通説
1999.8.10
弟子 「不思議なテーマですね、師匠。」 師匠 「んにゃ、今回はちょっとハードな内容になるぞ。」 弟子 「技術論でもおやりになるんですか。」 師匠 「なかなか鋭いね。ここんとこずっと精神論一本だったからね。」 弟子 「やだなあ、頭使うの。」 師匠 「このHomePageと付き合う以上は、頭使ってもらわないとな。」 弟子 「ところで師匠、『通説』とやらをどうするんですか。」 師匠 「そりゃあ、ひっくりかえしてみるに決まってるじゃないか。」 弟子 「『通説』をひっくりかえしたら、何が出てくるんでしょうねえ。」 師匠 「たぶん、『思い込み』だとか、『不勉強』だとか、『鵜呑み』に『受け売り』なんてぇのがぞろぞろ出てくると思うよ。」 弟子 「じゃあ早速、一発目をお願いします。」 師匠 「他人事だと思って、調子いいねえ。まいいや、ところで、『SRPP回路』ってのがあるけど、あの回路の利得って、どうやって求めるんだったっけ。」 弟子 「それなら記事で読んだことがります。『μの1/2』ですよね。」 師匠 「それでいいと思うかい?」 弟子 「だって、みなさんそうお書きになっていらっしゃる。」 師匠 「これは間違いだよ。(キッパリ)」 弟子 「どう間違っているんですか。」 師匠 「μの1/2だという根拠は、下側管からみた負荷が、上側管の内部抵抗(rp)に等しい、という誤解から生じたと考えると理屈が通るんだよ。だけど、上側管のカソード抵抗にはバイパスのためのコンデンサがないために、電流帰還がかかっている。だから、下側管からみた負荷は、カソード抵抗×(μ+1)に上側管の内部抵抗(rp)を加えたものになるのさ。」 弟子 「それ、ほんとうですか。」 師匠 「実測までして確かめたんだから、正しいよ。詳しくは『私のアンプ設計マニュアル』の『電圧増幅回路の設計と計算その3 (SRPP回路)』に書いてあるよ。」 弟子 「そうだったんですか、まだちゃんと見てないもんで。」 師匠 「まだあるよ。SRPP回路では、上下管によって2次歪みは打ち消される、っていうの読んだことない?」 弟子 「あります、あります。」 師匠 「あれも違うよね。」 弟子 「え、そうなんですか。」 師匠 「実験してごらん。立派に2次歪みが出るから。それも、通常の増幅回路とぴったり同じだけね。」 弟子 「あれま〜。」 師匠 「こういうのが活字になって書店に並んでいるんだから、ひどい話だと思わないかい。」 弟子 「回路の設計にかかわる問題ですね。」 師匠 「もう一つすごいのをいってみようか。」 弟子 「なんですか。」 師匠 「ムラード型の位相反転回路なんだけどさ、あの回路の出力インピーダンスは非常に高い、というお説があるんだな。」 弟子 「わかりました。それ、大きな抵抗値の共通カソード抵抗がはいっているから、電流帰還がかかって出力インピーダンスが高くなるっていう誤解ですね。これくらいなら私にもわかります。」 師匠 「おお、ご立派。」 弟子 「差動回路の解析をやった時、回路の原理だとか信号ループの解析をやりましたから。」 師匠 「そういうことをちゃんとやって確かめていない先生がね、多いんだよ。」 弟子 「雑誌記事を読んで、嘘に振り回されて右往左往している人、ものすごく多いですよ。」 師匠 「知ってるよ。このHomePageにだって、そういう疑問を感じた人からのメールは毎日のように来ているからね。」 弟子 「こないだ、ある本に『内部抵抗(rp)52kΩの6V6に20dBのNFBをかけると、rpが5kΩに低下する』と書かれていたんですけど、そうだとすると計算が合わなくなるんです。これも怪しいんじゃないでしょうか。」 師匠 「これを書いた先生は、今もほんとうにそうだと思っていらっしゃるんだろうか。」 弟子 「今でも書店に並んでいますよ、この本。」 師匠 「答えはここに書いてあるよ。ちょっと頭を使ったらわかることなのにねえ。」 弟子 「もっと定性的な情報になると、もっといろいろあるでしょうね。」 師匠 「20Hz以下の超低域は耳には聞こえないから、不要であるだけでなくむしろ害がある、なんていうのはどうだい。」 弟子 「師匠のアンプはすべて10Hzまでフラットですね。ということは、これは嘘?」 師匠 「嘘とまでは言わないけど、20Hz以下を切ってしまったら、情報の欠落は耳ではっきりと確認できるよ。それも、小型スピーカでね。」 弟子 「でも、20Hzなんて音にならないじゃないですか。」 師匠 「20Hzの信号で実際に試したことがあるのかい。」 弟子 「いえ、ありませんけど。」 師匠 「じゃあ、試してみるんだな。ちゃんと耳で聞こえるから。もちろん、多くの高調波を含んだ信号になるんだけど、アンプ側で帯域をカットしたら、これがスピーカにはインプットされなくなるんだよ。世の中、頭で考えたことと、実験結果とは、たいてい違っているだろう?」 弟子 「そういえば、科学の進歩はすべて、通説の否定だとか、通説への疑問から出発していましたね。」 師匠 「フランクリンが『雷は電気である』と言った時、トマス・ジェファーソンは『雷が電気であるなんて馬鹿馬鹿しいことを信じるよりも、ヤンキーのイカレ男は大嘘つきである、という方を信じるね』と言ったそうだよ。」 弟子 「通説を覆すのはずいぶん大変なんですね。」 師匠 「でも、トマス・ジェファーソンは彼なりにちゃんと考えて結論を出しているだけ立派だよ。さすが大統領になった人物だけあって、何も考えずに通説を鵜呑みにする奴とはちょっと違うね。」 弟子 「師匠は、アース回路についても妙なことをお書きになっていますね。」 師匠 「自作アンプの指南書には、『アースの配線には、一点アース式とアース母線式があって、ほにゃららら』くらいしか書いていないじゃないか。」 弟子 「そうですね。」 師匠 「で、みなさん、言う通りにアースを配線した結果、たいていハムを出して駆け込んでくるんだろう?」 弟子 「ハムに悩まされている人って、多いですね。」 師匠 「ハムが出るような一点アース式やアース母線式って一体何なのさ、って思わないかい。」 弟子 「それは、肝心なところで、ハムを拾うような配線になっているからでしょう。」 師匠 「それだよ。じゃ、なんでその肝心なところを誰も書かないんだい。」 弟子 「そりゃそうですけど。」 師匠 「一点アース式やアース母線式にすればいい、っていうのは実に無責任な言い方だっていうことにならないかい。アースのメカニズムからみたら、一点アースであろうがアース母線式であろうが、そんなことはどうでも良くて、流れちゃ行けないところにさえリプル電流が流れなければハムはでないんだよ。」 弟子 「でも、一点アースが理想じゃないんですか。」 師匠 「一点アースというのは、アースのメカニズムを考えたくない奴が、面倒くさいから言い出した空論であり暴論だと思うね。複数の入出力を持っているプリアンプなんか、一体どうやって一点アースにするんだい。」 弟子 「ということは、一点アース式もアース母線式も使えない通説ってことなんですね。」 師匠 「そうだよ、アース母線式に至っては何の根拠もないんだから。初段電源のデカップリングコンデンサの落し場所の順序を間違えただけで、盛大なハムが出るか、静粛なアンプになるか、紙一重なんだからね。」 弟子 「そういえば、NewsGroupなんかで、そういうトラブルの相談があると、いきなり『一点アースになっていますか』なんて言ってくる人いますよね。」 師匠 「『もちろん一点アースになってます』って返事が返ってきたりすると『じゃあ、電源のケミコンの容量抜けではないか』なんて言ってくる。」 弟子 「『電源トランスは電磁シールドがついているか』なんて思い付きを言う人もいますね。」 師匠 「質問した側にとっては大変な迷惑だね。ケミコンを追加させられたり、電源トランスを買い直させられたり。それでも、ハムは消えない。」 弟子 「そもそも、ケミコンの容量ぬけでハムのトラブルになるんですか。」 師匠 「本にそう書いてあるから、耳学問で言う奴が多いんだよ。俺に言わせると、そういうのは『バナナの皮』ってんだよ。」 弟子 「なんですか、バナナの皮って?。」 師匠 「バナナの皮の危険性は、古今東西、漫画なんかで世界的に知られるようになったけど、バナナの皮を踏んでころんだ奴が一体何人いるんだろうか。」 弟子 「いませんよ、そんな人。」 師匠 「確かめたことはあるかい?」 弟子 「そ、そんな。」 師匠 「俺はあるよ。高校生の時だけどね、通学路にバナナの皮を置いてだね、近くで隠れて見ていたんだよ。」 弟子 「で、どうだったんですか。」 師匠 「誰も転ばなかった。」 弟子 「ははは、当然じゃないですか。」 師匠 「たぶんね、その昔、一人くらいそういうおっちょこちょいがいたんだよ。それが話題になって、後世に伝えられたんだろうな。だから、世界中で、バナナの皮は危ない、ということだけが伝わってしまったんだ。でも、ほんとうは青ねぎの葉っぱの方がはるかに良くすべるんだよ。」 弟子 「師匠はずいぶん研究熱心ですね、というか、お暇ですね。」 師匠 「青ねぎの危険性の方が、もっと世間に知られるべきだな。青ねぎはバナナ以上によくすべるぞ。」 弟子 「ところで、ケミコンの容量ぬけもバナナの皮なんですかね。」 師匠 「君は、ケミコンの容量抜けで困ったことは何回くらいあるかね。」 弟子 「ないです。」 師匠 「ほらほら、俺もないよ。」 弟子 「なるほどね、そういうことだったんですね。受け売り大会ってわけか。」 師匠 「受け売りのネタを供給している雑誌や書籍の書き手が怪しいんだから、我々はもっと勉強しないといけないよ。」 弟子 「受け売りといえば、2A3は2次歪み主体だからいい音がするけど、6BQ5は3次歪みが多いから駄目、というたぐいの話はそこいら中に書かれていますね。これなんか、どうなんですか。」 師匠 「僕も長いこと、これを信じていたよ。」 弟子 「あれまあ、なにかと疑い深い師匠もそう思ってたんですか。」 師匠 「うん、根が素直だからね。」 弟子 「それは違うと思います。師匠は相当のへそまがりだ、ともっぱらの評判ですよ。」 師匠 「5極出力管を使ったシングルアンプの音とさ、直熱3極管を使ったシングルアンプの音を比較するとね、負帰還の有無に関係なく、たいてい誰でもわかるほどの明確な違いがあるじゃない。」 弟子 「ええ、たいてい5極管アンプの方が何か物足りないような印象を持ちます。」 師匠 「その根拠として、ダンピングファクタや3次歪みの問題が言われているんじゃないかと思うんだよ。」 弟子 「ですけど、負帰還をかけてダンピングファクタを改善したり低歪みに仕上げても、結果として音の傾向は解消されていないように思うんですけど。」 師匠 「そうだろ、だとすれば3次歪みは真犯人ではない、ということになるんじゃないだろうか。」 弟子 「2次歪みは無害、だけど3次歪みは有害、っていうのが常識のようにさえ言われていませんか。」 師匠 「それをちゃんと確かめた奴はいるんだろうか。(注1)」 弟子 「そういう話はあまり聞きませんけど。でも、3次歪みは異常に嫌われていますね。」 師匠 「じゃあ、3次歪みも『バナナの皮』っていう可能性もあるなあ。」 弟子 「ははあ、3次歪みで転んだ奴はいないかもしれないってわけですね。」 師匠 「実は、3次歪みで転ぶかどうか実験をやったんだよ。」 弟子 「えっ、いつですか。」 師匠 「この2年くらいずっとだよ。例の全段差動アンプのことさ。あのアンプは、3次歪みの塊みたいなアンプだからね。」 弟子 「でも、かなり良い結果が出ているんでしょう?」 師匠 「3次歪みの塊みたいなアンプの結果が良いというのは、常識から考えてちょっとおかしいじゃないか。」 弟子 「確かにおかしいです。」 師匠 「おかしいだろ。こういう結果になった以上、2次歪みの肩を持って、3次歪みが有害だなんてちょっと言えないね。」 弟子 「じゃあ、2次歪みはどうなんですか。」 師匠 「意外に、思っている以上に有害かもしれないよ。」 弟子 「そのへんのところはどうなんですか。」 師匠 「おいおい、人の言うことばかり聞いてないで、自分で考えたり確かめたりしたらどうなんだい。今俺が言ったことをどこかで受け売りして言うんじゃないだろうねえ。」 弟子 「あははは、そうするところでした。」 師匠 「たいていの人間は、自分が知っていることをことあるごとに誰かに伝えたくなるものなんだよ。その知識のほとんどは、自分で確かめたことじゃなくて、本で読んだり、誰かから聞いたことばかりなんだな。」 弟子 「なるほど、そうやって、いい加減な情報でも、どんどん受け売りで伝わってしまうんですね。」 師匠 「しかもね、耳学問が達者な奴ほど、何の疑いもせずに、えっさほいさと受け売りを撒き散らすから困ったもんだよねえ。」 弟子 「じゃあ、どうしたらいいんですか。」 師匠 「へそまがりになることだよ。天の邪鬼っていうもの大切だね。」 弟子 「それって、師匠のことじゃないですか。いやだなあ。」 師匠 「なんでも鵜呑みにしないで、『なぜだろう』って考えることさ。」 弟子 「いつも『なぜ』を考えるように心がけるんですね。」 師匠 「そうだよ。伊太利亜語でいうと『perche』だね。」 弟子 「あっ、それで、師匠のハンドルネームは・・・」 注1:これを確かめようとした人は、過去に何人もいた。かのオルソン博士ほか、日本ではNHKにおける研究も知られている。
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