2石MCカートリッジ用ヘッドアンプ(1976年版)から2年経った1978年、Marantz 7Tプリアンプの回路にヒントをもらって作ってみたのがこのヘッドアンプの回路です。この回路は簡単なのに音が良く、以後、どんなに凝った回路を作ってもなかなかこれを越えることができないまま今日に至っています。トランジスタ回路黎明期っぽいいかにも古風な回路ですが、差動だ、カレントミラーだ、なんだかんだと小難しい回路を積み上げるのではなく、半導体素子の特性を生かした無駄のない構成の妙というのを味わってみてはいかが。
右の回路は、Marantz 7Tプリアンプにおいて、3Dステレオのセンター出力用のバッファアンプに使われたもので、非常にシンプルながらNPN-PNPトランジスタ2段増幅回路です(原回路図から部分を抜き出したので変な格好ですが)。信号は0.047μFのコンデンサのところから入力されます。1MΩの抵抗は、初段トランジスタ(Q506)のためのバイアス用です。10kΩが初段のコレクタ負荷抵抗で、一端はB+43Vにつながっています。2段目トランジスタ(Q505)のエミッタはB+43Vにじかに接続され・・・交流的に接地されている、1.5kΩと680Ωとがコレクタ負荷抵抗です。この2本の抵抗は、 2段目の負荷抵抗と負帰還素子とを兼ねているため、一般的な回路よりも部品点数が少なくなっています。
負帰還定数は、1.5kΩと680Ωとで決定され、約3.2倍の総合利得があります(下式)。
( 1.5 + 0.68 ) ÷ 0.68 = 3.2
同機では、もっぱら1.5kΩにあたる抵抗をゼロとすることで、利得1倍のバッファアンプとして他所でも多用されていますが、3D出力のところだけはこのような利得が得られるような構成になっています。
そこで、もし、680Ωの抵抗の値をもっと小さくしたらどうなるでしょうか。シンプルな回路構成のままで、10倍、20倍といった利得が得られるような設計ができるのではないか、といったところから以下で説明する回路ができあがったのです。
ところで、この回路は余程にすぐれているようで、Victorの4chプリアンプ MCP-V9のバッファアンプとしても採用されています。当時の、Victor社の設計陣からは、この2段増幅回路はエミッタ・フォロワ1段よりもはるかに低歪みにできる、というコメントが詳細なデータとともに発表されたのを記憶しています。
MCカートリッジ用のヘッドアンプですから、最終利得は最低でも10倍、できれば15倍くらいは欲しいところです。となると、負帰還素子の2つの抵抗の比は最低でも10:1くらい、できれば15:1〜20:1くらいなければなりません。たまたま手許に3.9kΩと220Ωの低雑音抵抗があったのでこれを使うとすると、( 3.9 + 0.22 ) ÷ 0.22 = 18.7
となって具合が良さそうです。
この回路では、初段のエミッタ電圧が、2段目のコレクタ電圧が2つの負帰還抵抗(3.9kΩと220Ω)によって分流された電圧と同じになります。従って、220Ωで生じる電圧が十分に高くないと、初段の動作が安定してくれません。あまり極端に高い比率の負帰還素子では具合悪い回路であるわけです。
電源電圧をかりに15Vくらいとすると、2段目のコレクタ電圧はおおむねその半分の7.5V前後になりますから、これを3.9kΩと220Ωの比で割ってみると約0.4Vになります(実際には、初段エミッタ電流も加わるのでもう少し高くなる)。0.4Vに初段のベース・エミッタ間電圧を加えたものが初段ベースへのバイアス電流の供給電圧となります。これくらいだったらなんとか安定させることができそうです。ちなみに、PNP型低雑音トランジスタに100μA程度のコレクタ電流を流したときのベース・エミッタ間電圧はだいたい0.55V〜0.57Vくらいになります。
初段のコレクタ電流は100μAとしました。また、ノイズの性質を考慮した結果、初段はPNP型の2SA872、次段がNPN型の2SC1345となりましたので、電源はマイナス15Vということになります。2SA872、2SC1345どちらも日立が誇る低コレクタ容量の低雑音トランジスタです。
本回路の初段の裸利得は約8倍、次段が約110倍、合わせて約880倍です。負帰還後の総合利得は18.3倍です。当時の測定データはすでに滅失していますが、すくなくとも10Hz〜100kHzは問題なくフラットで、それ以上1MHzまでゆるやかかつわずかな減衰特性です。
1985年頃のある日、Naim NAITという英国製の小さなプリメイン・アンプと出会って衝撃を受けた記憶があります。なんといっても音が良い、そしてデザインも良い。こんなアンプが欲しかった。右の画像は日本でも販売されましたが、このアンプ刃MC入力はついていません。気軽に買えるようなお値段ではなかったので手にすることはできませんでしたが、Naimは深く記憶に残るメーカーとなりました。
その30数年後の2018年の夏、Webを検索していてたまたま見つけたのがこの回路図です。好感を抱いているメーカーに同じことを考えた人がいたことがわかってうれしかったです。このアンプが開発されたのはすくなくとも1983年より後ですから、私(1978年)の方が先!
1978年当時、この回路をベースとしたMCカートリッジ用ヘッドアンプは、すくなくとも5台は製作しました。それほどに、作り易く、アンプとしての実用性も高かったのだと思います。当時、メーカー各社のヘッドアンプやヘッドトランスを借用しては試聴に明け暮れたものですが、全く見劣りしなかったことを記憶しています。雑音性能も申し分のない結果が得られています。初段入力のコンデンサ100μF/6V、出力コンデンサ4.7μF/16Vはともに漏れ電流が少なく、周波数特性が優れたタンタル電解コンデンサを使っていますが、物理特性はさておき、この種のアンプでは何故かタンタル電解コンデンサが重要な役割を担います。ここにアルミ電解コンデンサやOSコンを持ってきてもなかなか落ち着いた音になってくれません。
コンデンサを廃したDCアンプやら、プラス・マイナス2電源を使うのがあたりまえの昨今ですが、入力側と出力側にコンデンサが1個ずつ居座っている、たった2石構成のこのアンプでも、何ら困ったことなどなく、ハイレベルの音を聴かせてくれます。