2018年4月のこと、平塚に在住の音響エンジニア氏のお宅にお花見に行った時、Water Method(https://70s-bottom.jimdo.com/)なるものを実験&実践されている方に出会いました。ひらたく言うと、水を使ってLPレコードにつきもののチリチリプチプチ・ノイズを除去するというお話です。回転するLPレコードの盤面に精製水をかけて、カートリッジの針の周辺を水没させながら再生してしまうという実に大胆な方法なのですが、確かにチリチリプチプチ・ノイズがほとんど消えます。この種のアプローチは歴史的に先人によって実に多くの試みがなされてきましたが決定打はありません。私なりの検証やアナログレコードのベテラン諸氏からアドバイスを以下にまとめてみました。
オリジナルサイトの解説によると、糊付きアルミ板をカートリッジの底に貼り付けて盤面との間の隙間を小さくし、表面張力によって針先の周囲が水びたしの状態を維持するようです。手持ちのortofon FF-15MK2はそのままですでに腹を盤面にすりそうな状態なので、糊付きアルミ板などつけずにいきなり水をたらしただけでカートリッジによる水の帯ができてしまいました。下の動画は、カートリッジが水をつかんだ状態に内周にさらに水を足しているところです。
W.A.Mozartのグランパルティータ(harmonia-mundi)の冒頭部分で比較してみました。下の画像は、曲が始まる直前の1秒間のノイズ波形の比較です。上側の2チャネル(L/R)が水なしの状態、下側の2チャネル(L/R)が水ありの状態です。水なしの方はパルス性のノイズが2ヶ所ありますが、水ありの方には出ていません。ノイズ波形全体を比べても、水ありの方が細かいギザギザが少ないのがわかります。
(クリックで拡大)次は、実際に耳で音を聞いて比較してみます。開始から35秒〜50秒の静かな部分がわかりやすいです。単純にチリチリプチプチ・ノイズが出なくなったというのならいいですが、なんとなくハイ落ちも生じている気がします。
●水なしの時の音♪
◎水浸し状態の時の音♪
ortofon FF-15E(左) / SHURE M75MB2(右)ortofon FF-15Eは、カートリッジの胴体がすっかり水を引き寄せてしまいました。
SHURE M75MB2は、針カバーを盤面近くまで下げてみたら、いい感じで水をつかんでくれました。
提唱者によると、盤面全体にゆきわたるように同心円状にたっぷりと水をかけるんだそうです。水の供給は、ホームセンターやamazonで売っている洗浄瓶(スポイト・ボトル)を使います。私の実験では、盤面の状態によっては、カートリッジがある程度の水をつかんだら内周までその水を連れて行ってくれることがあるように思います。下の動画は、外周からスタートして中半あたりまで水を連れてきた様子です。このレコードでは、最後まで水を連れて行ってくれました。←洗浄瓶と精製水使用する水は、ミネラルやカルキなどの不純物だけでなくウィルスや細菌類も取り除いた精製水がいいでしょう。コンタクトレンズの洗浄や加湿器でおなじみの精製水は医療機関に欠かせないものなので、ドラッグストアやネットで廉価に入手できます(500ccで100円〜、20リットルで1500円〜)。純水と称して売られているものもOKです。自宅で精製水に近いものを作るには逆浸透膜浄水器を使いますが、装置は高価でかさばります。水道水には乾くと白く析出する炭酸カルシウム(石灰)などがかなり含まれているのでNGです。要するに水垢のことで、やかんやポットのふちにつく白くてガリガリにこびりつくやつです。水道水は沸騰させてもダメです(むしろ有害)。硬水はカルシウムやマグネシウムの炭酸水素塩、その他の塩などを多く含むのでいよいよまずいですし、当然ミネラルウォーターもダメです。キッチンにビルトインされている浄水器の水も試してみましたが、盤面についた水滴が乾くと見事に水垢の白い痕跡がついてしまいました。後述するスイスのLENCOCLEANも脱ミネラル水を使っています。
ケース1:
これを実際に見たレコーディング・エンジニアのK氏(日本人で数少ないグラミー賞受賞者)によると、盤面に水を足してノイズをなくす方法はプロの世界でもよく使われんだそうです。マスターテープが失われてしまい、プレスされたレコードしか残っていないような音楽ソースを復刻する時、水によるノイズ除去という手を使うのだそうです。水浸しほどにしなくても、こまめに綿棒で盤面に水を与えるだけでも相当に効果があるのだとか。盤面についた水を軽く除いただけのまだ盤面全体に細かく水が残っている状態で再生してみたところ、チリチリプチプチ・ノイズが相当に出なくなりましたので、プロの現場で行われている方法の効果性は実感できました。ケース2:
DENONがサヴォイレーベルを買収してSPレコード時代のチャーリー・パーカーの金属原盤からLPレコードやCDを制作するときには、水の代わりに油を使ってノイズ除去したそうです。SPの金属原盤とLPレコードでは条件がかなり違いますが。(情報提供:黄金のアンコール氏)ケース3:
スイスのオーディオメーカーLENCO社のLENCOCLEANという商品があります。精製水とアルコール(1:1)を使うもので、劇的にノイズが減少しますがアルコールの臭いが強烈だという欠点があります。また、一度LENCOCLEANを使ったレコードはLENCOCLEAN無しではノイズが増えるという問題もあります。
私として気になるのは、振動系全体が水でダンプされてしまうので、特性自体の劣化はないのだろうかという点です。特に、針先の軽量化に血道をあげた高コンプライアンスな軽針圧カートリッジにとっては、この方法は災難以外のないものでもないでしょう。特性へのインパクトついては、周波数特性などが測定できる評価テストレコードを使って実際に検証して、ここでレポートするつもりです。
<針先の磨耗が早い>
砥石に水をつけて包丁を研ぐようなものなので、水に濡れた状態のダイヤモンド・スタイラスは急速に摩耗し寿命が短くなります。<ノイズが増えることがある>
私の印象ですが、一度この方法を行ったレコードを水なしで再生した時、ノイズが減っているものと逆に増えてしまったたものとがあります。前述のLENCOCLEANの場合もノイズが増えるので、この方法においても同じ問題があるように思います。<カートリッジを選ぶ>
この方法が使えるカートリッジにも制約があるようで、MCカートリッジはコイルを含む電気系統が水浸しになるのでダメです。MMカートリッジは、カンチレバー先には小さな磁石があるだけですから大丈夫なようです。私が試して今のところ大丈夫そうなのは、ortofon F-15系とSHUREのMシリーズです。大切なカートリッジに何かあったら嫌だ、という方はおやりにならないことをおすすめします。<気が散る>
実際にやってみて「水の状態を見張るのがめんどくさいし気が散る」というのも感じました。音楽を聞いているというよりも、ノイズがない状況を確認しつつそのついでに音楽も聞いている感じです。レコードをノイズがない条件の良い状態で1回限り再生し、それをデジタル化するという目的には抜群の効果を発揮するように思います。
この方法を知ってからかなりの数のレコードをデジタル化してiTunesに入れて楽しんでいます。針先の摩耗の懸念ですが、私の人生の残りの時間を考えたら気にするほどの問題ではないことに気づいたので割り切ることにしました。ノイジーなレコードが静かに聞けることのメリットは大きいです。