Book Review


この本の測定データには多くの謎があります。その中から2例ほどピックアップして考察してみます。1つめは、「米国系真空管アンプのすべて」P58〜p61の"6AC5GTシングル"です。本機の回路は右図のとおりです。

初段は6SL7GT(1/2)で、セオリーどおりに6P5GTで6AC5GTをドライブしています。6AC5GTの球の素性からいって決して歪みが少ない球とはいえず、しかも無帰還であるため、低歪みアンプにはなり得ないであろうことが想定されます。最大出力は4Wがせいぜいでしょう。

さて、本書掲載の測定データは下図のとおりです。歪み率特性を見ると、1W時ですでに0.1%を割っていますから、信じられないくらいの低歪みアンプです。そう「信じられないくらい・・・」。ちなみに、1%歪みの時で「5.5W」、2%歪みの時で「6.5W」ですから、6AC5GTの能力をはるかに超えたありえない大出力が得られたことになっています。

ご参考のために、浅野勇氏製作による6SQ7GTドライブの6AC5GTシングル・アンプの歪み率特性を書き込んでおきました。1W時1.5%ほども歪みがありますが、この球は大体そんなところです。どちらもほぼ同じ構成の無帰還アンプでありながら、どうしてこれほども差があるのでしょうか。なんだか、変ですね。

ところで、下図の「入出力特性」に着目してください。???マークがついているのが本機、もう一方が浅野氏のアンプです。これを見ると、浅野氏のアンプの方が出力が大きくなるはずです。変です。歪み率特性データの辻褄が合いません。ちなみに、下図の入出力特性データを読むと、3Wくらいでクリップしているようで、3.5Wでは完全に飽和しています。どうしてでしょう。歪み率特性データによれば、1%歪みで余裕で5.5Wが出るはずです。このアンプ、ほんとうに1%歪みで5.5Wも出るのでしょうか。どうみてもめちゃくちゃなデータです。

また、入出力特性によると、この2つのアンプの感度にはかなりのひらきがあります。浅野氏の6AC5GTでは0.25Vr.m.s.入力で3Wですが(これは納得できる値です)、本機では1Vr.m.s.入力で3Wです。初段(6SL7GT)初段の利得は40倍くらいになるはずですから、1V入力で3Wであろうはずがありません。6P5GT+6AC5GTに40Vr.m.s.も送り込んだらとっくにクリップしてしまいます。

・・・とここまで見てきて、別の問題をみつけてしまいました。初段管(6SL7GT)の動作条件が変です。カソード抵抗が4.7kΩで、カソード電位は5.4Vとあります。従ってプレート電流は5.4V÷4.7kΩ=1.15mA。プレート電位は120Vとのことですが、そういう動作はありえるのでしょうか。

左図は6SL7GTのEp-Ip特性ですが、どうやったらEp=120V、Ip=1.15mA、bias=-5.4Vになるのでしょう?この測定結果はどこから降って湧いたのでしょう?考えられることとしては、6SL7GTというのは間違いで、実際に使われたのは6SN7GTではないか、ということです。これだったら、バイアスも利得も辻褄が合います。しかし、歪み率と最大出力の疑問はあいかわらず解決しません。


さて、今度は同書P164〜P167の"47シングル"です。

ECC32(1/2)の初段に、76のドライバー、そして47の5極管接続の出力段です。このアンプも無帰還です。シングル・アンプは、小出力からかなりの出力まで、歪み成分の大半が2次高調波なので、歪み率特性は直線的になります。47では、1W時で2〜4%、3W時には数%の歪みが想定されます。

ところが、測定結果は下図のとおり。強帰還のプッシュプル・アンプのような超々低歪みアンプに仕上っています。0.2W時には0.013%という驚異的な数字が出ており、1W時でも0.02%とはこのアンプに一体何が起こったのでしょうか。歪み率のスケールを10倍間違えたとしても、まだ説明がつきません。

参考のために、歪み率特性グラフに2つのデータを加筆しました。1つは、私が製作した6G-A4シングルの無帰還時の特性、もうひとつはかなり効率的な歪みの打消しを行った上にさらに負帰還で歪みを下げた状態の特性です。無帰還のシングル・アンプの歪み率特性は、3極、5極どちらもおおむねこんな感じになるものです。76で47をドライブした場合、利得バランスが合わず、これほどまでに歪みを打ち消すことはできるものではありません。(何故できないのかはこちらが参考になります)

ところで、このケースでも、歪み率特性と入出力特性が矛盾しています。入出力特性によれば、4Wで飽和し切っているというのに、歪み率特性によれば、4Wでは0.3%の低歪みで余裕たっぷりです。どこかが変です。

疑問はまだあります。その入出力特性そのものです。3Wの出力を得るのに、2V以上の入力を必要としています。何故?47は12Vr.m.s.くらいの入力で3Wが得られる球です。本機の回路図ではカソード電位が20Vとありますから、すこし余裕をみても14Vr.m.s.で最大出力となるとしましょう。76を47kΩ負荷で使った時の利得は10倍くらいですから、76のグリッドで約1.4Vの入力があれば本機は最大出力が得られるはずです。さらにECC32が加わるのですが、ECC32のμは約33あり、初段の利得は20倍はカタイですから、初段入力0.07Vで最大出力となります。しかるに、下の入出力特性は3Wの出力を得るのに2Vもの入力を要しているのはどういうわけなのでしょうか。

と。ここまでみてきて変なことに気がつきました。入出力特性の角度がおかしいのです。入力(V)→出力(W)のグラフでは、入力電圧(V)が10倍になるごとに出力(W)は100倍になっていなければいけません。左下の入出力特性の0.2V入力の時の出力は0.1Wです。2V入力の時の出力は3Wです。ところで、0.1W(at 8Ω)時の電圧は0.89Vですが、3W(at 8Ω)時の電圧は4.9Vです。入力信号電圧が0.2V→2Vに変化した時、出力信号電圧は0.89V→4.9Vに変化したわけです。つまり、0.1W時の総合利得は8.9倍なのに、3W時の総合利得は2.45倍しかありません。これをどう説明したらいいのでしょうか。「入力(V)→出力(W)」ではなくて「入力(V)→出力(V)」だとしても計算は合いません。

さらに疑問があります。それは、ダンピング・ファクターのデータです。6F6の前身である5極管47の無帰還アンプですから、ダンピング・ファクターは0.1くらいしかないはずなのですが、測定結果のグラフによると「3」くらいあります。普通のアンプ・ビルダーだったら、この時点で「おかしい」と気付くはずです。さて、5極管アンプのダンピング・ファクターを3にしたければ「約12dB」の負帰還が必須です。本文によれば、わざわざ「負帰還を使用しなくとも、特性表(第4-3-3表)に示したように比較的優秀な結果が得られたので、負帰還を使用せず・・・」とありますから、負帰還はかかっておらず、いよいよ???です。かりに、「実は負帰還はかけられていた」としても、ダンピング・ファクタを「3」にするような負帰還量(約12dB)では、入出力特性の矛盾は相変わらず解決しません。

ここまでのところを整理すると、

ということになります。

アンプの測定はなかなか手がかかる面倒な作業です。特に、歪み率の測定では、自動歪み率計でもないと、1台のアンプでも1日仕事になります。本書では、1冊あたり約40台ものアンプが製作されています。「まともな測定などやってられない」というのが実態なのではないでしょうか。歪み率の測定では、2〜3ポイントくらいを測定して「あとは適当に手で引いてしまった」ということなのかもしれません。入出力特性やダンピング・ファクターも、「こんなもんじゃろう」というところで定規を当てて線を1本引き、「最大出力あたりでクネらしとくか」、「20kHzあたりから下げとくか」といったことだったのでしょうか。あるいは、もっと真面目にちゃんと測定したのだけれども、測定の仕方が間違っていたり、たいへんなおっちょこちょいで1Vを0.1Vとか0.316Vと読み違えまくっていたのでしょうか。

といったことが複合的に生じない限り、このような測定結果にはならないのではないか、と思います。残念ながら、「謎」はまだ「謎」のままです。

何故、多くの書店で店頭に並ぶような書籍でこのようなことが起こってしまったのでしょうか。出版は自作真空管アンプの世界では定評?のある誠文堂新光社でありますから、どうして、このような支離滅裂なコンテンツのまま出版してしまったのか、というのも大きな疑問として残ります。編集担当の基本的な知識の浅さ(なさ)が問われます。編集上の間違いだけでなく著者・筆者側の間違いや勘違いも必ずあります。間違いが生じることは不可避ですからそれ自体を非難するものではないと思いますが、それを読者に知らせよう、改めよう、修正しようという姿勢は欲しいなあと思います。他愛のない趣味の世界ではありますが、技術書という側面もあるわけですから、このような状況を放置しないで出版元としての何らかの行動をやっていただきたいと思います。


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