PHONOイコライザ・アンプにMCヘッドアンプを組み込むというプランは、具体的ではなかったものの当初から頭の中にありました。電源回路の矛盾をどう解決したらいいかについて迷いがあって、「既存の電源回路を流用する方法」と「全く一から作り直す方法」の2案があったのですが、前者の方法の実用性について今ひとつ確信が持てないでいました。しかし、実際にやってみたところ思っていた以上に簡単かつうまくいってしまったのでここに記事にまとめることにしました。
トランジスタ式PHONOイコライザ AC100Vバージョンにトランジスタ式MCヘッド・アンプを同居させるためには両方のアンプで共用できる電源回路が必要です。トランジスタ式PHONOイコライザはプラス・マイナス電源ですが、トランジスタ式MCヘッド・アンプはマイナス電源だけで動作します。そのため、この2つを一緒にするとプラス側電源とマイナス側電源の消費電流は同じにはならずにマイナス電源側の消費電流の方が9.8mAほど多くなり、アースにDC電流が流れます。この問題を解決する方法は以下の2つがあります。<既存の電源回路を流用する方法>
マイナス電源の方が消費電流が多いので、プラス電源側は多い分だけダミーに流すことで辻褄を合わせるというあまり格好の良くない方法が考えられます。しかし、いろいろと考えているうちにシンプルなやり方で解決できることがわかったので、実際に試してみたところうまくいってしまいました。本稿では、以下に具体的に解説します。<全く一から作り直す方法>
これが王道だと思います。抵抗分割の擬似プラスマイナス電源ではなく、整流回路の段階でプラスとマイナスに分けて電源を構成し、それぞれに安定化電源を用意する方法です。この方法ならば、プラス側電源とマイナス側電源の消費電流が異なっていてもほとんど問題にはなりません。近い将来、この方式でも製作してみようと思っています。
トランジスタ式PHONOイコライザ AC100Vバージョンのオリジナルの電源部は、2本の15kΩによる抵抗分割方式のプラスマイナス電源です。15kΩに流れる電流はわずか1.1mAにすぎません。抵抗分割方式が成立するためには、アースにはDC電流が全く流れないか、流れたとしてもμAのオーダーであることが条件です。その結果、プラス側の消費電流とマイナス側の消費電流は限りなく等しくなります。トランジスタ式PHONOイコライザでは、アースに流れるDC電流は初段トランジスタのベース電流だけで、その大きさは左右合わせて1μA以下です。この程度ならば15kΩという高抵抗でも十分に吸収してくれます。しかし、トランジスタ式MCヘッド・アンプはマイナス電源だけで動作しその消費電流は約9.8mAですから、これがアースに流れるとプラス側とマイナス側の電圧も等しくならなくなります。プラス側にも同じだけ(9.8mA)余分に流れるようにしてやればいいのですが、ぴったり9.8mAを流せばいいかというとそういうわけにはゆきません。MCヘッドアンプの消費電流は条件次第で9.6mAになるかもしれないし10mAになるかもしれないからです。
そこで、プラス側に16Vくらいのツェナダイオードを追加して、これに余分な電流を引き受けてもらうようにしました。このツェナダイオードによってプラス側は簡易なシャント型定電圧回路になりますので、マイナス側の電流が変化してもそれを吸収してくれます。この変更により、プラスマイナス電源の電圧配分は2個の15kΩによるのではなく、プラス側はツェナダイオードによって決定され、マイナス側は引き算すなわち「供給される電圧−ツェナ電圧=マイナス電圧」という仕組みで決定されるように変化します。
当初の設計では供給電圧は32.6Vとなっているので、9.8mAを流した時に半分の16.3Vとなるようなツェナダイオードを選別して取り付けました。採用したのはFAIRCHILDの1N4745Aです。ツェナダイオードの消費電力は、16.3V×9.8mA=160mWとなって結構な熱が出ますが、1N4745Aは1Wタイプなので余裕があります。1N4745Aは冷えた状態では16Vですが、自己発熱で暖まってくると16.3Vくらいに上昇してくれるのでちょうど良いのです。
<電源部の修正・・・トランジスタ式PHONOイコライザ AC100Vバージョン側>
原回路に対して、2SC2655のエミッタ抵抗を47Ωから27Ωに変更し、プラス電源側にツェナダイオード(1N4745A)を追加します。参考:この回路をもう少し丁寧なものにしたのが下図です(製作記事はありません)。ツェナダイオードをトランジスタに置き換えて、2つの抵抗器(10kΩと11kΩ)の分圧によって任意のプラスマイナス電圧を得ることができます。この回路はトランジスタ式ミニワッターで採用しているので見覚えがある方も多いでしょう。
<電源部の修正・・・トランジスタ式MCヘッド・アンプ側>
原回路の電源回路の大半を削除し、120Ωから下流だけを残します。
トランジスタ式MCヘッド・アンプへの電源供給ですが、電源回路の120Ωのところが-16.15Vで16.3Vとほぼ同じと見なせるため、トランジスタ式PHONOイコライザ AC100Vバージョンのアンプ部基板側の-16.3Vのところから取り出します。(じつは、こうすることを見越して最初から2つのアンプの電源電圧は揃えてあったのです)
なお、こういうトリックのような回路は良い子が歩む正しい道ではありませんから、積極的にどなたにもお勧めするものではありません。解説していないところにも工夫が隠れており、見た目だけ真似をしてもダメで一定の条件が揃わないと成立しない回路です。
ツェナダイオード・・・FAIRCHILD 1N4745Aはばらつきが大きい(16V±0.8Vmax)ので、約10mAを流した時に16.3V±0.3Vとなるものを選別しました。ケース・・・LEAD P-2(W150×H50×D100)を使いました。
◆部品頒布のご案内はこちら。→ http://www.op316.com/tubes/buhin/buhin.htm
<トランジスタ式PHONOイコライザ AC100Vバージョン側の平ラグ/基板パターン>
基板パターンは、ツェナダイオード(1N4745A)を追加し、MCヘッドアンプとをつなぐアース(GND)ラインとマイナス電源(V-)の引き出しがオリジナルと異なります。電源部の平ラグパターンは、47Ωを27Ωに変更です。<トランジスタ式MCヘッド・アンプ側の基板パターン>
基板パターンは、オリジナルから電源の上流部分を削除し、マイナス電源(V-)をPHONOイコライザ側からもらい、アース(GND)ラインをつなぎます。<バイパス(MM〜MC切り替え)スイッチ>
6回路2接点のロータリースイッチを使い、入力側は2回路ずつパラレルにして接触抵抗の影響が少なくなるように配慮しています。採用したALPS製のSRRMタイプのロータリースイッチの接触抵抗は初期値が20mΩMAXで、寿命後値が60mΩMAXです。インピーダンスが数十ΩオーダーのMCカートリッジにとってわずかな接触抵抗も無視できないので、パラレルにつないで接触抵抗を下げ、信頼性を高めてやります。<アースの引き回しと配線のポイント>
(1)入力側・・・入力のRCAジャックのアース側は後面パネルと接触させると同時にアース端子にもつなぎます。
(2)入力からMCヘッドアンプへ・・・入力のRCAジャックのアースの行き先はMCヘッドアンプの基板のアースです。
(3)MCヘッドアンプからPHONOイコライザへ・・・MCヘッドアンプのアースの次の行き先はPHONOイコライザの基板のアースです。このアースラインには、MCヘッドアンプを出たオーディオ信号に加えてMCヘッドアンプに供給されている電源電流も流れます。
(4)PHONOイコライザから出力のRCAジャックへ・・・PHONOイコライザを出たアースの終着点は出力のRCAジャックです。
(5)信号ライン、アースおよびロータリースイッチまわりの配線は短くコンパクトにまとめます。無駄に長いと、長くなった分だけハムを拾いやすくなります。シールド線によるノイズ低減効果はありません。
(6)やってはいけないこと・・・回路を「共通電源」と「MCヘッドアンプ」と「PHONOイコライザ」の3つに分けて、共通電源からそれぞれ2つのアンプに電源を供給する構成はNGです。ノイズが出ないようなアースの引き回しを考えたらこのようなアースではまずいことがわかると思います。MCヘッドアンプとPHONOイコライザをつなぐアース側の信号ラインが「共通電源」経由になってしまうからです。
(7)その他・・・電源トランスからの誘導ハムを減らすために、アンプ基板からできるだけ離して前方に配置してください。<改修時の課題>
上側のケース(カバー)を取り付けるためのビス穴を開けようとしたら、電源の平ラグを取り付けていた貼り付け式ボス(T-600)が居座っていて穴を開けることができません。貼り付け式ボスはケースにぴったりと貼りついていましたが、白い部分に横からカッターの刃を挿入してじわーっと押したところうまく剥がせました。残った粘着剤は、指で根気良くこするときれいにはがすことができました。<参考画像>
入力のRCAジャックから出た線はアースラインも含めてすべて一旦2階に上がります。2階から降りてきてPHONOイコライザの基板につながる線は、黒=アース、白=V-、茶=L-ch、紫=R-chです。MCヘッドアンプ側の配線はできるだけコンパクトにまとめます。この配線が無駄に長いほど拾うハムが大きくなります。
微小信号を扱う2つ以上のアンプを合体させてひとつの電源から供給するというのは、電流のリターンとアースの引き回しが重なり合い競合するので難易度が高い実装とアースの始末が要求されます。そういうこともあって、PHONOイコライザとMCヘッドアンプは別々に製作するように記事を書きました。はじめて製作する方は、欲張って1台にまとめようとせず、1台1台別個に製作されることをおすすめします。