンプを9Vの電池(006P)で動作できるように回路定数を変更したのが下図です。

トランジスタ回路で得られる利得は、一般にその回路にとって有効な電源電圧に比例する、という性質があるため、8V〜9Vの電源電圧で動作させるためには、裸利得が犠牲になります。そのため、負帰還定数に若干手を加えて、総合利得を11倍におさえています。

006Pという乾電池は内部抵抗が非常に高いため、CH間クロストークの劣化を考えると、1つの電池で左右両CHを任せることができません。そこで、006Pを2つ用意して、それぞれに各CHを受け持たせるような工夫が必要になります。

電池式と交流式とで、どちらの音がいいかはよく議論のネタになりますが、私の経験で一体どちらが良かったのかは、ここでは言わないことにします。本回路を実際に製作されたボロン氏のレポートはこちらです。


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