アンプのデザイン
1999.9.23
弟子 「今回はいつもとちょっと趣向が違いますね。」 師匠 「悪口ばっかり言ってないで、少しは社会に貢献しないとな。」 弟子 「師匠、それ、本気ですか。」 師匠 「僕はいつも本気だよ。」 弟子 「師匠の本気は、ホラばっかりですからねえ。」 師匠 「ごちゃごちゃ言ってないで、本題にはいりたまえ。」 弟子 「はいはい。今回は、アンプのデザインについてためになる議論をしたいと思います。」 師匠 「僕はね、自作の真空管アンプも、そろそろお決まりのデザインから卒業しなくちゃいけないな、と思うんだよ。」 弟子 「弁当箱の上にトランスや球を並べた、あの格好ですね。」 師匠 「弁当箱スタイルにもいろいろあってさ、いちばん面白くないのが、後ろ一列にトランス並べて、手前に球を陳列したやつね。」 弟子 「それって、標準スタイルじゃないですか。」 師匠 「いやだよ、あれは。それも、間延びしたシャーシでさ。あーいやだいやだ。」 弟子 「どこがいやなんですか、師匠は。」 師匠 「デザインとして全然美しくない。凡庸。ださい。工業製品のはしっくれたるもの、機能美にあふれていなくちゃ。」 弟子 「機能的には問題ないと思いますけど。」 師匠 「重量バランスだって良くないし、油断したらうしろにひっくり返るだろ。」 弟子 「師匠だって、6G-A4シングルでそういうデザインのアンプ作ってるじゃないですか。」 師匠 「あれ↑はまだ許せる。案外ひっくり返らないし、球は横一列だからお雛様じゃない。それにコンパクトで間延びしてない。トランスからケミコンから球まで、高さを揃えているのわかるかい。球の間隔だって、いろいろ考えて等間隔じゃないんだよ。でも赤点ぎりぎりだな。」 弟子 「じゃあ、どういうのがおいやなんですか。」 師匠 「よくキットであるじゃないか。お雛様みたいに、後ろ一列がトランスで、その前に出力管がきて、手前にまばらに電圧増幅管がくるっていうの。それで、整流管とケミコンが脇の定位置にあるやつさ。」 弟子 「確かに、あのデザインっていまいち魅力ないですね。」 師匠 「素人の自作ならともかく、売り物のアンプでああいうデザインは犯罪だなあ。何も考えないで作って、売ってるって気がするね。」 弟子 「球を見せたいからああいうデザインになるんじゃないですか。」 師匠 「もう少し、センスも磨きようがあるって思わないかい。真空管アンプというのは、とにかくこういうデザインなんである、っていう思い込みが強すぎるね。」 弟子 「そういえば師匠は、夢のリスニングルームでも同じようなことをおっしゃってましたね。」 師匠 「そうそう、なんでまた、みんな同じような四角い部屋で、使いもしないオーディオ機材まで全部陳列して、部屋の中央に不動産屋にあるようなソファやら成り金社長椅子置いて、同じようなソースばっかり聞いているんだ、って話ね。」 弟子 「師匠、修飾語がずいぶん増えちゃってますよ。」 師匠 「創造力がない、オリジナリティがない、個性がない、自己が確立してない、頭を使ってない、勉強してない、だからおしゃれじゃない、面白くないってのはこのことだね。」 弟子 「でも、やっぱり、球が良くみえないことには、面白くないんじゃないかと思うんですよ。」 師匠 「そこが問題なんだな。球のことしか考えてない。」 弟子 「木を見て森を見ず、ってやつですか。」 師匠 「ポイントは2つ。まずその1は、出力管信奉だね。見栄えいまいちの電圧増幅管や四角いだけのトランスはおまけっていう発想かな。ただの丸い筒のブロックコンデンサにいたっては邪魔物かもね。」 弟子 「そりゃあ、出力管は真空管アンプの華ですからねえ。」 師匠 「そりゃそうだよ。認めるよ。だけどね、そこを曲げてのお願いに上がってるってわけよ。やってみるとよくわかるけど、出力管は、全員揃って正面向いて並んでいなくても十分存在を主張するんだよ。それこそ、出力トランスと電源トランスの狭間に縦に並んでいてもね。ほら↓。」 弟子 「ほんとだ。」 師匠 「この6B4Gシングルアンプの電圧増幅段に使った5687なんか、12AX7と同じサイズのくせに、カソードときたら6L6よりも太いんだよ。小粒でも迫力がある。だから、5687がいちばんいい場所をもらっていて、6B4Gは引っ込んだところで縦に並んでいる。」 弟子 「確かに、それでも6B4Gの存在感はちゃんとありますね。」 師匠 「真空管アンプの特徴は、トランス群の存在感や重量感にもあるんだな。だから、トランスは後ろに引っ込めるよりも、ある程度手前に持ってきて、存在感を主張させた方がより真空管アンプらしくなると思うんだよ。これで、重量バランスもとっても良くなるし。」 弟子 「ですけど、自作アンプ設計の指南書を読むと、信号の流れを考えたら、師匠が格好悪いとおっしゃる配置がいちばんよろしい。それ以外の配置にしてハムが出ても知らないよ、って書いてありますよ。」 師匠 「後ろの入力端子から、手前の初段管までシールド線引っ張っておいて、それで信号の流れがいいっていうのかい。信号の流れを考えたら、初段管は入力端子のすぐそばに来ないとおかしいじゃないか。」 弟子 「それはそうですけど。」 師匠 「こうやって、みんながみんな同じ型にはまってゆくんだねえ。そこには、知恵とか工夫とか、そういう人間であることの証明が少なくなってゆくのは寂しいね。」 弟子 「師匠が、デザインがいいって思うのは、たとえばどんなアンプですか。」 師匠 「そりゃあ、これだわさ↓。」 弟子 「師匠っ!」 師匠 「あははは。自分のアンプじゃまずかったかな。」 弟子 「そういうことをぬけぬけとおっしゃる方だとは、今の今まで存じあげませんでした。」 師匠 「この6AH4GTプッシュプルアンプみたいに、電源トランスをセンターに持って来て正面に壁つくっちゃうなんて、そんなアンプ見たことあるかい。」 弟子 「よくよく見てみると、変な配置ですよね。」 師匠 「ところがこれで、信号の流れは実にスムースだし、電源ラインも無駄がない。重量バランスは、見てのとおりほとんど理想的。トランジスタの放熱ヒートシンク、出力管、電源トランスと熱くなるものをすべて外側に配置しているから、熱設計もばっちりさ。そこで、ポイントのその2だよ。」 弟子 「その2はなんですか。」 師匠 「もうわかっただろ。通説を鵜呑みにして脳味噌腐らしていてはいかんということだよ。テクノロジーの世界では、世間みんなが揃ってやっている常識くらいださいものはないんだ。」 弟子 「それを覆すってのは難しいことですよ。」 師匠 「車のエンジンはボンネットの下で縦置き、駆動輪は後ろ(つまりFR)っていう常識を覆して、エンジンは横置き、駆動輪は前(つまりFF)なんてことをやったのが、アレック・イシゴニスだね。英国の名車MINIの生みの親だ。この発想のおかげで、今日のほとんどのコンパクトカーがFFになっちゃった。」 弟子 「発表当時は大騒ぎだったそうですね。」 師匠 「それまでの常識を覆しておきながら、MINIの設計は実に筋が通っていた。むしろFRの方が理不尽なところがある。だから、HONDAが話題をまいたCIVICも、MINIと全く同じコンセプトで登場したんだよねえ。頭の硬いTOYOTAがFFの採用を決断するのに一体何年かかったことか。」 弟子 「BMWはいまだにFRにこだわってますよ。」 師匠 「だから、高い車しかつくれないんだよ。FRは高くつくからね。BMWがROVERを買収したのは、ROVERのFF技術が欲しかったからさ。」 弟子 「我々は、イシゴニスほどの天才じゃないですよ。」 師匠 「まあ、そこまで大袈裟じゃなくてもいいから、アンプ自作するなら、ちょっとぐらいは冒険したっていいじゃないか。みんなしてセドリックやクラウンみたいなアンプばっかり作って一体何が楽しいんだい。」 弟子 「あれは、カローラ乗ってた人が課長になったらマークIIに乗り換えて、部長になったらクラウン、役員になれたらセルシオ、っていう出世魚型ラインナップだからじゃないですか。」 師匠 「みんなを出世魚ラインにのっけるためには、デザインが格別優れていたり個性的だったりしては具合が悪いからな。」 弟子 「オーディオの世界にも、アンプに限らず出世魚ラインってのがありますね。」 師匠 「国中そろって制服みたいに出世魚的お雛様アンプ作ってんのは日本だけじゃないか。今朝の天声人語に<日本のメーカーが作る安価で高性能な製品が世界を席巻するにつれ、世界中から個性的な製品をつくりつづけてきたメーカーはほとんど駆逐されてしまった>=坂井直樹『モノのカタチ』(グリーンアロー出版)という言葉をみつけたけど、あらゆるもののデザインについて、そういう危惧を感じるね。」 弟子 「自作というからには、世界でたった1台しかないアンプなのに、どこかで見たようなデザインとおんなじじゃあ、せっかくの自作が泣きますね。」 師匠 「でもね、言うのは簡単だけど、実行するとなると難しいかもよ。」 弟子 「何かいい手はないんですか。」 師匠 「あるよ。」 弟子 「あれ、今日は出し惜しみしないんですか。」 師匠 「いちばん簡単なのは、モノラルアンプにしちゃうこと。たったそれだけのことで、お雛様にはならなくなるよ。しかも、電源トランスと出力トランスとを対角線上に配置する。」 弟子 「わかります。そういえば、メーカー製のアンプも、モノラル構成のものはみんな格好良いですね。」 師匠 「モノラル構成ならばシャーシがでかくならない。だだっぴろくならなくて、どちらかというと細長くなるから格好いいんだよ。」 弟子 「ステレオの場合はどうすればいいんですか。」 師匠 「これはものすごく難しい。ただね、シャーシは細長いものを選んだ方が、おさまりがいいと思うよ。炬燵みたいに面積がありすぎると、どうしてもお雛様になってしまうからね。」 弟子 「そこから先は自分で考えろ、ですか。」 師匠 「ははは、僕がいつもそう言っているから、先手を打ってきたな。」 弟子 「ぼちぼちそうくるだろうな、と思ったもんで。」 師匠 「つまりね、デザインのことも考えながら、アンプ全体のコンセプトをまとめていくんだよ。出力管がかなり大型なのに使える出力トランスちょっと小さいな、じゃあ、出力管を沈めて取り付けることにして、そうなるとシャーシは特注でちょっと深めにしよう。整流管は沈んだ出力管と同じ高さにできればバランス良くなるから、あれに変えよう、なんていうことになるわけだよ。」 弟子 「希望のデザインに収まるように、回路設計や部品構成を変えるんですか。」 師匠 「本末転倒と言わば言え、ってとこさ。」 弟子 「デザインも性能のうちですから、いいにしますよ。」 師匠 「そうなんだ。デザインというのは非常に重要な要素だと思うんだよ。」 弟子 「何かいい文献か参考書はありませんかねえ。」 弟子 「だったら、オーディオのことなんか忘れて、すぐれた美術に接したり、いいインテリアの店に行ってうまいものを食ったりするんだな。オーディオ乞食やってる限りセンスを磨くチャンスはないよ。」 弟子 「どうも、師匠のペースに巻き込まれそうですねえ。ここはひとつ、アンプビルダーでおひとり推薦してくれませんか。」 師匠 「自作らしさにこだわって、デザインにもこだわった先人といえば、浅野勇氏をおいてほかに誰がいるっていうんだい。」 弟子 「ということは・・・」 師匠 「『魅惑』を読みたまえ。そして、せいぜいデザインへのこだわりのセンスを磨くんだね。無理だと思うけど。」
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