<すこしずつ進化しています>

差動ライン・プリアンプ(新版)
Simple Tube Differential Line Pre Amplifier



この画像は旧版のものです。
現在使用中のプリアンプのライン部は単なるカソード・フォロワ1段であるため、利得は約1倍です。普段はこれで不便はないのですが、「情熱の真空管アンプ」に掲載した全段差動ベーシック・アンプや「真空管アンプの素」に掲載したミニワッターはいずれも総合利得が低めであるため、接続する機材によっては2〜3倍程度の利得を持ったライン・アンプが欲しいな、と思うことがあります。しかし、真空管回路で2〜3倍という利得を得るのは案外難しく、なかなか良い回路が思い付きませんでした。1倍ならばカソード・フォロワがあるので簡単ですし、2段構成の定番回路であれば10倍以上の利得も難しくないのに、真空管を使った10倍以下の利得の回路となると突然難しくなってしまうのです。もちろん、回路例はないわけではありません。有名なLUX SQ38FDのライン・アンプ部は、12AX7単段のP-G帰還増幅回路が基本となっており、途中での減衰も含めてトータルで4〜5倍の適度な利得を得ています。

P-G帰還の単段回路はメーカー製のアンプで案外良く使われており、やっぱりこれしかないのかな、と思ってしまいます。そんなことを考えているうちに5年くらい経ってしまいました。その後、何台かの全段差動プッシュプル・アンプを製作しましたが、この間に、差動回路の面白さ、優秀さを見直すことになりました。ここはひとつ、差動回路を使ってできる限りシンプルなライン・アンプはできないものか、やってみることにしました。


■特徴および構成

<P-G帰還回路>

単段構成の真空管増幅回路で負帰還をかけるには、プレートとグリッドの間に負帰還抵抗を挿入します。このような方式をP-G帰還といいます。右図は、6DJ8の単段回路にP-G帰還を施した利得約2.3倍のライン・アンプの例です。

単段の負帰還回路なので非常に安定しており、1〜10倍といった低い利得が容易に得られるのが特徴ですが、一方で、入力信号がはいってくるグリッド部分に負帰還を戻してしまうために、

  1. 入力信号経路であるグリッド回路と直列に値の大きな負帰還抵抗(56kΩ)が割り込む、
  2. 入力インピーダンスが低下する(ボリュームを含まないで約62kΩ、ボリューム込みではmin位置で50kΩ、max位置で28kΩ)、
  3. 負帰還量が信号源インピーダンスの影響を受けてしまう・・・ボリュームの位置で負帰還量が変化する、
  4. 反転アンプである(入力と出力の位相が逆)、
という欠点ともいえる特徴があります。そのため、非常にシンプルかつ安定度が高く、特性的にも悪くないし、なんといっても音がいい回路であるにもかかわらず敬遠されがちな気がします。この回路はとても音がいいので私としてはおすすめです。

<P-G帰還回路と差動回路>

差動ラインプリアンプの回路は、この不人気なP-G帰還と差動回路とを合わせたちょっと珍しい方式です。下図は、6DJ8を使った差動ラインプリアンプの推奨回路です。

上の回路図に以下の書き漏らしがあります:
定電流回路のマイナス電源のところ、電源部は-12.7Vなのにこの回路図は-4〜-7Vとなっています。
この間には330Ω1/2Wと1000μF/25Vがはいります。
下の方の平ラグのパターン図には書き込んであります。

本回路のコア部分は、6DJ8の2つのユニットによって構成される差動回路です。左側ユニットは入力側につながり、右側ユニットは出力側および負帰還回路につながっています。回路構成としてははなはだ変則的です。何故ならば、一般的な差動回路はこのような単体で使われることはなく、増幅回路をもう1段追加して2段構成あるいはそれ以上の段数を構成するのが一般的だからです。このところが、本差動ラインプリのユニークなところです。

入力信号は、50kΩの音量調整用ボリュームを経て左側球のグリッドに入力されますが、出力信号は右側球のプレートから取り出しています。一見、これでまともに増幅するのだろうか、と思うような見かけない回路ですが、これで立派に動作します。

共通カソード側は10mAの定電流回路を経てマイナス電源(V-)に引き込まれています。定電流回路は、JFETの2SK30(GRランク)を2〜3本並列にする方法で実現しています。3端子レギュレータ"LM317T"を応用した定電流回路に置き換えてみたところ、かなり大きな「ザーッ」というノイズが出て、使い物になりませんでした。

6DJ8のロードラインは下図のとおりです。動作を決定するのは、185Vの電源電圧、5mAの定電流特性線(青)と20kΩのロードライン(赤)で、この交点が動作ポイント(Ep=85V、Ip=5mA、bias=約-2.1V)です。ロードライン上の電源電圧は185Vですが、実際の回路ではカソード電位が2Vほどあるので供給すべき電源電圧は187Vになります。(当初の設計ではEp=100V、Ip=4.5mA、bias=-2.6Vでしたが見直しを行いました)

入力信号は左側球にだけ入力されるのではなく、実は差動回路の基本動作に従って2管のグリッド〜グリッド間に入力されます、と考えてもいいし、左側がカソードフォロワで右側がカソード入力と考えてもいいし、どう考えても結果は同じです。そして、2管はシーソーのように互いに補い合うように動作します。その結果、増幅された信号は2つのプレートに全く同じ信号電圧で(しかし、位相は逆になって)現われます。従って、増幅された信号はどちらの球のプレートからでも同じように取り出すことができます。本回路では、右側球のプレートから取り出しています。ちなみに、両方のプレートから出力を取り出せば、平衡(バランス)出力になります。

信号は、グリッド〜グリッド間に入力されるので、プレート〜プレート間から出力を取り出せば、利得は約24倍となって6DJ8の通常の増幅回路の利得と同じになりますが、片側のプレートからだけ取り出すとみかけ上の利得は1/2になります。実際にさらにパワーアンプなどの負荷がつながるため、実質的な利得は10倍程度まで落ちます。

6DJ8の右側ユニットでは、プレートからグリッドに100kΩと56kΩの抵抗によって負帰還がかけられています。この負帰還定数によって、本回路の利得が決定されます。その利得計算は簡易的&近似的に以下の方法で求めることができます。負帰還抵抗値の決め方ですが、この値は小さいほど浮遊容量や球の内部容量の影響を受けなくなりますので高域側の特性は良くなりますが、一方で負荷が重くなります。抵抗値を大きくすれば負荷は軽くなりますが、高域側の特性が劣化します。2本合わせて150kΩくらいがバランスとしてはいいように思います。

本機の場合は、6DJ8で得られる基本となる利得が約24倍ですので、その1/2の12倍をベースとなる裸利得として計算します。但し、右側には20kΩのプレート負荷抵抗に加えて負帰還抵抗やパワーアンプの入力インピーダンスも負荷に加算されるので実質的な利得は約10倍くらいです。負帰還を決定する定数は、(100kΩ+56kΩ)÷56kΩ=2.79ですので、(10×2.79)÷(10+2.79)=2.18倍が本回路の計算上の利得です。

RNF(プレート側)RNF(グリッド側)利得(計算値)
130kΩ27kΩ3.68倍
120kΩ30kΩ3.33倍
120kΩ39kΩ2.90倍
110kΩ47kΩ2.50倍
100kΩ56kΩ2.18倍
100kΩ68kΩ1.98倍

6DJ8のような高gm、低rp管を使った広帯域アンプでは、超高域〜MHz帯における回路の安定性についての基本的な配慮が必要です。特に、この種の球では、実装上の配線の具合ひとつで発振することもありますので、回路構造そのものがある程度タフでなければなりません。各管のグリッドに入っている3.3kΩの抵抗がそのひとつです。この発振止め抵抗は、できるだけ6DJ8のソケットに接近させて配置します。共通カソードと定電流ダイオードの間に200Ω程度の抵抗を割り込ませると、本機はより安定性が増します。この抵抗も真空管ソケット・ピンに近い場所に実装します。無駄な引き回しは禁物です。

もう一点、AC100Vの電圧は常に1%〜3%くらいは変動していますので、この変化がもろにB電源電圧の変化として現れます。差動回路は、B電源電圧が変動すると変化した分がそのままプレート電圧の変化に現れる性質があります。そのため、その変化がプリ出力に出て悪さをしないためにはプリ出力部分のコンデンサ(0.68μF)の値はあまり大きくできません。以前、ここコンデンサの値は2.2μFにしていましたが問題が起きたので0.68μFまで減らすことにしました。


<ロードライン例>

6DJ8以外の球を使った場合についていくつか例を挙げてみます。

下図は5670のケースです。5670はμは6Dj8と同等かやや大きめですが内部抵抗が高いのでプレート電流を減らしてやらなければなりません。電源電圧は6DJ8の回路と同じ187V(ロードライン上は正味185V)ですが、プレート電流を3.6mAまで減らしています。

下図は6N1Pのケースです。Ep-Ip特性データは、多数の実測データを公開されている「JF1VRR(also JR3QZS)の無線日記」のものを使わせていただきました(感謝)。巷では6N1Pは6DJ8の代用ということになっていますが、実測特性を見たら「とんでもない、全然違うでしょ」というくらいのものです。バイアス=0Vの特性カーブで比較したら違いがよくわかります。6DJ8の場合はプレート電圧=50Vの時で15mAも流れます。これはバーピアンスがものすごく高く、内部抵抗が非常に低いことを表しています。その6DJ8と同等&互換と言われたりする6N1Pですが4mA以下です。もうお話にならないくらい別物なわけです。

6N1Pの動作条件は5670とほぼ同じということになりそうです。6DJ8のかわりのつもりで6DJ8用の回路で6N1Pを使うと、音は出るけどバイアスが浅くなりすぎてグリッド電流は流れるわ球は飽和するわ、ということになりかねません。また、内部抵抗がこれほど違うとアンプに組み込んだ時の高域側のポールの周波数が半分以下に下がってきますから、高域特性はかなり劣化するとともに位相補正条件が大きく変わります。

特に、口数が多い真空管屋とオークションの情報はデタラメが多いです。精密なデータを伴わない互換情報は信じないようにしましょう。


<電源回路>

本機では、残留リプルが0.01mV以下で、200V以上、20mA程度が供給できる電源が必要です。下図は、「真空管式差動ライン・プリアンプ(NF型トーンコントロール付き) 」で使用した1Uサイズプリ用電源トランスを使った電源回路ですが、本機においてもこの回路あるいはこれをベースとした回路を推奨します。

まず高圧側ですが、168Vをブリッジ整流し、整流出力244Vを得ています。整流後、MOS-FETの2SK3767(あるいは同等品)を使った簡易リプルフィルタによって十分すぎるくらい徹底して残留リプルが除去されます。また、この回路は電源ON直後の電源電圧の立ち上がりが非常に遅いので、手ごろなディレイ作用も得られています。アンプ部の電源電圧はあまりクリティカルではなく、設計上は187Vですが±110%くらいの幅は十分に許容されます。(自分でロードラインを引ける方はわかっていらっしゃるとは思いますが。)

電源回路の出力電圧が208Vでアンプ部の電源電圧が187Vですから、その差は21Vです。アンプ部の消費電流はチャネルあたり10mAですから、ドロップさせる調整抵抗は2kΩ〜2.2kΩ/1W型となります。2SK3767のドレイン電流は20.6mAで、ドレイン〜ソース間電圧は、244V−208V=36Vですのでドレイン損失は、36V×20.6mA=0.74Wとなります。これくらいなら放熱板はいりません。

低圧側はマイナス電源としても使いますので、14Vをブリッジ整流してからプラス側をアースにつないでいます。整流出力電圧は15.8Vです。CRによる2段のリプルフィルタを経て-12.6V(回路図上では-12.7V)になるように回路定数を決めました。計算上のヒーター電流は0.31Aですがこれが6922を使ったからです。6DJ8ファミリーはヒーター電流が微妙に異なるので、使う球によって電圧が変わりますので必ず実測した上で3.3Ωの値で調整してください。

<特注Rコア電源トランスを使う>

下図は、特注Rコア電源トランスを使用した場合の想定回路です。私は難病のためにもはや回路を組むことも検証することもできません。あくまでも机上設計の数字です。製作に際しては、この回路定数を鵜呑みにせずご自身で検証・工夫してください。

1U電源トランスを使った回路と異なるのは、整流回路が倍電圧整流回路に変わったことと、各部の電圧配分の違いです。特に重要なのは、整流出力電圧が高くなったことでリプルフィルタのMOS-FETの消費電力が増えたことをカバーするために、ドレイン側に820Ωを追加して熱の発生を分散させていることです。もう一つの違いは、ヒーター電源のリプルフィルタの効率が低下するのをカバーするために、コンデンサ容量を3300μFから4700μFに増やしていることです。

<春日無線のKmB90Fを使う>

これくらいの整流出力電圧が得られる電源トランスというと、春日無線変圧器のKmB90Fがあります。カットコアの1Uサイズよりも漏洩磁束は多いですが、詰め込みすぎなければ十分ローノイズに仕上げることができます。185V巻き線を使うと、20mAを取り出したときで258Vくらいになります。2SK3767に小型の放熱板をつければ十分にドロップできる程度の電圧差です。KmB90Fを使った場合は、2SK3767の220kΩのゲート抵抗を330kΩに変更すれば足ります。

KmB90Fにも1Uサイズの電源トランスとほぼ同等の14.5V/AC0.9A巻き線がありますので、これをブリッジ整流すれば無理なく12.6Vの直流が得られます。上記回路の3.3Ω/2Wの抵抗器の値を変えてヒーターに供給される電圧を調整したらいいでしょう。


<LED点灯回路>

平ラグパターンにあって回路図にない2.2kΩ〜2.7kΩはLED点灯用の電流制御抵抗です。LEDの動作電流は、青色や輝度が高いものを除いて4mA前後でほどよい明るさになるものが多いです。動作時の順電圧は1.8Vくらいです。供給電圧が12.6Vだとして、そこから順電圧を引くと10.8Vになります。動作電流を4mAとするには、10.8V÷4mA=2.7kΩが適当だということになります。暗くしたければ抵抗値を高くし、明るくしたければ抵抗値を下げてください。

過渡電圧防止回路

プリ出力のところに「Cds」と書かれた部品があります。Cdsは、暗闇では100MΩ以上の高抵抗値を持ちますが、光を当てると100〜200Ωくらいになってしまう素子です。これをLEDを組み合わせたカプラと呼ばれる部品を使って、以前から課題となっていた真空管式プリアンプのプリ出力に現れる過渡電圧対策の保護回路ユニットを作りました。この保護回路ユニットについては、こちらのページをご覧ください。

<製作>

参考のために平ラグのパターンをご紹介しておきます。トーンコントロール付き差動ライン・プリアンプのパターンをベースに、本機の回路に合うように若干アレンジしてあります。こちらのページの画像が参考になるでしょう。

GNDと書いてある線はアース母線にまとめます。

アンプ部ですが、ここに書き込まれていない抵抗器には以下のものがあります。
(1)音量調整ボリュームと初段グリッドとの間にある1MΩと3.3kΩは、真空管ソケットまわりに配置します。
(2)負帰還回路は100kΩは平ラグ上にありますが、56kΩと3.3kΩは真空管ソケットまわりに配置します。
GNDと書いてある線はアース母線にまとめます。
これらをどのように配置し配線したらいいかくらいは自分で考えましょう。


■特性

負帰還定数(1/β)2.79
(100kΩ・56kΩ)
Notes
利得/Gain7.0dB(2.26倍)1V出力 at 1kHz
入力インピーダンス/Input Impedance48kΩ-
出力インピーダンス/Output Impedance約2kΩ1V出力 at 1kHz
周波数特性/Frequency Response10Hz〜200kHz
5Hz〜500kHz
+0dB/-0.5dB
+0dB/-3.0dB
負荷に1mシールド線
左右チャネル間クロストーク/CrossTalk-dB10Hz〜100kHz、3.16V at 1kHz
歪み率/Distortion0.05%1V at 1kHz
残留雑音/Noise50〜100μVL-ch,R-ch同一値(80kHz、A補正なし)



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