オーディオに未来はあるか
2000.7.6
弟子 「6月はついに、さぼっちゃいましたね。」 師匠 「そうだね、ちょっと忙しかったからね。」 弟子 「例の土方仕事ですね。」 師匠 「うん。くたびれたけど、とっても楽しかった。」 弟子 「今回のテーマですけど、なんだか、座談会のタイトルみたいですね。」 師匠 「ははは。そうだね。オーディオが話題になるようになって、オーディオ・マニアなんていう言葉が使われるようになってかれこれ30年以上経ったけど、最近はさっぱりじゃないか。」 弟子 「オーディオ専門誌の発行部数はジリ貧だし、トランジスタ技術はとっくの昔にオーディオから手を引いちゃったし、ラジオ技術はどこに行ったのかわかんなくなっちゃったし、無線と実験は・・・。」 師匠 「1970年代は、元気一杯だったね。」 弟子 「なんで今は元気一杯じゃないんでしょうねえ。」 師匠 「オーディオが、儲からない事業分野になっちゃったからじゃないかい。」 弟子 「どうして儲からないんですか。」 師匠 「普及してしまったからだよ。」 弟子 「えっ。」 師匠 「つまり、まだ、みんなが手に入れていなくて、欲しい、欲しいって思っているようなマーケットでは、企業もどんどん投資するよね。」 弟子 「みんなが持ってしまったら、」 師匠 「買い換え需要しか残らないじゃないか。しかも、製品単価は格安になっているから、売っても売っても利益が出ない。」 弟子 「ひところの一眼レフのマーケットに似てますね。」 師匠 「そうなんだ。一眼レフ・カメラがばかすか売れた時代っていうのがあったけど、あの頃は、消費者の大半はまともなカメラを持っていなかった。『まだ、持っていない』から『持っているのがあたりまえ』に変化する時、マーケットが大ブレークする。だから、その後のカメラ・メーカーはみんなこけちゃった。今や、カメラが主力の光学メーカーなんてありゃしない。」 弟子 「今や、オーディオが主力の電器メーカーなんてありゃしないってことですか。」 師匠 「そうなじゃいかい。」 弟子 「じゃあ、電器メーカーに就職して、オーディオ部門に配属されたらつまんないですね。」 師匠 「大丈夫。今や、優秀な奴はオーディオ部門には配属されないから。」 弟子 「ううむ、それは問題ですね。」 師匠 「問題でも何でもないよ。企業経営からみたらあたりまえのことなんだから。」 弟子 「オーディオに最も投資されていた時代というと、いつ頃なんでしょう。」 師匠 「米国でいうと、最初のピークは第2次世界大戦前後じゃないかな。真空管技術に対する投資もね。まだオーディオという概念はなかったけどさ。」 弟子 「ウェスターンの時代ですね。」 師匠 「当時、米国にとっての国家の最大の課題は、戦争優位性を持つことだった。大西洋上での情報戦を制するためには、どうしても優秀な真空管と通信技術が必要だった。これは国家的事業だよ。」 弟子 「ベル研ですね。」 師匠 「そう。ウェスターンの前身はベル研だろ。米国中の優秀な頭脳はすべて、ベル研とその関連事業に投入された。ひところの宇宙事業と同格だね。」 弟子 「ははあ、だから、300Bにはベルのマークがついていたりするんですね。」 師匠 「そーゆーこと。ウェスターンの製品の出来がいいのは、あたりまえ。軍かかかわっているからなおさらだ。」 弟子 「じゃあ、日本の軍用真空管ももっと出来が良くてもよかったのに、変ですねえ。」 師匠 「日本の軍部は、兵器にはことのほか関心があったけど、補給線の確保だとか後方支援だとか、情報収集に関してはさっぱりだったじゃないか。」 弟子 「残念ですね。日本がもっと情報戦に関心があったら、今ごろ、高品質の日本製JAN球なんていうのがいっぱいあっただろうな。」 師匠 「それだけでも、日本の自作真空管オーディオの未来は明るかったかもね。」 弟子 「話は戻りますけど、1970年代のオーディオ界って、ほんとうににぎやかだったですね。」 師匠 「そうだね。コンパクト・カセットの普及がどんどん進んだのもこの頃だし、4chが出てきてハリー・ベラフォンテのライブ録音でデモやったり。すぐれたトランジスタ・アンプが登場したのもこの頃だ。LPレコードの録音の質も、この頃に一気に向上したしね。そうそう、FM放送の全盛期といってもいいな。」 弟子 「いい音でステレオが聞けて、面白くてしょうがなかった時代ですね。」 師匠 「思うにね、このピークが去ったあたりから、世間のオーディオに対する認知は、『もう、十分にいい音なんだから、無理してこれ以上良くならなくてもいい』という方向に変化したと思うんだ。」 弟子 「ははあ、だからウォークマンが売れたんですね。」 師匠 「『手がかかってもいいから良い音を』から『そこそこ良い音を手軽に』に変化したってわけだね。」 弟子 「『高価でもいいから良い音を』から『そこそこ良い音をお安く』という変化もですよ。」 師匠 「これじゃあ、ウォークマンやカセットテープは売れても、高級オーディオは売れないね。」 弟子 「ビジュアル系の出現と普及もありますね。」 師匠 「確かに、関心が、音質の向上よりも画像に移ってしまった。」 弟子 「今や、関心はインターネットとゲームですよ。」 師匠 「ところでさ、インターネットとゲームで豊かな生活って、実現だきるんだろうか。」 弟子 「どういう意味ですか。」 師匠 「つまり、インターネットそのものは食えないし、乗れないし、触れないだろ。ゲームだって同じだ。どっちも仮想の世界じゃないか。」 弟子 「そういえば、オーディオだって一種の仮想世界ですよ。そこには歌手も楽器もいないですからね。」 師匠 「今や、アコースティックな楽器が存在しない音楽ソースはいくらでもあるなあ。画像もまた然り。」 弟子 「ということは、バーチャル世界の発端はオーディオだっていうことになりますね。」 師匠 「そうなんだ。オーディオの出現は、やがては、画像や文字情報やその他もろもろの仮想媒体に発展するのは必然だったわけだ。」 弟子 「こりゃ、映画のマトリクスと同じですね。」 師匠 「人間の五感をすべて仮想化できたら、マトリクスは実現できてしまう。」 弟子 「じゃあ、音だけにこだわって、そればっかり追求したり、楽しんだりするっていうのは・・・」 師匠 「一種のフェチとはいえないかい。」 弟子 「うわああ、そういうことになっちゃうんですか。話の飛躍についてゆけません。」 師匠 「そうだよ。音フェチのおじさんの集団。」 弟子 「・・・。」 師匠 「部屋に閉じこもって、真空管をごそごそいじって、ひとりでににたにたするなんて、フェチ以外に何ていうんだい。」 弟子 「あんまりうれしくない発想ですね。僕はいやだな、そう言われるの。」 師匠 「そんなこと言ったって、これはどうみてもフェティッシュ以外のなにものでもないよ。まず、自己の行動に対する認知からはじめないとな。」 弟子 「良い音を追求する行動ですよね。」 師匠 「線材を取りかえる、ゴムやら何やらをべたべた貼りつける、ビンテージ部品を買い漁る、コンセントやプラグをいじりまわす、回路図をにらんで妄想する、怪しい塗料を塗りたくる、石ころを載せる、滝に打たれる、念仏を唱える、足の裏をみてもらう、壷を買う・・・いろいろあるじゃないか。」 弟子 「あのう、こういう行動って、オーディオの未来に関係あるんでしょうか。」 師匠 「関係のあるなしにかかわらず、世間が静かに眠っている間も、このような宗教的儀式は行われているからなあ。」 弟子 「率直に言わせてもらいますと、オーディオの未来にはあんまり関係なさそうに思えるんですけど。経済効果もあまりなさそうだし。」 師匠 「僕も同感だね。オーディオ、というより音フェチにはそれなりの未来しかないと思う。」 弟子 「じゃあ、オーディオは?」 師匠 「大ブレークは期待できないな。おもちゃとしてのオーディオは縮小均衡だとは思わないかい。ほかにもっとすてきなおもちゃがたくさん出てきちゃったからね。」 弟子 「実用オーディオはどうですか。」 師匠 「そもそも、オーディオは実用のニーズから生まれたものじゃないか。無線であり、電話であり、軍用の拡声器であり、トーキーであり、放送であり、という風にね。それは、昔も今も変わっていない。むしろ、どんどん普及しているじゃないか。」 弟子 「そういえば、今から30年前だったら一家に1台しかなかったステレオも、今じゃ、各個人のプライベートルームからモバイルまで浸透しちゃいましたね。」 師匠 「30年前からみたら、現代の姿っていうのは、ものすごく明るい未来じゃないかい。」 弟子 「でも、音にうるさい人から見たら、実用オーディオの大半はろくでもないひどい音ばかりだって言いそうですけど。」 師匠 「それは、余計なお節介ってやつだな。もし、それが社会問題になるんだったら、オーディオ革新党でも結成して政権を取り、政治力で介入して世のひどい音のオーディオ機器はすべて抹殺処分したらいいんだ。それができないってことは、所詮、圧倒的少数の音フェチの遠吠えだね。それとも、音フェチ赤軍の旗揚げやって、ゲリラ化するかい。」 弟子 「師匠も遠吠えやってますよね。」 師匠 「ははは、全くだ。でもね、僕は宗教的儀式はもうやってないよ。オーディオをおもちゃにするんだったら、自分で作ってみてごらん、という程度のことしか言ってない。」 弟子 「そうかなあ、師匠の発言は結構過激だと思いますけどねえ。」 師匠 「それは、ろくに勉強もしないで、知ったかぶりしたり、人を惑わすようなことを吹聴する輩がいるからだよ。それから、もっと厄介なのは政治犯と宗教に染まっちゃった奴ね。何を言っても通じないから、どっかの宗教団体の広報担当と話しているような気分になってくる。」 弟子 「師匠、ちょっとやばい発言が続いてませんか。」 師匠 「そうだな。」 弟子 「危険を感じませんか。」 師匠 「するする。」 弟子 「逃げませんか。」 師匠 「君はあっち、僕はこっちに逃げる。」 弟子 「今度、いつ会えますか。」 師匠 「来月、同じ日にこの場所で。」 弟子 「ちゃんと来て下さいよ。」 師匠 「生きてたらな。」
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