2次歪み打消しアンプ構想第1弾:
2次歪み打消し構想には、第1弾というのが存在します。無線と実験1996年12月号に掲載された「カソード帰還によるシングルアンプ2次歪み打消し」です。この取り組みを行ったのは6G-A4シングル・アンプで、記事の核心部分のレポートはこちらにあります。2次歪みの打ち消しメカニズムは以下のとおりです。
下の表のグレー部分に着目してください。出力段グリッドに歪みのない3.2Vの信号を入力したところ、16Ωスピーカー出力から1.265Vの信号電圧(電力にして0.1W)が得られ、その時の出力段単体で生じた歪み率は1.3%ありました。次に、ドライバ段を用意し、ドライバ段の出力信号電圧が3.2Vとなるような動作をさせて、ドライバ段単体で生じた歪み率を測定したところ0.35%ありました。今度は、ドライバ段と出力段をつなげて通しで動作させたところ、全体で生じた歪みは0.99%となりました。出力段では1.3%の歪みが生じるわけですから、0.99%との差である0.31%がどこかにいってしまいました。これは、ドライバ段で生じた0.35%の歪みに含まれていた2次歪み成分との間で打消しが起きたからです。
出力段KNF | 入力信号 電圧
| (初段+)ドライバ段 歪率(1kHz) | ドライバ-出力段 信号電圧 | 出力段 歪率(1kHz) | 出力信号電圧 (0.1W/16Ω) | (初段+)ドライバ段+出力段 歪率(1kHz) |
なし | (0.0dB) | 16.0mV | 0.35% |
3.20V | 1.30% | 1.265V | 0.99% |
4Ω | (1.5dB) | 19.1mV | 0.40% |
3.80V | 1.06% | 1.265V | 0.67% |
8Ω | (2.2dB) | 20.5mV | 0.43% |
4.10V | 0.98% | 1.265V | 0.56% |
16Ω | (2.9dB) | 22.3mV | 0.46% |
4.45V | 0.89% | 1.265V | 0.45% |
32Ω | (4.0dB) | 25.5mV | 0.52% |
5.10V | 0.77% | 1.265V | 0.29% |
今度は、黄色部分に着目してください。出力段に、16Ω巻き線を使ってカソード帰還をかけたものです。さきほどと同じ1.265Vの信号電圧(電力にして0.1W)を得た時の歪み率は、カソード帰還のおかげで1.3%から0.89%に低下しています。同時に、出力段の入力感度は低下し、4.45Vの入力信号電圧が必要になってしまいました。ドライバ段が4.45Vの信号を供給した時の歪みは0.46%まで増加してしまいました。ところが、全体で生じた歪みは0.45%にまで減っています。2次歪みの打消しがより効果的に行われたのです。この様子をわかりやすくグラフにしたのが下図です。
カソード帰還量を増やしてゆくにつれて、同じ出力を得た時の出力段の歪みは徐々に減少するのに対して、ドライバ段の歪みは増加しています。そして、全体の歪みはどんどん減ってゆくのです。
シングルアンプでも、直熱出力管を使った場合は、そもそも直熱出力管が低歪みである上に、ドライバ段で生じる2次歪みと出力段で生じる歪みがほど良く打ち消し合うので、何もしなくても総合的にかなりの低歪みなものに仕上がってくれます。しかし、傍熱出力管を使った場合は、直線性が比較的良いと言われているEL34の3極管接続であってもかなり多くの2次歪みが生じ、総合的にみると無帰還状態では、1Wの出力において総合歪み率で1%を切ることはほとんど不可能です。下手をすると、最大出力でもないのに3〜5%もの歪みを生じます。
この問題を解決する方法として、効果的で、しかも安定した打消しが可能な方法としてカソード帰還の性質を使った打消しメカニズムを発表したわけです。この提案は、従来から一般的に行われてきた、ドライバ段で無理やり2次歪みを発生させる方法に対する問題提起でもありました。本実験では、これまでの実験内容をさらに押し進めてみたいと考えています。
全体構想:
第1弾の実験でわかったことは、直線性が悪い傍熱管の2次歪みを効果的に打ち消すためには、カソード帰還には8Ωや16Ωの2次巻き線では不十分で、最低でも32Ω以上2次巻き線が必要であることでした。実験に使用した出力トランス(TANGO H-5S)が32Ωどまりであったために、32Ω以上の巻き線による打ち消し効果を検証することができませんでした。
そこで、本実験ではソフトン社の大型Rコア・シングル出力トランス"RW-40-5"を起用してみることにしました。"RW-40-5"は、2つの独立した16Ωカソード帰還用巻き線を持ち、これを直列にすることで64Ωとして使えるからです。1次インピーダンスは3kΩと5kΩが選択できますが、大きなインダクタンスを生かしたいので5kΩ負荷として使います。
対する出力管の選定ですが、もう、何年も前から「なんとか料理して食えるアンプにしたい」と願っている、元祖5極管、傍熱出力管界の重鎮、歴史的駄球である6F6族を視野に入れることにします。6F6族の負荷インピーダンスは広く7kΩとして知られていますが、5kΩで設計できないわけではありません。5kΩ負荷を選んだことで、6F6族以外の出力管も搭載可能になってきます。まず、6V6族があり、6L6族の可能性も出てきます。EL34も載るかもしれません。
これは実験アンプですから、できる限り手持ちの部品を使うことにします。電源トランスは、きとくさんからいただいたTANGO N-12があるのでこれを使います。300BやKT88のような大型出力管と並べても見劣りしないほど大型の出力トランスに、拳大の小さな電源トランスの組み合わせです。シャーシは、これも手持ちの150mm×300mm×60mmの1mm厚のぺなぺなシャーシを使うことにします。なんだか、軽トラックの荷台にピアノを2台と耐火金庫を1個載せるような感じです。ちゃんと載るんでしょうかね。
実験回路:
<アンプ部>
アンプ部の回路は右図のとおりです。おそらく前例のない、はなはだ変てこな回路なので、説明がいると思います。
初段まわりにはテレビ・チューナ球で、きわめて廉価な6BQ7Aを使いました。μ=36くらいの低rp管で、これを差動で使っています。出力は差動になった反対側球のプレートから取り出しており、しかも、プレートから自分のグリッドに負帰還がかかっています。なんとも変な回路です・・・が、勘のいい方であればすぐにピンときたと思います。これは、差動ライン・プリアンプの回路そのままなのです。
この差動部分は、後続のドライバ段や出力段とは全く独立して動作します。ちなみに、差動回路であるために2次歪みは非常に少なく、最大出力に至る全レンジにおいて歪み率は0.1%以下です。帯域特性も優れており、10Hz〜100kHz以上まできれいに伸びています。回路定数が変則的なのは、手持ちのジャンク部品を流用したからです。
ドライバ段は6AU6の3結で、ごくあたりまえな回路です。6AU6の3結は、チューブ・マニュアルによると第3グリッドはプレートにつなぐことになっていますが、実験の結果、アースに落としても実質的な特性はほとんど同じであることがわかっているので、本回路ではアースにつないでいます。
出力段は、いくつか変わった点があります。
(1)カソード帰還・・・64Ω巻き線を使ってかなり多量のカソード帰還をかけています。このおかげで、非常に有効な2次歪みの打消しが行われます。但し、シングル出力回路における低歪み化がどれだけ音に変化を与えるかははなはだ疑問視されています。
(2)定電流バイアス・・・固定バイアスでもなければ、カソード(自己)バイアスでもありません。カソード〜アース間には3端子レギュレータLM-317Tを使った定電流回路が挿入されています。定電流特性は、ロータリースイッチによって、35.4mA、40.8mA、46.3mAの3段階に切り替えられるようになっています。おかげで、どんな球を挿しても、バイアス調整一切不要でプレート電流(厳密にはカソード電流)が揃います。
(3)バイパス・コンデンサ・・・カソード側〜アース間にバイパス・コンデンサがありません。そのかわり、200μF/350VのコンデンサでB+とカソード側をつないでおり、出力段信号ループの最短化をやっています。
(4)位相補正目的で、出力段のP〜G間に15pF(耐圧400V)のディップ・マイカ・コンデンサが取り付けてあります(下の特性データは、15pFのコンデンサがない時の特性です)。
<電源部>
ごく普通の両波整流回路にトランジスタ・リプル・フィルタを加えたB電源と、6.3V巻き線を半波整流したマイナス電源です。
出力段を定電流バイアスとした上に出力段信号ループの最短化(上記3)を行うと、
(a)出力段がB電源の残留リプルの影響を受けやすくなる。
(b)電源ON直後に200μF/350Vのコンデンサを通じて定電流回路に高圧がかかり、破壊することがある。
という2つの問題が生じます。そこで、本機の電源回路では、B電源の残留リプルを減らすために、簡易なトランジスタ式のリプル・フィルタを採用して残留リプルを20mV程度まで減らしてから左右各チャネルに供給しています。また、トランジスタ式のリプル・フィルタによって得られるB電源電圧の立ち上がりのわずかなディレイと、出力段B電源側に挿入された470Ωの抵抗によって辛くも定電流回路の耐圧破壊を逃れています。
トランジスタ式のリプル・フィルタをチョークに置き換えたり、470Ωの抵抗値をこれよりも小さくすると、電源ON時のB電圧の立ち上がりが早くなってしまうので注意がいります。より安全を期するのであれば、シリコン整流をやめて整流管に変更することが望ましいでしょう。
回路全体は、高帰還型3段アンプであるため、本質的に超低域発振(モーターボーティング)の発生要素を2つ内在しています。1つは、B電源を経由した正帰還発振であり、もう1つは、高帰還による負帰還発振です。回路定数やB電源のつなぎ方によっては、本機はこの両方で超低域発振を起こすことが確認されています。B電源を経由した正帰還発振を回避するために、ドライバ段のB電源と出力段のB電源は隔離しています。これを共通にするとたちまち、「ボッボッボッボッボッ」と超低域発振(モーターボーティング)がはじまります。
レイアウト:
画像左・・・正面。真空管は左右両端が6BQ7A、その内側が3結にした6AU6、中央の2つが出力管(画像はEL34)。
画像右・・・背面。左から、R-chスピーカー端子、入力RCAピンジャック×2、プレート電流切り替えスイッチ、多極〜3結切り替えスイッチ、電源スイッチ、ミニヒューズ(上)、AC100V用4Pメタルコネクタ(下)、L-chスピーカー端子。
内部の画像:
薄いシャーシで重いトランス類を支えるために、シャーシ内部左右を貫通するようにL字の補強材が入れてあります。出力トランスのリード線をつなぐ2枚の端子板にも補強を兼ねさせています。あり合わせの部品をかき集めて作ったので、画像で見える部品と回路図の定数とは必ずしも一致していません。
特性データ:
(注:現在掲載中の周波数特性データは、6V6GTを除き、位相補正を全く行っていない状態のものです。位相補正を行った場合、周波数特性は100kHz以上において数dB低下します。)
6F6GT(5極) / Zaerix(中味は旧ソ連製) ・・・Ik=46.3mA
3つの周波数ごとの歪み率特性はかなり異なっている。1kHz、1Wで0.24%、3.2Wで1%という数字は、6F6のようなオタンコな5極管にしては大変な好数字である。これで音が良ければ言うことないのだが。
JAN 6V6GT(ビーム) / Sylvania ・・・Ik=46.3mA
(注:本データのみ、位相補正を反映させている)
特性は6F6GTと良く似ているが、出てきた音は全く異なる。落ち着いたレンジ感に広いアンプに仕上がった。(この)6V6GTは、6V6にありがちな線の細さがなく、芯のある良い音がする。
EL32/VT52(5極) / GE Canada ・・・Ik=35.4mA (点線:Ik=40.8mA)
100Hz、1kHz、10kHzの特性が最も揃ったのは、このEL32だった。球の特性データをみると、6F6あるいは6K6に類似しているが、得られた結果は大きく異なる。トーンキャラもかなり異なる。EL32は、5極管の中では秀逸の出来で、買って損のない球だと思う。プレート損失の最大定格オーバーを承知の上で、Ikを増やした時のデータも取ってみた。
6L6GB(ビーム) / Sovtek ・・・Ik=46.3mA
動作条件は、6L6GBにとって最適なものではない。スクリーン・グリッド電圧が高すぎて、少々無駄をしている。しかし、1kHz、1Wで0.1%であるから、かなりの好成績といえる。
6L6GB(3結)/ Sovtek ・・・Ip=35.4mA
6L6族の3結は直線性が悪いためか、歪みの打消しはうまく働いていない。
EL34(5極) / Telefunken ・・・Ik=46.3mA
5極管動作として必ずしも最適化されておらず、スクリーン・グリッド電圧が高すぎて、かなり無駄をしている。とても能力を出し切っているとはいえない動作条件なのだが、1kHz、1W時で0.1%というシングルアンプでは考えられないような数字になった。しみじみ、名球というだけあるなあと思う。
2次歪みが打ち消され、3次歪み特有の湾曲した特性になっている。
なお、出力を増してゆくと、4Wに達する直前で(歪みは2%前後で少ないのに)出力がこれ以上得られない現象が生じた。従って、歪み率がこれ以上大きくならないままグラフが途切れている。この時、出力管の第1グリッドが、アース電位ではなくマイナスになってしまう現象が生じている。この現象はEL34に限って顕著であり、6L6GBでも若干みられた。他の球では生じていない。
EL34(3結) / Telefunken ・・・Ik=35.4mA
運がよかったらしい。1kHzにおける2次歪みの打ち消しはドンピシャだった。2次歪みがきれいに打ち消されたのと、3次歪みもほとんどないことが推測できる。真空管アンプファンの中には、ソフト・ディストーション的傾向を好み、このような歪み率特性を嫌う風があるようだが、今更にしてこんな特性でも何の問題もないのだということに気づいたのである。
はてさて、音の方はいかがかというと、これがなかなか素晴らしい。歪みの少なさがどう関係しているのか、あるいはあまり関係がないのかわらないが、いいもの(EL34の3結)はやはりいい。
100Hzと10kHzは、2次歪みの打ち消しの対象外らしい。そして、100Hzと10kHzの歪み率特性は、上記5極管動作でも3結でもほとんど同じカーブになっているところが面白い。他の球でも似た傾向が現れている。
このアンプの今(2017.3):
このアンプは、EL34(3結)専用機の状態で、静岡大学人文社会科学部のアートマネジメントの研究室に寄贈しました。学生達に、音楽的に豊かな環境でできるだけ良い音で聞いてもらいたいからです。本機は、研究活動やゼミなどの場で、トランス式DACを通じてHarbethモニターを鳴らしています。