LUX SQ38FD その2



フラットアンプ

SQ38FDのフラットアンプは特異な構成であることで知られています。前モデルのSQ38、SQ38Fともに12AU7単段の無帰還構成でしたが、SQ38FDでは、p-g帰還と呼ばれるちょっと変わった負帰還方式を採用している点にあります。では、早速回路(下図)を見てみましょう。

回路の概要

セレクタスイッチを出た信号(in)は、47kΩの抵抗を介してステレオ-モノ切換のモードスイッチにはいります(上の図では省略)。この47kΩの抵抗は、スイッチをモノにした時、左右チャネルそれぞれのソース同士が干渉し合わないようにするためです。250kΩ(AC型)ボリュームを使ったバランス・コントロール回路を経て、250kΩ(AA型)のボリューム・コントロール回路にはいります。この後ろにローカット・フィルタが続きます(省略)。0.1μFのコンデンサがありますが、これはソース側から何かのトラブルで直流電圧が印加された場合でも、フラットアンプの動作に影響を及ぼさないためのものと推察されます。次の1MΩの抵抗は、フラットアンプのグリッド電位をアースと同じに保つためです。

12AX7のグリッドの直前にある47kΩが、p-g帰還のための帰還抵抗で、プレート側から戻るようにつながっている1MΩとこの47kΩとで負帰回路が成り立っています。

p-g帰還回路

p-g帰還の特徴は、まず、入力のグリッドのところに抵抗(47kΩ)が割り込んでくること、負帰還はプレートからグリッドにかかるということ、入力された信号は47kΩと1MΩとで減衰されるという副作用があること、入力インピーダンスが低いことです。

ところで、p-g帰還の計算には重要な約束事があります。それは、ソース側のインピーダンスがゼロであるということです。ソース側にもインピーダンスがある場合は、グリッに接続されている47kΩに加算して考えなければいけません。そこで問題になるのが、ボリューム・コントロールの位置によるソース・インピーダンスの変動とその前に存在する47kΩの抵抗の存在です。

その様子をわかりやすく描き直したのが上の2つの図です。ボリュームがMINの位置にある時は、47kΩの一端は接地されます(上図左)。ボリュームがMAXのときは、その前の47kΩの抵抗、ボリューム自身の250kΩ、バランス・コントロールのセンタータップから下の抵抗値(約220kΩ)の3つによって接地されます(上図右)。

では、ソース・インピーダンスが最大になるのはどんな時かというと、それは右図「ソースインピーダンスが最大になる時」のような条件になった時になります。これは、ボリュームの位置がだいたい3時〜4時くらいの角度にあたります。

ソースインピーダンスについてまとめてみます。

従って、負帰還を決定する2つの抵抗値は、

という結果になります。

ボリューム・コントロールの位置によって、フラットアンプのソースインピーダンスが変動するということは、フラットアンプの直前に置かれたローカット・フィルタの周波数も変動してしまうことになります。ボリュームMINの時と3〜4時くらいの時とで、周波数は2倍ほども変動します。このような問題は、SQ38F以前ではなかったことです。

注:ここでは、入力からさらに上流のソース(たとえばphonoイコライザ・アンプやチューナ等)の出力インピーダンスについてはゼロであると仮定して計算していますのでご了承ください。

フラットアンプの動作ポイント

例のごとく、フラットアンプの動作ポイントの検証をしてみます。カソード抵抗は、イコライザアンプ2段目と同じ1.5kΩですが、プレート抵抗が150kΩでちょっと大きめの値になっています。

電源電圧ですが、かりに250Vと300Vの2つのケースを仮定してみます。そして、グラフからは、

電源電圧=250Vのとき:
プレート電圧=130V〜145V
プレート電流=0.8mA〜0.7mA
そのときのバイアス電圧=-1.2V〜-1.05V

電源電圧=300Vのとき:
プレート電圧=162V〜177V
プレート電流=0.92mA〜0.82mA
そのときのバイアス電圧=-1.38V〜-1.23V

であることが推測されます。バイアスはちょっと浅めかな、という気がしますが、このあたりの動作ポイントであれば、少々ずれても増幅回路としての特性にはあまり影響はないと思います。なお、バイアス電圧は、プレート電流×カソード抵抗(1.5kΩ)で求めたので、グラフ上での読み取り数値とは異なっています。

利得の計算

裸利得の計算に必要なデータは以下のとおりです。

交流負荷抵抗は、次のトーンコントロール段の入力インピーダンスがわからないことには計算できません。ここは少々強引ですが、トーンコントロール段の入力インピーダンスを100kΩと仮定しての概算を試みます。150kΩと100kΩの並列合成値は60kΩですから、

裸利得 = 100×{ 60kΩ÷( 60kΩ + 70kΩ ) } = 46.1倍

さて、負帰還計算に必要な帰還定数ですが、

これを使って、負帰還後の利得を求めると、

ごらんのとおり、本機はボリュームコントロールの位置によってフラットアンプの利得(すなわち帰還量)が最大2倍程度変化する不思議な構造になっているのです。当然のことですが、ボリュームコントロールの位置によって歪み率や周波数特性も変化してしまいますが、これを聞き分けることができる人がいるかどうか・・・。

p-g帰還回路の入力インピーダンスは以下の計算式で求まります。p-g帰還の入力インピーダンス算出については、「私のアンプ設計マニュアル」の「負帰還その3 (その種類と実装のポイント)」に詳しい説明があります。

入力インピーダンス = グリッド抵抗 + { 負帰還抵抗÷( 裸利得 + 1 ) }

必要な値をいれて計算してみると、

47kΩ + { 1MΩ÷( 46.1 + 1 ) } = 68.2kΩ

これらをもとに「ボリュームがMAXの時のフラットアンプ段全体の利得」を計算してみます。まず、回路図「Volume MAX時」中の、入力から(X)点までですが、47kΩと250kΩ//200kΩ//68.2kΩとの減衰回路になりますので、

( 250kΩ//200kΩ//68.2kΩ )÷( 47kΩ + 250kΩ//200kΩ//68.2kΩ ) = 0.47倍

です。(X)点から(Y)点までは、47kΩと1MΩとの減衰回路になりますので、

1MΩ÷( 47kΩ + 1MΩ ) = 0.96倍

そして、ボリュームMAXの時の負帰還後の利得は10.2倍でしたから、これを総合すると、

0.47×0.96×10.4 = 4.7倍

となって、これがライン入力からフラットアンプの出口までの、ボリュームコントロールMAX時の利得ということになります。

ついでに、フラットアンプの出力インピーダンスについても検証しておきましょう。SQ38やSQ38Fでは、フラットアンプには12AU7が無帰還で使われていました。この場合の出力インピーダンスは、

(1)12AU7のrp・・おおよそ10kΩ、
(2)プレート負荷抵抗・・50kΩ

この2つの並列合成値なので計算は簡単で、8.3kΩです。SQ38FDでは、

(1)12AX7のrp・・おおよそ70kΩ、
(2)プレート負荷抵抗・・150kΩ

なのですが、p-g帰還がかかっているために、並列合成値は47.7kΩですが実際の値はもっとちいさくなります。正確な計算ではありませんが、負帰還がかかったアンプの出力インピーダンスは、後段のインピーダンスが十分大きな値であるという場合に限って、ここで求めた47.7kΩを帰還量で割ることで近似的に求めることができます。フラットアンプの帰還量は、3.1倍〜5.9倍の間で変動しますが、47.7kΩ÷(3.1倍〜5.9倍)=15.4kΩ〜8.1kΩと求まります。(ちゃんと計算したら、11.6kΩ〜5.8kΩとなりました・・正確な計算法はいずれまた。)

いやいや、面倒な計算におつきあいいただいて、どうもお疲れ様でした。しかし、計算問題の山場はまだまだこれからです。頑張ってお付き合いください。


トーン・コントロールアンプ

ある期間、LUX社のアンプには真空管、トランジスタを問わず同じ方式のLUXオリジナル(だと思う)のトーン・コントロール回路が採用されていました。世間ではこれをLUX式と呼び、シンプルな構造ゆえに多くの自作アンプで採用されてきました。もちろん、SQ38FDでもLUX式トーン・コントロール回路が採用されています。

回路の概要

左図は、LUX型トーン・コントロールの基本回路です。1段増幅回路のプレートからグリッドに負帰還がかかっており(p-g帰還)、この負帰還回路に周波数選択性を持たせることで、周波数特性をコントロールしようというものです。

Treble用は、250kΩB型のボリュームを使い、周波数はコンデンサCtの値で決定されます。Bass用は、1MΩB型ボリュームを使い、周波数はコンデンサCbの値で決定されます。


周波数の切換は、Ct、Cbの値を変更することで行い、トーン・ディフィートは、Treble側はCtを切り離すことで、Bass側はCbをショートすることで行います。

LUX型トーン・コントロールの原理

LUX型トーン・コントロールの原理を知るために、「非常に低い周波数」および「非常に高い周波数」の2つの場合について、回路図を書き換えて検証してみたいと思います。

上の回路図を参照してください。「非常に低い周波数」の場合は、Treble用ボリュームは、どのポジションにあっても影響力を持たなくなります。つまり、Treble用ボリュームをどの位置に回転させても、低い周波数においては影響力がありません。一方、Bass用ボリュームとその上下の100kΩの抵抗によって、p-g帰還回路が構成されています。ボリュームの位置によって、p-g帰還の帰還抵抗は以下のように変化します。

今度は「非常に高い周波数」の場合です。Bass用ボリュームの両端がショートされてしなうので、どのポジションにあっても影響力を持たなくなります。つまり、Bass用ボリュームをどの位置に回転させても、高い周波数においては影響力がありません。一方、Treble用ボリュームは単体でp-g帰還回路が構成されています。

高低どちらの場合も、ボリュームが上端のときには、負帰還量が減少し、しかも2つの抵抗による減衰もなくなるので、トータルの利得は増加します。反対にボリュームが下端のときのときは、負帰還量が増加し、2つの抵抗による減衰が大きくなるので、トータルの利得は減少します。

ボリュームが中央のときは、高低どちらの場合も2つの抵抗の値が同じになります。p-g帰還回路で、2つの帰還抵抗の値が同じという場合は、回路そのものの利得は約2倍になるのですが、2つの抵抗による減衰がちょうど0.5倍あるために、トータルの利得はちょうど1倍になります(仮に、12AX7の裸利得が50倍であるとして計算すると0.96倍になります)。

入力インピーダンス

このトーンコントロール回路の入力インピーダンスについても検証しておきましょう。本来、トーンコントロール段の入力インピーダンスがわからないことには、前段のフラットアンプの正確な利得はわかりません。(本ページでは、フラットアンプの利得の計算では、トーンコントロール回路の入力インピーダンスを、エイヤで100kΩと仮定して計算してきました。)

前記LUX型トーン・コントロールの原理で使った2つの回路図を流用します。まず、「非常に低い周波数」の場合の入力インピーダンスです。Bass用ボリューム1MΩ側は、100kΩ+500kΩと100kΩ+500kΩとに分割されます。トーンコントロール回路の12AX7段の裸利得をざっと50倍と仮定します。p-g帰還回路の入力インピーダンスは、「入力インピーダンス = グリッド抵抗 + { 負帰還抵抗÷( 裸利得 + 1 ) }」でしたから、必要な値をいれて計算してみると、

600kΩ + { 600kΩ÷( 50 + 1 ) } = 612kΩ

になり、これと250kΩとが並列になりますから、

( 612kΩ×250kΩ )÷( 612kΩ+250kΩ ) = 177kΩ

これが「非常に低い周波数」における、Bass用ボリュームをセンターにした時のトーンコントロール回路の入力インピーダンスです。次は「非常に低い周波数」の場合の入力インピーダンスです。Treble用ボリューム250kΩと2つの100kΩの抵抗とが並列の状態でp-g帰還を構成し(それぞれ55.6kΩになる)、Bass用ボリュームは事実上ないものとみなせますので、

55.6kΩ + { 55.6kΩ÷( 50 + 1 ) } = 56.7kΩ

これが「非常に高い周波数」における、Treble用ボリュームをセンターにした時のトーンコントロール回路の入力インピーダンスです。本当は、もっとさまざまな条件を想定して計算すべきかもしれませんが、このへんで次に進みましょう。

中域(たとえば1kHz)の問題

構造がシンプルでセンタータップ付きボリュームもいらないLUX型トーンコントロール回路にもちょっとした欠点があります。たとえば、1kHzの場合について検証してみましょう。

右図は、1kHzにおけるこのトーンコントロールの様子を表わしています。コンデンサにかかわる値は概算値です。

問題となっているのは、bass側のコンデンサ(10000pF)が、1kHzではゼロにはならないことによって、上下が対称にならないことにあります。上下が対称というのは、(X)-(d)間と(d)-(Y)間の抵抗値の比が1:1であるということです。

ちょっと面倒な計算なのでその手順は省略しますが、結果は、

(X)-(d)間:(d)-(Y)間 = 50.7:49.3

となりました。仮に、12AX7の裸利得が50倍であるとして計算すると、トーンコントロール回路の利得は0.935倍になります。トーンコントロールのボリュームが中点のときの、高低域端の利得は0.96倍でしたから、1kHzでの利得の方がわずか(0.935÷0.96=0.974)に低くなる、ということになります。ちなみに、0.974という数字をデシベルに置き換えると-0.22dBになります。

この程度の誤差は、トーンコントロールで使われている可変抵抗器の精度に比べれば微々たるものですから、気にするようなことではないかも知れません。あくまで、LUX型トーンコントロールでは理論上このような特性を持っているのだ、ということだけ理解いただければ充分だと思います・・・そもそも、このページ自体がメーカー製の銘アンプを肴に遊ぼうというゲームなのですから。もちろん、この誤差はトーン・ディフィート・スイッチによって解消されます。

謎の250pF

SQ38FとSQ38FDとを比較してみると、回路方式や回路定数などさまざまなところに違いを発見できます。トーンコントロール回路については、12AU7であったのが12AX7に変更されたというところが最も大きな変更だと思いますが、もうひとつ、ちょっと不思議な変更がなされています。

それは、Bass用ボリュームのところに追加された2つのコンデンサ(250pF)です(上図)。そもそも、LUX型トーンコントロールは歴代このようなところにコンデンサは挿入されず、また、そういう必要もありません。それなのに、何故、SQ38FDになって突然ここにコンデンサが追加されることになったのでしょうか。

SQ38Fのときに12AU7だったのが、SQ38FDで12AX7に変更になったことと関係があるかもしれません。

それは、グリッド側の入力容量の変化です。真空管のグリッドとカソードとは近接していますから、この間にわずかながら容量が存在してちょうどコンデンサがはいっているようになっており、カソードはコンデンサで接地されているために、あたかもグリッドとアースの間にコンデンサを挿入したのと同じ状態になります。この容量のことをCg-kあるいはCinといい、12AU7で1.6〜1.8pF、12AX7で1.6pFあります。

もうひとつ、グリッドとプレートの間にも容量が存在し、これをCg-pといって、12AU7で1.5pF、12AX7で1.7pFあります。これだけならどうということはないのですが、Cg-pというのは曲者で、増幅回路に使用した場合はそれだけでは許してもらえないのです。それは、グリッドとプレートとでは位相が反対なので、Cg-pが倍増してしまうのです。それも、裸利得が大きければ大きいほどその影響は大きく、グリッドとアースの間に「裸利得+1」倍のコンデンサを挿入したのとと同じ状態になります。

このことを踏まえて、12AU7(SQ38F)の場合と12AX7(SQ38FD)の場合の入力容量を計算してみると、

注:ここでは、配線上生じる容量は考えにいれていませんから、実際には、もっと大きな容量が存在します。

ところで、グリッドには1MΩのBass用ボリュームだけが接続されていますが、中点の時は、2つの500kΩの抵抗がほぼ並列になったもの(すなわち250kΩ)がグリッド入力になります。ここに、250kΩの抵抗と、22.8pFまたは88.3pFのコンデンサによるハイカットフィルタが形成されます。

ごらんのとおりです。12AX7(SQ38FD)の場合は、なんと、7.2kHzで-3dBとなるハイカットフィルタになってしまっています。いくらp-g帰還を持った回路といえども・・・負帰還がかかっているために周波数特性は改善される・・・裸特性上生じているこのような状況を放置できなかったのではないか、というのが私の想像です。なぜならば、Bass用ボリュームのところに250pF程度のコンデンサを2つ追加することで、この問題は簡単に解決できるからです。

理由として考えられるもうひとつの可能性ですが、上述したように、Bass用ボリュームが中点の時は、2つの500kΩの抵抗がほぼ並列になったもの(すなわち250kΩ)がグリッド入力になります。つまり、12AX7のグリッドは250kΩの高いインピーダンスにさらされるわけで、外部からのノイズの影響を受けやすくなっています。もし、Bass用ボリュームのところに250pF程度のコンデンサを2つ追加したならば、高域における回路インピーダンスをかなり下げることができるので、その分ノイズを拾いにくくできます。

これまでに私の頭に思い浮かんだ理由はこの2つです。可能性として高そうなのは前者ではないか、と思っています。もし、ほんとの理由をご存知の方がいらっしゃっいましたら、恐縮ですがお教えくだされば幸いです。

トーンコントロールアンプの動作ポイント

さて、トーンコントロールアンプの動作ポイントです。カソード抵抗は、2.2kΩと大きめ、プレート抵抗は100kΩです。グラフからは、

  電源電圧=250Vのとき:
  プレート電圧=175V〜185V
  プレート電流=0.75mA〜0.65mA
  そのときのバイアス電圧=-1.65V〜-1.43V

  電源電圧=300Vのとき:
  プレート電圧=212V〜222V
  プレート電流=0.88mA〜0.78mA
  そのときのバイアス電圧=-1.94V〜-1.72V

であることが推測されます。なお、バイアス電圧は、プレート電流×カソード抵抗(1.5kΩ)で求めたので、グラフ上での読み取り数値とは異なっています。

バイアスは、これまでみてきた他のどの増幅段よりも深めになっています。見てのとおり、動作ポイントよりもバイアスが深い側の余裕があまりありません。

私としては、カソード抵抗を1.5kΩくらいにして、もう少しバイアスの浅い動作にしたくなってきます・・・プレート電圧200V、プレート電流1mA、バイアス-1.5Vあたりですね。もっとも、メインアンプに送り込まれる信号電圧は最大で1Vですから、実は、このような動作であっても全然不都合はないのでした。



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