21世紀になってから作る
MCヘッド・トランス
<試作編>


MCカートリッジを使うには、MCヘッド・アンプあるいはMCヘッド・トランスを使います。このページでは、既成の安価なトランスを流用して、なんとか使い物になるMCヘッド・トランス作りに挑戦してみることにします。


■トランスさがし

<トランスの要件>

MMカートリッジの代表選手、DENON DL-103の仕様の主な点について振り返ってみましょう。 一般に、DL-103を使うためには、約10倍の昇圧が必要です。トランスで10倍の電圧利得を稼ぐには、最低でも1:10の巻き線比がいります。ところで、トランスの巻き線比とインピーダンス比の間には、

巻き線比=√(インピーダンス比)
の関係があります。たとえば、5kΩ:8Ωの出力トランスのインピーダンス比は、「5000Ω:8Ω」→「625:1」ですから、巻き線比は「25:1」なわけです。今回必要な「1:10」の巻き線比のトランスのインピーダンス比は「1:100」になります。

ちなみに、扱う信号レベルは非常に小さいので、大きなコアである必要はありません。


<ST-12測定>

インピーダンス比が1:10程度のトランスというと、ひとつには小型の出力トランスの流用という手があります。5kΩ:16Ωのプッシュプル用の出力トランスであれば、インピーダンス比は「312.5:1」なので、巻き線比は「17.7:1」ですからこれを1次、2次逆に使うことでなんとか昇圧比はまかなえます。しかし、出力トランスの2次巻き線は巻き数が少ないので、低域端での特性劣化は避け得ないと考えられます。

秋葉原の部品屋の片隅には、角砂糖くらいの大きさのサンスイのSTシリーズのトランスが置かれていることがあります。昔、小型のトランジスタ・ラジオ用に使った記憶があります。このSTシリーズの中に、ST-12というインピーダンス比「100kΩ:1kΩ」というトランスとがあります。巻き線比は「10:1」です。

このトランスの1次と2次を逆にして使えないものかと思って、試しに2個購入してきて、周波数特性を測定してみました。

結果はご覧のとおりで、低域は200Hzあたりからだらだら下がり始め、周波数特性全体にやや右上がりの傾向があって、高域は20kHzから先で低下がはじまっています。

これでは低域が落ち過ぎて使いものになりませんし、右上がりの中域もキャラクターが出てしまいそうで、「やっぱり、420円のトランスじゃあ駄目なのかなあ。」と諦めかけた時、見落としに気がつきました。

トランスの低域特性は、送り出し側の出力インピーダンスの影響を受けやすく、送り出し側のインピーダンスが高いと低域特性は悪くなるということです。測定に使用したオーディオ・ジェネレーターの出力インピーダンスは600Ωですから、このまま測定していたのでは現実的なデータは得られません。MCカートリッジと同程度に低ければ、低域特性はずっと良くなるはずです。


<ST-12測定やりなおし>

DENON DL-103の電気インピーダンスは40Ωです。これに近い条件での周波数特性がどうなるかを測定するためには、送り出し側のインピーダンスを40Ωまで低くしてやる必要があります。オーディオ・ジェネレータの出力に並列に47Ωの抵抗を追加することで、回路インピーダンスを44Ωにして再測定しました。

受け側のインピーダンスはフォノ・イコライザーアンプのごく一般的な入力インピーダンスである47kΩにしてあります。ちなみに、この受け側のインピーダンスを低くすると、トランスの帯域特性はより広くなります。

今度は、低域特性はぐっと良くなりました。15Hzで-3dBの減衰、50Hz以上ではほぼフラットです、右上がりの傾向もなくなりました。

しかし、一方で50kHzあたりに+2.5dB程度のピークができてしまいました。ソフトンの善本さんによると、47kΩ程度の高めのインピーダンスで受けると、どうしてもここいらあたりに2〜3dBくらいのピークができてしまうとのことです。セオリーどおり・・・

・・・ということは、このST-12というトランスはそれなりにまともだということになります。

ところで、このST-12というトランス、1kΩ側の直流抵抗が34Ω、100kΩ側の直流抵抗は1.34kΩくらいあります(気温20℃の時)。この34Ωは2次側からみると、100倍(インピーダンス比)の3.4kΩになります。実際にはDL-103のインピーダンス40Ωが足されるので、3.4kΩではなくて7.4kΩになります。全体としての内部インピーダンスは、これに1.33kΩを足して8.73kΩになります。

これを47kΩで受けるので、47kΩ÷(8.73kΩ+47kΩ)=0.84倍となり、これがロスとなって減衰されます。巻き線比1:10のトランスで0.84倍の減衰ですから、全体の仕上がりの昇圧比は「1:8.4」です。目標の「1:10」よりも少々目減りしてしまいましたが、まあ、1個420円、全体の製作費1,800円(消費税込み)にしては上出来だと思います。

この周波数特性は、2次側を受けるインピーダンスをもっと下げてやると、更に改善されてピークがなくなり、よりフラットになってゆきますが、そうすると、減衰量も多くなってしまうので、せいぜい30kΩどまりとしましょう。

右のデータは、信号レベルによる周波数特性の違いを測定しようとしたものです。トランスは、微小信号レベルになるにつれて、超低域側の帯域特性が悪くなるといわれていますので、検証のためです。

出力電圧=-20dB(100mV)の時で10Hzでの減衰は約7dBですが、出力電圧=-40dB(10mV)の時では10Hzでの減衰は約8dBくらいになり、出力電圧=-60dB(1mV)の時では10Hzでの減衰は約9dBくらいになっています。案外、いい数字です。

なお、試行錯誤の結果、2次側に100kΩの抵抗を内臓させ、後続のフォノ・イコライザーの入力インピーダンス(一般的には47kΩ)と合成して32kΩとなるようにしています。


<回路図>

本機の回路は左図のとおりです。

じつにあっさりとしたものですが、ポイントは2次側に入れた100kΩの抵抗でしょう。トランスからみると、フォノ・イコライザー・アンプの入力インピーダンス(通常47kΩ)とこの100kΩとが並列になって、32kΩ負荷として機能します。この100kΩがないと、50kHzあたりのピークが目立ちます。

重要なのは、トランスのコア部分をアースすることです。ちいさなプラスチック・ケースに入れたのでこのままではシールドがありません、そこで、ケースの内側にアースにつないだ銅シールを貼ってシールドがわりにしています。接着剤付きの銅シールは秋葉原で容易に入手可能です。



<中の様子>

黒いアース端子がある方が入力側です。トランスのカバーと遊んでいる平ラグの端子はすべてアースにつないであります。この画像を撮った時は、まだ、銅シールは貼っていません。



アナログLPレコードを楽しむ に戻る