プリアンプを製作する時、ライン入力〜プリ出力間の利得をどれくらいにするかはかなり迷うところだと思います。特に、真空管増幅回路では、カソードフォロワ回路を除くと、そもそも、1倍〜5倍程度の低い利得が無理なく得られる回路がありません。12AU7のような低μ管を使用しても、そのまま使ったのでは10倍以上の利得が得られてしまいます。そして、この利得を意図的に下げようとしてプレート負荷抵抗値を小さくすると、歪み率が異常に悪化してしまいますし、カソード抵抗のバイパス・コンデンサをはずすと、出力インピーダンスがどんどん昇してしまいます。なかなか具合の良い回路がなく、いつも帯に短しなのです。そこで、このコーナーでは、利得が「1」になる回路についてあれこれ考えてみたいと思います。
下の2つの回路をみてください。回路Aは、12AX7/ECC83を使ったごくオーソドックスなカソード・フォロワ回路です。プレート電流は約1mA、プレート〜カソード間電圧は約200V、その時のバイアスは約-1.5Vですから、12AX7/ECC83にとっては無理のない動作です。出力インピーダンスは、12AX7/ECC83のgmが1.6くらいだとすると600Ω程度になり、330Ωを足しても全体で1kΩ程度ですから十分低くなっています。しかし、プレート電流は1mAしかありませんから、10kΩの負荷を与えた場合、12AX7/ECC83からみた負荷の合計は51kΩと10kΩの合算である8.36kΩになっていますので、得られる最大出力電圧Eoは5.9V(=8.36kΩ×1mA÷1.414、理想値)まで低下してしまいます。プレート電流を増やそうにも、12AX7にとってはいろいろな意味で1mA以上はちょっと無理でしょう。
回路Bでは、12AU7を使い、プレート電流は3mA、プレート〜カソード間電圧は約107V、その時のバイアスは約-3.0Vですから、これも12AU7にとっては無理のない動作です。出力インピーダンスは、12AU7のgmが2くらいだとすると500Ω程度になり、330Ωを足して930Ωですから12AX7の時とたいして変わりません。
プレート電流が3mAあるのと、10kΩの負荷を与えた場合でも、定電流ダイオード(CRD)のおかげで12AU7からみた負荷の合計は相変わらず10kΩのままですから、得られる最大出力電圧Eo=10kΩ×3mA÷1.414で求まるため、21V(理想値)得られることになります。実態は、マイナス電源の-20Vで制限されるため、最大出力電圧は14V(理想値)になりますが、回路Aと比べれば圧倒的に優位です。さらに、回路Bでは、グリッド側の結合コンデンサがなくなっているため、低域時定数は回路Aの2個から1個に減っています。
なお、カソード・フォロワ回路は基本的に不安定要素を抱え込んでだ回路であるため、動作の安定のためにも出力側の動作安定用抵抗(330Ω)を省略することはできません。
真空管で低利得回路というと、まず思い浮かぶのが電流帰還回路でしょう。カソード側のパスコンを省略することによって帰還がかかって利得が低下し、同時に利得が低下した分だけ歪み率特性が改善されるというものです。カソード抵抗値が十分大きい時の利得は、おおむね、回路利得=プレート負荷抵抗÷カソード抵抗
で求められます。そこで、12AX7/ECC83を使った場合に、利得がほぼ1倍となるように各抵抗値を設定してみた。後続回路の入力インピーダンスが100kΩであるすると、これも12AX7/ECC83の負荷として計算にいれなければなりません。利得が1になるように辻褄を合わせてゆくと、回路Cのような回路定数になってしまいました。この増幅段の12AX7の内部抵抗(rp)は異常に高く、4MΩ(=39kΩ×101+70kΩ)ほどにもなりますので、出力インピーダンスは、プレート負荷抵抗とほぼ同じ値ということになります。
回路Dは、出力インピーダンスができるだけ低くなるように、球を選定し、回路定数も見直しています。ご覧のように、出力インピーダンスを下げるには、プレート負荷抵抗値を低くするしかないため、プレート電流が10mAにもなってしまいました。回路Cは、無意味に近い代物ですし、回路Dも、ちょっとおすすめしかねます。真空管で、利得1の増幅回路を作るというのが如何に面倒かを証明するような結果となりました。
今度は、P-G帰還をかけることによって1倍の利得が得られるようにした回路です。P-G帰還については、「私のアンプ設計マニュアル」の中の34.負帰還その3(その種類と実装のポイント)で詳しい説明がありますので、そのしくみについての説明は省略します。P-G帰還回路で最終利得を1にするには、2つある負帰還抵抗の値をほぼ同じにしてやります。負帰還動作そのものによる利得は約2倍となるわけですが、入力信号は2つの帰還抵抗によって分流されてグリッドに至るまでに1/2に減衰するような結果になりますので、回路全体では約1倍の利得になります。
回路Eでは、入力インピーダンスはおおよそ90kΩ、出力インピーダンスは1kΩくらいで、利得は約1.0倍です。ただし、何度も言うように、プレート電流はたったの0.66mAしかありませんから、出力インピーダンスが低いからといって、10kΩなどという低い負荷を与えてはいけません。
回路Fでは、低rp管6DJ8を使って、プレート電流もある程度流すようにしています。入力インピーダンスはおおよそ50kΩ、出力インピーダンスは300Ω以下で、利得は約1.0倍です。この回路ならば、10kΩ程度の低い負荷を与えても、まともな動作をしてくれます。
P-G帰還回路の良いところは、負帰還抵抗をちょっといじるだけで簡単に、2倍、3倍という真空管では苦手とされる低利得回路が実現できるところにあります。たとえば、回路Fの場合、56kΩの負帰還抵抗を120kΩに変更すると利得はちょうど2倍になり、180kΩに変更すると3倍にすることができます。
P-G帰還回路は、入力端子とグリッドの間に負帰還のための高抵抗が割り込みます。この抵抗の存在を嫌う人は案外多いらしいです。OPアンプを使った場合、反転増幅器として使う場合は負帰還のかけかたはP-G帰還と全く同じになります。このような負帰還のかけ方は現在でも非常に良く使われており、回路としてはなかなか優れています。反転増幅器は「音が良い」ということを知っている人はあまり多くないですね。6DJ8等の低rp管を使ったP-G帰還回路はなかなか具合が良いようで、最近の海外製のプリアンプでも時々見かけます。
さて、2段増幅回路で、利得1倍の回路を設計しようとするとどういうことになるでしょうか。利得が1だということは、負帰還抵抗値はゼロでよいことになりますから、2段目のプレート負荷という観点からは、初段カソード抵抗がまるまる負荷に加わることになります。通常の増幅回路では、カソード抵抗値は数kΩ以下であるのが普通ですが、それでは2段目の負荷が重くなりすぎてしまいます。
そこで、グリッドにはプラスのバイアスを与えることにして、思い切って大きな値として39kΩを選んでみました。結局、初段の利得はたったの1倍ということになっています(回路G)。2段目プレートからは、抵抗なしでじかに初段カソードまで負帰還をかけます。こうすることで、回路全体の利得は1倍に収束します。
このような負帰還を実現するためには、2段目は内部抵抗(rp)が非常に低い球を選ばなければなりません。真空管を2本使った割には魅力に乏しい回路であるため、このような回路構成を使用した例はほとんど皆無といっていいと思います。しかし、半導体回路では、2段構成による利得1の増幅回路はあたりまえなわけですから、真空管回路においても、もっと研究・実験が行われても良いのではないかと思っています。
さて、2段回路構成では、初段のカソード抵抗の値が小さいと具合が悪いわけですが、では、いっそのこと初段カソード抵抗をはずしてしまったらどうだろうか、ということを考えた人がいました。回路Hは、1970年代に一世を風靡したナショナル テクニクスSU-30Aプリアンプのバッファアンプ部です。
直流経路が非常に面白いことになっていて、初段のプレート電流は、初段カソードを出た後、負帰還ループを逆走して2段目プレートに現われるのです。回路Hにおける各段の増幅のメカニズムは一見複雑そうに見えます。プレート負荷は22kΩで固定ですが、一見カソード側が接地されていません。しかし、カソードが何らかの経路で接地されてなければ増幅作用が働きません。
この回路のミソは、初段の470kΩの存在にあります。入力信号は470kΩの抵抗を流れ、さらに2段目管と出力側に流れ出てゆきます。この時、入力信号電圧のほとんどは470kΩの両端に現われます。470kΩは、初段のグリッドとカソードにしっかり接続されていますから、入力信号はちゃんと初段管G-K間に印加されるのです。
では、2段目のプレート負荷抵抗はどこにあるかというと、実に、初段管そのものが負荷抵抗になっているのです。そのために、初段カソード抵抗にはバイパス・コンデンサがありません。初段管に電流帰還をかけることで、2段目からみて、約200kΩのプレート負荷抵抗に相当する機能を果たしています。
というわけで、回路Hは回路Gと同じく2段目プレートから初段カソードに負帰還がかけられていて、立派な2段増幅回路であることがわかります。特別な動作を営んでいるわけではないのです。回路は見かけで判断してはいけません。
さて、最後にご紹介するのは、利得「1」の究極の回路です。電源もいらず、増幅回路もいらず、しかも利得はぴったり「1倍」で、周波数特性が優れ、DC領域から非常に高い周波数まで安定した伝達特性が期待できる回路です。つまり、ただのケーブル。(右図)
増幅回路を設計する時、油断するとどんどん段数が増えてゆきます。利得がない、すなわち利得が「1」の回路であっても、高い入力インピーダンスと低い出力インピーダンスが得られるならば、それはそれで意味はあります。しかし、前後の回路にちょっとした工夫をしたり、考え方で上手に割り切ったりすることで、増幅回路の段数を減らし、回路全体の質を落さずに、よりシンプルなものにすることができます。
私は、アンプというものは、物量を投入したり桁外れの投資をしたりするのではなく、知恵や工夫がきらっと光るようなバランスの良いシンプルさが命ではないかと思っています。利得が「1」であるような条件が与えられてた時は、まず、ケーブル1本で済ますことはできないだろうか、ということを第一に考えたいと思います。